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三節 残酷1

 



 ◇


「……見えたな」

「え? あ……、はい。そう、ですね……」

「リリス?」


 帝国の繁栄の象徴とも言える、帝都。そのシンボルにして中心にそびえる帝城が見えてきてリリスに呼び掛けると、彼女は曖昧な様子で返事が返ってくる。

 対する俺は、二週間と少しの長旅に僅かな感慨深さすら覚えている。この反応の差はなんだと思いつつ、ここ二、三日のリリスの様子がおかしいことを思い出した。


 ……あれは、最後の補給から戻ってきてからのことだった。


 この旅程最後の補給。

 帝都付近だと大きな街が増えるから、俺は極力人の多い場所には出ないよう言われ、最後の補給はリリス一人で行くことになった。今思えば、その日はいつもより帰りが遅かったような、そんな気がする。最後の補給だから、量としてはいつもより少ない荷物で済むのだから。

 そう思って、「遅かったな」と身を案じていたことを事も無しに問いかけると、彼女はどこか焦った様子を見せて謝って来た。

 謝ってほしかった訳ではないことだけは伝えたが、俺の言い方も悪かったのだろう。この長旅の、最後の補給だ。きっと彼女も疲れていたのだ。どこかで休んできたのだと俺は一人で納得したが、結局彼女が遅くなった理由は分からないままだった。


 その日から、リリスは今のように、思い詰めた素振りを見せることが増えた。

 一過性のものかと思って放置していたが、ここに至ってもまだ、彼女の顔は晴れない。ようやく旅の終わりが見えてきたと言うのに。

 それとも何か。旅の終わりが、彼女を思い詰めさせているのだろうか。

 確かに、リリスは常日頃、何かと機会を伺っては、「帰りましょう」と俺に声を掛けてきていた。それも最近じゃ聞かなくなったが、それが原因だろうか。

 とは言え、俺がその願いを叶えることは、無い。リリスの願いを叶えてあげられる日は、決して来ない。


 ……俺は帝都に、目的を果たしに行くのだから。


 そう思っていると、リリスはようやく我に返り、視線の先にある帝都を見上げた。


「……ようやく、帰ってきましたね、ウェイドさん」

「ああ」


 セナ村を発って、二週間と三日。

 かなりの強行軍であったにもかかわらず付き合ってくれたリリスと(エース)には、感謝が尽きない。

 帝都についたら、彼女たちに餞別を渡そう。それが俺に出来る、唯一の事だ。

 このまま、リリスと共に居ることはできない。リリスはきっと、これからも一緒に居るものだと考えているのだろうが、それは違う。俺と一緒に居れば、彼女は間違いなく不幸になる。

 俺のことは、お前の好意を利用してここまで来た屑野郎、とでも思ってくれていい。だから、帝都で俺たちを待っているのは、別れである。

 それとも、口数の少ないリリスは、そのことを察しているのだろうか。であれば、話は早いのだが……なんて考えていると、俺たちは帝都から伸びる長い検問所の列に辿り着く。


「かなり時間が掛かりそうだな」

「……そう、みたいですね」


 特別騎兵の時には関係なかった、地上の検問。

 その列は長蛇であるが、帝都に入るためには保安上、必ず並ばなければならない列である。


 ──広大な平野に敷地を構える帝都は今なお拡大を続けており、大陸最大の都市の名は伊達ではないこと、帝国の繁栄をその身で体現し続ける。そして都の広さは人口の数に比例し、人の出入りが最も激しいのがここ帝都であった。

 帝都を出入りする商人、都民、冒険者と言った面々は決まって必ず検問所を通る必要があり、利便性を高めるために都市の拡大と共に検問所の数も増えていた。

 今ではその数、三十二門。


「……進みが遅いですね。帝都と言えど、検問は他の街より緩いと聞いていましたが、どうなんでしょう?」

「リリスの言う通り、厳しいのは貴族区に入る検問だけなはず。それに、全ての検問所でこの列の検問を構えるなんてどう考えても非効率的だし、そもそも人材が足りないはずだ」


 それに何より、機竜の整備場が稼働していないのが気になる。

 あそこは日夜、煙を立たせているのが目印だったはずだ。たまたま見えない角度、というわけではあるまいし……、などと考えていると、前に並んだ男が振り返る。


「──なんだ、あんたら。帝都に来るのは初めてか? それとも、『あの日』以降来た事が無い口か?」


 振り返り、俺たちの疑問に答えたのは、ちょび髭のおっさん。

 牛歩の方がまだ早いとすら思える検問の待機列は相当退屈していたんだろう。おっさんのくたびれた顔つきがそれを物語る。

 しかし、会話に割って入って来た相手に俺たちは揃って怪訝な眼差しを向ける。いくら退屈だろうと、盗み聞きは趣味が悪いと言わざるを得ないからだ。

 そんな空気を察したのか、おっさんの背から同行する女性らしき人物が顔を出して謝罪を口にした。


「驚かせてごめんねー? 待ってる間の暇つぶしとおっさんのお節介が相俟っただけだから、そんな警戒しなくていいのよ。って言うか、良かったら付き合ってくれると嬉しいな。アタシはウィーディ。見ての通り魔法士で、こっちのむさ苦しいおっさんはノイシュ。よろしくねー」

「誰がむさ苦しいおっさんだあ。……ダンディなジェントルメンと紹介しろと、いつも言っているだろうが。……でもまあ確かに、急に話しかけて悪かったな。俺はノイシュ、冒険者だ。慣れない様子の若人に世話を焼きたくなるのは年長者の性だからな。ついつい盗み聞きなんていう真似をしてしまった。ただ、こうして知己となったのであれば……構うまい? ウィーディの言葉の通り、このいかした髭の紳士の暇を潰すのに少し、付き合ってくれ」

「え、ええと……。立派なお髭ですね?」

「なはは! そうだろう、そうだろう! 毎朝一時間かけてセットする自慢の髭だ!」

「一応解説を入れると、三センチの髭にどうやったら一時間かけられるんだ! ……っていうツッコミ待ちの顔ね? これ」


 冒険者とは、俺の所属していた帝国軍とは異なる国が認めた有数の武力保持集団。

 魔法士もそのうちの一つであり、他国の人を相手取る専門の軍人とは違って、魔物や野盗の排除が主な仕事である彼らは、彼らなりに修羅場を潜り抜けた叩き上げの実力を有している。実力上位の者ともなれば、生え抜きの帝国軍人と遜色ないとかなんとか。

 しかし、自己紹介をされたならば返すのが礼儀ともあり、俺は素直に右手を差し出した。


「俺はウェイド。こっちはリリスだ。……それで、久し振りに帝都に戻って来たんだが、どう変わっているんだ?」

「ウェイド、ウェイドなぁ……? どっかで聞いたことあるような名前だな」

「おじさんは物覚え悪いから覚えて無いんじゃない?」

「だまらっしゃい! お前も俺と年はそう変わんないだろうが。この若作りの魔女め」

「──……すぞ」

「あぁん?」

「てめぇ……、次言ったらその髭、燃やし尽くすぞ」

「おうおうおう。やれるもんならやってみな──って、あちゃちゃちゃちゃちゃちゃッ?! こ、この年増、本気で燃やしに来やがった!」

「オホホホホホッ! 良く燃える髭だこと!」

「あの……、どう変わったか、説明をだな──」


 仲良くしようと握手したのが嘘のように、俺とリリスは放置され、二人は取っ組み合いの喧嘩を始めてしまう。


 ……上品なのか下品なのか、良く分からない連中だ。

 俺とリリスの疑問が宙ぶらりんになったことで思わず二人して目を見合わせていると、二人の後ろから更に別の男女が顔を挟んできた。


「──年齢と髭のことになると、二人とも周りの声が聞こえなくなるんだよね。お互いに煽る癖に、ほんっと、大人げないよね。その割に仲良いのが意味わかんないんだけど。……あ、私、魔法士のレイ。二人とは長い付き合いで、こっちが冒険者のマルセイヌ。あのおじさんが声掛けたくせに勝手に盛り上がっちゃうのはいつものことなの。ごめんね?」

「……マルセイヌ。よろしく」


 二回りも上のノイシュとウィーディの代わりに謝罪を口にしたのは、俺たちと同年代に思える二人組だった。

 魔法士のレイは先端に大きな宝石がついた長杖とローブに身を包み、見るからに魔法士の出で立ち。マルセイヌはその大きな体躯をすっぽりと覆い隠すような全身鎧に、背中に大きな盾を担いでいる。その姿を見ただけで二人がこのパーティでどんな立ち位置なのかはっきりと分かるようになっているのは、わざとそうしているのだろう。

 成人したばかりのように小柄なレイと、その倍はあるのではないかと思えるほどの巨躯の持ち主であるマルセイヌ。大小異なる二人のペアに加え、他にもまだ三名ほどメンバーがいるらしいノイシュのパーティ。

 ただでさえ情報量の多いノイシュとウィーディの二人でも限界だったというのに、俺はこの旅でマックス以来の濃い人間の情報量に若干酔いそうになる。


「それで、検問がどう変わったのか、教えてくれないか」

「……ねぇ、あなた達、付き合ってるの?」

「えぇっ?! そ、そう見えますか?!」


 俺の具合を察したリリスがすすす、と支えるように傍に来たのを見て、魔法士レイの目に好奇心が宿る。


 ……リリスも嬉しそうにするな。そんなんじゃないだろう。


 結局、二人は別の話題で盛り上がり始め、検問所に関する話題に取り残されたのは俺だけ。


「……」


 共に残されたはずのマルセイヌは忠犬よろしく、俺が話しかけたとしても一切口を開かない。むしろ俺を見下げるような視線を向けてくるのは、何故か。

 まともな人がいないこの場で、俺はすっかり頭を抱えてしまう。


「もう誰でも良いから、俺の質問を解消してくれ……」


 頭を抱える俺を慰めてくれるのは唯一、(エース)だけだった。






「──前皇帝、ロベリア閣下が紫晶災害の被害者となったことが公表されたと同時に、新たな皇帝として皇太子だったレオポルド殿下が即位したんだ。レオポルド陛下は……正直言って国民の敵だな、ありゃあ。呪い人(ネビリム)を排斥する政策も、税を上げる政策も、どれもこれも市民から言わせりゃあ、下策も下策だ。おかげで今や帝都のあちこちで騒乱が起こる毎日だぜ。検問所の規模縮小、というか、検問を厳しくするのもその一環でな。それに、帝都でも人手不足は否めないらしく、検問所はいくつか閉めざるを得なかったようだ。それも全て、不穏分子改め、呪い人(ネビリム)を帝都に入れないための施策なんだとよ。それをしなけりゃスムーズには入れた、って思うと、俺たちからすれば呪い人(ネビリム)なんかどうだっていい。早く中に入れろって話なんだけどな」


 ようやく話を聞き出せたのは、列が半分進んだ頃だった。

 肩を竦め笑い話のように語ったノイシュの話だが、内情を知った今、俺とリリスは決して笑えるような内容ではなかった。


「……話を聞く限り、やはり、今の帝都に立ち入るのは危険です。今からでも……引き返しませんか?」

「何度も言わせるな。俺は、一人でも帝都に行く。戻りたいのなら、一人で戻れ」


 皇帝陛下の代替わり。

 その話自体は帝都に至るまでの道中で耳に挟んで知っていたため、改めてノイシュの口から聞かされても大した驚きは無い。

 驚きは無いが、息が止まるような苦しみを覚えずにはいられなかった。これがもし罪悪感から来るのであれば、俺はとんだ卑怯者だ。皇帝陛下すらも手にかけた俺は、どんな顔をして帝都に入ればいいのか。俺には、顔を青くすることしかできないところに、リリスからの提案である。俺がつっけんどんに返すと、違う方向から指摘が飛んでくる。


「ちょっと。そんな言い方、無いんじゃないの? リリスはあなたのことを心配して言ってるんだから。大体、そんな青い顔して、一人で行けるなんてよく言えたわね」

「子供には関係の無いことだ。引っ込んでろ」

「ハァ?! 何その態度。私のこと舐めてるの? 私、舐められるのが一番嫌いなの。痛い目見ないと分からないのなら、見せてあげましょうか?! って言うか、リリスから聞いた人柄と全然違う。かなりムカつくんだけど!」

「わー! レイ! ストップ、ストップ! 私は大丈夫だから、落ち着いて!」


 たった一度の邂逅で気が合ったのか、レイとリリスは互いに敬称を省略する仲になっており、杖を構えたレイをリリスが止めに動いた。

 直情的な性格が知れ渡っているのか、仲間たちに動揺する様子はなく、ウィーディに宥められながらもこちらを鋭い眼光で睨み付けるレイの態度は変わらぬままだった。


「あいつ、年齢の割に体の成長が乏しいのがコンプレックスでな。だから舐められないようにわざわざデカい杖とローブを着てるんだが……。喧嘩っ早い所が直らなくてな」

「魔法士が市民に杖を向けるのは違法だったはずだが」

「軍人さんは、別だろう?」

「……何の事だか」

「誤魔化す必要は無いさ。死神と呼ばれた機竜使いの話は俺たち冒険者の間でも結構耳にする名だ。いつかお目にかかりたいと思っていたもんだ。マルセイヌが思い出したんだよ」

「……フンッ。欠陥の、兵士」


 巨躯の持ち主であるマルセイヌは口端を吊り上げ、悪意を含めたその蔑称を口にした。


 ……久し振りに耳にした蔑称だ。


 腹は立たないが、虫の居所は悪いんだ。

 その巨躯に見合わぬ器の小ささを惜しげもなく披露してみせたデカブツに近付き、俺は言った。


「お前の女を侮辱されて怒ったのか、デカブツ? その対格差じゃあ、色々と困ることもあるだろ。……いや、むしろ丁度良いのかもなあ?」

「ッ、殺す!」


 途端、マルセイヌは拳を抜く。巨躯に見合った、鉄板すら穿ち抜きそうな巨大な拳だ。だがそれは、デカブツがデカブツたる所以はその見せかけだけだということを証明するもので。


「危ないな」


 ほぼノーモーションで放たれた巨大な拳を、俺は足捌きだけで躱す。感応魔法が無ければ俺の頭を容易く粉砕するコースだ。子供に加えてデカブツまでもが沸点が低いとなると、二人を纏めるリーダーは大変なことだろう。

 俺は憐れみを込めて、俺を止めに動いたノイシュへと視線を動かした。


「こいつらはまだ躾の途中なんだ。有望株を潰すのは、まだ待ってくれないか?」

「……首輪だけじゃなく、リードも付けておくんだな」


 感応魔法によって知覚範囲が拡大した俺が捉えられたのは、マルセイヌの放った拳のみ。

 ノイシュがいつ動いて、いつの間に俺が手をかけた剣の柄に触れたのか、全く見えなかった。


 彼の言葉を受け、それが無ければ今頃デカブツの大きな手首が地面を転がっていたかもしれないと思うと、俺は些か冷静さを欠いていたことをようやく自認してフッと息を吐いた。


「悪かった。少し、気が立っていたんでな」

「ハハッ。となると、そこに薪をくべた俺たちも悪かったというわけだ。すまなかった。仲直り、と言うには年嵩がいっているが、証としてこいつを受け取ってくれ」

「これは?」

「俺たち、濡れ烏(クロウ・トリガー)(しるし)だ。そいつがあれば、一度だけだが、いつでも俺たちに指名依頼を出せる。詫びの印だと思ってくれ」


 ノイシュから渡されたのは、カラスの羽が刻まれた記章のようなもの。

 それを見た途端、レイとマルセイヌが血相を変えてノイシュに詰め寄る。


「なんであんな奴に渡したのよ! 絶対有り得ないでしょ!」

「そそそ、そうだよ! あいつ、絶対悪用するよ!」

「指名依頼はメンバーの過半数の同意が必要。お前たちがノーと言ってももう遅い。これまでも言ってきたことだ。お前たちは濡れ烏(クロウ・トリガー)の一員としての意識をしっかりと持って考えて行動するように……、とな。いつまでも子供のままでいられると困るんだよ。これは、お前たちを含めた私たち自身への戒めの意味でもあるんだからな」

「「う、はい……」」


 二人が言い訳のしようがないくらいまで説教を食らっている姿を見て、大人げない事をしたなと自覚しつつあると、俺の方にも説教の嵐が舞い込んでくる。


「ウェイドさん!」


 ぷく、と頬を膨らませた、随分と可愛らしい嵐だ。


「今日のウェイドさんは、なんだか変です……。なんだか、私の前から、いなくなりそうで……私、ずっと怖いんです」

「う、む……」

「いなくなったり、しないですよね? それだけ、約束してください……お願いします。そしたら私、安心、できるので」


 様子がおかしいのは、お前もだろう──とは言えず、しかして予想外の方向から飛んできた内容に俺は唸るばかり。いつの間にか、(エース)も一緒になって俺の服を摘まんでくる。ほとほと懐かれたものだ。

 そんな一人と一頭に対して、俺は安心させるように頷き返す。

 分かり切った、嘘をつく。


「……ああ。約束だ」

「! 約束、ですよ!」


 それが嘘だと分かる頃には、俺はもう彼女らの傍にはいないだろうから。






 それから列に並び続け、時間はあっと言う間に昼食の時間を過ぎる。

 どうするものかと辺りを見回していると、この行列に慣れた連中はこの場で昼食を用意するようだった。それは濡れ烏(クロウ・トリガー)の連中も同じのようで、俺たちの台所を預かるリリスが率先して彼らと昼食を取ることを望んだため、大人数での昼の時間となった。

 もちろん俺は断ったのだが、久しぶりの大勢で食べる昼食にリリスが喜色ばんだ顔を見せるものだから、俺も無用な争いは生んだりしなかった。ただ、レイとマルセイヌだけは俺を親の仇のように睨んでいたため、居心地はとても悪かった。

 ノイシュとウィーディと言った年長者との会話で時間を潰した後、ようやくノイシュたちの番が訪れる。


「色々とためになる話を、ありがとう。また会おう」

「こちらこそ、死神と謳われる君に会えて幸運だったよ。章で呼び出されることを期待しているよ。なんだったら、飲み相手として呼んでくれても構わないさ」

「それは……、酒が不味くなりそうだ」

「ハハ。次に会う時までには作法を叩き込んでおくさ。黄昏の彼方で、また会おう」

「ああ」

「またねー、ウェイド君。次はちゃんとお話ししよーねー」


 ノイシュとウィーディに続いて、顔合わせをしただけの三人が続く。それから、最後まで敵意が失せなかったレイとマルセイヌはこちらを睥睨したまま検問所に入って行く。背中を見せたら刺されるとでも思われているのか?


「次は、いよいよ私たちの番ですね」


 喧しさが薄れた間隙の侘しさの中で、リリスが微笑んだ。

 彼女は終始、濡れ烏(クロウ・トリガー)の人たちとの交流を図っており、二人きりだった今までよりも大勢が好きなのかと思いきや、今こうして二人きりに戻ってみれば、これまでよりも明るい声音で話しかけてくる。

 そのことに喜びを感じるのを恥じ入るべきだと、重ねて自分に言い聞かせる。

 何故もなにも、彼女の好意を利用している分際で彼女を受け入れるような真似は、それこそリリスに対して侮辱に当たるからだ。


「──次!」


 最早癖になっている自己嫌悪に陥るのも束の間、ノイシュたちが呼ばれてから十分以上が経過した頃、俺たちは呼ばれ、検問所の中に入った。

 中に入ると、検問所ではレイとマルセイヌがもう一人の兵士と向き合っているのが見えたが、興味もない。

 丸一日中同じ確認作業の繰り返しに、死んだ魚のような光の無い目を宿した兵士は、事務感と不機嫌さをたっぷりと込めた声で告げる。


「国民証を。……、えっ?」


 しかし、兵士の目が死んでいたのは、俺が言われるがままに国民証を提示した、その瞬間までだった。

 俺の国民証を受け取った兵士の顔色が、大きく変わる。


「……え、え? えっ、え?」


 退屈さに満ちていた目は見開かれ、国民証と俺とを何度も何度も確かめるように視線を激しく動かす。


「あの……どうか、しましたか?」


 様子のおかしい兵士を前にしたリリスはその行動を怪訝に思って声を掛けるも、兵士は俺に釘付けな状態のまま、数秒が経過する。


「……おい、どうした? 緊急事態か?」


 どうやら兵士の異変にもう一人の方も気付いたようで、その兵士が対応していたレイとマルセイヌもこちらを注視する。


「うぇ、ウェイド……? せ、セナ村の、ウェイド? セナ村の……? 本当に……?」

「そう、だが」


 聞かれたから名乗った。というより、聞かずとも国民証にそう書いてあるのだが、と思いつつ頷き返した、次の瞬間。



 不可解な反応を示した兵士は、予想だにしていない行動を取る。



「そうか! お前が……! であれば──」

「何、をッ?!」



「──お前を、拘束させてもらうッ!」



 刹那。俺は感応魔法を発動する間もなく兵士に背を取られ、瞬く間に拘束される。


 ……洗練された動き。この兵士、只者ではない。

 突然の出来事にパニックに陥る頭で理解できたのは唯一その程度のことだけで。

 職務、と言うよりかは、感極まった様子で声高に叫んだ兵士は、俺の手を引いて検問所を飛び出して行く。


「お、おい待て! お前、どこに行くつもり──」

「連行させてもらう! 付いて来い!」

「え?」

「は?」


 俺とリリスの素っ頓狂な声だけを残して、もう一人の制止の声など聞こえていないかのように、その兵士は踊るような足取りで帝都の街並みへと繰り出していく。

 不意を突かれた俺はそれに抵抗する間もなく、リリスと(エース)に別れを告げる間もなく腕を引かれ、過ぎ去っていく通行人の間をすり抜けるように運ばれていく。



「──うぇ、ウェイドさぁぁぁぁああああん……っ!」



 検問所の方から聞こえてくる残響を背にして、俺は帝都の街並みに姿を消す羽目になるのであった。








補完と言う名の、言語解説。


【魔法士】


生得魔法で属性魔法に芽生えた者達が率先して行き着く先。それが魔法士。

50人に一人と言う割合でしか生まれない魔法士は帝国の国力にも直結するため、優先的に国に囲われる。魔法士としての道を選択すれば、衣食住に困ることの無い生活を約束され、成果に応じて破格の大金が稼げるとあって誰もが一度は夢見る職業。しかし、その道は才能が十割。生得魔法が全てであり、努力ではどれだけ足掻こうとも魔法士にはなれないのが現実。

魔法士の就職先は、主に帝国軍か冒険者の二択。

どちらに転んでも成功は確約されているため、魔法士は「選ぶ側」ではなく、「選ばれる側」とも呼ばれている。

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