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一節 邂逅2

 


「こ、子供……?」


 振り返った先。剣を向けた先。そこにいたのは、孤児院にいる弟妹たちと変わらないような年頃の、娘。

 ただ、そんな娘が森の奥深くに身一つでいるはずがない。疲労が祟ってついに幻覚でも見始めたかと自分自身を疑う傍ら、その子供の放つ異様なまでの雰囲気に俺は剣を降ろせずにいた。


「何者だ、お前」


 弟妹たちと同じ年頃の子供に剣を向けるという、自分の中にあるポリシーを強制的に捻じ曲げられるような屈辱を味わわされる。

 子供には愛情だけが注がれればいい。敵意も、殺意も、害意も、悪意も、子供には無縁であってほしい。

 世界平和を願う程度の切なる祈りは、目の前の少女が放つ違和感を前に、容易く覆される。

 森の奥深くという環境とは場違いな程に平然とした佇まい。茫洋とした眼からは一切の生気を感じさせないながらも、木漏れ日は少女を祝福しているかのように降り注いでいて、淡く発光しているかのような紫色の髪は少女の背丈を覆い隠すように地面に引きずられている。


 その様はまるで、帝都の宝石店に並ぶ紫水晶のよう。


 人が宝石のように見える様は神秘的ではありつつも、畏怖を抱くには十分過ぎる。

 その気味の悪さに、背中にじわりと汗が浮かんだ。


「……かわいそうに。もう、休ませてあげても、いいよね?」

「何を、言って──ッ!」


 ふわふわと掴みどころのない少女。そもそも会話を成立させる気が無いのか、それとも俺と言う存在を認識していないのか。

 俺の話に耳を傾ける気配もないまま、少女は悠然と機竜へと歩み寄っていく。

 少女の口ぶりからして、会話の相手は俺ではないように思える。であればその相手は誰なのか。ここにいるのは、俺の他には機竜しかない。ましてや、機竜が口を利けるはずもないと分かっていながら、ただでさえこの場に不釣り合いな少女には、それを成せると思わせるだけの説得力があるように思えた。


「……もう、おやすみ」


 呆然と少女の歩みを眺めていると、彼女の手が機竜に触れる。

 瞬間。まるで命を散らすみたいに機竜に宿っていた光が弾け、機竜から反応が消える。それは正しく、機竜が眠りについた瞬間と言うべき光景だった。


「なっ……?! お前、今。一体、何をした?」


 機竜は所詮、アーティファクト。人に使われる道具であり、兵器に過ぎない。

 だから意思の疎通も出来なければ、自立思考することもないのだが、今しがた目の前で起こった光景には、機竜の意思を感じずにはいられなかった。機竜に命があるかのように見えたのは、残骸と化して尚も片目を残した機竜の目が、最後にこちらを見たかのように思えたからだ。

 目の前で起きた、飲み込むには時間を要する光景。虚空に向けていた剣を握っていた手を力なく下ろす俺の頭の中では、困惑だけが渦巻いていた。

 しかしそれもすぐに驚愕に変わる。少女が、俺を「見た」からだ。


「なん、だ……。その、目は……」

「損傷した空式決戦兵器。機竜が目覚める、まで。あと、千五百六十四万、八千七百六十秒。それまでは、休ませてあげて?」


 何を言っているんだ、こいつは。

 違う。聞きたいのはそんなことじゃない。

 先程、彼女の髪を紫水晶と例えたが、こちらを向いた少女の目は──紫水晶そのものだった。

 何を言っているか分からないと思うが、そう言うしかない。例えや比喩なんかではなく、正真正銘、紫水晶そのものが見えたんだ。俺の目には──少女の眼窩に眼球を象った紫水晶がはめ込まれているとしか、見えない。

 ……目の白い部分、強膜は白に近い淡い紫色の水晶であり、虹彩と瞳孔は中心に向かう程により色濃くなっていき、紫が強くなる。

 言うなれば、宝石のような瞳ではなく、本物の宝石が眼球の代わりを成している。それも、ただの模倣ではなく本物の目の役割を果たしている。少女の動きを見る限り、そうとしか言えないのだ。

 対峙した瞬間を思い出せ。

 彼女の目は、あんな形をしていたか? 

 いいや、思い出せない。意識していなかったというべきか。機竜に手を向けた前と後の目を、俺は覚えていない。

 ただでさえこの場に似つかわしくない少女だというのに、そんなあからさまに人ではない姿を見てしまっては、恐怖が勝る。

 ましてや、彼女が何を言っているのかも分からない現状。目の前の得体のしれない少女の姿をした何かを前に緊張が走る。次の瞬間には頭から丸呑みされていたっておかしくない。

 緊張に波立つ胸中に唾を飲み落とし、俺は彼女の一挙手一投足を注視する。彼女がもし、魔物の類であればすぐに対処できるよう、全身に緊張の糸を張り巡らせて待ち構える。

 そんな俺の心境を理解した様子もなければ慮る気配もない少女は、一切感情の読めない眼差しでこちらに歩んでくる。すぐにでも逃げ出せるよう身構えつつ、カラカラに渇いた喉を潤すべく息を飲んだ、次の瞬間、


「……お腹、空いた」

「は……?」

「……お腹、空いた」

「お……おぉ……。そ、そうか」

「……お腹、空いた」


 こともあろうに、とてとてと歩み寄って来た少女は何の気もなしにあどけなさの残る顔で見上げてそう口にする。

 弟妹たちを想起させるその姿に、一瞬前までの不気味さを忘れたかのように応対させられる。感情らしい感情を乗せない目にさえ目を瞑れば、目の前の紫髪の少女は、年端も行かない幼子でしかない。

 その事実が、俺の感覚を狂わせる。


「……お腹、空いた」

「わ、分かった。分かったから。……ほら、これでも食え」


 機械的に繰り返す言葉に、俺が応対に困っていると、少女は俺の手首を掴む。掴まれた手のひらから食われてしまいそうに思って身を強張らせるも、少女が視線を向ける先は、腰のポーチ。そこには、先程エルフの竜騎兵から奪ってきた携帯食が入っている。

 返事を聞く前に手を動かし始める仕草は弟妹と同じで、警戒すべきだと分かっていながら警戒を緩めてしまう。

 思わず差し出したれば、少女は言葉通り空腹だったようで、脇目も振らずに黙々と食べ始める。


「……お前、名前は? どこから来たんだ」


 エルフの森でありながら、この子供の耳は長くもなければ尖ってもいない。むしろ丸みを帯びている以上、人間の子供のはずだ。眼球が水晶であるという点を除けば、だが。

 人間の子供がなぜここに、という疑問もその紫水晶である眼球が説明をしてくれる。答えは単純。人間では無いからだ。

 であるならば何者か、と聞くしかないのだが、少女はその小さな口で携帯食料を貪るのに夢中で耳を傾ける素振りも無い。そんなにお腹が空いていたのか。


「ほら、水も飲め」


 一心不乱という言葉がこれ以上ないくらい似合う食事姿に、俺は思わず世話を焼いてしまう。汚れた口元を拭ってやって、水筒を口に近付ける。故郷の孤児院でも、年が上の連中にとって食事の時間は戦争だったのを思い出す。


「……けぷ」

「マジか。全部食いやがったぞこいつ……」


 携帯食料は大した量が無かったとは言え、今後森を彷徨い歩くための貴重な食料であることには変わりない。それをこの不気味な少女は、あろうことか俺の分まで食い尽くした。やけに時間をかけて食うなと思って見てみると最後の一つに手をかけている瞬間であり、その事に気付いた時にはもう既に遅かった。

 更にはこの子供。まだ足りないとばかりに物欲しそうな目で見上げてくるものだから、唖然とする他無い。


「とんだ食い意地を張った娘だ。本当に何者なんだよ、お前。……それで、名前は? 俺はウェイドだ」

「……ウェイド?」

「俺の、な、ま、え。言葉は……通じてるはずだよな。名前の概念すらないのか? とんだ蛮族出身か? 森林国家に人間の部族がいるなんて、聞いたことないぞ」

「……カタ、リナ。それが、名前?」

「カタリナ? それが名前か。カタリナか。いい名前じゃないか」

「……あんまり、好きじゃ、ない」

「今は好きじゃなくても、いつか好きになれればいい。ウェイドって名前も、前は好きじゃなかったんだ。確か、名付け親の神父様が言うには、聖書に出てくる死神の名前、とかなんとからしい。そんなもん、普通子供に付けるか?」


 気が付けばカタリナと名乗った少女は俺の足に引っ付いており、初めに感じた違和感もどこへやら。懐いてくる小動物のような少女を無碍には出来ず、俺はすっかりカタリナに対して警戒心を解いてしまっていた。


「……死神! かっこ、いい?」

「カッコいいか悪いかで言えばカッコいんだろうが、縁起でもないよな。でも今じゃ、機竜に乗って帝国の敵を殺して回る兵士だ。あながち間違っていないってのが笑い種だ」


 敵国から『死神』と呼ばれて恐れられているため、ウェイドという名が決して名折れでは無いことの証明になっているのがどうにも解せない。

 シスターもこんな名前だから答えてくれないのかと思うと、いっそのこと改名でもしようとさえ思えてくる。


「……ウェイド、好きな人、いる?」

「あぁ、いるよ……って。なんで分かる」

「……匂い、したから。繋がってる人、見える、の。ウェイド、たくさんある」

「に、匂い? 見える? 何言ってんだ……?」


 突然変なことを口走ったカタリナに驚嘆するも、子供らしい嘘かと咀嚼して飲み込む。弟妹たちのような年の頃は、構ってほしさに嘘をつくのはよくあることだ。

 もしかしたら紫水晶の目を持つこの子なら見えてもおかしくないと思う反面、やはり現実的ではなく笑って受け止めるに務める。


「さて、そろそろ移動するぞ。お前が食料全部平らげちまったからな。途中で狩りでもして腹を満たせるものを探さないといけないんだ。お前はどうする? 一人で帰れるか?」


 俺の質問に、カタリナは足に抱き着く力を強めてフルフルと首を横に振る。

 どうやら本格的に迷子のようだが、こいつを家に送り届ける余裕なんてない。ここはただでさえ敵国の領内である。エルフに見つかりでもしたら襲われかねないし、そもそもこの森の植生も、魔物の生息情報すら持っていないのだ。子供を連れて練り歩いていいような場所ではない。

 カタリナがただ者ではないにしろ、年端もいかない子供が過酷なサバイバル生活に耐えられるとは思えない。かと言って、俺は先に行く、と言って置き去りにするのも気が引けるし。


「あー……、その、なんだ……。一緒に、来るか?」

「ん、行く」


 俺の長い葛藤を嘲笑うかのように一瞬の迷う素振りすらなくカタリナは頷き返す。紫水晶の目は未だに淡く輝いていて何を考えているかさっぱり読めないが、俺の中でカタリナは最初の不気味な存在から、守るべき小さな子供と言う風に認識が変わっていた。


「……あう」


 その認識は果たして、歩き出してみれば加速度的に増していく。

 カタリナの覚束ない足取りを目の当たりにしてからというもの、心配せずにはいられなかった。

 ここまで一人でやって来たのだからさぞかし森を歩き慣れているのかと思いきや、何度も躓いては転びかける。果てには、何も無いところでも転ぶ。そうやって足を引っ掛ける度に俺が支えていなければ、今頃は傷だらけになっていたことだろう。

 ……どうやってこんな森の奥深くまで無傷で来れたんだ、こいつ。


「どんくさくて可愛いな、お前」

「かわ、いい?」

「放っておけない、って意味だ」

「……私、かわいい?」

「突然面倒くさい女みたいになったな。……背負ってやるから、落ち着け。その前に、髪を結ぶか」

「……うん?」


 何度も転んでいるというのにカタリナは怖いもの知らずのように、ズンズンと前に進もうとする。まるで痛みを感じていないかのような素振りに恐怖を感じるが、それ以上に俺の中では心配が先んでてきてしまう。

 俺はもう、この時点でカタリナと言う少女に対して、弟妹や国民たちと同じ、庇護の対象と認識してしまっているようだった。そんな彼女を呼び止め、髪に手を伸ばした。

 あれだけ地面に引きずっていたというにもかかわらず、カタリナの長い紫色の髪は毛先まで一切の汚れもなければ、乱れた様子もない。森の中という限られた環境でどうすればこの髪質を維持できるのか、と疑問すら抱きながら、さらさらと指と指の隙間を流れていく髪を手櫛で梳いていく。

 ……奇妙だ。そのことでただでさえ奇妙だと思えて仕方のない髪を撫でつけていると、紫水晶の目を目の当たりにした経験もあって、同様に髪の毛にも石質に似た何かを有しているのかと疑ってしまう。

 だが、確かな柔らかさを感じる長髪を手に取ると分かる。

 それが、ただの毛髪であるということが。

 確かめたがゆえに余計に気味悪さを抱かせる。とは言え、髪は女の命である以上、細心の注意を払って手をつけていく。

 妹たちにせがまれる過程で育まれたヘアアレンジ能力でもってカタリナを美しく飾り立てる。


「……おお。編み、編み」

「及第点、ってとこか。帝都に戻れたら、流行りの髪型も試してみるか?」

「……ん。悪く、ない」

「なんでちょっと上から目線なんだよ」


 フリフリと房になった髪を振って喜ぶ様は、年相応に見える。

 ……喜んでいる、で、いいんだよな?

 感情が読めないことで生じる疑心に不安に駆られながら、いつまでもフリフリと頭を振って楽しんでいるカタリナを横目に、森の行軍の支度を始める。

 機竜に乗るようになってから久しい行軍に準備を手間取ってしまったものの、子供一人を背負って森を歩くのはさして難しいことではない。

 訓練の時なんて、一人五十キロの荷物を背負って七日かけて行う峠越えの行軍をさせられたのだから、それに満たない子供一人を背負うことなど朝飯前なのである。


「ジッとしてろよ」

「……んぅー。降りる」

「なんだよ、急に。とにかく西に歩かないと……って、暴れるな、暴れるな。分かった、分かったから。下ろすから暴れるなよ」


 しかし、俺が背負おうと担ぎ上げた途端、カタリナは駄々を捏ねるように地面を求める。今の姿はまさしく子供に振り回されている姿、というのを否めないのだが、カタリナは地面に降り立った瞬間、とててて、と全く違う方角へと駆け出して行ってしまう。


「あ、おい! 転ぶぞ!」


 声を掛けた直後、視線の先でカタリナは盛大に転ぶ。けれども、彼女は振り返ることもなければ、そのまま倒れたままでいるわけでもない。すっくと再び立ち上がり、目指すべき場所を目指して再び駆け出すのだった。


「何を考えてんだか……」


 子供を前にして、改めて予定とは狂わされるものだとつくづく思い知らされた俺は、カタリナのことを完全に年端もいかない少女だとしか思えなかった。

 だがそれも、彼女を追って森を進んでいった先で見た光景を目の当たりにして、俺はその考えを改めるべきかと頭を悩ますことになるとも知らずに。


「……んしょ」

「この先に、何かあるのか? ……っと。見てられないから、担いでいくぞ」

「……かわいい、から?」

「は? あー……、そうかもな? それで、こっちでいいのか?」

「ん」


 俺を導くように先導し、幾度となく転倒を繰り返すカタリナ。

 最終的にはこてんと地面に転がった少女の体を拾い上げて、目指すべき場所にまで案内してやると、カタリナは空を見上げた。俺も真似して空を見上げて見ると──



「──やっほ~、ウェイド。生きてるかーい? 可愛い可愛いメアちゃんが助けに来てあげたよ~ん。五体投地で感謝しなよ~」



 すると、都合よく機竜に乗ったメアが助けにやって来たのだ。

 まるでカタリナが救援を呼んだかのように思えるその光景を前に、俺は絶句せざるを得なかった。


「──……」

「あれあれ~? メアちゃんの可愛さに失神しちゃった? 可愛すぎて何も言えない感じ? でもでも、ぶっちゃけるとさっさと乗ってほしいんだよね。いつエルフの哨戒に見つかるか気が気じゃないんだわ。単独で囲まれたら流石に僕でも無理だからさ。ところで横脇に抱えてるその子は何? ウェイドの隠し子?」


 空中でホバリングして突風を撒き散らす機竜を呆然と見上げる俺と、結んだ髪束を握り締めて無感情に見上げるカタリナ。

 メアがうざったいのはいつものこととして、メアの訴えにハッとして己を取り戻した俺は冷静に状況を鑑み、メアの質問に答えるのも、メアに問い掛けたい思いも押し殺して、この森からの脱出を一番に考えた結果、取るべき行動は一つだった。

 邪魔な荷物を投げ捨て、カタリナだけを手に持って機竜に飛び乗るということ。


「ちゃんと掴まっててよ──って、ひゃあん! ちょっと! 変なトコ触んないでよ!」

「触ってねぇよ! 大体、男の腰掴んでも嬉しくもなんともないから!」

「……んぅ。ウェイド、うるさい」


 衛生兵や整備兵も同乗することがあるため、機竜は一人乗りというわけではない。かと言って、大人二人に子供一人の計三人が満足に乗れるだけのスペースがあるわけでもない。とりわけ、俺の相棒だった遊撃に使われる機竜は機動力の確保に性能を割いているため同乗人数は最低の二人でギリギリ。それと同じ型であるメアの機竜に乗るのだから、搭乗スペースはほぼ限界。

 密着する形で前に操縦するメアと、後ろに俺。そして小さなカタリナが二人に挟まれるという状態が最適解であった。これ以外では安全に速度を出して飛行することが出来なくなっている。


「ちょっとの間我慢してくれよ」

「……ん」

「三十分くらいはこのままだねー。はあ最悪だよ。くっつかれるならレオ殿下が良かったのに」

「あんな奴のどこがいいんだか」

「ウェイドったらまたそんなこと言って。不敬罪で捕まっても擁護してあげないから。むしろ、前からこうなるだろうなーとか言って新聞に情報提供までしちゃうからね」


 レオ殿下にご執心なメアだが、こいつの腹の下は真っ黒を通り越して暗闇だ。

 何を企んでいるかは分からないが、殿下に取り入ろうとしていることだけは分かる。こいつの邪魔さえしなければ害はないし、見ているだけなら面白い奴で違いない。


「……レオ殿下、お冠だったか?」

「そりゃあね。戦後処理でバタバタしてたからちゃんと確認出来てなかったけど、僕にはちょっと悲しそうに見えたよ」

「悲しむ? 自分で撃っておいて? とんだ自作自演野郎だな」

「それだけウェイドのことをライバル視しているってことじゃない? いいな~。羨ましいな~」

「皇族の血筋に目を掛けられるってのがどれだけ面倒くさいことか分かって言ってんのかよ。……いや、分かって言ってんだよな」


 少なくとも、第三機竜小隊の俺以外のメンバーは皆、それぞれの事情を持ちながらレオ殿下に気に入られることを望んでいるのは周知の事実。家の事情が大半だが、誰もが戦果よりもそちらを重視しがちである。

 メアもその一人。ただ、こいつの場合は他の奴らと比べても趣旨が大きく違っている。だが、それでもレオ殿下を欲しているという点では同じである。


「ウェイドくらいだよ、殿下を邪険にする人は。……それで。その子のこと、そろそろ聞いてもいいかな? 内容次第ではリリスちゃんに言う時に口裏合わせてあげるからさ」

「なんでそこでリリスが出てくんだよ。……なあ、森の奥で拾ったって言ったら信じるか?」

「信じられるわけないじゃーん! 森林国家で人間の子供を? バカだねぇ。もう少しまともな言い訳はないの?」

「そう言うしかないんだよ、マジで。一切ふざけてねぇからな」

「だとしても、だよ。その、変な目。本当にただの子供だって言うには無理があるでしょ。連れ帰ってからバッカスになんて説明するの? 変な所があればすぐに『研究塔』行きだよ。そんな小さな子を見殺しにするのは流石に僕でも寝覚めが悪いんだけど」

「やっぱり、見えていたか……」


 メアにはカタリナの背だけを向けていたつもりだったが、どこかのタイミングで見られていたのだろう。腕の中でこちらを見上げる、人間離れした眼球を。

 メアの言う心配事はごもっともだ。第三機竜小隊の衛生兵には、研究塔と呼ばれる常にキナ臭い噂を漂わせている部署からの派遣兵が一名在籍している。衛生兵とは思えぬ筋骨隆々な体躯のバッカスと言う人物がそれに当たる。

 とは言え、バッカスは研究塔からの試薬や豊富な知識でもって小隊に活躍してくれており、研究塔に纏わり付くキナ臭い噂とは正反対の真摯な様子で職務に当たってくれている。

 だが、そこは研究塔。俺が「特別騎兵」として帝国貴族の連中に疎まれるのと同じように、「研究塔所属」と言うだけで信頼に値しないというのはその名を知っていれば常識のようなものだ。そんな所に属する連中が、この紫水晶の目を持つカタリナを見たらどんな行動を取るのか、考えるだけでも恐ろしい。

 正直言って、カタリナにとって悪い未来しか見えないのが本音である。


「慰めにしかならないだろうけど、せめて目隠しくらいさせておきなよ」

「あぁ、感謝する。お前は、信じてくれるのか?」

「森林国家はエルフの国。人間族が逃げ込んで、あるいは迷い込んでその先で子を成した……と考えれば辻褄が合う訳じゃないけど、そんなの限りなく低い可能性に過ぎない。だから信じるか信じないかで言うなら、僕は信じてない。本音を言えば、森に置いて来た方がいいんじゃないかとすら思ってる。……その子の存在自体、怪しんでるよ」


 メアの言う通りだ。あんな森の奥で子供が一人だなんて、それを無害と断じる方が疑わしい。何らかの干渉を危惧した方がいいくらいだ。

 実際、機竜には干渉していたし。

 それでも俺は、カタリナを保護した。

 弟妹を思い起こす仕草に絆された、と言えば否定しないが、少なくともカタリナ自身は俺についてくることを拒否しなかった。……否、それは言い訳に過ぎないか。カタリナに責任を押し付けた勝手な言い訳だ。

 判断基準も曖昧な子供に責任を負わせるなんて、俺のポリシーとは反するものだ。だから敢えて言うなら、俺が俺の判断で連れてきた。それに限るだろう。

 俺はこの少女を、守らなければならない。何故だか不思議と、そう思えるのだ。


「でも僕は、ウェイドを信じてるからね。もしかしたら国賊の片棒を担ぐとしても、僕はウェイドの判断を信じてる。何せ、命を預け合う仲間だからね」

「どれだけ枝を伸ばしたらそうなるんだか。それでも、ありがとうな。メア」

「うはは! ウェイドから素直な感謝の言葉が聞けるなんて、鳥肌もんだよ! こりゃあ、明日は雪でも降るかな?」


 からかうメアに、「うっせぇ」とぶっきらぼうに言い放つ。

 その反面、メアの真っ直ぐな言葉に俺の口元は弛まずにはいられなくて、メアが計器の操作に取り掛かってくれていて本当に助かった。

 もし万が一にも見られでもしていれば、今後一生、もしかしたら死ぬまでこのことでからかわれ続けるところだった。

 俺たちの会話を間近で聞いていた少女が、しがみつく腕に力を込めて見上げる。その目は相変わらず無機質な宝石の輝きを宿すのみであったが、どこか心配そうに見えたのは気のせいじゃないように思える。


「……ウェイド」

「心配すんな」

「でも、忠告だけはしておくよ。あんまり入れ込み過ぎないことだよ。引き返せなくなっても知らないからね」

「ご忠告どうも。気を付けるよ」

「ところでその子、どうするつもりなの? もしかして……飼うの? 調教するの? 鬼畜の所業なの?」

「なわけあるか! ……はあ。俺の育った孤児院に送り届けるつもりだ。そこなら、ちゃんと育ててくれるだろうから」

「あぁ。あのクッソ遠い上に、なんもないウェイドの故郷だね!」

「お前、言って良いことと悪いことがあるって知ってるか?」

「だって本当のことじゃーん」


 これだから帝都育ちのお坊ちゃまは。あの田舎の本当の良さってものを知らないからそんなこと言えるんだ……、なんて言ってみたが、帝都に来て五年。すっかり都会に馴染んだ今の俺にとって、故郷は物足りないと感じつつある。

 だって、帝都から馬車で二週間もの距離。食事、娯楽も最低限の農村である。メアが言ったことは、ほぼ正解だ。それでも、愛すべき初恋のシスターフィオナがいるだけで俺にとっては都会と並ぶだけの魅力があると言えるのだが。


「そこなら研究塔連中の目を欺けるかもね。せめて機竜が使えたら二週間の道程なんて二日と掛からずに済むのにねえ」

「俺の機竜……」

「その処分は僕には何ともできないから甘んじて受けなよ~。前代未聞だから、どうなるか分からないけど! まあもし小隊をクビになっても、飲みには誘ってあげるからさ!」

「縁起でもないこというなよな。……でもまあ、期待してる。お前のその貴族のくせに全然貴族らしくないところ、好きだぞ」

「お? メアちゃんに惚れちゃったかな? でもごめーん! ウェイドは僕のタイプじゃないんだよね~!」

「……ごめーん?」

 このクソガキ、と腹を立てる寸前で気の抜けたカタリナの一斉がかかって冷静さを取り戻す。

「カタリナが真似しちゃっただろうが。変なこと口走るんじゃねぇぞ、この野郎」

「ごめーん!」

「……ごめーん?」

「てめぇ」

「え!? 今のは僕悪くなくない? なくなくない!? 悪くないよね!」

「降りたら覚えとけよ」

「……なくなくない?」


 カタリナはメアの発するフレーズが気に入ったのか、移動中に繰り返す。その度に苛立ちがメアの背中に降りかかる。


「そう言えばあの時、一時的に通信が切れたと思うけど、アレ、殿下の指示だったらしいよ。僕のオペちゃんに聞いたら、喜んで漏らしてくれたから。帝都の本部の方で、通信そのものを切っていたみたい。どういう意味か、分かるよね?」

「……また、下衆いことをされたもんだな。メアはどうやってここに? 殿下が俺の捜索を決めるなんて考えられないんだが」

「そりゃあもちろん、勝手に動いてるからに決まってるでしょ? でもそれも、リリスちゃんに泣きながら頼み込まれなかったら動いてないけどね」


 んべっ、と舌を出して振り返るメア。仕返しのつもりか。

 とは言え、サバイバル生活を覚悟していたのに、こうして帰ることができているのは他ならぬこいつのお陰だ。感謝こそすれども八つ当たるわけにはいかない。リリスにも、感謝をしなければだ。

 ……短い時間とは言え、極限状態にいたことで胸中に蟠った空気をようやく吐き出して空を飛ぶ機竜から外を覗くと、遠くに黄金色に輝く麦畑が見える。

 夕日に照らされてより一層輝きを増す大麦を見て、ぽつりと呟く。


「……冷たい、エールが飲みたい」


 独り言は誰に聞かせるわけでもなかったが、後方に流れていく景色のように聞き流される。ただ一人だけ、カタリナだけが俺を見ていた。


「……なぁ、メア。この前一緒に酒場に行ったとき、変なおっさんに絡まれただろ」

「急になに~? まあ……覚えてるけど」

「いや、お前やけに盛り上がってただろ。その時の会話が、どうしても思い出せなくてな」

「思い出す必要ある? って言うか、あれはただ適当に相槌打ってただけだから。酔っぱらいと貴族のおじさんには適当に頷いとけばいい。これ、処世術だから」

「あの時、おっさんがなんて言ってたか覚えてるか? この世で一番残酷なことは何か、って話」

「ああ、絡まれた時のやつね。あの時は確か……ええと、そうだ。『この世で最も残酷なことは、戦争で負けることでも、四肢を失うことでもない。この世で最も残酷なのは──』」



 ──裏切られること、だ。



 頭にふとよぎった程度のことをメアから聞き出すほど気になったのは、何故か。

 そして、それをどうして知りたかったのかも、分からない。

 なんとなく、頭に刻んでおかなければならないと、無意識にそう思っていた。

 しかし、頭に残ったその文言も、メアの賢明な処置によって蘇った通信が突如として繋がった途端に流れ込んできた頭に割れんばかりの音声によって、刻まれた言葉は再び記憶の奥底へと流されていってしまうのであった。






補完と言う名の、言語解説。


【耳飾り(インカム)】


機竜と共に遺跡から発掘されたアーティファクト(以下、AF)。

オペレーター室と呼ばれる機竜の発掘された遺跡。そこから機竜を中継器として繋ぎ、操縦者と会話を繋ぐ遠距離通信用AF。

それによって、これまで手紙や書簡でしか情報をやり取りできなかったものが、遠距離通信が可能と実現できたことで、様々な運用が模索されている。

尚、AFの技術転用は大量に後がつかえているため、解析が終わり、技術転用が実現可能なレベルに至るまではあと数年か、それとも数十年かの時が掛かると言われている。それでも、現代から見れば数世代、下手したら数十世代先の情報革命が起こるとあって、期待されている。

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