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一節 発狂3

 


 ◇


 ずぬり。


 そんな音を立てて、俺の剣は血を浴びた。


「ぐ、う、が、ぁ……!」


 フッ、と短く息を吐いて僅かに開いた扉の隙間から差し込んだ剣先は、まるで霞でも切っているかのような感触で一切の抵抗なく教会へと踏み入って来た人物の胸に入り込んでいった。

 刺し貫く光景は俺にささやかな興奮を覚えさせ、艶やかな吐息を吐かせる。


「チィッ、先客か! 扉を蹴破れ!」


 胸に剣を突き立てられ、俺を見る目から光を失わせていく男の後ろから、声が掛かる。

 一人じゃない。それを確信した俺はすかさず剣を引き抜き、後ろに跳び退る。


「……火事場泥棒か? 一人、二人、三人……。全部で、五人、か。……全員殺せば、神様も見てくれるだろうなぁ?」

「何言ってやがる。どうせ、お前も同じ口だろう? 石になった人間を砕いて売れば良い値が付く。この村はまだどこも手が付いてないから、てっきり俺たちが一番乗りだと思ったんだがな……。確認せずに立ち入ったこいつが悪いということで大目に見よう。……だが、初めからこうなると思っていたから武装してきたんだ。見たところ、衰弱しているようだが、手加減はしない。お前たち! 数で畳み掛けるぞ!」

「いいや、坊ちゃん。俺にやらせてくれ。親友を殺されて俺ァ、腹が立っているんだ」

「好きにしろ。俺たちも勝手に加勢する」

「ハッ。分かってるじゃねぇか」

「……見たところ、剣は素人だな。……一つだけ。準備運動は、済んでるか?」

「舐めやがって……。お前ぇで済ませるから、いいんだよッ!」


 野良の試合に開始の合図など無粋なだけで、一人の部下の男が剣を振り上げ、迫り来る。

 型も基礎も無い、何も考えず剣を握っただけの、素人の剣。

 構えも振り方も、全てにおいて無駄の多い一撃は、俺の覚束ない足取りでも半歩横にずれるだけで避けられる。


「いち」

「は──」


 そうしてがら空きになった胴にすれ違うようにして剣を叩き込むと、まるでバターにナイフを入れるかのように滑らかな手応えと共に切りかかって来た男の上半身が床に転げ落ちる。


「ッ、こいつ……、剣術の覚えがある! 帝国の残存兵か……厳しいな。俺が出る! お前たちはクロスボウで牽制を!」

「……驚く程、良く斬れる」


 自分の首を刎ねようとした時は抗えないくらいの抵抗を感じたのが嘘のようである。……あれは、俺が俺の意思で止めていたということか。今ならきっと、何の障害もなく自分の首を落とせそうだが──


「貴様、只者ではないな。叶うのであれば、お前のような腕のいい戦士は引き入れたいところだが、仲間を殺されている手前、俺も本気で行かせてもらう。卑怯とは言うまいな」

「……お前、カヴセール族か?」

「だとしたら、なんだ? 俺を知っていながら、この狼藉を働いたとは言わせんぞ」

「いや、知らない。お前がカヴセールの誰だろうと……俺の家族を奪うつもりなら、殺すだけだ」

「坊ちゃま、お気を付けを。この者からは、ケダモノの臭いがします」

「分かっている。だが、出来ることならもっと早く気付くべきだった。……しかし、手ぶらで逃げ帰る訳にも行かんからな。お前たち、油断するなよ」


 目の前の火事場泥棒、もといカヴセール族の連中が俺の家族に手を出すつもりである以上、俺はここを退くつもりはない。

 命を絶つのは、こいつらを殺してからでも遅くないだろう。


「なんだ……、この、気配は……ッ!」

「坊ちゃま、気をしっかりお持ちになってください!」


 カヴセール族は、人間と遜色ない見た目をしている。

 強いて言うならば、赤い瞳と病人のように白い肌が特徴であり、目の前の男や、その仲間たちも特徴を有している。

 隣の自治領から彼らが出てくるのは何故か。それも、武装して。

 帝国の属領となった彼らには一定の裁量権が認められいて、帝国自治領の中で今まで通りの生活を送ることが出来ているはずなのに、どうして──……、とそこまで考えたところで、俺は思考を切り離す。


 ……どうだっていいや、と。


 彼らにどんな事情があろうとも、俺の家族に手を出すのであれば、容赦しない。

 彼らの命を捧げれば、神様も見てくれるだろうから、殺す。あと、四人だ。

 良く見れば、彼らの露出する肌にも俺と同じように肌に紫水晶が浮かんでいるのが見えたが、何の感慨も湧かなかった。


「来ないなら、行くぞ?」


 帝国では見慣れなかった構えを見せた男が額に汗を滲ませ、一向に動き出さない様子を前にしびれを切らした俺が一歩踏み出そうとした、その時。

 カン、と音を立てて、俺が踏み出した足先に、礼拝堂の床に矢が突き立つ。


「なら、お前からだ」


 瞬間、俺は進む先を容易く切り替え、矢の飛んできた方向へと飛び出す。

 案の定、逃げ惑いながらクロスボウの第二射を構えるべく弦を巻く男は隙だらけで、下方向に構えた剣の刃先がギャリギャリと音を立てて床を削り取る。

 次の一歩で、逃げ惑う男が間合いに入ろうと言った、次の瞬間。

 別方向から飛んできた矢によって、俺は防御態勢を取らざるを得なかった。


「今のを、受け止めるかよ……?!」

「……人数差か。厄介だな」


 そう言いながら、再度別方向から放たれた矢も弾き落とすことに成功するものの、第一射を担当した男はその隙に矢を番え直している。

 洗練された、とまでは言わないが、厄介だと思うには十分な人数差。早々に一人を切り殺せて良かった。

 はてさて、この状況を打開するにはどうするべきか、と独り言を零した、刹那。

 背後に影が差す。


「チェエイッ!」

「……不意打ちは、静かにするもんだ」

「手も足も出ない状態で、良く言うな」


 剣戟。

 神聖なる礼拝堂には不釣り合いな、不快で心躍らす金属音を立ててぶつかり合う剣と剣。

 先の一人の下手な扱いとは違って、このリーダー格の男の剣術は良く磨かれている。

 そうやって誰かの剣を評価できるほど俺の剣の腕は褒められたものではないが、慣れない剣術相手に俺は防戦一方を強いられる。


「チッ」

「くそ、どうして攻め切れない?! こちらは、四人もいるというのに!」


 剣術使いの男と一騎打ち、ではなく、俺は残る三名からのクロスボウによる援護射撃も捌かなければならず、攻めに転じることができないでいた。

 しかし、男の方も攻めあぐねていることに焦りを感じ、顔に出す。

 男との剣戟の隙間を縫うように、前方から、側面から、そして背面から襲い来る矢の一本一本も俺は剣で落としながら、男の剣も弾いていく。

 剣戟を交わす度に男の表情がじわじわと焦りに満ちていくのが分かるが、命のやり取りをする上で重要なことは、常に冷静でいることだ。それに、こればかりは相性というものがある。

 何せ俺には、近接戦闘における加護とも言うべき生得魔法が備わっているのだから。



 ──感応魔法。



 俺が生来持ち得る魔法を使っている間、自身の周囲三十センチに入った物体を感知することが出来る、というだけの魔法。

 特別騎兵に任命されたのも、この魔法が機竜というアーティファクトにとりわけ相性が良かったからと言うだけの話である。

 剣戟を結びながら、クロスボウの放たれる音を察知して魔法を展開。

 放たれた矢が三十センチ以内に入り込んだ瞬間、男の剣を大きく弾き、矢を落とす。ただそれだけの話だ。

 もちろん、これだけの技量に至るまでに何度辛酸をなめさせられたことか。反応速度を極め、それに耐えうる肉体を保持するのも過酷だったことを思い出す。

 目の前の男からすれば、後ろにも目が付いているのではと錯覚してしまえるような光景が繰り返されていると思うが、これも長くは続かない。

 祈りをささげることに時間を割き、長い時間動かないでいたせいか体力もすっかり落ちてきていて、俺の呼吸にも乱れが生じ始めた。


 ……それに気が付いたのか、切り結んでいた男の口元に笑みが見える。


「息が、上がっているぞ?」

「……っ、さて、な」

「フッ……。俺の、勝ちだな」

「ッ?!」


 切り結ぶ剣が一際大きな音を立てた、次の瞬間。

 俺の横脇に深々と矢が突き刺さる。

 堪らず、大きく剣を横に薙いで男から距離を取ろうと図るが、それを読まれていたのか、男は体を大きく反らすことでそれを回避して見せた。


 なんたる軟体さ。


 驚愕に目を見開いたのも束の間、大きく仰け反った態勢から体を立て直した男の大上段からの振り下ろしに、俺は剣を戻すので精一杯のまま防御姿勢を、取ってしまう。


「ぐっ、うぅ……ッ!」

「無駄な足掻きだ! 言っただろう、俺の、勝ちだと!」


 上から叩き付けられる暴力に、疲労を訴える足腰が震え、横脇に刺さった矢の傷から血が噴き出す。

 その痛みに耐えたのも一瞬。

 男の言葉に応えるかのように放たれた三つの矢が、俺の身体を傷付ける。


「ぐぁ、が、あぁぁあああああ!」


 痛みを覚えるも、押し込まれた剣を押し返す勢いで歯を食い縛る。

 感応魔法の対応策は簡単。俺の四肢を封じてしまえば良いだけの話だ。それを見抜いたのかは分からないが、俺は完敗に近い状況にまで追いやられている。

 遠くで、次の矢が巻かれていく音が聞こえる。

 ここで押し返したて、次の矢を打ち込まれたら、俺の体は耐えられない。血を流し過ぎている。


「どこに、そんな力が……?! だが、それも長くは保たないだろう! さっさと死ね! この、死に損ないめが!」


 万全の状態の男と、傷だらけの俺。

 どう足掻いても力比べでは勝ち目のない状況に、俺は何の躊躇もなく、一切のリスクを投げ捨て、命をギリギリで繋ぎ止めていた剣から──手を離した。


「ン、なッ?!」


 素っ頓狂な声を上げて見開かれる男の目。

 力の行き先そのままに振り下ろされる、男の剣。

 俺は全力で地を蹴り後退するも、振り下ろされる猛威からは逃れられず。

 切り裂かれるは、肩口から腰に掛けての縦一文字。

 音を立てて傷口から噴き出る鮮血は、行き場を失い不規則に彷徨う俺の剣を赤く染め、視界を埋める。


「諦めたか」


 フッ、と息を吐いて笑うカヴセール族の男。


「……」


 燃えるような痛みを発する傷。

 矢を受けた傷は気を失う程に痛い。

 酷使した肉体が悲鳴を上げている。

 激しい徒労と、苦痛に苛まれる体は、とうに限界を迎えていた。

 痛くて痛くて、死んだ方がマシだとすら思えてくる。

 が、しかし。


 まだ……、生きている。


 どくどく、だくだく、と流れる血は止まることを知らず、あとどれだけ生きていられるか分からない。

 だが、まだ──生きている。


 あれだけ死にたいと願っていた俺が、生の実感を覚えてしまったではないか。

 自然と、口元が緩む。


「ふ、はっ」

「……壊れたか?」



 ──俺はまだ、生きているのだ。



 ならば、俺のすべきことはなんだ?

 俺のやるべきこと。やらなければならないことは、なんだ?


「家族を……守る……ッ!」


 熱い吐息が吐かれる。


「っ?! 坊ちゃま! 急いで、トドメを──」


 床に広がった血だまりを蹴って、俺は射手目掛けて駆け出していく。

 その勢いは、さながらクロスボウの矢の如く。


「ヒぃッ!」


 引き攣った射手の男がクロスボウを撃つが、それは顔の前に出した腕に突き刺さり、俺の足を止めるには至らない。


 ……ああ、痛い。余りに痛くて、泣いて、喚いて、蹲ってしまいたいほどの痛みだ。


 それでも、俺の足は止まらない。


「と、止まれェッ!」


 ドッ、と二つの矢が後方より放たれるが、一本は壁を、一本は俺の肩を穿つが、俺の足を止めるには至らない。

 不思議と、痛みを感じるよりも愉しさが湧いてきて、俺は射手の男目掛けて飛び掛かった。


「ヒッ──」


 数少ない礼拝堂の長椅子を破壊して射手ごと床に薙ぎ倒した俺の手には、打ち所が悪かったのだろう。衝撃で気を失った男の首。

 俺は腕に刺さった矢を力づくで抜いて、再び駆け出す。次は、別の射手だ。


「ぎゃっ──」


 茫然とする彼の元へ駆け寄り、手に持った鋼鉄製の鏃の付いた矢で虚しい抵抗を繰り出した男の首を突き刺すと、射手の男は容易く絶命する。そして俺が残る最後の射手に向かって手を伸ばした、次の瞬間。

 間に割って入る影に、手を取られる。


「っ、これ以上、好きにさせてたまるか!」


 刹那、天地が引っ繰り返った。


「──」


 手を取られたところまでは理解できる。


 ……その後、俺は何をされた?


 このままでは、背中を強打し、意識を刈り取られる。

 そうなっては、待ち受けるは死、のみ。

 であればどうするか。

 ──簡単だ。

 倒されなければいい。


「……」

「坊ちゃま! まだ倒れていません!」

「なっ──」


 音もなく着地した俺を見て、射手がクロスボウを構えるが、遅い。

 俺は身を翻し、俺を投げ飛ばした後の態勢で固まるカヴセール族の男の顔面にハイキックを見舞う。

 こめかみに突き刺さった踵は男を薙ぎ倒し、意識を刈り取る。白目を剥いて後ろに蹴り飛ばされた男は、射手の男同様に長椅子の瓦礫に埋もれる。


「坊ちゃまの、仇……ッ!」


 それを見届けた直後、クロスボウの矢が俺の肩に突き刺さる。


「どうして、まだ、倒れないのですか……!」

「お前たちが、家族を狙うからだ」

「……っ、わ、分かりました。であれば、この場所から……いえ、この村からは手を引きます! だから、だからどうか、これ以上は……、命、だけは……!」


 導かれるようにして剣を拾い上げた俺に対して、残された射手の男はクロスボウを投げ捨て、武装を解除しながら命乞いを口にする。

 兵士であった俺の頭には、帝国人道法が叩き込まれている。

 戦意を喪失した相手を前にこれ以上力を振るうことは暴力であり、非難されるべき。

 そうは分かっていても、俺は真っ赤に染まった剣を片手に、射手の男に歩み寄る足を止められなかった。


「は、話を、はなしを聞いてくれ! わ、我々は、カヴセールの──」


 何か言っているようだが、俺には聞き取れない。

 キンキンと響く耳鳴りだけが、俺の頭を支配する。


「ひぃいッ……! や、やめろ! それ以上、近付くな!」


 腰を抜かし、床を這って逃げる男は、やがて壁際に追い込まれる。


「し、死、神……」


 そして俺は、迷い無く男の胸に剣を突き立てた。

 心臓を一突きにされた男は、怯えや恐怖、憎悪と言った感情を宿した目で俺を見上げた後、ガクン、と首を落とし、絶命する。


 それを見届けた俺は、フワフワとした実感のままに、荒れ果てた礼拝堂の中でいつものようにステンドグラスと十字架に向かって、祈りを捧げる。


「……ああ、終わった。やりました。神様、見ていてくれましたか。家族を守りました、よ……? だから、どうか、どうか、お願いします。家族を……みんなを、元に──」


 戦闘時に落としたのか、十字架の首飾りは手元には無い。

 だから俺は剣を掲げ、自ら生み出す血だまりの上で祈りを捧げる。


「──」


 どれだけ長い時間、いや、それとも短い時間か。

 最早時間の感覚すら分からなくなった暗転した世界で、俺は血だまりにその身を沈める。


 手指の先から冷たくなっていく感覚に、笑みを零しながら──







補完と言う名の、言語解説。


【クロスボウ】


魔法士という戦力が存在していても、遠距離の武器は活躍している。

そもそも魔法士の絶対数が少ない以上、農民でも最低限の訓練で扱えるようになる武器が使われないわけが無い。中にはアーティファクトによる遠距離攻撃部隊も帝国軍には存在しているが、中隊規模一つだけのもの。その多くは国境付近に配属されているため、一般人では手の届かない品であった。

一方でクロスボウは安価であり、魔物相手にも有効ということで、包丁や鋏、農具の次に手に取りやすい武器と言える。

しかし、クロスボウがアーティファクト”ではない”発掘品から採用された武器として弓矢の時代を終わらせたのと同様に、発掘品から出土した「火薬」なる存在に時代を取って代わられようとしていた頃に、大災害の襲来。

それによって一命を取り留めたと言っても過言ではない存在でもあった。

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