あなたのところへ
これにて第一章、終幕です。
一週間ほど時間を空けてから、第二章を始めたいと思います。
◇
オリア歴一一四年 六月三日。
オリア帝国首都オーレリアは、アーティファクトを流用して作られた魔力で光を灯す街灯が帝都のあちこちを明るく染めるため、帝都は別名「眠らない街」とも呼ばれていた。
そんな昼と何ら変わらない明るさの夜道を、一人の女性が歩いていた。
「またこんな時間ですか……。私も仕事、辞めちゃおうかなぁ」
「お嬢様、せめてお迎えの際は馬車を用意しますので……」
「徒歩十分の距離を馬車走らせるなんて、無駄よ。そもそも、お迎えも要らないくらいなのに……」
リリス・アルバート。
そして彼女の隣を歩くのは、護衛の従者である。
女性二人が夜道を歩いて家路につけるほど帝都の治安が良い、と言われれば、必ずしも頷ける訳ではなかった。
彼女らが歩いているのは、中心街【メインストリート】でも貴族区にある道。帝城に近ければ近いほど警備が厳重になる帝都において、貴族区と呼ばれる第十区はまだ平穏と呼ばれる部類であった。
これがもし「眠らない街」の代名詞である十区以降の繁華街や裏道に逸れれば、リリスほどの美貌とスタイルの持ち主であれば路地に連れ去られ、たちまち暴漢に襲われるのが目に見えている。帝都と言えど、全ての場所で憲兵が目を光らせているわけではない。繁華街での犯罪事例など、日夜事欠かないのだから。
とは言え、護衛の従者は腰に剣を佩いている。
住民区と貴族区の汽水域とも呼ばれる第十区は、言うなれば貴族区に邪なものを立ち入らせない水門の役割を果たす。ゆえに、貴族区と言えども、女の夜歩きに涵養とは言えないのが現状であった。これまでは、決まってウェイドという護衛が目を光らせていたが、それももうない。男爵家とは言え、彼女もまた、貴族の端くれ。護衛の従者はいざとなればリリスの盾となって死ぬ覚悟は既にできていた。
そんな彼女がこの時間に出歩いているのは単に、仕事の帰りだからだ。
「あの上司に、辞表を叩き付けてやろうかしら」
「お嬢様、お言葉が汚いですよ」
「愚痴くらい、言わせてよね」
担当する機竜騎兵がいなくなっても、彼女の仕事は無くならない。
機竜という特別性の高いアーティファクトを扱う部署のせいか、貴族からの突き上げが多く、それらに応対する事務仕事はいくら手があっても足りないものであった。
その数は研究棟に対する陳情と比べても遜色なく、彼女は今日も日付が変わってからの退勤に溜め息を吐く。
「……ウェイドさんは今頃、セナ村に着いた頃かな」
溜め息と一緒に零れたのは、リリスの想い人。
二週間前に交わした食事会。そこでリリスは自分の秘めたる思いを告げ、見事に玉砕した。
あの日の夜は、家に帰ってから声を押し殺し泣いたもので、翌日の仕事では同僚から盛大に慰められたのは彼女にとってつい最近の出来事。
しかし、想いが実らなかったからと言って、好きだった記憶が無くなるわけではない。むしろ、日に日にその思いは強くなる一方。
「奥様が見合いを組まれているそうですよ」
「絶対イヤ。そもそも、ウェイドさんのこと忘れられるわけ、無いし……」
彼女の同僚からは、「新しい恋見つけようぜ」と誘われているが、リリスにとってみれば五年もの間片思いし続けた相手を今更一度くらいフラれた程度で忘れられるはずがなかった。
「うぅ~……。こんな思いをするくらいなら、あの時、無理にでも連れて行ってもらえばよかった……いや、でもそれはウェイドさんの迷惑になるし……」
「繰り返し忠告いたしますが、あの男性は良くない噂を持つ人物との交流があるようで……」
「その件はもう片付いたはずです。彼自身が違う、と言っていたのですから。ウェイドさんが私に嘘をつくはすがありませんし」
「おいたわしや、お嬢様……」
しかし、その振られた理由にしてリリスが際の際まで告白を渋る理由でもあった、彼には好きな女性がいる、ということを思うと、引きずる思いが未練がましくなる自覚があった。
振られた翌々日には好きだった人が帝都を発ってしまったと知った時には、リリスは振られたショックも忘れて、機竜のオペレーターという立場を存分に振るってウェイドの内示を徹底的に調べ上げた。
結果、ウェイドの異動先である「カヴセール領キリズミ郡」と言う情報に辿り着く。更には、その道中に、ウェイドの出身村であるセナ村があるということも掴んで、リリスは思わず頭を抱えざるを得なかった。
だってそこには、リリスが願ってもなれなかった彼の想い人がいるのだから。
「ライカさんってば、全然、私の嘆願に聞く耳持ってくれないんだから。あの、頭でっかちめ」
「お嬢様」
「分かってます。大体、悪いのは全部、ウェイドさんの活躍の一切合切を認めなかったレオポルド殿下で……」
「お嬢様! ……それ以上は不敬に当たりますよ」
「はぁ……」
当然、ウェイドの配属先を知ったリリスは一切の迷い無く上司に異動願いを提出したのだが、ただでさえ人材不足のオペレーター部門である。上司にはそれを切って捨てられたものの、リリスは依然、諦めてなどいなかった。
それでも、今もこうしている間にウェイドと彼の想い人であるシスターの距離が近付いてしまうのではないかと思うと、衝動的に居ても立っても居られなくなってしまうのは恋愛の性というものだろうか。
「それに、彼の御方は今頃──」
「皆まで言わなくても結構です! 分かってるんだから。分かって、るんだから……」
「……おいたわしや」
「泣いちゃダメダメ! 絶対、会いに行くんだから!」
護衛の従者の言葉にへこたれそうになりながらも、くっ、と唇を噛んで、涙が溢れ出そうになるのを、上を向くことで堪える。
リリスは彼の想い人が聖神教の修道女だというのは彼の口から聞かされている。
聞かされた当初はシスターだと分かって一安心したものの、聖神教は近年、修道女の還俗について規律を緩めており、ウェイドとその想い人が結ばれる、というリリスにとって悪夢のような結末が現実味を帯びてきていた。
ゆえにリリスはウェイドが帝都を去ってからの二週間。ふとした拍子にそのことを思い出しては不意に涙が零れそうになるという、情緒不安定も甚だしい時期を過ごしていた。
──ウェイドさんの隣に立つのは、私でなければならない。
男爵家の四女、という貴族の格としては底辺も底辺。
士官学校では平民のウェイドに目が向けられがちであったが、リリスも虐めの標的になることは少なくなかった。似て非なる立場でありながら、決して折れることのないウェイドに心惹かれたのは当時のリリスの心が幼かったからだろうが、芽生えた恋心は決して間違いじゃなかった。
いくら貧困領地の芋令嬢と揶揄されようとも、帝国貴族として生まれ育ったリリスには貴族令嬢としての矜持があった。
『欲しいものは、持ち得る全ての手を使ってでも手に入れる』
それが帝国の行動指針であり、繁栄はその結果ついてくるものでもあった。
そして、帝国を代表する帝国貴族の教えは、貴族として備え付けられた傲慢さを象徴するかのようなもの。
貴族令嬢の末席に身を置くリリスもまた、その矜持を少なからず誇っていた。
言ってしまえば、リリスはウェイドの想い人であるシスターフィオナを、下に見ていたのだ。
リリス自身がそれを意識しているかどうかは別として、態度には出さずとも、貴族として生まれ育った彼女の胸に宿る、『ウェイドの隣に立つ』という目標は決して揺らぐことはない。何度袖を振られようとも、折れることは、あってはならない。
だからその目標が危ぶまれる今、リリスはなりふり構ってなどいられない。
一刻も早くウェイドの元に駆け付けたくて、仕方がなかった。
だが彼女を取り巻く環境がそうはさせてくれず。
「ウェイドさん。必ず、会いに行きますからね」
ぐしぐしと涙を拭ったリリスが願望を込めて呟いた──その時だった。
「お嬢様……っ!」
閃光。
夜にも関わらず、南方の空に浮かんだ太陽に、誰もが目を奪われる。
まだ夜明けは遠いというのに浮かんだ太陽は、手を伸ばせば届きそうな程だ。
護衛の従者が、庇うように身を挺す。
誰かが空を指差して、疑問を抱く声が聞こえた。
その、刹那。
空が、紫色に輝いたのは。
「っ、眩、し」
昼のように明るい、眠らない街。
そう呼ばれる帝都の明るささえも凌駕するかのように夜を昼へと変えていく。
目を開けていられなくなったリリスだが、その身に熱も、衝撃も加わることなく、光は過ぎ去っていく。
星の最期の輝きを思わせるような光は一瞬で。
「……綺麗」
再び目を開けたリリスが見たのは、光の帯を残して紫色に輝く空だった。
しかし、その視線を下にずらしてみると、そこには……、
「え?」
「──」
物言わぬ紫水晶の彫刻が。
先程まで動いていたはずの人の影はどこにもおらず、その人はリリスを庇うように腕を広げた形で、動きを止めていた。
それを見て『人が石に変えられた』という答えに行き着くのは当たり前で、この平和な帝都で、それも街中でそんな事態が起こるという状況にリリスが息を飲みパニックに陥りそうになったその時、別の方向から悲鳴が上がる。
「──キャアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」
突如として上がった悲鳴。
それによってリリスの思考は停止し、状況の理解を進めることもなければ、それ以上パニックに陥ることもなくなる。
リリスは悲鳴の聞こえた方に視線を向けると、想像だにしなかった事態に目を疑った。
「え……?」
石だ。
リリスの目の前にあるものと全く同じものが目に映った。
それも、一つや二つではない。
人の形をした彫刻がいくつも、夜の街に突如として生まれたのだ。
光と同じ、紫の透き通った水晶によって作り上げられた精巧な彫刻に、女性が縋り寄っている。
状況の更なる理解のために悲鳴を上げた女性に声を掛けようとした、次の瞬間。
一つの悲鳴を皮切りに、街中で騒ぎが起こり出す。
「い、いやぁッ!」
「な、なんだよこれぇッ!?」
「なんで俺の身体が、石に──」
「なんの悪戯だよ、これは!」
「い、一体、何が、どうなってんだよ!」
悲鳴が上がる方を見れば、目の前の彫刻と同じように石にされた人に縋り付く人。焦った様子で家から飛び出してくる人。中には、体の一部が石に変えられていく人までいる。
その様子を目の当たりにしたリリスは、目の前で起こった異常事態に慌てふためく帝都民と同じように困惑し、街の至る箇所に出現した──否。石に変えられたであろう人々に視線を巡らせるばかり。
「っ、ウェイド、さん……!」
瞬間、頭を真っ白にさせたリリスを正気に戻したのは、脳裏に過った想い人の顔。
今も尚頭上に痕跡を残す紫の光が浮かんでいたのは確か、セナ村の方角で──
石に変えられた従者に感謝を抱いたのも束の間。リリスはその事実に思い至り、即座に行動に移る。
思い立っては、リリスは止まらない。
家族の無事ではなく、結ばれなかった愛する人の身を案じて動き出したリリスは、貴族区にあるアルバート家の町屋敷に向かって駆け出していく。
過ぎ去る景色の中には、これまでの日常とは大きく異なる石にされた人の姿が流れていくが、それらに気を取られることなく辿り着いた屋敷では、こんな時間でも変わらずいつも出迎えてくれる使用人が石に変えられていた。
リリスは構わず、自室へと駆け込む。
「──リリス、無事だったか! ノエルはどうした? 迎えに寄越したはずだが……」
「ノエルは石にされました。下でアナも石に……」
「そうか……。いや、今はお前が無事で良かった。それより、今の光は、帝都の騒ぎは、なんだ? まさか、同じ事が帝都中で?」
「お父様、落ち着いてください」
音を聞いて駆け付けたのか、リリスの父、グラニト・アルバートが汗を垂らして部屋に乗り込んでくる。
アルバート男爵家の家長であるグラニトは執務着のまま駆け付け、リリスが無事に帰宅したことに胸を撫で下ろす。
それも束の間、外から絶えず聞こえてくる悲鳴と困惑の声に表情を曇らせる。
「あなた! リリスは無事でしたか! ……リリス? 何をやっているの?」
遅れて、グラニトの背から顔を出した中老の女性は、シャルル・アルバート。側室を持たないグラニトの妻にして、四女の母であった。
リリスはシャルルの問いには答えずに手際よく荷造りを進めながら問いかける。
「お姉様たちは、無事ですか?」
「え、ええ。全員無事よ。リビングであなたの帰りを待っているから、その手を止めて顔を見せてあげて」
家族の無事を聞いても、リリスの胸中には不安が渦巻いたまま。
この不安を拭い去るには、ウェイドの無事を確かめる他無い。
そう口にしたところで、部屋の扉の前に立つ両親は納得しないだろう。それに、不安が拭えないとかどうかとか言ったところで、それらは所詮、リリスの建前に過ぎなかった。
荷造りを終え、肩に担いだリリスの前に、両親が立ちはだかる。
何を感じ取ったのか、三人の姉達も不安な顔をして部屋にやってくる。
リリスは悠然と部屋の中を歩いて、自室の窓を開け放った。
夜風と共に、帝都中の騒ぎが聞こえてくる。人が石になるなんてよっぽどのことだから、皇帝陛下も対応に動けないのかもしれない。
もしかしたら、皇帝陛下すらも石に変えられているのかもしれない。
リリスはそんなことを考えながら、両親と姉達に向き直る。
「……お父様、お母様。リリスはお二人の娘に生まれて、幸せでした。お姉様たちの妹で、幸せでした。ですが、私の求める幸福はこのままでは手に入りません。私の求める幸福のためには、この身分すら、不要なのです。私の幸福を願ってくれるのであれば、どうか私のことは忘れてください」
背筋を伸ばし、何処の社交界に出ても恥ずかしくないお辞儀を披露するリリス。
決して安くはない家庭教師を雇い、四姉妹平等に学ばせてくれた両親は、確かに子煩悩だと言えるだろう。確かな愛はそこにあった。
そんな親の期待を裏切る形で礼をするリリスは、親不孝と言う言葉が良く似合うだろう。
「リリス……。本気、なのだな」
「正気に戻りなさい! 今はそんなことを言っている場合ではないのです!」
リリスの淀みない言葉に、両親は慄く。
グラニトは顔を強張らせ、シャルルは眦を吊り上げる。
「……」
彼女は元より、平時であろうとも多少強引な手段であっても彼に会いに行くつもりだった。その計画は綿密であり、本来であればもっとゆっくりと、両親を説得するつもりだった。
彼女は自分の行動によって生じる迷惑も考慮して、多方面に限りなく迷惑の少ない手段を考えていたが、それはあくまでも平時でのこと。
今や帝都は突如として起こった人が石になる異常現象に見舞われており、パニックの真っ只中にある今こそ、自分の行動の末に起こる迷惑が限りなくゼロに近い状態であることを、リリスはあの一瞬で察してしまった。
目の前で石にされた従者も、悲観する国民も無視して、自分の益だけを優先したのだ。人が石にされ、家族や親しい友人にも被害が及んでいるかもしれないという状況で、リリスはそんなことを考えながら早足で帰って来た。
一軍人として帝都の民の混乱を宥めるよりも、貴族令嬢として家族の無事を祈るよりも、リリスにとって大事なのは想い人の無事。ただそれだけだった。
そんなリリスの胸中を察することなど常人にはおよそ不可能であり、常人の枠組みに囚われた両親や姉たちは胡乱な目でリリスを見つめている。
今生の別れになるかもしれない。
そう思って口にした言葉に対して、母から、姉達から口々に引き留める声が掛かるが、リリスの決心は決して揺るがない。
「か、勝手なことを言うのではありません! あなたはアルバート家の娘。私たちの大事な、娘なのです! それ以上でもそれ以下でもありません! 冷静さを取り戻し、考え直すまで、あなたをこの部屋から一歩たりとも出しはしませんよ!」
部屋の入り口を固めたつもりのシャルルに対して、リリスは姉達の顔を一瞥してからぽつりと呟いた。
「……お母様はご存じないようですが、お姉様たちは知っているはずです。昔から、私が一番、『かくれんぼ』が得意だったということを」
「「「っ!」」」
「隠匿魔法──」
魔法。
人の身では自由を奪われた魔法。逆を言えば、制限のかかった状態であれば行使が可能とされる魔法。
人間にも発動可能な魔法である『生得魔法』を唱えたリリスは、両親の眼前から、姉達の眼前から空気に溶けるように姿を眩ます。
途端、聞こえてくるのは、大人程の重さのある『何か』が地面に落ちたような音。
「リリスッ! 待ちなさ──」
「シャル、これ以上は醜聞に繋がる。黙っていなさい」
「あなたっ……! でも、リリスが……!」
急いで窓に駆け寄ったシャルルが下を覗き込んでも、そこには何もいない。
不可視の影が揺れ動いたとて、人の目ではリリスの姿を捉えることは不可能である。
時間を経るごとに騒ぎが大きくなる帝都の中でも外聞を気にするグラニト。しかし、それが貴族。内面など二の次の貴族社会においてそれは普通であり、これに眉をしかめるのは、そう遠くはなれていないはずのアルバート家の四女だけであった。
「……リリス。聞いているのだろう。お前が自分の意思でアルバート家を出て行ったとしても、私たちがお前の家族である事には変わりはない。お前はどこへ行こうとも、アルバートの家名を名乗れ。……だけれども一つ、一つだけ約束してくれ。……必ず、無事に帰ってくることを。それと、お前が迎えに行く彼を、私達に紹介することを」
四人の娘の中で父親であるグラニトに、というより、貴族と言う立場そのものに最も反抗的であったことは、グラニトも理解している。もしもその四女がここにいれば、「一つじゃないじゃん」と抗議を口にしたであろうが、その声は誰にも聞こえない。
「必ず、無事に帰って来い。リリス」
「……行ってらっしゃい。私の愛娘」
二人の言葉に返事するように、馬の嘶きが聞こえてくる。
いつの間に荷造りのみならず馬まで用意したのか、周到な娘の行動力に見つめ合って笑みを零すグラニトと、複雑な感情が綯い交ぜになった涙を流すシャルル。
そうして、リリスは人知れず帝都を駆け抜けていく。
視界の端に流れていく石になった国民を気に留めることなく、帝都を飛び出して行く。
混乱と困惑、恐怖と不安に揺れる帝都を飛び出し、想い人の身を案じる思いだけを抱いて、南西に向かい、駆けていくのであった。
──聖神ポラスの弟であるオリア神の名を冠する帝国はその日。たった一夜にして繁栄を覆される「紫晶災害」と呼ばれる異変に見舞わられた。
それは場所を移せば「神罰」とも呼ばれ、見境なく禁忌に手を出した帝国に罰が下ったのだと周辺諸国ではまことしやかに囁かれる。
帝国のみならず被害は大陸中に及んだものの、「紫晶災害」による被害は帝国南西部を中心に広がっており、被害想定はおよそ百万人を超える大規模のものとなった。それは、オリア帝国の人口の約半分にも昇る数字であった。
それだけでも恐るべき事件ではあるが、「紫晶災害」における最たる被害は、帝国を運営する帝国上層部の面々の大半が紫水晶に変えられてしまったことだろう。これにより、帝国は歴史に空白を生むこととなり、機能の大半を停止せざるを得なくなってしまう。停止した歯車を動かすには大変な労力が必要となり、それは停止した歯車が大きければ大きいほどに困難を極める。
かの「賢帝」と呼ばれし皇帝、ロベリア・ムル・オリア・ヴァレンタインが石に変えられていなければ、帝国の復権があと数年は早かったと語られる程に、災害における人材の損失が大きかった。
この「紫晶災害」から数えて三日目。
「賢帝」の損失と共に国民に告げられた「愚帝」の戴冠により、帝都に更なる混乱がもたらされることは、まだ誰も、知らない──。
補完と言う名の、言語解説。
【生得魔法】
人間であれば誰しもが与えられる、神からの贈り物。
一生に一度、十歳になった子供が教会で受ける洗礼の儀式。そこで生まれながらにして持ち得ていた生得魔法が判明し、それに沿った人生を行くのか、それとも己の力で生きていくのかを決める一つの分岐点。
生得魔法は一生に一つのみ。人間は例外なく、一生に一つの魔法しか使えない。それが世界の摂理。
ただ、中には「火炎魔法」や「水冷魔法」など、一つの魔法の中でいくつもに派生する魔法を持ち得ていることがあり、そう言った人物は皆、魔法士としての道を薦められる。魔法士とは、騎士に次ぐ職業であり、もしも一般人からその素養を持ったものが生まれれば、帝国が国として奨励するほどの貴重な存在である。
ただし、何度も言うように、生得魔法は一生に一度しか与えられない。人間はアーティファクトという人知を超えた技術を手に入れたとしても、いかなる術を使おうとも、世界が引っ繰り返ったりしない限り、後天的に新たな魔法を手に入れることは出来ない。




