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一節 邂逅1


 ◇


 ──この世で最も残酷なことが何か、知ってるか?


 いつかの酒場での記憶だ。

 隣に座ったくたびれた格好のおっさんが急に話しかけてきたことを思い出す。

 どうして今になってそんなことを思い出すのか、自分でも分からない。

 思い出そうとすると、激しい頭痛に襲われる。頭でも打ったか。

 襲い来る激痛に記憶を浚うのも億劫に思うが、それでも思い出さなければならないと頭の奥で何かが叫ぶ。うるさい。今思い出すから静かにしていろ。


 ……確か俺は、つい先程まで機竜に跨って空中戦を繰り広げていたはず。


 帝国軍第三機竜小隊遊撃隊特別騎兵。それが俺の肩書きのはずだ。

 自慢の機竜の操縦技術で、孤児から這い上がったセナ村の誇り。あぁ、段々と思い出せて来たぞ。

 あの時は確か、早めに訓練が終わったからメアを誘って酒場に行ったんだ。大分深酒して酔っていたから、おっさんの質問に俺がなんて返事をしたのかすら、覚えていない。


 ああ、違う。思い出すべきはもっと肝心なこと。直前のことだけでいいんだ。

 俺達に出兵が命じられたのは、森林国家との国境付近。支配した領土の一部を開墾するための開拓者の村が襲われているとの報を受けて、駆り出された。

 森林国家は自然と共に悠久の時を生きるエルフが支配する国。

 対する我らは、世界の全土を統べる帝国である。帝国は遺跡からの掘り出し物、アーティファクトによって栄える大陸一の大国。

 遺失物や人工遺物とも呼ばれるそれらは数世代先の力を秘めていて……というのは今は良いか。俺が特別騎兵として下賜された機竜もアーティファクトの一つだと分かれば、それでいい。

 それから、機竜で現着した途端に戦闘が始まって。

 オペレーターが毎度のことながらキンキンと喚くような声を響かせて。

 エルフの飛竜部隊と戦って。

 それで、俺は確か、落ちた。……そう、墜落したんだった。


「──ハッ?!」


 目が、覚める。意識の覚醒とはかくも一瞬の出来事だった。

 目が覚めて一番に目に飛び込んできたのは、差し向けられた刃が己に向かって振り下ろされる、直前の光景。

 事態の把握よりも何よりも、覚醒したばかりの頭が逃げろと叫ぶ。

 逃げろと言ってもどうしろというのか。自分は今、自分の足で立っているのか、それとも横になっているのかさえ認識できていない状況で、どうしろと言うのか。

 気分は赤子も同然。ただし、注がれるのは親の愛情ではなく、命を裂かんと迫る鉄の刃である。


「チぃ……っ。まだ、動けたか」


 避けられたのは、奇跡と言ってもいい。

 ただ横に転がっただけ。顔の真横に振り下ろされた鉄の刃が、後少し……数ミリでもズレていれば、俺は大量の出血と一緒に脳漿をぶちまけて死んでいただろう。体を突き動かしてくれた本能に感謝だ。


「エルフが……剣なんか使ってんなよ。猿真似か?」

「人間風情が……。今、私を愚弄したな? 猿の言葉が分からずとも、分かる。そしてこの森に人間が立ち入ることなど、断固として許せぬ。ここを森の神域だと知っての狼藉か。生きては返さんぞ、猿めが」


 トドメを刺すために剣を振り下ろしたのは、エルフの男だった。こうした命のやり取りの場でなければ、彼らの美麗さに見蕩れていたいと思える程の美しさだ。帝都の劇場で声援を浴びせられるスターなんか目ではないほどの端麗さは、血や泥に塗れても尚、その美貌に一切の陰りは見えなかった。


 また一つ、思い出して来た。

 目の前のエルフは、恐らく俺を墜落に巻き込んだ相手に違いない。

 他にもエルフもいたはずだが、俺の目の前にいるのがこいつだけということは、他の連中は落下時の衝撃で死んだということか。

 このエルフも、万全の状態だったのなら今の一撃を外さなかっただろう。

 寝ているだけの人間だ。手に持った傷一つない剣を見ればその上等さが良く分かる。剣の重みだけで、人間の肉も骨も容易く切断できるに違いない。であれば、俺はあのまま意識を取り戻せていなければ今頃、あの世にいたことだろう。

 なんたる幸運。なんたる奇跡。


「……おいエルフ野郎」


 憎い程の美丈夫は、声掛けに応じない。言語に齟齬があるのは知っているし、さっきだってこの男が何を口走ったのかは分からない。ただ、彼が殺意に満ちていることだけは理解できていた。

 ただ黙って殺意を漲らせ、刃先を俺に向けている。有り余る殺意か、それとも恐怖でか、刃先の震えを抑えきれずに。

 今にも飛び掛かって来そうなエルフを前に、俺は腰に差した剣に手を置くと同時、空いたもう片方の手で首から下げた十字架を固く握って、一つ、問いかける。


「……準備運動は、済んでるか?」


 瞬間。踏み出すと同時に、抜刀。

 ギィン、と金属同士がぶつかり合い奏でる不協和音によってエルフが息を飲んだ音が掻き消されるが、男の見開かれた目を見れば剣の腕前も合わせてはっきりと分かる。


 ──弱い。


 剣の腕はそれなりにあるのだろうが、正式に訓練を積んだ兵士とは比べるべくもない。そも、エルフは総じて魔法使いの集団だ。戦士としての教訓など、覚える必要もないはずだ。むしろ、魔法の実力こそがエルフとしての価値であるとするなら、戦士としての教訓など、知っている方が憐れだとすら思っているに違いない。


 ……だからこそ、お前たちは俺たち人間に狩られるのだ。

 魔法が使えないからこそ魔法を理解し、唯一持ち得る戦闘の術である近接戦闘において絶対の勝利を得る。それがどんなに泥臭くとも、みっともなくとも。

 卑怯だと罵られようと、勝った方が正義なのだ。

 間合いを詰められ、魔法を使えない魔法使いなど、人間の敵ではないのだ。


「──必ず、必ずお前たちは後悔する日が来る……! 我らが神域を汚し、我らの尊厳を愚弄した罰を……、その報いを受ける、日が──」

「知らねぇよ。俺が聞きたいのは、どっちに行けば森を抜けられるか、ってだけ。教えてくれれば、命までは取らねえよ」


 切り結んだのは、たった数回。俺とエルフの男とでは、相手を無力化して倒せる程という明確な実力差があった。というよりもエルフ自体に近接戦闘の習慣がないのか、無力化されて大木に体を預けている男の戦い方が単調であったが故の圧倒。経験の差である。こちとら帝国軍でもエリート中のエリートなもんで。

 距離を取って魔法を行使しようとする度に、詠唱の邪魔をして体に傷を増やしていく。それだけで、目の前の男は簡単に無力化できたのだから。


「……南西だ。エルフは、森で迷わない。だが幼き子供が森に迷ったとき、北東へ進めと教えられる。その逆を行けばいい」

「その方向に行けばいいんだな? 分かった。ありがとう」


 非難轟々とばかりに人間に対する憎悪を向けてきたエルフだったが、命を奪うつもりはないと分かった途端、素直に道を指し示す。エルフは高潔な奴ばかりだと思っていたが、所詮は命ある存在。かけがえのないたった一つの物を守るためなら、誇りなんて関係ない、というわけか。そこは人間と同じだな。


「……本当に、殺さないのか」


 言語の壁に阻まれていようと、何を言っているかはなんとなく分かる。


「上官に見られているわけじゃないからな。それに、わざわざ首を持って帰るほどの奴じゃないだろ、お前」


 嘲りと同情の意を込めて笑みを向けると、エルフの男は黙って俯いてしまう。無言は肯定の意と捉え、剣を鞘に納める。

 抵抗の意志を持たない相手を殺して回るほど、倫理観のタガが外れているわけではない。敵兵を見逃した、となると怒られるのは確定だが、言葉通り、誰かに見られているわけではないのだ。それに、エルフの男も助かるために敵に情報を渡したのだ。軍規違反はお互い様だろう。

 後は男の言うことを信じて、指差した方角に向かって進むだけだ。


「……背中を見せたな、人間ッ! ──奔れ、風雪。穿て、カッ──?!」

「……俺は別に、人が好いからお前を見逃した訳じゃない。抵抗の意思が無いから見逃すってことは、抵抗の意思を見せたなら殺すってことだ。命を奪うのが嫌で、兵士なんざやってられないからな」


 背を向けて歩き始めた刹那。背後から殺気が立った直後、俺は即座に反転し、再度抜刀した剣をエルフの喉元目掛けて投擲。

 すると、見事に男の体は背後の木に縫い付けられる。突き刺さった剣は男の喉を貫通し、大量の血液を噴き出させた。

 残ったのは、エルフの男が魔法で生み出そうと生成した小さな氷柱が生み出す冷気と、冷たく息を吐く自分自身のみ。殺される理由を作ったのは、お前自身だとばかりに俺は死体へと変わっていく男を見下ろす。


「がふっ……神獣、さまの……ごふっ……。呪いよ、在……れ……。ぐっ……わざ、わいよ、来た、れ……」


 しかし、エルフの男はその目に滲み出る憎悪だけを湛えており、喉を開く度に溢れる自分の血液に溺れるようにして、力尽きていく。その様は狂気に満ちていたが、俺はただ冷淡なまでに、男が死にゆく様を見届けるのだった。


「やべぇ。深く刺さり過ぎてて、抜けないぞこれ」


 男が死に絶えた後、その体を後ろの木に縫い付けるように突き刺さった軍支給の剣を抜こうと試みるが、なかなか抜けない。

 うんと踏ん張ってみても抜けないのを見ると、これこそこの男の呪いか何かかと思わざるを得ないが、幾許かの時間をかけてようやく抜けたものを見ると、


「……もう一度使うには、心許ないな」


 べっとりと血と脂がこびりついた剣は、命を預けるには些か頼りなかった。

 エルフの男との戦闘で刃毀れしたのか、切れ味にも不安が残る。


「悪いが、もらっていくぞ」


 ゆえに、手に取るのはエルフの男が使っていた上等な剣。俺が持つただの鉄の塊とは違って、こっちの剣は一切の刃毀れもしていない。

 鞘と共に拾い上げた後、これ以上の用はないと今度こそ背を向ける。背中を撃たれる心配もないまま。


「あぁ、そうだ。後ろから撃たれたんだったな。そう言えば」


 ようやく思い出した。俺がここに落ちた理由。落とされた、原因を。


 ──機竜による空中戦。身を粉にして敵の注意を惹き付けつつ、敵の攻撃を掻い潜って時間を稼いだというのに。騙し討ちのように背後に迫った閃光が、俺と俺の乗る機竜もろとも、敵を薙いだのだ。墜落する勢いで辛うじて避けられたとは言え、あのエルフの男にしがみつかれて制御を失ったまま墜落したのだ。直撃していれば間違いなく死んでいたが、むしろ墜落して五体満足でいるのも奇跡である。


 だがしかし、あの閃光は間違いなく、味方……第三機竜小隊隊長、王太子殿下の攻撃によるものだった。


 第三機竜小隊は、敵勢力の把握と前衛としての囮を務める機動力に優れた遊撃隊と、後衛からの集中砲火を担う主力部隊の二班で構成されている。更に後衛に謎多きアーティファクトである機竜の知識を持ち整備を務める整備班や、騎兵と同乗することもある衛生班。加えて、王都からこれまた機竜と同じくして発掘されたアーティファクトを操り、離れた位置で戦う前衛と後衛の情報を共有するためのオペレーターも存在する。

 それらが一つにまとまって、機竜小隊と呼ばれる。

 本来であれば前衛と後衛の間にもう一つ、中衛としての役割を持つ機竜を置くべきなのだが、如何せん機竜の数は限られているため贅沢は言えない。

 第三機竜小隊において俺は、遊撃隊特別騎兵の名が示す通り、遊撃部隊に配属されている。そして特別騎兵という名は、平民上がりの俺に与えられた特別な肩書き。

 帝国は、才能のある者であれば誰しもに門扉が開かれた実力主義の国家である。

 帝国貴族という地位があるとは言え、実力の名の下には平等である──という話を聞けば、帝国に生まれし者であれば誰もが夢を抱くだろう。

 しかし現実はそう甘くは無い。

 建国当初はそれこそ、本当に夢のある話だったに違いない。だが、帝国が繁栄を重ねれば重ねるほど、歴史を刻めば刻むほど、名を馳せる実力者は貴族に囲われていく。そうして血の源流を守りつつ優秀な血を取り込み続けた帝国貴族の子らは、総じて一般庶民とは一線を画す実力をその身に宿していた。それは王族も然りであり。

 その結果、現代では貴族は貴族としての矜持を誇り、平民はその庇護下にあらねばならない、と考える貴族が大半であり、俺のように平民にして頭角を現す存在というのは、貴族の威光を陰らす邪魔者でしかないと疎まれる。そう言った存在は、取り込まれるか潰されるかの二択であり、俺は後者に選ばれたというわけだ。酷い話だろう。

 ではなぜ、しがない平民であった俺が『特別騎兵』などという肩書きを得たのかと言うと、現代の皇帝ロベリア陛下が革新的だから、の一言に尽きる。

 しかし、そんな陛下の思し召しは、今現在帝国の貴族として甘い蜜を啜ることが出来る者たちからすれば厄介極まりなく、俺のような平民出には風当たりが強いのが現状であった。

 何せ第三機竜小隊も俺以外の六名全員が、家名持ちの貴族であるから。


「レオ皇太子殿下……いや、あの気障皇子が俺を……!」


 その中でも、帝国随一と呼び声高い機竜とのシンクロ率と操縦実績を誇る皇太子、レオポルド・オリア・ヴァレンタインが最も苛烈に俺と言う存在を疎んでいる。

 それだけで今回の墜落に至った原因の砲撃が皇太子だと断定するのは些か早計ではあるが、かの第一皇子は第三機竜小隊の隊長にして主力。後衛に位置して機竜一式三型を操作し、そこから機竜の砲撃を放ったとしか考えられないのだ。

 レオ殿下はこの帝国で、機竜の操縦において右に出る者なしと謳われる程の才覚者。一式三型も、二式八型も問題無く操縦できる上に、武術や芸術の面においても才能を遺憾なく発揮するという、神に二物も三物も与えられて生まれてきた才児。

 そんな彼に、機竜の操縦という、彼の持つ最も秀でた部分に唯一並び立ってしまったのが俺である。これがもし、特別騎兵として選出されたのが他の貴族であれば皇子は更なる研鑽を積むという方向にシフトしていたのかもしれないが、それがまさかの平民。それも、片田舎の孤児である。それが、彼の逆鱗に触れてしまったのだろう。彼の父親であるロベリア陛下から直々に認められた、というのもあるのかもしれない。だからなのか、常日頃からレオ殿下に俺は目の敵にされていて、今回の一件もその延長線上にあるのかと思うと悪態の一つや二つや三つ、出ても許されるだろう。

 同じ遊撃隊の二人と比べ、戦場で背中を預けるには圧倒的に信頼が足りていなかった。


「だけど……あぁクソっ。あの判断が間違っているとは思えないんだよな」


 レオ殿下の日頃の振る舞いから信頼できていないからこそ一番に彼を疑えたのだが、レオ殿下の戦術センスやその実力は認めざるを得ない。第三機竜小隊が帝国でも随一の戦果を誇っているのは、紛れもないレオ殿下の采配があったからこそ。


「……敵は完全に俺たちに注意を向けていた。だからあの不意打ちはクリティカルだったはず。戦術としては正しかったのかもしれないけども……!」


 あの時、あの場所にはまだ、俺が居た。遊撃隊のメンバーであるメアと、ワーグナーの二人もいた。あの二人は無事なのか。それすらも分からない。

 恐らくだが、このままのこのこ帰ったとしても、


『撤退の際も見極められない、あの程度も避けられないようでは騎士過程の第一項目からやり直した方がいい。それが嫌なら、荷物を纏めて田舎に帰るんだな』


 とでも言われるのが目に見えている。

 なまじ傲慢で唯我独尊を周囲からも容認されるだけの実力に加え、その実力を維持するどころか向上させるべく弛まぬ努力もしていることも知っている。

 そこまで認めているのなら距離を縮めればいいとわかっているのだが、顔を合わせれば毒ばかり吐いてくる可愛げの一切ない男をどうして許せるものか。

 第三皇子のような可愛げが多少なりともあれば話は別だが、初対面の際にレオ殿下が俺を育て上げてくれた孤児院をあろうことか馬鹿にしたことを、俺はまだ許していない。謝ってもらっても、ない。


「……頭に血が上ってしまったな。少し冷静になろう」


 気が付けば傍にあった木に拳が食い込んでしまっているし、話も逸れている。

 一旦冷静になろう。

 そのために思い出すのは、心休まる田舎の記憶。愛すべき弟妹たちと、どれくらい面倒をかけたか分からないがここまで育て上げてくれた神父様。そして、初恋の相手にして今も俺が恋心を抱き続けるシスターフィオナ。首から下げた十字架は、彼女からの成人祝いの品である。

 次はいつ帰省が叶うか分からないが、彼女に似合うであろう品々や弟妹たちが喜んでくれるであろうお土産を王都で物色するお陰で、帰って寝るだけの仮住まいの部屋はプレゼントでいっぱいだ。


「必ず帰る……。必ず、生きて、帰るんだ」


 このまま森でただ彷徨って死に絶えてしまっては、かき集めたプレゼント達は燃やされて消えてゆくだけだ。それに何より、シスターフィオナから告白の答えを聞けていない。このまま死ねるわけがない。

 渇いた唇を濡らして、前を向く。


「だけど……。こいつの言ったことを信じていいのかどうか」


 木の根元で、物言わぬ屍と化したエルフの男。男が最後に残した指差す先という話も、背中を見せた途端に襲い掛かって来たことから信じるに値しなくなっている。

 機竜を扱う上で、帝国領土内のみとは言え、大陸の地図は頭に入っている。

 森林国家が帝国の東に位置しているため、ひたすら西に向かって歩いて行けば帝国領土内のいずこかに着くはず。しかし、肝心のその方位を確かめる術が無い。機竜に計器全てが備えられているからと言って荷物を最小限に減らしたのが裏目に出たのだ。こんなことなら、フュリーズのようにきちんと準備をしていれば良かった。


「……となると、落ちた機竜を探すのが手っ取り早いか。近くにあると思うんだが」


 全てが備わっているのなら、それを使えばいいじゃない。

 そう思い至ってすぐに周囲の散策を開始する。動物の気配一つしない森に違和感を覚えずにはいられなかったが、生命活動に邪魔が入らないのであれば好都合と捉えて木の間や藪を分け入って探し回る。

 途中、エルフの男が乗っていたであろう飛竜の死骸だったり、砲撃に巻き込まれて墜落したことで体がぐちゃぐちゃになった竜騎兵の死骸を見つけたりした。一歩間違えれば俺もこうなっていたのかと思うと背筋が凍る。

 しかし、その亡骸の荷物をまさぐって水や携帯食料を手に入れられたのは僥倖だった。ついでに方位磁石も見つけられたから帰ろうと思えば帰れるかもしれないが、それでも俺は機竜の捜索を止めない。


「──おぉ! あった!」


 周辺を捜索すること、約三十分。ようやく、大木を破砕して土や泥まみれになった相棒を見つけ出すことに成功した。

 時計さえも機竜頼みなのは些か怠惰が過ぎた、と人一倍荷物の多かったフュリーズを笑っていた過去の自分をしこたま殴りたい。彼女は常にこのような事態を想定していたのだ。レオ殿下と同じ本隊、というのも彼女にそうさせる理由の一つだったのだろう。

 万が一この場にレオ殿下もいた場合、俺は使い物にならないと判断されていつも以上に罵倒され、唾棄されていたに違いない。唾棄されるだけで済めばレオ殿下は寛大だと言えるか。この場で喉を掻っ切られてもおかしくない程に今の俺は使い物にならなかった。

 己の不甲斐なさを嘆きつつ、機竜が生きているのかどうかの確認に移る。


「俺は途中で投げ出されたのか。……ベルトは締めていたはずなんだがな」


 地面の抉れ方と圧し折れた木々の様子を見るに、俺は投げ出されたお陰で気絶する程度で済んだのだと理解する。一目見ただけでそれを理解できる程に、機竜の残骸は見るも無残な状態だった。

 ……残骸。そう、機竜は最早確かめるまでもなく動かないことがハッキリと分かる。

 もう一度飛ぶためには、ここから運び出して整備班に補修してもらわなければならないだろう。しかし機竜はアーティファクト。過去の遺物である。それも、現代とは比べ物にならない程に高次元な技術力でもって作り出された兵器。現代の技術では修復が見込める程度には解析が進んでいるとは言え、再現可能な範囲はおよそ半分にも満たない。ゆえに中破ならまだしも、大破の状態であれば現代の技術では再び飛べるようにするのは絶望的と言っても過言ではなかった。

 そして俺の乗っていた機竜の状態はと言うと、


「大破……だよなぁ」


 大破どころか、全損である。

 アーティファクトの所有権は、国にある。機竜小隊の面々はレオ殿下を除いて帝国から借り受けている状態。大切に扱うのは当然として、使い物にならない状態にするなど、前代未聞である。

 もし仮に無事に帰れたとしても、機竜を置き去りにしたことが伝わった場合、俺の身がどうなるかなど、分かったものではない。

 だから戻る支度が済んでも尚機竜を探していたのだが、それがまさか全損とは。


「……いや待て。まだ動けるかもしれない。空を飛ぶのは無理でも、地面を歩けさえすれば」


 根元から折れた翼。焼け落ちた機体の一部。機竜の体を突き破って貫通する太い木の枝。もげた脚部。

 何をどう見たら希望的観測を抱けるのかとすら思えるくらい、一見して動くようには見えない残骸と化した相棒によじ登って、操作盤に手を翳す。死にかけの体に鞭を打つようで悪いが、俺の首が胴と別れを告げずに済むためにはどうにかしてこいつを動かす他ないのが現状。

 頼む。動いてくれ、と祈りながら待つこと、数秒。

 操作盤に、光が灯った。


「う、動いた!」


 次いで機竜の全身に光が奔る。それが機竜起動の合図。

 しかし今やその光は虫の息を示すかのように弱々しい明滅を繰り返すばかり。そんな機竜に対して俺ができるのは、ただひたすらに祈ることばかり。動け、動いてくれと無理を承知で祈り続ける。

 計器に光が宿り、周辺の地図が表示されていく。直後、王都にいるオペレーターと機竜の操縦士を繋ぐ耳飾り(インカム)が一際強いノイズを発したかと思うと、けたたましい声が鼓膜を突き抜け、脳に直接呼びかけてくる。


『──して──さい! 応答してください! ッ、繋がった!? ウェイドさん! ウェイドさん! 聞こえますか!? 聞こえたなら応答を! ウェイドさんウェイドさんウェイドさん!!』

「き、聞こえてる。聞こえてるから、少し落ち着いてくれ! 俺の鼓膜を破る気か!」


 キンキンと脳裏に響く甲高い声にやかましいと眉間にしわが寄る反面、久方ぶりに味方の声が聞けたことで、極限状態に近い環境における枯渇した心に余裕と言う名の潤いが取り戻されていくのを感じる。

 機竜小隊のメンバーにはそれぞれ専属のオペレーターが配属されているのだが、俺のオペレーターだけは他のと比べても人一倍心配性であった。ゆえに今回の墜落の一件で余計な心配をかけているだろうな、とは覚悟していたのだが、その覚悟すら上回る勢いで捲し立てられたお陰で顔を引き攣らせざるを得ない。

 かと言って、聞こえてくる声に震えのような感極まった感情が乗っていることに気付いて、いつものように適当にあしらうわけにもいかなかった。


『この子、ウェイドさんとの通信が切れてからずっと呼び掛けてたんだよ? 生きてるならさっさと連絡して上げてよね』

「この声、エミィか。丁度良かった。まともに話が出来る相手が欲しかったんだ」

『ウェイドさん、わたしは?』

「リリスは泣いてばかりで話にならないだろ」

『はい、泣き止みました! ウェイドさんのオペレーターはわたしですから! エミィさんはあっち行っててください!』


 濁声のオペレーター、リリスは泣き喚いてばかりいて話にならなかったのだが、涙を飲む音が聞こえてすぐにリリスは仕事モードに移る。心配性ではあるものの、下位の帝国貴族、男爵家の令嬢とは思えないほどに優秀であることには違いない。

 度を越えたやかましさゆえに、未だに嫁の貰い手がつかないのだろう。なんてことを口走ってしまえばもう一度泣かすことになるから言わないが。というか今はこんな下らないやり取りをしている場合ではない。

 いつ機竜が限界を迎えるか分からないのだ。伝えるべき内容は短く、簡潔に。


「俺は森のどこかに落ちた。こちらからでは場所までは把握できないが、そちらからならできるはずだ。俺は、このまま西に向かって歩く。帝国の領土に入った時点で迎えを寄越して欲しいんだが、頼めるか?」

『──聞こえ──う一度──しま──』

「もう、限界か……?」


 耳飾り(インカム)にノイズが走る。情報革命と言うべき遠距離通信を可能とするこの耳飾り(インカム)は当然のようにアーティファクトであり、機竜と共に発掘されたもの。機竜という中継器があってこそ通信が可能となるため、この通信が切れたということはつまり、機竜が限界を迎えたという証拠。

 だが、限界を迎えたにしては違和感のある切れ方だ。まるで何かに遮られるみたいにぶつ切りにされたような、感覚──


「……駄目。もう、休みたいって。本当に死んじゃう、よ?」

「ぅおッ?!」


 不自然な感覚に疑念を覚えたのも束の間。突如として背後から掛かった声に俺は体を飛び跳ねさせる。

 ほぼ反射的に剣を抜き放ち構えると同時に、あばらを突き抜けて飛び出してきそうな程に高鳴る心臓に呼吸が短くなった。


 何故なら、振り向いた先にいたのは、この森には不釣り合いな、子供がそこにいたから。


「こ、子供……?」





補完と言う名の、言語解説。


【機竜】


近年発掘された竜の形を模した決戦兵器。

現代の人類では到底生成不可能な未知の金属によって造られた人造兵器。

未だ未知の領域が多いにもかかわらず運用にこぎつけたのは、エルフの飛竜部隊に対する牽制のため。

人を乗せ、空を飛び、敵兵を一方的に蹂躙する姿は、敵には手も足も出ない恐怖による絶望を、味方には無類の頼もしさによる希望を与える存在。

現時点で発掘された機竜は、全部でに21機。機竜一式三型が15機、二式八型が6機。7機一組として小隊が組まれ、ウェイドの所属する第三機竜小隊はレオポルドの指揮と、ウェイド、メア、ワーグナーによる遊撃隊の驚異的な数字によって帝国随一の最強小隊として名高かった。


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