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三節 変貌5



「ああ……神父様──」



 キン、と音がして、シスターフィオナは完全に硬直する。

 ただの軋む音に過ぎないそれが、彼女の命が潰えたものだと証明するかのように、紫水晶と化した彼女の体は、一縷たりとも動かない。

 頭の天辺からつま先まで、一つの彫刻のように固まって動かなくなる。

 それが生物として与えられる一つの死の形であるなら、シスターフィオナはたった今、死んだということになる。


「……は」


 彼女が動かなくなってようやく、俺は思い出したかのように呼吸を再開する。

 漏れ出た吐息が音を出すも、俺の頭は目の前で起こった事象についての理解を阻むかのように激しい頭痛が、何度も何度も走り続けていた。


 ……死?


 ……死んだ? シスターフィオナが?


 ……どうやって死んだ? 石になって死んだ? どうして、石になって死んだ?


 ……訳が、分からない。


 ……それに加えて、シスターフィオナの最後の言葉。その前の懺悔の言葉はもう既に思い出せないが、最後に彼女はなんて言っていた?



 ──あぁ、神父様。



 その一言が、俺を狂わせる。


「……どうして、何が、どうして、一体、なんで……っ」


 とにかく、何が起こったのか状況を把握しなければ、とシスターフィオナの下敷きから抜け出して、立ち上がった先で俺を待っていたのは──


「ウェイド……? ねぇ……なに、これ……? シスター、どうなった、の──」

「シグ……お前、なんで……どうして……?!」


 シスターフィオナと同様に、四肢の末端から体が石にされていく、シグの姿だった。


「シグ!」


 自分の身に起こった変化と、目の前で起こる変化。

 到底理解の及ばない現象を前に俺とシグが固まる中、アキが間に割って入る。


「くっ、僕まで……?! クソッ! なぁ、ウェイド兄ちゃん! どうしてこんなことするんだよ! シグも、シスターも、こんな目に逢っていいはずがない! 元に、戻してよ! 戻して、くれよッ!」

「ち、違っ……!」


 シグの盾になるように割って入ったアキの体も、石に変わっていく。


 ……傍から見ていたアキの目には、俺がこれをやったように見えているのか。だとすれば、それは違う、誤解だと訴えたかったのだが、俺は声が出せなかった。

 アキの目に宿った、今までに見たことの無い激情を目の当たりにして、一瞬でも「俺がやったのでは」と思ってしまったからだ。

 直前の、カタリナの不可解な行動。それを鑑みれば、こんなことが起こってもおかしく……おかしいに決まっている。人が人を石に変えるなんて真似、出来るはずが無い。

 じわじわと体が石に変わっていく中で、俺に向かって激情を向けるアキの目に宿るのは、怒りか、悲しみか。それとも、憎悪か。


「……俺が、何をしたって言うんだ」


 どうして人が石に変わるのか。どうしてアキにそんな目を向けられなければならないのか。……まるで理解できない状況だ。石に変えられていくシグとアキ。一秒すら無駄に出来ない状況の中で、何も分かっていない馬鹿な俺の様子に怒りを覚えたアキが、射殺さんばかりの目で、指を差す。



「──その、目だ! その目が、僕たちを石にしたんだ……ッ!」



 アキが指差したのは、俺の右目。それを指し示す指先に宿るのは、殺意だろうか。

 しかし、アキが何に怒っているのか、何を言っているのか何一つとして理解できない俺が彼らに歩み寄り、何かを口にしようとした、刹那。夜の空に響く、バキッ、とひび割れるような音がその場に響いたと思いきや、直後、俺の頭に、脳髄を刺し貫くような激痛が走った。



「──ぐぎぃっ……?! がっ……、ぐぅ、がぁぁぁぁあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ、ぁああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁああぁぁああぁぁッ、……うぐああぁぁぁぁあああああああああああっ!!!!!!!!!!」



 大きく仰け反り、その場に蹲る。

 最後に見えたのは、徐々に石になっていく目の前の二人の弟と妹に自分の鮮血が降り注いだ光景であり、俺は痛みの大本である右目を抑え、歯を食い縛った。


「ぐううぅ……っ、が、ぁああああ……!」


 涙の代わりに、大量の鮮血が地面を濡らす。

 痛いから泣いているのか、苦しいから泣いているのか、辛いから泣いているのか、俺にはもう自分の感情が分からなかった。

 そもそも、目が痛いのか、頭が痛いのか、それとも胸が痛いのかすら分かっていないのだから、当然だろう。

 俺はそれらを理解することを、諦めたのだから。



「ウェイ、ド……助けて──」



 俺の苦しみ喘ぐ声の最中、聞こえてきた助けを求める声。

 こんな状況でも、俺の耳は弟妹たちの声を決して聞き洩らさない。


「し、シグ……、シグ……っ!」


 視界の潰れた右目を押さえて顔を上げた先で、俺は息を飲んだ。

 顔を上げると、そこには首から下が紫水晶に変わり果てたシグの姿があったから。

 しかし浸食は止まることを知らず、俺が見ている前で、シグの体は石に変えられていく。

 シグは……彼女は年齢の割には大人びていた表情を宿す子だったが、事ここに至っては、兄に助けを乞う年齢以下の表情を浮かべており、その色は……絶望に染まっていた。


「──……っ」


 刹那。シグは俺の見ている前で全身を紫水晶に侵食されていき、シスターフィオナと同じように命が潰える音を立てて物言わぬ彫刻と化してしまう。



「し、シグ……? シグ? ねぇ……おい、シグっ! ……ウェイド兄ちゃん。シグを助けてよッ! ねぇ! 早く! …………っ、なんで、なんで何もしてくれないんだよっ! シグも、シスターも、二人とも、ウェイド兄ちゃんのことが好きだったのに! どうしてこんなひどいことするんだよっ! 元に、元に戻せよ! 戻してよッ! ウェイド兄ちゃんがやったんだから、元に戻せるんだろ! なぁ! 早くッ! 早く、シグとシスターを、元に戻せよ……っ、──ウェイドッ!」



 その様を目の当たりにしたアキは、ショックだったのだろう。行き場の無い感情が怒りに変換され、抑えきれなくなった激情の矛先は、俺を向く。怒りに支配されたかのように目を血走らせ、牙を剥く弟の姿に、俺はただ、何も言い返せなかった。


「あ……あぁ、あああぁ……!」


 膝を折り、嘆き、苦しむ。

 俺に出来ることはそれしかなく、罵詈雑言の限りを吐き出すアキに対して、俺は謝罪の言葉の一つも言えなかった。

 襲い来るストレスと言う名の精神負荷が、頭の働きを阻害する。

 真っ新になった頭では何一つ考え事など出来なくて。俺に出来るのは、ただ無様に地面に這いつくばる姿を披露することだけだった。


 ……そんな折、頭上から声が降りかかる。

 聞き慣れた無感情で無感動の声が、俺の鼓膜を震わせる。


「……あーあ。せっかく、お揃いにした、のに。やっぱり、人の身体じゃ、不十分?」

「か、カタ、リナ……?」


 紫水晶の眼球が、俺を覗く。

 それに不気味さを覚えるより早く、俺はカタリナの言葉に疑問を抱いた。


「お揃い……? お前、俺の身体に……俺の、目に! 何をした」

「……お揃いにした、よ? だって、ウェイドがそう、願ってくれたから」

「願った? 俺が? いつ? 俺が願ったのは、こんなことじゃない! 誰も、あいつらを石に変えたいだなんて、思っちゃいない!」

「……うん、知ってる、よ? ウェイドの願いは、苦しみから解放されること。そのために、ウェイドの心をざわざわさせる人を、みんな、石に変える力を上げたの。でも、失敗しちゃ、った」

「し、失敗、だと……? そもそも、俺はそんなこと、望んじゃいない……! なぁ、おい。二人は元に……元に、戻せるんだよな?」

「……元には、戻せない、よ? 不可逆、だから」

「ッ?! ふざけ──」


 淡々と告げられる真実。声に感情が乗らないからこそ、却って嘲笑されているかのような気分を味わわされ、俺はカタリナのその細い首を圧し折らんと手を伸ばそうとした、その時だった。



「──ふざけているのは、お前の方だろッ! ……ウェイド!」



 喉が裂けんばかりに声を張り上げたアキの声が場を支配したのは。

 その声に振り返ってみれば、俺を鋭い眼光で睨み付けるアキの姿。その目には紛れもない殺意が込められており、俺のことを「兄ちゃん」と呼んで慕うアキの面影は僅かも残っていない。

 アキの身体は胸元まで水晶化しているが、シグやシスターフィオナとは違い、どうしてかそれ以上の浸食はせず、拘束を振り解かんとばかりに吼える。



「聞いていれば……お前の、願いだと……?! シスターとシグを石に変えるのが、お前の願いだと言ったのか? いまァッ! ふざけるのも大概にしろッ! そんな邪悪な願いが、あってたまるか! ──……っ、お前なんか、お前なんか……、オレたちのウェイド兄ちゃんじゃない! ウェイド兄ちゃんは、もっとかっこいいんだ! 困ってるオレたちを見捨てたりなんて、絶対しない! 約束は、必ず守ってくれるんだ! 自分の発言に、責任を持ってるんだ! シスターやシグを、大好きな家族を、石になんて変えたりしない! そんなこと、願うはずないんだよッ!! ……だからお前は、偽物だ。ウェイド兄ちゃんを、返せ……。オレ達の大好きなウェイド兄ちゃんを、返せッ!! ……偽物のお前はオレが……、お前は必ず、オレが、殺すッ!」



 涙を流し、口角泡を飛ばし、汗を滴らせ、アキは叫ぶ。

 彼の純真さが俺の心を苛み、トドメを刺す。


「あ、アキ──」

「気安くオレの名を、呼ぶなぁ……ッ!」


 完全なる、拒絶の意。

 絶対に俺を認めない。そんなアキの姿に、俺は完全に心が折れてしまう。

 対して、カタリナは淡々と、否、むしろ生き生きとしており、彼女は俺の横に並んで嬉々として一言告げる。


「……ウェイドがやったこと、見せてあげる」


 それだけ言った途端、俺の反応を待たずしてカタリナは動く。

 眼光を向けるアキに向かって手を翳したかと思うと一瞬だけ、カッと、辺りが昼間のように光り輝いた。



「オレはお前を絶対に、許さな──」



「は……?」


 光が瞬いたのは、ほんの一瞬だった。

 さっきまで聞こえていたはずのアキの声が止んだ。


 ……光が収まった先で俺が見たのは、胸から上が残っていたはずのアキの身体が、シグやシスターフィオナと同じように完全に紫水晶の彫刻と化している姿だった。


「……私がやると、やっぱり強過ぎ? この村の人たち、みんな固まった、けど。いいよ、ね?」

「は──」


 振り向いたカタリナの顔に宿っていた笑みを見て、俺は、何も言えなかった。

 何かを言わなければならないはずなのに、年嵩もいかない少女には不釣り合いなほどに狂気に満ちた笑みは、俺から言葉を奪うには過ぎたるもので。

 言葉を紡ぐ事を拒否するかのように、俺の舌は口の中にへばりついたまま微動だにしなくなっていた。

 代わりに漏れるのは、恐怖が極まった末に出る、笑み。


「は、はは……ははっ、ははは……」

「……嬉しい。喜んで、くれてる?」

「な、なんなんだよ……、なんなんだよ、お前は……」

「……私? 私はカタリナ、だよ? ただのカタリナで──」


 これまでの無感情の姿が嘘のように歓喜に沸く姿を見せるカタリナは、俺の問いに答えるためか、ふわりとその場で回り出す。


 瞬き一つ、一回転。

 瞼が落ちて開くまでの間に、カタリナの姿が嘘のように切り替わる。

 俺は信じられないものを見るかのように目を瞠り、今度こそ本当に、言葉を失わざるを得なかった。



「……ただの神獣、だから」



 そう言って佇む人の形をした紫水晶の塊が、そこに出現していたのだから。








補完と言う名の、言語解説。


【紫水晶】


アメジスト。

南にあるアウフグス山脈、別名「虹の鉱脈」と呼ばれる数多の宝石が採取される場所や、その他帝国内の鉱脈から頻出する。加工のしやすさの種類の多さから、一般市民から貴族に至るまで、重宝される宝石。

気品と慈愛、冷酷さと温かみを有するアメジストは、一般市民にも馴染み深いもの。

持つことで心の安寧をもたらし、人々をより良き方向へと導くとされるアメジストは男女ともに贈り物としても最適で、ウェイドが持ち帰ったお土産の中には、アメジストのアクセサリーもあった。シグや妹たちが孤児院を発つ時に持たせようという意味も込めて。

アメジストは「司祭の石」とも呼ばれ、ポラス教修道士の中でも司祭以上の人物が持つことのできる唯一の私財としても有名だった。

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