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三節 変貌2



 ◇


「ああっ! ウェイドさん! 荷下ろし全然終わらないんですけど?! 早く手伝ってくださいよ!」

「愛すべき弟妹達と感動の再会をしてたんだ。それとも何か? 帝都の御者はそんなことすら下らないと吐き捨てる心無き大人なのか?」

「ウェイド……! 今、あたしのこと愛してるって言った? やっぱり相思相愛だったのね!」

「……そんな顔向けられたって、なんて言えばいいのさ」

「あたしの恋敵はアキ、あんたもなのよ」

「シスターだけじゃなかったんだ……」


 揶揄い甲斐のある御者に軽口を投げたところ、後ろが何やら騒がしくなるのも聞き捨て、俺はすぐに御者の手伝いに移る。

 年長者二人に加えて、その次に年齢の高い子供達にも手伝ってもらい、荷下ろしはスムーズに進む。帝都では大の大人三名が息を切らして運んで一時間かかったところを、同じだけの時間をかけて全ての荷を下ろすに至る。

 その間、他の子供達は柵に繋いであるララとルルに夢中であり、そこにカタリナが近付くと怖がらせてしまうため、荷下ろしの最中、カタリナにはピッタリ俺の背中に張り付いてもらっていた。

 背中を向ける度に御者が変な声を出して怯えるため、少し多めに背中を向けていたのは秘密だ。公言してしまうとただの嫌がらせになってしまうからな。

 そうやって教会の前で騒がしくしていると、教会の扉が開いて司祭平服、キャソックを身に纏う神信者が姿を見せる。


「──ウェイド。帰って来たのですね」

「神父様!」


 俺の育ての親、神父様だ。


「……ウェイド。あなたの仕送りには感謝していますが、孤児院を出て行った子が執拗にここに干渉するのは、余り褒められたことではありませんよ」


 清貧を象徴するかのような短髪。年嵩の数だけ刻まれた年齢の皺。子供相手にも慇懃な態度。どれをとっても懐かしさが過る。

 帝国の主教である『聖神教』。通称、「ポラス教」を大陸全土に広めるため、開拓村であったセナ村に派遣された神父こそが彼であり、その名をハーヴリー神父と言う。

 彼は神父と言う名に相応しく、普段は穏やかな好々爺然とした笑みを湛えており、人好きのする振る舞いに加えて宣教活動の傍ら、こうして行き場の無い孤児の面倒を見るという聖人の如き振る舞いも相俟って、村人からの支持は厚い。

 そんなハーヴリー神父が、今は困ったような顔を見せていた。

 その表情に宿るのは、孤児院を出て久しい俺の帰りを歓迎するわけでもなければ俺の無事を確認して胸を撫で下ろすわけでもない。

 その事実に俺の頭は困惑に染まる。


「どうしてウェイドより上の子らが孤児院に戻ってこないか、考えたことはありませんか? 彼らが彼ら自身の人生をスタートしたからということもありますが、彼らが孤児院に固執して干渉することで、残された子供達の自立が遅れてしまうからなんですよ。子供らはいつまでも孤児院にいられるわけではないのです。彼らの自立の機会を、奪うような真似は、控えるように。余り、邪魔しないであげてくださいね」

「……はい」


 弟妹達の喜ぶ顔が見たかった。ただその一心で、100%の善意で行動を起こした果てに待ち受けていたのは、笑顔でも感動でもなく、ただの叱責であった。


「……とは言え、無事だったことは喜ばしいです。良く帰って来てくれましたね」

「それで、あの、シスターフィオナはどこに……」

「あぁ、彼女ですか。彼女は体調が優れなくて、奥の部屋で休んでもらっています。今しがた眠りについたばかりなので、再会は明日以降にしてあげてくれますか?」


 ──シスターフィオナの体調が悪い。


 そのことに関しては教会までの道中で子供達から聞かされており、シスターフィオナは最近、寝込んでばかりいるという。もしかしたら神父様は代わりのシスターを呼ぶかもしれない、と子供たちの間で不安が蔓延していたのをこうして神父様の口からも聞かされ、俺は表情に影が差す。


「そう、ですか……」

「どれほど滞在する予定ですか?」

「二日ほどです。今度は、キリズミ郡の方に配属になったんです」

「では、寝泊まりには教会をお使いなさい。それにしても、キリズミの方ですか。そちらの方で何か動きでもあったのでしょうかね」

「えー! ウェイド、そんなちょっとしかいないのー?」


 そんな俺の不安を分かっていて触れないのか、神父様は淡々と話を進めていく。

 なんだか居た堪れなくなった俺がその場を離れようとしていると、俺たちの話を聞いていたのか、シグが腰に飛びついてきて大声を放つ。

 途端、プレゼントに夢中だった子供達が雪崩のように俺の元へと殺到し、俺はたちまち「いつまでいるのー?」、「ずっといてよー」、「結婚しよ!」と声の主も分からないくらい口々に引き留めるような子供たちの声に包まれてしまう。最後のはシグだとすぐに分かったが。


「まだ祈りが途中でしたので、失礼しますね。顔を見せた以上、子供たちの世話は任せましたよ」

「は、はぁ……」


 子供達にもみくちゃにされる俺を他所に、神父様は教会の中へと戻って行ってしまう。

 神父様の雰囲気は、五年前と何ら変わっていない。

 子供達と適切な距離感でもって接し、時に優しく、時に厳しい人、と言う印象は今も昔も変わらない。


 だというのに、その普通に違和感を覚えてしまう。


 あるはずのない、神父様の変化に戸惑ってしまう。

 この違和感の正体は、なんなのか。

 五年前には気付けなかったことに、気付けるようになったのか? それとも、五年で何かが変わってしまったのか。

 そのことに気付いているのが俺だけ、ということは、この五年で変わってしまったのは、俺の方、というのだろうか。


「…………」

「カタリナ? どうかしたか?」


 神父様が去って行くのを、カタリナが背中から顔を出してジッと見つめる。

 神父様との会話中微動だにしなかったカタリナが動き出したことで、俺は彼女を神父様に紹介するのを忘れていたことを思い出す。

 しかし、背中越しに顔を出したカタリナは、ただ黙って扉に消えゆく神父様の背を見つめ続ける。その無表情の中にある感情を探ろうとしても、俺の目にはカタリナの感情は見えてこない。

 普通に生活していてもカタリナは時々虚空を見つめることがあるから、見えないものが見える猫のようなものなんだと割り切るしかない。


「……ん」

「満足したのか?」


 やがて神父様の姿が見えなくなると同時、カタリナは結局無言を貫いたままモゾモゾと動いて元のポジションに戻っていく。

 まるで小動物の止まり木になった気分に辟易する反面、どこか落ち込んだ気分を転換させるにはそれくらい馬鹿げていたほうが丁度いいかと思い、教会に背を向けて子供達を先導する。


「よし。そんじゃあ、お土産を配っていくか。どれが誰のか、分かるか?」

「おれはアレがいい!」

「わたしはアレかなー?」

「僕は……いや、やっぱり」

「あたしはもちろん、指輪がいいなぁ? も・ち・ろ・ん。プロポーズの言葉も添えてね?」

「シグはもうちょっと遠慮を覚えた方がいいよ」

「アキは遠慮しすぎなのよ。もしかしたらウェイドに会えるのはこれが最後かもしれないんだから、言わないで後悔するより、ちゃんと伝えて結ばれる方がいいに決まってるじゃない」

「結ばれるのは確定してるんだ……。いや、でも、一理あるかも」


 子供たちの賑やかな声に身を委ねつつ、心に落ちた一滴の黒いインクを拭い去れない俺は、目を背けるようにして子供たちと向き合う。

 純真無垢な彼らと触れ合うことで少しでもそれを忘れていられる時間を長く保てるようにと、何も知らない子供たちを利用するような真似をする。


「……最低だな、俺は」

「ウェイド、何か言った?」

「いいや、何も。さあさあ、お土産を開封していこうぜ。俺も何買ったか覚えてないくらいなんだよ」

「えー、なにそれー!」


 自分の身に起きていることにも気付かない俺は、自分だけが五年前に取り残された感覚の中で生き続けている。


 ……五年という時間。

 それは、人が変わるには十分すぎる時間。それだけの時間を経た孤児院に起こっている変化にも、俺は気付かない。

 この場所は、俺にとって居心地の良い場所であるようにと、過去の印象を押し付けるかのように、目を背ける。

 それだけの時間があれば人は変われるのだと、大きく成長した子供たちを見て知っているはずだというにもかかわらず。

 俺はただ、五年前と同じように子供たちと笑って過ごす時間を噛み締めるように享受するのであった。






補完と言う名の、言語解説。


【聖神教】


俗世ではポラス教と言う名で帝国の主教として親しまれ、多くの民から信仰を得る宗教。

主神は女神ポラス。ポラスによる教えと導き、そして救済を信仰する者を教徒とする。帝国では総人口の八割近い人数の教徒がいると言われている。

総本山は北の大地にそびえる山脈、神の眠る山として崇め奉られている、霊峰サムールバンダレイ。

一神教でありながら、他の神を崇めることを許す寛容な姿勢を見せる一方で、神の名を騙ったり、神の名誉に傷をつけるような相手には一切の容赦をしないと言った強火な姿勢も見せる。

帝国の名ともなっている「オリア」。それは女神ポラスの弟君であり、人間でありながら男神オリアの名を冠することを許されたのが初代皇帝陛下。男神オリアは初代皇帝に血を飲ませ、姉君を信仰する宗教を作るよう命じて姿を消したとされている。

そうして一部神格化した初代皇帝が国を興したのが、オリア歴元年。その血脈は今も脈々と受け継がれている。

シンボルは、十字架。聖神教会には必ず、聖書に登場するポラス神をステンドグラスで飾り立てることが義務付けられており、その費用は寄付金で賄われる。

公認ではないが、各地の司教にとっては自前のステンドグラスによって格が決まると言っても過言ではなく、地方ではステンドグラスに寄付金の大半を捧げ、教会の経営が傾くなんてこともよくある話だった。

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