表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/88

三節 変貌1


 

 ◇



 帰り道──否、目的の場所へと向かう道は、驚く程何も無い、平坦な道だった。

 帝国による野盗の取り締まりに加え、騎士や軍人では届かない痒い部分に手が届く、冒険者による護衛が牽制としての役割を果たせているお陰か、道中は野盗の噂は聞けども、実際に襲われることはないまま順調に馬車で揺られるだけの日々。

 問題を強いて言うなら、カタリナが空腹を訴える声がうるさかったことくらいだろうか。御者も昼夜関係なく聞こえてくる「……お腹、空いた」という声に恐怖していたことだろう。


「見えてきましたよ。セナ村!」

「おお。きっかり二週間だな。ありがとう、御者」

「……そろそろ名前で呼んでくれてもいいじゃないですかー?」

「ここまで来たら逆に呼ばない方がいいかもって思ってな……。それより、ララとルルは問題ないか?」

「馬の名前は呼んでくれるのに! 僕は馬以下ってことですかぁ?!」


 御者は御者、馬はララとルルだ。


「ほら、見えるかカタリナ。アレが、俺が育った村だぞ」

「……美味しいもの、ある?」

「ヒィッ?!」

「程々だな」

「……じゃあ、ウェイドが、作って」


 ひょいと担ぎ上げたカタリナは、俺の村よりも次の食事の時間の心配。その声に御者が悲鳴を上げるが、俺もカタリナも知らん顔だ。

 この二週間の道程で、カタリナが馬車を引くララとルルに食指を向けたことがきっかけで御者はカタリナを酷く怖がっている。彼女の底知れぬ食欲を目の当たりにしているからその恐怖は尚のことだろう。


「……ララとルルも怖がっているんですから、あまり刺激しないでくださいよ」


 御者だけでなく、二頭の馬もカタリナが近付くのを警戒する様子を見せている。

 御者が、調教して人慣れしているはずの二頭がこうも怖がる様子は初めて見る、と言うものだから馬には気を遣って俺とカタリナは夜は荷台ではなく、離れた場所にテントを張って眠っていた。それも昨日の夜が最後だと思うと、少なくない解放感に包まれる。


「このままのペースなら昼前に着きそうだな。それまでの辛抱だと思ってくれ。二週間、ご苦労だった」

「ちゃんと送り届けますよ。それ以上のお金は貰っていますから。それより、折角見知らぬ土地に来たのですから何か特産物などありましたら帝都に持ち帰らせてもらいますね」

「商人の真似事か? 多めに払っているとは言え、無駄遣いになるだけだと思うぞ」

「それを判断するのは、僕ですから」


 ニッと、笑う御者に、泣いても知らないぞと肩を竦める。


 セナ村は、田舎だ。それも、頭に『ド』が付くド田舎だ。

 隣の村まで、馬車で一日もかかる辺境にある小さな農村。どうしてそんな外れに村があるのかと言うと、ここは帝国の侵略した証。元開拓村だからだ。

 だからこれより南に進んでいくと、かつてカヴセールと言う種族が生活していた小さな国があるため、ここよりよっぽど栄えた街が見えてくる。この村で生活するくらいなら、そのカヴセール族の栄えさせた街に行った方がよっぽど健康的とも言える。

 その国は帝国の軍門に下ったことにより帝国人が多く住まう土地と化しているが、カヴセールと言う名が歴史から消えることを防いだのである。それを英断と呼ぶか否かは、カヴセール族と歴史が決めることだ。

 その街をさらに先に進んだところにあるキリズミ郡、という地区が俺の向かうべきところ。そこへはセナ村から徒歩で向かう予定だった。


「だからセナ村へはただ立ち寄るだけ。一週間以内に出て行くつもりだが……。はてさて、お前はどうしたもんかねぇ?」

「……?」


 俺の目下の問題は、首を傾げる少女、カタリナだった。

 この二週間、最も頭を悩ませたと言っても過言ではない問題。二週間たった今でも、その問題に答えは出せないでいた。


「村で暮らすんだぞ。分かってるか?」

「……ウェイドと、一緒にいる」

「はぁ……」


 何度言ってもこれだ。結局は置いていくことになるだろうが、それは自分の顔も名前も知らない親と同じことをしているようで気が引けるのだ。なんとかして納得させて、それでも駄目なら……なんて初めから駄目であった時のことを考えていると、御者が声を上げた。


「ウェイドさん、村の門が見えてきましたよ!」


 御者の声が聞こえてすぐ、俺は幌から顔を出す。

 五年前にこの村を出てから、色々なことがあった。

 だが、五年の月日が流れてもこの村はほとんど変わらずに俺を迎え入れてくれる。のどかで、少し退屈な、どこにでもあるような農村。それがセナ村だ。

 けれども、この村には数多くの子供達の笑顔がある。それだけで十分おつりがくるような素晴らしい村だ。

 そもそも村を出て行くことになったきっかけはただの幸運に過ぎない。帝都に到着してからも、俺はずっと運に恵まれてきた。だが本音を言ってしまうと、軍人として戦って敵国の兵士を殺すことは本意ではない。出来るなら、想い人と一緒になって、この村で静かに暮らしたいというのが俺の小さな願いだった。


「あ! ウェイドだ!」

「ウェイドが帰って来た!」

「本当?! ウェイド? どこ!」

「ウェイドだー」

「ウェイド、お帰り!」

「神父様呼んできて!」

「あとおじさんたちも!」


 静かに、なんて思ったのも束の間、どこからともなく湧いて出る子供たちの声が村中に響き渡る。その声は帝都の喧騒にも負けず劣らず。けれども、御者が微笑ましいものを見るかのような目を向けてきて少し居心地が悪い。

 しかし、湧いて出てくる子供たちは一人二人を除いてほとんどが見覚えのある顔だ。五年経って成長しているようだが、それでも面影の残る顔を見て、本当にセナ村に帰って来たんだと実感を得るには十分だった。


「教会の前で荷物下ろしておいてくれ。後で向かうから」

「チップ弾んでくださいよ~?」

「お前ら、元気だったかー?」


 馬車から飛び降りて駆け寄ってくる子供たちに向かって手を広げて迎え入れる。

 村を出るときにはまだ二歳や三歳の乳飲み子がいた弟妹たちも、五年の月日が経てば倍以上に大きくなっているのだ。あの時と同じ感覚でいれば、その子らに俺はもみくちゃにされることだろう。

 それも悪くは無いが、俺だって軍人の端くれである。子供相手に倒されるほど、軟な鍛え方はしていない。


「ライル、キッド、フィン、ジェニー、ペニー、アイラ、グウェン、エド! お前ら大きくなったなぁ!」


 駆け寄ってくる子供一人一人と目を合わせて名前を呼んでいくと、子供たちの顔が明るさを増していく。外の世界を知らない、純真無垢で底抜けに明るい笑顔。それを見られただけでも、俺の五年の苦労は浮かばれるというもの。

 レオ殿下やその他の貴族にどれだけ虐められようともこれまで歯を食い縛って耐え続けられたのは、こうしてここに帰ってくる為だったのだ、と。

 五年前と比べても面影の残る子供達は俺の周りに群がって口々に騒ぎ出す。だがその喧しさは、煩わしいどころか相応の心地良さすら感じてしまう。帝都の一流の音楽と比べても遜色ないほどに。


「ウェイド、この子はー?」

「こいつはカタリナ。ちょっと変わってるけど、面白い奴だよ。新しい家族だ」


 俺が子供の口から奏でられる音楽に耳を傾ける変態と化していると、異民族の子であるフィンが興味を持って俺の後ろにぴったりとしがみつくカタリナを指差す。

 同年代の中でもリーダー格のフィンが指を差したことで、周りの子供達の目が一斉にカタリナの方を向く。

 普通の子供であれば委縮してしまいそうな状況でも、カタリナは眉の一つも動かさずに俺の足にしがみついたまま、子供たち一人一人を順々に観察していく。


「……みんな、ウェイド、好き」


 最後に俺を見上げてそう言い放ったカタリナの言葉を皮切りに、子供たちはそれぞれ顔を見合わせてから騒ぎ出す。


「もちろん! ウェイドは強いから好きだぜ!」

「強いし、かっこいいんだ!」

「シグ姉ぇも言ってたけど、ウェイドはカッコいいだけじゃなくて、可愛いんだから!」

「そうよ! 守ってあげたくなるウェイドみたいな人は、都会じゃモテモテなんだから! 変な女が寄ってきたら危険だってシグ姉ぇ心配してたんだから!」

「一番かっけぇアキ兄ぃが、ウェイド兄ちゃんは強いしかっけぇって言ってんだからウェイド兄ちゃんは一番かっけぇんだよ!」


 一体何が子供達の琴線に触れたのか、いつの間にか俺を囲んでの言い合いが始まる。

 途端に居心地悪く感じられる状況だが、俺にはこの状況を生み出した原因が分かるからこそ眉間を抑えずにはいられなかった。


「あいつらはお前たちに何を吹き込んでんだ……」

「……わたしも、ウェイド、好き」


 腹いっぱいご飯くれるからだろ。

 そんな俺の言葉に出さない呟きが悪魔を引き寄せたのか、子供達にあることないことを吹き込んだ人物の片割れが颯爽と姿を現す。


「──ウェイド、その女誰よ! 浮気?!」

「あ、シグ姉ちゃん」


 凛とした声が響く。

 サッと子供達が割れ、彼方から聞こえてくる足音に、俺は溜め息を隠せない。

 この声は、五年前は俺に一番懐いていた、と言うより狂気的な何かを向けていた少女の声。それが五年経っても微塵も変わっていないようで。それが嬉しいような、悲しいような。

 地面を蹴る音が聞こえた刹那、眼前に少女の姿が出現して、俺目掛けて落下してくる。受け止めてくれると信じて疑わない表情で。


「愛してるよ! おかえり、ウェイド!」


 真正面から飛来してくる少女の身を受け止め、衝撃を受け流して抱える。その衝撃は俺を一歩、二歩と後退させる程ではあったが、機竜が墜落したときの衝撃と比べればまだまだ児戯の範疇。

 地面に降ろして額を押さえれば、彼女はそれ以上近付いて来れない。


「おうおう、それは未来の旦那のためにとっておけ」

「だから今言ってるんじゃない」

「はいはい。大きくなったな、シグ」

「うん! もうウェイドの赤ちゃんだって産めるよ!」

「……そういうのは大事な時に言うもんだぞ」

「あたし達は愛し合ってるからいいんだもんね」


 シグ。孤児院では子供の中で俺の次に年長者にして、女の子のまとめ役。

 俺が孤児院を出ると決まった時には、年下の子達が泣き止んでしまうくらい誰よりも泣いて、喚いて大変だった記憶がある。それくらい、俺は彼女に慕われていた。いつからそれが偏り始めたのかは分からないが、気付いたらこんなことになっていたのだ。

 あの時はまだ八つになったばかりだったから、今は十三歳か。まだまだ子供だろうが、周囲の子供達から頭一つか二つ飛び出た体つきは、五年の月日で確実に大人へと近付いてきている。幼いころから片鱗は見せていたが、その美しさに磨きがかかったというべきか、黒髪黒目でなければそれこそ貴族に召し上げられもおかしくない美貌にまで手が届きそうな勢いだ。

 ……黒髪黒目は、不吉の象徴。それがゆえに、この村に捨てられた子だ。

 だがシグはその迷信に陰りを見せることはない。そんな馬鹿なことがあるか、と笑い飛ばす勢いだ。

 しかし、ここにいる左遷されたしがない軍人である俺は、つい先日も帝都で俺を好いてくれる女性を振ったばかりなのだ。申し訳ないとは思いつつも、シグの恋心は一過性のものだと断じて受け流す。……そもそも、シグの恋心はただの勘違いだ。大人になる過程で自然と消える、些末な勘違い。優しくしてくれる年上が俺だったからそう見えているだけで、シグの感情は懐きの延長線上にあるものと言っていい。

 まさかそれが、五年も継続しているなんて夢にも思っていなかったが。

 俺に近付こうと足掻いてじゃれつくシグを微笑ましく思っていると、彼女が到来した方向から凛とした声が掛かる。


「シグ、ウェイド兄ちゃんが困ってるだろ」

「アキ!」

「ウェイド兄ちゃん。……おかえり」


 声がした方を向くとそこには、未成熟児を両手に引き連れた少年の姿。

 シグと同い年ながら、年齢以上の落ち着きを見せる雰囲気の少年は、俺と目が合った途端、我慢できなくなって涙が溢れ出る。それでも彼は我慢しようと堪える素振りを見せるが、遂に堪え切れなくなって白髪を揺らして駆け寄ってくる。

 苦労の証とは異なる、生まれつきの綺麗な白髪だ。しかし、少年が苦労をしていないかと言うとそうではない。実を言うと、俺はどの弟妹達よりもこの「アキ」と言う名の弟の身を案じていたのだから。

 シグと並んでも遜色ない成長を遂げたアキの体を、俺は包み込むような抱擁で迎え入れる。


「ぅぐっ……! す、すぐに、帰ってくるって言ったじゃないか! どうして五年も、何も連絡すら寄越さないんだよぉ……!」


 アキはシグと並んで年長組だが、彼の心は誰よりも弱かった。そのくせ、その弱さを俺とシグ以外に見せることができない不器用な子だったからだ。

 胸に飛び込んでくるアキを抱き留め、我慢を強いてきたその細身の体を労うように撫でる。


「悪い、随分長くなったな。でも、こうしてちゃんと帰って来ただろ?」

「それは……! そうだけど」


 本来であれば、繊細なアキはシグと同様に年長者としてやんちゃな男子たちをまとめられる器ではない。それでもこうして子供達がアキのことを「兄ちゃん」と呼んで慕っているのを見ると、彼がそれだけ努力してきたのだと分かる。

 けれども、こうして俺の胸で泣きながらポカポカと拳を振るう様を見る限り、相当に無理をしてきたということも分かるがゆえに、俺はアキを抱き締めて「頑張ったな」と労ってやる。

 アキはシグと比べて、お世辞にも頭がいいとは言えない。なまじシグの出来が良いからこそ、比べられて追い込まれることが多々あって自信を喪失していると言っても過言ではなかった。そのため、神経が図太く、我が道を行く性格のシグとは真逆の成長曲線を描いたアキにとってこの五年と言う歳月は、苦労が絶えなかっただろう。

 これまで俺がやってきたことを肩代わりする、と言うのは烏滸がましいことだが、行かないでと必死に引き留められた五年前のことを思うと、俺が後のことを心配するのは当然のことだと言えた。


「ねぇウェイド? 普通、反応的にあたしとアキは逆じゃない? あたしもアキみたいに感動の再会したかった! あたしも寂しかったんだよ?」

「分かってるよ。後でちゃんと話聞いてやるから。ほら、カタリナ。お前の姉ちゃんだぞ」

「……ん。お腹、空いた」

「お、カタリナちゃんも良く分かってるね。ウェイドはあたし達を、もっと構え~!」


 自由気ままなシグと、呑気なカタリナ。

 二人は波長が同じと言うか、似た者同士と言うか。

 すぐに意気投合した様子で俺に抗議を投げかけてきたかと思うと、周りの子供達もそれを真似して俺とアキを取り囲む。

 その声にはアキを心配しているような声も含まれており、アキが俺とは違う方法でちゃんと兄貴分として慕われているのが良く分かって、俺は人知れず胸を撫で下ろした。


「……とりあえず、教会に行こうぜ。お土産、たくさん買ってきたからよ。もちろん全員分な。俺が帝都に行ってる間に変わったこと、色々教えてくれよ。新入りのことも含めて、さ」

「うん! あのね──」


 子供達を引き連れて歩く気分はさながら、軍団長だ。一介の兵士でしかない俺には過ぎた身分である。

 新しく孤児院の家族になった二人のこと。厳しくも優しい神父様。セナ村の状況。それから、俺の想い人であるシスターフィオナのことについても子供達の口から聞かされながら俺たちはわいわいと賑やかに村を横断して行き、ついに俺たちの居場所である教会へと到着するのであった。







補完と言う名の、言語解説。


【黒髪黒目】


黒髪と黒目は呪いを撒き散らす。

それは、帝国に伝わる言い伝えのようなものだった。

帝国に多い髪色は、赤茶色や栗色といった色で、目の色は両親の遺伝子に沿って生まれる。しかし、それらはあくまで遺伝情報。髪色や虹彩の色は、生まれながらにして備わった魔力によって左右されると言われていた。ウェイドの髪色はこげ茶、虹彩は赤紫。至って平凡。平均的。ありふれた色。

帝国の皇族や上位貴族に纏わる者が色鮮やかな髪の色と、透き通るような虹彩を持って生まれるのは、血統として高い魔力を保有することが多いからと言う理由のみ。

それに反するのが、黒髪黒目。それは生まれ持って魔力をほとんど保有しない証。実力主義が横行していた時代。そんな子供は呪いだと、不吉をもたらすと言って生まれを喜ばれなかったことから、黒髪黒目の子は捨てられることが多かった。

今ではその認識も変わって都市部辺りでは黒髪黒目で生まれたとしても変わらずに生活できるようになってはいるが、田舎ではまだまだ常識がアップデートされていないことが多く、シグはその被害者だった。

森で捨てられていたシグを、冒険と称して棒切れ一本で村の外に出たウェイドが見つけて連れて帰って来たのが出会い。セナ村でも当初は気味悪がられたシグだったが、その奔放さとウェイドという兄貴分のお陰で、シグはセナ村の一員に溶け込むことが出来た。

捨て子として拾われたのが自分の方が先だということで、シグはアキよりもお姉さん面をすることが多かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ