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当たって、砕けた。



 ◇


「……ウェイド。これ、美味しい。ウェイドも、食べて」

「んも」

「か、カタリナちゃん。もう、ウェイドさん潰れてるから……」


 ウェイドさんが潰れて、個室には私とカタリナちゃんの二人きりになった。

 デザートを乗せたスプーンを酔い潰れたウェイドさんの口元に運ぶカタリナちゃんはとても微笑ましいし羨ましい。私も、ウェイドさんにあーんとかしてあげたいのに。


 料理の半分はカタリナちゃんが一人で食べていたのだけれど、それに驚く暇もなく私はウェイドさんとこれまでの思い出を振り返るような話をして、盛り上がった。

 ウェイドさんが話す内容は専ら、田舎の孤児院での話。血の繋がらない弟や妹の話ばかりされてうんざりするのは確かだけど、それを幸せそうに話す彼の表情や声音、仕草から全てに至るまでが愛らしくてたまらない。

 時折混じるシスターの話だけはマイナスとも言えるけれど、こうして久し振りに彼と話が出来た時間は、今後一生私の大切な思い出として残り続けることだろう。

 本当ならばこの時間を当たり前のものにして、私はウェイドさんのものになりたかったのだけれど、それも最早叶わない。


「ほら、ウェイドさん帰りますよ。歩けますか?」

「ん、あぁ。あぁ、あるける……」

「歩けてないですよ! ほら、肩を貸しますから、ちゃんと掴まって下さい」


 会計はとっくに済ませた。彼が奢ると言ってくれたけれど、私が全部払わせてもらった。私がウェイドさんに捧げられる物なんて、それくらいしかないから。


「宿まで案内お願いできますか?」

「あぁ、こっちだ……」

「そっちはトイレですよ」


 案内してほしいなんて言ったが、彼の泊まっている宿の名前も場所も、全部知っている。

 (好きな人)のことなら、全部知りたいと思うのが恋だから。


「カタリナちゃんも、行こっか」

「……ん」


 ウェイドさんに肩を貸して、カタリナちゃんと手を繋いで帰る帝都の夜道。

 帝都の街中に配備された街灯が照らす夜道。並んで帰る私達は、第三者が見ればもしかしたら親子のように見えるのかもしれない。

 そうだといいな、と思う反面、それが二度と叶わない未来を想像すると、私の目からは自然と涙が溢れ出していた。


「うっ、くぅ……ぐす」

「リリス、泣いているのか? 泣かないでくれ。おまえに泣かれると、俺は……」


 完全に回る酔いで意識は朦朧としているはずのウェイドさんは、私の嗚咽を耳にしてすぐに目を覚ましてくれた。そしてあろうことか、彼の傷だらけの手が、涙を拭ってくれる。

 舌の回らないウェイドさんの口が何を紡ごうとしたのかは分からないが、今こうして触れているウェイドさん熱も、重みも、これが最後なのかと思うと、ウェイドさんが拭ってくれた傍から涙が溢れて止まらなくなる。

 そんな子供みたいな私を、正真正銘子供であるはずのカタリナちゃんが見上げて、ぽつりとつぶやく。


「……リリスは、ウェイドのこと、好き」

「うん、大好き。堪らないくらい、好き。カタリナちゃんは? ウェイドさんのこと、好き?」

「ん。ご飯、いっぱいくれるから、好き」

「そっかぁ、ご飯かぁ……。確かに、ウェイドさんと一緒にいると何も心配ない、って感じするよね」


 あはは、と空っぽのなった笑みが揺れて、カタリナちゃんとつなぐ手に力がこもる。

 涙は、まだ止まってくれない。


「……だから、嘘でもいいから……一言だけでも……好き、って、言ってほしかった、なぁ……」


 私の恋は、敗れた。

 会ったこともない、顔も知らないシスターに、こてんぱんにやられた。

 それが悔しくて、辛くて、悲しくて……そして何よりも、羨ましくて、涙が止まらない。

 ウェイドさんの一途な気持ちを向けられるなんていう世界で一番の幸福を得られるシスターのことが羨ましいし、妬ましい。

 そして何よりも、一番大好きなはずのウェイドさんの恋路を応援できない私自身が情けない。こんな捻くれた感情じゃ、やっぱりウェイドさんに相応しくないと思えてしまうから。


「……ウェイドは、リリスのこと、好きだよ」

「ありがとう、カタリナちゃん。でも、私が欲しい好きは違うの。私が欲しいのは、ウェイドさんからの愛。それはきっと、ドロドロしてて、黒くて、暗くて……綺麗なだけじゃないもの。……でもきっと、どんな宝石よりも一番輝いて見えるものなの。私の一番欲しいウェイドさんの『好き』は、もう誰かのモノになってるから、私はもらえないの」

「……リリスは、もらえない?」

「うん、そうなの。……もしかしたら貰えるかもしれないけど、それはきっと偽物。偽物でもいいって思っちゃうのは、私の我儘で。それに、一番特別な好きを貰えたとしても、それはこの世界が許してくれないの。ウェイドさんは平民で、私は貴族。男爵家の四女で貴族の端くれだけど、それは許されない関係なの」

「……世界が、駄目って言うの?」

「うーん、そういうわけじゃないけど、そういう決まりなの。ルールだから」

「……壊しちゃえば?」

「壊せるものなら壊したいけど……。でも、そっか、壊しちゃえば──……、いやいや、それはダメだって」


 不穏さを感じさせるカタリナちゃんの言葉に傾いていく姿勢に慌てて軌道修正を図る。

 カタリナちゃんは私とウェイドさんじゃない、どこか遠くの夜空を見上げているように見えた。

 報告には「失明している」ってあったけど、食事中も今も、彼女の濁った眼から視線を感じるのは、きっと気のせいじゃない。やっぱりこの子、どこか変わっている。

 ……そう思っても、私には何も出来ない。

 中途半端に酔っぱらった頭では、カタリナちゃんの質問に答えるので精一杯。特に彼女の質問に対する答えは全部、貴族社会で嫌というほど思い知った人間の業を伝えるばかりだった。こんな事を聞かせて、何が楽しいのか。

 それでも酔っぱらって火照った身体を冷ますように吹く帝都の夜風と、肩に乗る愛すべき人の重みに心地良さを覚えていた私は、軽くなった口をフル回転させるのだった。


「……私も、ウェイドの好き、もらえない?」

「カタリナちゃんは……どうだろう? カタリナちゃんも、欲しいの?」

「ん。そしたら、もっとたくさん、ご飯、くれる?」

「あはは、ご飯。ご飯かぁ。そうだね、きっともらえるようになるかも。そしたら、私とカタリナちゃんは、ライ、バル……らいばるに、なりたかったなぁ……」


 今日の食事は、本当に楽しかった

 なのに帰り道では、メソメソと泣いてばかりいる。果てには、カタリナちゃんに「よしよし」と慰めてもらう始末。

 私は、彼の想い人のライバルにすらなれなかったのだ。私は彼の為なら、貴族としての立場も捨てられる。その覚悟はあると言うのに、ウェイドさんは私にそれを言わせないようにしていた。

 貴族の地位を捨てる、なんて暴論は、貴族を定めた帝国に向かって唾を吐くのと同じだから。ウェイドさんだって、私にそれを望んだ訳では無いのは分かっているけど、私には彼が好きだというに足りる覚悟を示すことさえ許されなかったのだと思うと、私のこの恋路は、初めから勝ち目など無かった。それは疎か、スタートラインにすら立てていなかったことになる。

 だから私は、負けたんだ。こてんぱんに、完膚なきまでに。


「……着いた」


 泣いてばかりの帰り道。それもやがて、私の恋にピリオドが打たれたように、夜のデートも終わりを迎えてしまう。

 カタリナちゃんは私の手を離して、ウェイドさんの太腿をぺちぺちと叩いて彼を起こす。


「……起きる。ベッド、連れてって」

「……んぉ。いつの間に、宿……。あぁ、リリスが連れて来てくれたのか……。朝まで付き合ってやれなくて、悪いな」


 カタリナちゃんに起こされて、私の肩に乗っていた愛しい人の体重が離れていくのを心惜しく思う。

 微睡に包まれるウェイドさんのとろんと溶けた顔が、私の胸を刺激する。

 逞しい腕に抱きかかえられるカタリナちゃんが羨ましくて、私の足は知らずの内に彼を求めて彷徨い歩いていた。


「リリス?」

「ウェイドさん──」


 ふらりと近寄る足取りは、まるで幽鬼のよう。

 嘘でもいい。その言葉がいつか、嘘じゃ嫌、に変わるのを恐れて踏み出せなかった一歩を、酔った勢いは容易く踏み出させる。

 私の目が見つめる先は、ウェイドさんの赤い唇。

 彼の頭を抱いて、貪るようにその奥にある甘い蜜を啜りたい。

 劣情が突き動かす体が赴くままに、彼のがっしりとした体にしなだれかかるように倒れて行き、私と彼の唇が触れ──



「危ないぞ、リリス。お前もそんな酔う程飲んでなかっただろ」



 ──る直前で、私とウェイドさんの唇を隔てるように彼の手が、私の些末な願望を妨げた。


 夜道を歩いたお陰か、ウェイドさんの目には僅かな酒精が残っているだけで、泥酔からは覚めているよう。その目に見据えられると、私の浮ついた気持ちに冷や水がかけられたみたいに頭の中が冷え切っていく。

 私は慌てて取り繕うように彼から離れる。


「ご、ごめんなさい! 少し、ふらついちゃって……。そ、それじゃあ、帰りますね。おやすみなさい、ウェイドさん、カタリナちゃん。……また、会いたいです」

「あぁ、おやすみ」

「あ……。お、お元気で!」


 私の小さな声で呟かれた願いは想い人には届かず、彼に伸ばそうとした手は勇気を出せずに引っ込み繰り返す。それが居た堪れなくなって、私はウェイドさんたちから逃げるように踵を返して帰路につく。

 最後に浮かべた笑顔は、キチンと笑えていただろうか。

 声は、震えていなかっただろうか。

 涙が浮かんでいたのが、バレていないだろうか。


「うっ……ぐす」


 通り過ぎる巡回兵がギョッとした目を向けてくるけど、私の涙は止まってくれない。

 いっそのこと涙が涸れるまで泣いて喚けたらいいのだけれど、貴族の矜持が邪魔をして、淑女として在るべき姿を取ろうとしてくる。

 それは私にとって邪魔なしがらみ。恋路だけじゃなく、傷付いた心にさえも邪魔をしてくる貴族という肩書き。

 こんなものさえ無ければ、と言い訳を書き連ねたところで、今夜の私の無様を慰めてくれるのはその貴族の私しかいない。

 諦めたくない。けれども諦めなければならない。

 だって、だって私は──



 ……私は、恋に敗れたのだから。






補完と言う名の、言語解説。


【帝都】


オリア帝国の中心。帝都オーレリア。

大陸中央部に広がる平野に居を構える帝都は、帝都の端から端まで歩くのに三日かかると言われているほどに広大な面積をしている。そのため、区域を跨いでの移動には馬車を使って移動するのが普通。

外周を囲うように外壁が立っているがそれらは都市計画の一端で、一度崩して帝都を拡大させるため都を守護する目的の外壁ではない。それは帝都にまで敵や魔物が来ることはないという帝国の栄華を誇る意味合いでもあり、帝都民は外敵に怯えることなく信頼の下帝城の膝元で暮らしている。

帝都内部は一定間隔で区分けされており、現在の帝都は合計で34の区画がある。そのうちの1から10までの区画が貴族区と呼ばれ、帝都の中に立つ背の高い壁の向こうに立ち入るには一定の基準の審査がある。

ただし、帝国の建国記念の日や正月などの祝い事の日には第十区が解放され、一般市民の誰にでも一つ上の世界を感じることが許されているなど、一般市民と上級市民の間は距離感を保たれつつも、決して遠すぎない距離で帝都は成り立っている。

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