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何度かリツとヨルが交代しながら日々は過ぎ、幾つもの魔物達と接触できた。好感触とは言えなくとも懐疑的であれ興味はなかなか引けたみたいだ。
そろそろ魔力の回復もそれなりにできましたし、次の段階へと移ろうか。そう思ってここに居るリツとガストを見た。
「それじゃあまぁ、そろそろ創りますか」
「また生物創造などと言わないでください」
ガストの冷えた声。かなり根に持ってるんだろう。それに苦笑が漏れてしまう。
「さすがに言わないよ。領域創造だよ」
「やっと、ですか」
「待たせてごめんね」
ガストの疲れたような溜息。なんだかんだと引っ張り続け拒み続けた自覚はあるから仕方ない。甘んじて受け入れて笑みを見せるしかない。
「それでどのような形に?」
今の今までガストにははぐらかしてきた、誤魔化して続けてきた。だからガストは正確な設計も構想も何も知らない。
だからこそガストの目は厳しくあたしを睨みつけてくる。
「結構ちゃんと考えてるんだよ?」
「できる限り様々な種に合うようなテリトリーであり堅牢さも兼ね揃え、迷路のような予定、とは伺っております」
「そうそう。その上で価値あるテリトリー」
「確か簡単には潰れないようにする、と仰ってましたか。しかし価値とは?」
あたしのテリトリーはディストリア国と言う貴族階級のある小国寄りの中規模な国王制度の国にある。
ディストリア国の辺境領、タリス領のミタルナという街の外れの森、そこに期日が来ればあたしのテリトリーは顕現する。
そしてその森を分けるように隣国、クナルト国がある。
この世界では魔石はエネルギー源として考えられ、その為に魔石を持つ魔物が住む地、特に森は木材や他の素材も取れるため大事にされている。
今のところ友好国である両国は国境は森にもあれど、ある程度の目溢しや勝手な開拓はしないという条約を結んで仲良くやっている。
けれどもミタルナから約一日、クナルト国の国境から約三日と言った場所にあたしのテリトリーはできるわけだ。
森の中、魔物がまだそれなりに多くいる立地という意味では良いのだが弱い種が多く、街や村なども近く人が訪れることが多い地。そう考えればメリットよりもデメリットの方が多い。何せこの付近に住む魔物は弱い種の方が多いのだ。
まあそんな場所にあたしのテリトリーはできるわけで、ぶっちゃけ神は何を考えてこんな場所にしたのか。
テリトリーを創ったところで大勢の人に目を付けられれば簡単に蹂躙されそうな場所。それも保護できるのも弱い魔物が多いとなれば殊更だ。
まぁ、簡単に殺されてやる気はないが。
痛いのも嫌だし怖いのも嫌だ。追われるなんて以ての外だしテリトリーから出れないあたしに逃げ場所なんてない。
けれども拮抗させるためには対立可能な状態まで持っていかなくてはならない。魔石の供給問題もありますし。
それに世界はあたしを敵と見なし動き始める。それは否応なく流れとなり襲い掛かる。だからこそ必要となってくる価値。
簡単には潰せないテリトリー。潰すことが惜しくなる、潰すことがデメリットになるテリトリー。
そう思わせることができればあたしのテリトリー、その核であるあたしはまた安全になる。
にっこりと笑いガストを真っ直ぐに見る。
「まぁ見ればわかるよ」
「それは困ります。しっかりと説明頂き確認し、有用性を確かめなくては」
眉間に皴を寄せるガストを知りながら、持っていた紙を取り出し開きそれをしっかり見て魔力を込める。
「領域創造」
「は?」
頭に描かれた図をしっかり浮かべればずるっと体内から何かが引き出される感覚。それと共に辺りが眩くなり白い閃光が包む。
ガストの声は今回を聞こえないフリするのも慣れたものだ。
生物創造のときよりも強く眩い光は思ったよりも長かった。それにさすが、体から引き出された魔力もかなりのものだ。
また回復させなきゃなぁ、なんて思いながらも光が収まるのを待つ。その瞬間に怒りの籠った強い怒声が響き渡った。
顔を赤らめたガストの表情はやっぱり憤怒に満ちている。
「あ、貴方は本当に何をしているんですか!?」
「何って、テリトリーを創ったんじゃん」
「テリトリーって、どこが変わったんですか!!」
辺りを指さしながら喚き叫ぶガスト。ガストってそんなキャラだったんだね。もっと冷静キャラだと思ってたよ。
まぁガストの言いたいことも分かっている。この部屋は見た感じ何も変わらなく無機質な床と壁、そこに置かれた不似合いな豪奢な玉座とヨルが置いて行ったあたしやリツへのお土産。まぁほぼあたしの物だが。
そんな何一つ変わり映えがしないこの部屋で、憤怒に満ちたガストの目があたしを強く睨んでいる。
けれども、だ。あたしだって馬鹿じゃない。
「まぁまぁ落ち着いて。それじゃあ見に行こうか」
軽い言葉でガストに背を向ければ背後でガストはまだ何かを叫んでいるが気にしたってしょうがない。そんなことよりもできたばかりのテリトリーの方が気になるのだから。
ガストを放っておいて玉座の正面の壁まで来る。すぐにリツがあたしを見てきたから頷けばリツがそこに手を当てる。すると何もなかったはずの壁に真っ直ぐな縦の線が走りゆっくりと両開きの扉として開いた。
奥に見えるのは無骨で無機質な、周囲が部屋と変わらないような通路。
「この扉も通路なんかもちゃんと創んなきゃなぁ」
「魔力の回復具合で創れば良い」
リツの言う通りに今は他を優先させるべきだろう。
「ほら、ガストも行こうよ」
後ろを振り返りガストを誘えば、ガストは驚きからか目を大きくしていた。
そんなガストを置いてあたしは先へと進む。
暫定的な王の間、元々あった小部屋から出て短い通路を歩けばすぐに小さな空間になる。そこに元々作っておいた転移陣も移してあり、それよりも目立つ昇り階段。
「おー、イメージ通り」
「深くなれば装飾なども施した方が雰囲気が出るかもな」
「確かにそうだね。それか階層との雰囲気に合わせるとか」
リツの言葉に頷きながら階段を上って行けば徐々に狭まる階段。その先には光が見え、屈まなければ通れないような穴がある。
そこを抜ければむわりとした濃い緑の匂いに纏わりつくような湿気。そして色とりどりの緑が目に入る。
「凄いね。ジャングルだ」
「草木が茂り密度も濃い。探索もし辛いだろうな」
腰ほどまである草や低木。それ以外にも蔦や太い木々の根。大木や細木が無造作に生え、道らしきものなど存在しない。
「入り口は狭いけど上手い具合に木のうろに階段を創れたね」
「草などで見づらいし、これなら簡単には見つからないだろうな」
「な、なんですか……」
暢気に周囲を見渡しながらリツと話していれば、呆然としたような声。
「森、とも違う。……それにこの湿度」
「この世界には亜熱帯の森林なんてないもんね」
「……何をそんな暢気に言ってらっしゃるんですか?」
少し震えるような苛立ち乗せるガストの声。
周囲を見て驚愕していた目から憤怒を通り越し殺気に似た怒りを含んだ目となりあたしに突き刺す。
「このテリトリーはっ! なぜ、こんなテリトリーを!!」
「なぜ、と言われても色々考えた結果だよ」
「この生い茂った森が貴女の言うテリトリーなんですか!? 世界を変えてしまうような、こんな大規模な気候変動を何故したんですか!!」
木々の隙間から覗く高く青い空を指さしガストが声を荒げて叫ぶ。その顔はあまりの怒りに震え目は血走っている。
確かにガストに言う通り、この世界になかった環境など創ってしまえば大変なことになる。
だがしかし、ここではそんな大規模なことにはならないのだ。それを説明するのは今は面倒臭いし素直に聞いてくれるとも思わない。
「進んでみればわかるよ」
ガストとは違い明るい声が出る。テリトリーにわくわくしてしまってるんだろう。
本当ならゆっくりと歩き回り確認したいとこだが今はそんな時間も余裕もない。特にガストが。
仕方ないかと歩き出し分かっているルートを辿る。不満、苛立ち、怒りを隠すことないガストだが、あたしが相手にしないと分かったのか後ろをついてくる。そうすれば見えてくる空に続く階段。
「は?」
「一応は認識疎外の術は仕込んでるから、遠くからは発見できないよ」
「え? は? そんな高度な技術を?」
驚きから動きが止まるガストを置いてあたしはリツと階段を上り始める。空に上がる階段ってのも不思議で面白い。それも途中から岩に囲まれた階段となる。
「階段から下が見えないようにした方がいいね。道を探られたら困りそうだ」
「その辺りは早めに変更した方が良さそうだな。洞窟様式にするか認識疎外で別の景色を見せるか」
「別の景色って面白いね。それはそれで探索のときに惑わせそうだ」
リツとアイデアを出し合いながら階段を上り切り空間に出る。そこは先程までの緑豊かな景色から一転して岩肌に囲まれた洞窟の中のような空間。広さは王の間ほどだ。
「じゃあリツ、悪いけど先にナイとヨルの方に行ってくれる?」
「しかし」
「大丈夫だって。ちゃんと説明しておくし」
同じく階段を上り切り、一転した風景に驚き目を開きながら辺りを見渡すガスト。それに目を向けながらリツは渋るが、今は時間も惜しいし困惑中のガストなど丸め込むのも難しくないだろう。
ナイとヨルにも準備を進めてもらってるしお願い、と言いながらリツの背を押す。
「分かった。何かあればすぐに呼んでくれ」
「ありがと。あたしもすぐ行くからお願いね」
心配そうな目を向けながら、何度もあたしを見てはリツは先に進んで行った。残されたのはあたしとまだ驚き困惑中のガスト。
「それじゃあまぁ、説明しようか」
「……なんなんですか一体、ここは。上って来たということは、あれは地下空間ということですか」
「うん、正解でもあり不正解でもある。今いるここも地下空間だよ。あたしは地下にテリトリーを創ったんだ」
その言葉にガストの目が大きくなる。それほどまでに意外だっただろうか。
「ここは国の端、そして隣国からもそう遠くない場所だよ。そんな地上にあたしのテリトリーを創ったところで簡単に攻め込まれ潰されてしまう。そうなれば多くの魔物だって被害に合う」
場所柄を考えても魔物の住む森が近く、近くの街には魔物を倒すことを生業としているハンターが数多く住む。
それに人間は国という縄張り、自分たちの領域を分け区別し生きている。そんな所に良く分からない区域、テリトリーが突然現れれば自分たちの領域を侵されたと攻め込まれるのは予想されることだ。
「そこで考えたのがあたしの世界に在る知識。地下迷宮、ダンジョンだよ」
「だんじょん?」