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終わりの見えない(仮)  作者: けー
一章 始まりの準備
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 それから暫くもガストからの冷めた小言や文句はありつつも、ナイとヨルが戻らないことには進まないからと平和な日々を過ごした。

 定期的に通信の魔道具で二人から連絡もあり、その無事と共に様々な情報を与えてくれた。

 そしてあたしもしっかりとリツに管理されながら睡眠と食事を取り魔力回復もかなりできた。そろそろ次の段階へと移るべきだろう。

 リツとナイとヨルにはしっかりと予定は話している。構想も運営方針も伝えている。だから三人も分かってはいるはずだがどうやってリツを説得するべきか、と見てしまう。

 ナイとヨルもこれには反対してるんだよねぇ。それでもなぁ、必要だと思うんですよ。はい。


「どうかしたか?」


 狭い部屋の中でリツを見ていたからか不思議そうにリツから声を掛けてきた。


「そろそろさ、次に進めようと思うんだよね」

「ああ、そろそろだろう」


 ナイとヨルが外に出て行ってからのこの期間に色々と確認することがあったのも事実だが、何よりも魔力の回復が主な理由だった。それに要するだろう時間も三人には伝えてある。だからリツも納得したんだろう。

 そう思った瞬間、部屋の隅に作ってあった外と繋ぐ転移陣が淡く光る。それは誰かがそれを使用したということだ。

 そんな予定もなかったはずであたしは驚いて顔を向けた。


「ただいまー。縁、会いたかったわ。ちゃんとご飯は食べてる?」


 軽やかな声を響かせ現れたのはヨルだ。その姿に驚くあたしを置いて優しく抱きしめてくる。

 驚くあたしより先に言葉を返したのはリツ。笑顔でヨルを迎え入れた。


「おかえり、ヨル」

「ただいま。これ、お土産ね」

「お、おかえり。でも、なんで?」


 困惑してしまうのはあたしだけなようだ。リツは知っていたみたいだしガストは興味なさそうにしている。


「ほら、縁はそろそろ次の段階に進める気でしょ?」

「うん、そのつもり」

「だからね、情報共有も込めて私とリツを一時的に交代しようと思って」


 その言葉でああ、と納得した。

 次の段階とは外にいる保護対象との接触だ。だがここで問題も出て来る。

 ある程度の生息地や数の把握なんかはナイとヨルがすでにしてくれているが、それでもナイとヨルは魔物からすれば人種でしかなく、敵として拒絶されてしまう。そうなるとスカウトなんて以ての外だし、あたしの思惑は他にもあるわけだがそれすらも拒まれてしまうだろう。

 人から迫害され襲われ続けていることを考えればそれも仕方ないともいえるが。

 それでも確保は神からの指示でもあるし、あたしの考えでは力をつけさせることもしなければならない。そしてあたしはテリトリーから出ることはできず、そうなると他の仲介役が必要なわけですよ。


 残る選択肢はガストかリツになるんだが、ガストがそんなことをするとも思えないしあたしの意図をちゃんと汲んで行動してくれるとも思えない。

 そうなると残るはリツしかないんだけど、リツ達三人はあたしがガストと二人だけになることを良しとしなかった。

 うん、ガストの態度的にわからなくもないが、それでもガストはあたしに敵対行為、攻撃などはできないんですよ。

 だからあたしとしては多少態度などが冷たかろうがガストと二人でも問題ないと思っていた。それにガストだって準備期間の間にあたしを消耗させるようなことはしないはず。だからやっぱりリツを説得してお願いしようと考えていたんだが三人の方が上手だったらしい。


「じゃあ行ってくる。縁は食事を抜くなよ」

「行ってらっしゃい。縁のことは任せて」

「え? あ、行ってらっしゃい」


 あたしが説明を求める前にリツはヨルから渡された袋の中身を簡単に確認するとあっさりと転移陣に向かって行ってしまった。最後にあたしへの注意は忘れずに。

 ヨルもわかっていたんだろう、ゆったりと手を振って見送っていた。

 リツが行ってしまうとヨルはくるりとあたしへと向き直り笑顔を見せる。


「縁にも色々お土産があるのよ」

「いや、説明が欲しいんですけど」

「ご飯はまだ? 屋台で色々と買ってきたし服なんかも買ってきたわ」

「いやいや、ヨルさん?」


 楽しそうに魔道具である魔法鞄(マジックバック)から様々な物を取り出していくヨル。服を広げあたしに当てては楽しそうだ。

 この魔法鞄とは見た目以上の収納力があるもので、元は人間たちが作り出した技術品の一つだ。それを少し修正して中は時間停止機能を付けて二人に渡した。

 その中から楽しそうに色々な物を取り出していきますが、ヨルはどれだけ買ってきたんだ?


「貴女はいったい何をしに外に行っていたんですか? 戻って来るのはまだ先のはず」


 説明を求めているあたしを気にせず、珍しく側まで来たかと思うと苛立ったようなガストが辺りに出された物を見てヨルを睨む。


「ガスト様、我々人種では最初の魔物との接触を拒まれる可能性を考え私とリツを交代したのです。ナイもリツと共に同行しますので、最初の顔合わせが終わればまた私とリツが交代できます」

「リツが外に出た意味は分かりましたが、貴女は何故戻って来たんでしょうか? その時間が無駄でしょう?」

「縁に確認して頂く媒体などもありましたし、私は街ではナイと行動すると捉えられています。その為単独行動にならないようにこちらに帰って来たのです」


 怯むことなく柔らかな微笑みを浮かべガストに返すヨル。けれどガストの目が周囲のヨルが取り出した物に向く。


「それではその不必要な物は何なんですかね」

「こちらは私とナイが稼いだ分で購入した物です」


 稼いだ分ということはハンターとして仕事をして調達した、もしくは買ってきたということか。結構な量があるが二人共無理したんじゃないのか心配になる。


「これからテリトリーを管理するにあたって縁の心身は保護されるべきだと私たちは考えております。その為このような心癒されるものも必要かと考えました」

「それがそこにある物や服、食事などというのですか?」

「魔物を率いる魔王として縁にはそれなりの格好が必要と思いますし、疲弊した状態で管理し続けることは効率的ではないかと。些細なミスを減らせるように楽しみも必要と思いまして」


 ヨルは美しい顔に笑みを浮かべ、当然でしょ? と、言いたげな雰囲気だ。それに対して困惑したような表情を浮かべるのはガスト。そしてあたしは魔王と言う言葉に怪訝な顔をする。

 魔王とは、基本ガストだけが言い続けている言葉だ。


「人種として自我を与えられてるからでしょうかね、そのように考えるのは」


 溜息交じりに首を振り、ガストは理解できないといった雰囲気で言う。


「魔物にとって権力とは力の強さや魔力の強さ。身に纏う衣などで判断するものではないのですよ」

「確かにその通りではありますが知性ある魔物には見た目も必要かと。それに王として人と対峙する可能性を考えれば必要ですわ」

「確かに人と対峙することを思えばみすぼらしくては他の魔王様までそう思われてしまうわけですか」


 ヨルはその言葉に何も返さずただ微笑むだけ。それでもガストは一応納得したようだ。

 あたしとしては人と対峙することなんてしたくもないしする気もない。その予定はヨル達も知っているしあたしは服なんかにも拘りがない。特に今は外に出るわけでも出れるわけでもないのに。


「そうそう縁、甘味なんかも買ってきたのよ」


 ヨルは話は終ったとくるりとあたしに本当の笑顔を見せ、また魔法鞄から様々な物を取り出していく。そこにあるのはガラス瓶に入れられた飴や油紙に包まれたワッフルに似たような焼き菓子。他にも櫛や髪飾りなんかも出してくる。


「ヨルは買いすぎじゃない?」

「縁から貰ったお金はちゃんと残してるわよ?」

「あれは使ってって渡したじゃん。それにこんなにも買うって、無理したんじゃ」

「大丈夫よ、縁のおかげで私達なかなか稼げるハンターになってるから」


 にこにことどこか意味深げに楽しそうなヨル。三人を創るときに全ての知識も渡している。それがこの世界でも色々と役に立ったということだろうか?


「お土産なんかより二人が無事な方が嬉しいから無理しないでね。ナイも元気?」

「ええ、元気すぎて困るぐらいよ。知り合いも増えたし酒場なんかでも上手くやっているわ」

「ナイなら豪胆に過ごしてそうだね」

「初日に酒場で喧嘩して勝つぐらいだもの」


 ふふふ、と笑うヨルにあたしの方が固まった。何やってんですかね、ナイは。


「だから縁も何か欲しい物があったら言ってね。必要な物とかない?」

「今のところは大丈夫だよ。それにまだ私室も作れてないしね」

「そうね、早く縁の部屋は欲しいわよね。作ったら色々な物を置けるのに」


 まだ色々買うつもりらしいヨル。テリトリーが安定し魔力が余るようになれば自分でも作れるようになる。そんなに買わなくても良いと思いますよ。


「そうそう。媒体になりそうな物もそれなりの種類集めたわ」

「ありがと」

「物によって数は違うけど、後で確認してね」

「うん」

「素材として高くて手を出せなかったものもあるけど、出来る限り種類は増やしたわ」

「無理しないでね」

「大丈夫よ。まだ増やす気だし」


 ハンターとして活動する二人はその名の通りに魔物と呼ばれる者を狩るものだ。そこに入っている物の中には二人が狩った素材もあるんだろう。

 矛盾もあるがある程度は仕方ない。それに人であるあたしが作るテリトリーに、人に対して悪感情を抱きすぎて強すぎる者は最初危険すぎる。見極めは簡単ではないし難しいところだが判断は全て三人に委ねている。あたしが直に確認できるわけではないし。

 街で疑われないように、溶け込めるように、二人が生活する上で必要なことはするべきよう伝えてはいる。


「最初は数が必要になるし、ある程度の種類があれば大丈夫だよ。また魔力が安定したらお金も好きなだけ作れるし生物創造もできるようになるよ」

「どうしても希少な魔物の素材や強い魔物の素材は高くなるのよね。その分、顕現させたときも強い魔物になるのだけれど」

「初めは数で勝負かな。魔石の供給も仕事の一環だしね」


 強い者ほど生物創造したときには魔力が必要になる。けれどもそれも媒体となるべき物があれば魔力負担は減る。

 それに魔石の供給、それを考えればまた矛盾だと思いたくなる。魔物の導き手、魔王と言う敬称に。


 あたしが考える神の指示とは魔物を保護し繁殖させ数を増やし、魔物に戦う力をつけさせなければならない。だからといって魔物を守る存在ではなく、逆に戦わせ、拮抗させる存在にならなければならない。

 別に魔物を従わせるわけではない。そんな力も本来ないのである。あたし自身がテリトリー外に出れるわけでもないし。

 できることといえばテリトリー内であれば神に等しい創造の力があるぐらい。様々な物を創り、生き物を創ることができる。

 確かにそれは凄い力であるけれど、テリトリー限定の力だ。過信することもできない。


 ふと沈む思考を止めるようにヨルの明るい声がする。


「ほら、色々買ってきたのよ。寝る時の敷物とかタオルとかも買ってきたから、いずれお風呂も欲しいわね」

「本当に色々買って来たね」


 ずらりと並ぶそれを見ながら笑ってしまった。


「生活に必要そうなものは一通り買ってきたはずよ」

「まだ生活の場すらできてないのに」

「できてからじゃ遅いわよ。それにまだ安物が多いし、もっと生活を良くしていかないと」


 ヨルが優しい笑みを向けてくれる。その目には慈愛が含まれてるように見えた。


「みんなにも、早く楽な生活をさせてあげたいな」

「あら、ナイは今の生活も気に入ってるみたいよ? 荒事も酒場も」

「ナイはいったい何してるんですか?」

「ふふ。酒場では拳で語り合い、ハンターとも拳で語り合ってるわ」

「ヨルは止めないんですね」

「止めても無駄だもの。それに私に絡んできた輩も含まれているのよ」

「あー、ヨルはやっぱりモテますか」

「エルフが珍しいってのもあるのでしょうけど」


 何かを思い出しているのか、くすくすと楽し気に笑うヨル。

 エルフとは森人族と呼ばれ基本は森で暮らすことが多い。ただし人間よりも長寿の種であり、長い人生の中で人間に混ざり人間の街で生活する個体もいたりする。

 その代わりに出生率が低く数は人間族の方が数は多い。ただ人間族よりも魔法との親睦性が高く、魔法を使うことに長けている種だ。それでいてあたしに多くの魔力を使って生み出されたヨルなら、たぶんその辺りの男では簡単に手を出せないぐらいには強いだろう。


「街の人たちは私達を森人族に反対されて駆け落ちしてきたと思ってるみたいなの」

「そんな風に思われてるの?」

「ええ。辺境の街だし、後ろめたいならず者や地元から逃げて来た人、色々といるみたいよ」


 最悪国を越えてしまうか、国を越えてきた人もいるということだろう。

 様々な人が住む辺境の街。その中に二人はそれなりに溶け込めているようだ。

 けれども、だからこそ、あたしはどうしても気になってしまうことを聞いてしまう。


「ねえ、あたしが言うのもなんだけど、ヨルはナイとの恋人設定はどう思ってるの?」

「そうねえ、好意はあるわよ。ただこの好意が作り物なのか、それとも本当の物なのか、まだわからないわ」

「なんか、ごめんね」

「気にすることなんてないわ。縁はお互いをより近い者と感じ守れるようにそう考えたんでしょ?」


 確かにその考えもあった。最初から外に行ってもらうことは決めていたし男性目線だけではなく女性目線での情報も欲しかったから。

 けれども、それだけでもない。


「ヨルもわかってるとは思うけど、それだけじゃなくずるいことも考えてだよ」

「ええ。これから創造していくにあたってどれだけ自由度があるかの確認でしょ」


 あたしが思い描いたイメージや設定、それがどれだけ影響するのか確認もしたかった。だから二人には設定をつけたんだ。

 身近に思いやすい家族や姉弟などではなく、感情の上で成り立つ恋人という設定に。


「これから先を考えれれば必要なことだわ、実験も確認も。それに縁は設定としてできたはずなのに、言葉と態度で私たちを家族だと言ってくれた」


 ヨルの細い指があたしの頬を優しく撫ぜた。


「最初から設定としていればもっと深く好意を持ったかもしれないのに、貴女はそうせずに言葉と態度で私達と仲を深めようとしてくれた。まだ短い時間ではあるけれど、そんな貴女の姿を私は好ましいのよ」


 頬に伝わる温かな温もりと慈愛の籠った目が大丈夫、と言ってくれてるように感じる。


「縁、貴女は私達に自我を与え選択を与えた。それはとてもリスクを伴うことなのに、貴女は当たり前ように私達を個人として選択してくれた。それが今は楽しくて嬉しいの」


 三人は創造主であるあたしに対して物理的に危害を加えることはできない。けれども自我がある分だけ態度や言葉として否定することはできる。

 あたしが創ったわけではないがガストがそのいい例だ。ガストもあたしに対しての攻撃などの敵対行動はできない。けれど言葉や態度、その目は雄弁だ。


「それに縁はナイとの関係も好きにすればいいと言ったわ。お互いが外での生活に慣れ、危険度が下がれば好きにすればいいと選択肢を与えた。それだけで十分だわ」


 これから先二人の仲が険悪になられるのは困るがそうでなければ自由だと思っている。恋人関係が破綻しようが仲が深まろうが、それはあたしの関与しないことだと。

 二人の外での生活が危険だからこそお互いがお互いを守れるように支え合えるように近い存在として設定した。けれどもそれも生活が安定すれば、あたしのテリトリーに危険がなければ、二人の感情のままに自由だと伝えている。

 ただ願うのはあたしの仲間でありテリトリーを守る同士であり、何より家族であり続けて欲しい。そんな自分勝手な残酷な願いだ。


「ねえ縁、私は貴女が思っている以上に今の生活を気に入ってるわ。外の生活も楽しいし、こうして貴女のお土産を選ぶことも、帰って来てそれを渡すこの時も、貴女が思っている以上に今の私には嬉しくて楽しいことなの」


 微笑みを浮かべあたしを安心させるように指を動かすヨルに、あたしはなんと言ったらいいんだろうか。

 リツもナイもヨルもあたしの我儘から創られている。生み出されている。それはとても危険が伴い苦行な道を歩ませることもある。それはヨルもわかっているはずなのに、その指が優しすぎて、胸の奥が痛い気がした。

 けれどもそれもすぐに明るいヨルの声に引き戻される。その優しさにまた小さく胸が痛みながらも温かくなる。





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