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鋭いガストの責める視線は変わらずあたしを突き刺して、その全身から怒りが溢れている。
けれどそれで終わらせてしまってはこれからしようとしていることなんてできるわけがない。
ここで、負けられない。だからこそ笑え、と自分を装う。
「この世界には魔物を倒して素材や魔石を得るための職業としてハンターがあるんだよね」
突然変わった話にガストが強く睨むようにあたしを見る。
ガストの忌まわしそうな怒りと侮辱を込めた愚者を見る目。それが緩むことなくあたしを睨みつける。
けれど気にした素振りなくあたしは友好的な笑みを作り続ける。
「ナイとヨルにはハンターになってもらい情報や動向、それから他にも外との調整など色々してもらうつもり」
「調整、ですか……?」
「魔石の供給、それもあるでしょ?」
こてり、と首を傾げ言えばガストは思い出したように目の鋭さを少し和らげた。
「さっきも言ったけど神の要望を考えればテリトリー、こちら側だけを考えていたら駄目。上手く外とやっていかなければ、それこそ情報だけでなく様々な調整が必要になってくる」
「しかし人種を二人も必要ですか?」
「だから性別は別にしているんだよ。性別の違いから違う情報を掴める、流せる情報も変わってくる。それによってまた新たな戦略を立てれる」
「性別でそんなに違う物でしょうか? それに自我まで」
「かなり違うよ。何より自我があるからこそあたしの意を酌み考え行動できる。それこそちゃんと各々理解して不自然なく外でも内でも様々なことができる」
納得、は取れてきたのか徐々にガストの声が落ち着いてくる。
嫌だろうがどう思おうがガストには納得してもらうしかない。あたしの真意を隠したまま。
今ガストに言っていることは全て本当の、これからの為を思って必要だと思ったことだ。けれど、それだけでもない。
三人を創り出したのはリスクがあるとわかって決行した。テリトリーをすぐ創れないほどの魔力を消費するとわかっていた。
けれどそのリスクより遥かにあたしにとってメリット、必要だと思ったから創り出した。
あたしだけでは耐えられないと思ってこれからの支え、傍にいて思い合える仲間、家族のような存在としたくて創り出した。
本音を言えば思惑だらけでガストに言ったことなど後付けに近いかもしれない。
けれどもあたしにとって必要で、だからこそ三人には自我を持たせた。それも完全なる自我を。
導き手に創られたものはその主に逆らうことはできないなど様々な制約がある。それに自我は関係ない。
ただし忠誠心や完全なる好意、主に対しての想いがあるわけではないとあたしは考えている。
最初にある程度のイメージや設定はできることが確認できたが、ぶっちゃけどこまでの強制力があるかなんてわからない。
けれども最初から蔑んでくる存在よりもちゃんと関係を築ける、想いを重ねていける存在を欲した。
それが例えあたしの我儘で自己中心的な考えだとしても、あたしは望んでしまった。これからの日々を思えば思い合える、関係を築ける者を望んでしまった。
その為にも三人には自由な完全な自我を与え、あたしに逆らうことはできなくとも選択できるだけの感情を持たせた。
「ガスト様、我々はすでに創られ縁様にはこれからのお考えもあるようです。我々の有用性はその際にわかるかと。それに今更魔力に戻ることもできません」
ある程度の説明でそれなりの納得は取れただろうけど、後は実際に見ていってもらわないと難しいと思ってどうしようかと思っていたらリツから援護のような発言。それにナイとヨルも続く。
「そうだ、俺達はもうこうしてここにいる」
「我々は縁様より自我と知識を頂いております。そして違う考えができるように性格も異なるように創られました。それは何よりこれからのテリトリーの為になるのではないのでしょうか?」
ガストに礼儀を払うように少し頭を下げ静かにリツが言えば、ナイは真っ直ぐにはっきりと、ヨルは微笑みを絶やさず最後に首を小さく傾げた。
その三人の様子を見てガストは疲れたようにはぁ、と盛大な溜息を吐いて首を大きく振る。
「確かに聞く限りは有用性もあるのでしょうし、創られてしまってはもうどうしようもありませんね」
疲れた表情を隠すことなくガストはあたしに向け、どこか投げやりな態度を見せた。
「初めてのことで魔力量を間違ったのかもしれませんが、次はありませんのでお気をつけ下さい。なによりまだ何もできていないんですから」
「そうだね、気を付けるよ」
勝手にしてくれた勘違いに乗って応えればふんっ、と言いそうな馬鹿にした目で見られたが甘んじて受け入れましょうよ。それで小言が終わるなら安いものだ。
ガストの目が、表情が、その全身があたしを落第者と言わんばかりの嘲りを見せ、面倒くさそうに聞いてくる。
「それで、これからどうされるおつもりで?」
「とりあえず三人の意見を聞きながらテリトリーについて考えるつもりだよ」
「さようで御座いますか。魔物の保護については?」
「ある程度テリトリーの構想が出来たら外に出てもらって誘ってもらう。その間にテリトリーを形にしようと思ってるよ」
あたしが創り出した三人は外に出ることは可能だ。そしてガストもテリトリーの外に出ることは可能。まあガストは出ないだろうけど。
ただしあたしはテリトリー外に出ることはできない。それが導き手でありこの世界の異物としての扱いだ。
「だいたいの案ができたらナイとヨルには申し訳ないけど先に周辺の偵察をお願いできる? 無理のない範囲で」
「主様、周辺の情報なら知識としてあるはずでは?」
訝しむガストがその冷たい目をあたしに向ける。だからと言ってそれに気付いた様子は見せる気はない。
「確かに知識はあるけど実際細かい部分まではわからない。魔物の生息位置も変わることはあるし、それに大まかすぎてすぐには動けないでしょ?」
それにやって来る魔物の数や種類によってテリトリーも考えるべきだ。
魔石を増やすということは今は魔物を増やすということ。だったら生息しやすい場所を作り数を増やしてもらわなければならない。
それに他にも色々考えているんだな、これでも。
このテリトリー内であれば権限はガストよりもあたしが上だ。だから何にどれだけ魔力を注ごうがわからないし、どう創ろうがガストには止めることはできない。
自分のテリトリー内であれば有難いことにあたしは神と同意語に近くなる。
本当にあの神は面倒臭がりで何もしたくなかったんだろう。だからこそ補佐としてガストを置いてはいるがそれだけであって何ができるってわけでもない。まあ報告係ぐらいに考えていれば最初は良いだろう。
ガストとだって別に敵対したいとかないわけですし、できれば友好的、せめて敵対はせずに上手く付き合ってはいきたいと思うわけですよ。これからずっと一緒なわけですし。
ただ、寝首を掻かれることは嫌なだけ。
これまでのガストの態度や拉致のようにこの世界に連れて来られた経緯、それを考えればガストを無条件に信頼できるほどお綺麗な性格はしていないんです、あたし。
自衛を必須だと思うし裏切られて後悔、なんてのも嫌だ。失敗して壮絶な痛みを感じるとか、そんな気はさらさらない。
できるだけ平和でいたいから、その為にも色々考えて布石を打つ必要があるだけだ。
いつか、ちゃんとガストとも向き合えればいいんだけどなあ。
そんなことを思うがガストのどこか冷めた、それでいて侮辱を含む視線は変わることなく嘲笑の影が見えるから、あたし自身今どうするつもりはない。
あたしの残されている時間は短い。その間に様々なことを考え実行していかなければならないんだ。
だからこそ今はガストになんて構っていられない。ガストが使えなくても三人がいる。
それに三人とも関係を作っていかなければ。ただ従順に従うだけの駒が欲しかったわけじゃない。あたしの為に創り出した三人だ。
あたし自身がイメージし設定したとはいえ三人にはしっかりとした自我がある。何を思い何を好むのか、それを知っていくことも大事だろう。
そして何よりあたし自身が好み信じれるか。そして三人にあたしを好み信じてもらえるか。
時間があるように見えて短い。だからこそこれからのテリトリーについて三人と話しながら様々なことも考える。
求められている結果、やらなければならないことは決まっていても、その形もやり方も全てこちらで決めなくてはいけないんだ。
その為にも今が一番大切だとあたしは考える。そしてだからこそあたしが知識を与えた三人にも聞きながら構想を考えていく。詰めていく。
そして何よりしなくてはならないのが魔力回復。これに関してはガストにばれるわけにはいかない。ばれてしまえばどれだけ文句を言われるか。
三人を創り出すのにかなり多くの魔力を使い、たぶんガストの想像以上を使った。
道具創造などで回復薬も作れるがそれもあたしの魔力を必要とするわけで、今のあたしにそんな余裕もなく結果的に効率は悪い。
仕方なし時間経過、体を休めながら魔力を回復させるしかないんだが、さっさとテリトリーを創らせたいガストをどう誤魔化すべきか。
「何か?」
「ううん」
ついガストを見てしまえば目が合い嫌そうな冷たい声を頂いてしまった。
絶対に魔力残量をガストに気づかれるわけにはいかない。
ただでさえ創造魔法は多くの魔力を必要とする。その為あたしの魔力の器も大きく、通常一般的な人は一晩程度で回復できるところをあたしはもっと掛かるわけだ。
有難いことに回復速度も一般よりも早めにはなっているが簡単に最大限まで回復なんてしませんし、何より面倒な仕様が体力と同じく疲労状態、魔力の減少状態であれば回復速度は遅くなる。
そんなわけでとりあえずひたすらガストにばれないように魔力を回復させ、テリトリーを創れる状態まで戻さなければならない。
魔力量がわからないことだけが救いですよ、今の。
創り出された三人は察しているんだろう、気遣った視線をあたしに向けながらテリトリーの話を向けてくる。
有難い、とそれに乗りながら時間稼ぎと共に実際これからのことを考える。
時間は無限ではない。残された時間は有効に使わなければ。