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終わりの見えない(仮)  作者: けー
一章 始まりの準備

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37


 話が終わりルカをナイとヨルに任せその姿が見えなくなれば、座っていたソファーの背もたれに体を預け自然と宙を仰ぐ。

 この体制になる事も増えたな、なんてぼんやり思ってしまった。


 頭の中で巡るのはこれからのダンジョンと奇形の子。気味悪がられると言われ仲間内からも非難される子。

 判断を間違ったとは思わない。その子を内に取り込んでも良いことは何一つない。ダンジョンにとってもその子にとっても。

 それでもその境遇に思わないことがないわけじゃない。

 それに、これからのダンジョンに対しても。


「大丈夫か?」

「……大丈夫だよ。間違ったことをしてるつもりはない」

「ええ、主様。実験、経験は確かに必要なことです」


 あたしの心情を読むリツと違いガストはすでにダンジョンのことしか頭にないようだ。けれどもそれが正常でそれが今の正しい姿。


 この世界で孤児なんて当たり前にいて淘汰されていくものでもある。その中で生き残れた強い者だけがこの世界の住人として認められる。例え後ろ暗い仕事に付こうとも。

 特に辺境でそれなりに大きな街、冒険者も多いミタルナでは孤児も多いのだ。

 頭を切り替えるようにこれからのことを考える。


「……早ければ明日にはやって来る。リツとガストは魔物に周知して。何なら相対させる魔物を選んでもいいね」

「選ぶ、ですか?」

「今までの貢献度、それと戦闘訓練の結果で選ぶのもまた一つだよ。どちらにせよ他の皆にも見せれるといいな」

「それならば各階層の広場的な場所に数か所モニターを一時的に作るか? そうすれば実際のハンターの動きも見せることができる」

「リツの案もいいけど、その為だけにモニターを設置するのもなあ」


 その分魔力が必要になる。それを消したからと言って魔力に戻るわけでもない。


「うん、けど上手くいけば元は取れるか。それに素材も。リツの案で行こうか。ハンターは密林での動きも見たいし二階層まで振り分けて送り込む。それを考えて各階層、全てじゃなくていいけど数組選んで本人たちに確認しておいて」

「かしこまりました」

「わかった」

「様子を見たいだけの者は戦わなくてもいい。ハンターの数もわからないし」


 魔物が必ずしも勝てるわけでもない。魔物が殺される可能性すらある。それでもそれを見せることにも意味がある。


「主様はその結果でまた名を与える者を選ぶおつもりですか?」

「そこまで考えてはなかったけどそれもいいかもね」

「アインスのおかげでやる気になっている魔物は多いです。実際に訓練に身が入る者、戦う術を模索する者、様々に現れております」

「良い結果も出せてるならよかったよ」

「村長会議も良かったのでしょうね」


 ガストは満足そうに言う。ガストにとってもあれは良い結果をもたらしたものだ。


「それじゃあ今回の選考と周知は二人に頼んだよ。あたしは少し部屋に戻る」

「承知いたしました」

「わかった、ゆっくり休んでくれ」


 二人に見送られ応接間を出る。そのまま転移陣に向かい住居階層へと進む。

 すぐにダイニングキッチンに行きつき生活感のあるそこになぜか今は違和感を感じた。

 それを気にしないように足を進め、最奥の自室を目指す。


 部屋を開ければ生活感のあるそこ。ヨルのおかげで様々なものがそこかしらにある。

 クローゼットの中には様々な洋服。そこに入りきらずに増やされた箪笥の上には小物が置かれ、必要ないと言った物書き用の机の上には真新しく可愛らしいインク壺と羽ペン。使えるかもわからないのにヨルが買ってきたものだ。

 ベットに倒れこめば手触りの良いシーツの感触。それはあたしの為に選んだとヨルが言っていた。ゆっくり休むためにも必要だと、いくつも比べて選んだんだとか。


 大事にされ守られているとわかる空間。それが今はなぜか酷く苦しい。

 それから背きたくて勢いよく俯せになったところでシーツの質感は変わらずに優しくあたしを受け止める。

 それがまるで労わってくれるリツのようで、乱暴ながらも受け止めてくれるナイのようで、優しく抱き留めてくれるヨルのようで、そしてようやく本当の表情を見せてくれるようになったガストまで浮かぶ。


 あたしはこの世界の知識があってもこの世界の常識はない。

 この世界で生活していないあたしに、この世界の常識なんて身に付くわけもない。

 外で生活していないあたしに、この世界の本当の常識などわかるわけもない。


 染み付いている元の世界の常識が、奇形の子の存在を、そして魔物達の為にハンターを誘い込むことを、否定しようとする。

 それが許されることではないとわかって、自分の役目はなんだと自分に言い聞かせる。その為の存在だと言い聞かせる。


 あたしはこのダンジョンの核だ。戦う力のない、ただの核。それを守る者で、その為にダンジョンを考え創った者だ。

 最初からわかっていたことだ。人を殺すことなんて。それがあたしの意味で神の望み。


 魔物に力を付けさせ人と戦わせることを神は望んでいる。人と魔物が拮抗し合うよう、戦い続けられるようになることを、神は望んでいる。

 そのためにあたしは選ばれ、その為に呼ばれた存在。それを無視するこも否定することもできない。


 時が来れば、テリトリーは世界に顕現される。嫌だろうとも、必ずその日はやって来る。

 そうなれば世界はあたしを魔物の導き手として、世界の敵として認定し動き始めるだろう。

 例えどれだけダンジョンの奥底で隠れていようとも、あたしの存在を暴こうと動き出すだろう。

 そのためにも進み続けるしかない。魔物を強化し防衛を考え、魔物と人を戦わせ続けなければならない。


 ここにいる限り、それから逃れる方法はない。


「………」


 自然とシーツを握り締めていた。不自然に歪み皴となったそこに笑いが浮かぶ。まるで自分みたいだ、と。

 矛盾で歪み、(いびつ)となりそうな感情。それはきっと洗濯してアイロンをかければ真っ直ぐとなるシーツのようには戻らないだろう。

 二度と、戻ることなんてできないだろう。


「コンコン」


 突如響いたその音に、思考にはまっていた身体がビクついた。それを知らずか響く柔らかな声。


「縁、入ってもいい?」

「ヨル? 外に行ったんじゃ……」


 そう言いながらヨルを迎え入れるため扉を開けた。そこには少し悲しそうな、寂しそうな表情のヨル。


「お菓子とね、お茶を持ってきたの」

「ルカと話し合いがあったんじゃないの?」


 何についてだなんて言わなくてもわかることだ。けれどもヨルは持っていたトレーを持ち上げ、あたしに笑みを見せ部屋に入って来る。


「温かいうちに飲んじゃいましょ」

「うん、ありがと」

「気にしないで。新作のお菓子なのよ」


 そう言って微笑むヨルはあたしに座るように促した。


「けどいいの?」

「ルカとのことはナイに任せておけば大丈夫よ」

「本当に? 大雑把なことになりそうだけど」


 ついルカを困らせそうなナイが浮かび微笑が漏れる。


「後からフォローするから大丈夫よ」


 そう言ってお茶目にウィンクするヨルは綺麗だった。


「ねえ、縁」

「なに?」


 向かいの椅子にヨルも座り、あたしにお菓子を勧めながら口を開くヨル。


「子供のこと、気になってる?」


 気にならないと言えば嘘になる。けれど、それ以上に。


「ハンターを呼ぶことに、抵抗がある?」


 続けられたヨルの言葉。それは最初から考えていたことである。試すべきだと思っていたことである。それはヨルもわかっているはず。

 ルカの存在がなくてもナイとヨルに頼むことだった。ただルカの方が街のことに詳しくハンターに詳しいから頼んだことだ。

 消えても不自然ではない、困ることのない存在を安全に選ぶために。


 どちらにせよダンジョンが顕現されれば人はダンジョンにやって来る。神が定めたルールのもとに。神の望みを叶えるために。

 そしてあたしは、あたしの安全を優先したい。そのためには必要なことだと理解(わか)っている。理解している。

 けれどヨルの目を見ることができなかった。


「ねえ、ヨル。街での暮らしはどう?」

「そうね、縁に見せたいものが一杯あるわ」

「街の人との暮らしはどう?」

「それなりに上手く、溶け込んでると思うわ」

「仲の良い人とか、出来た?」


 残酷な質問だ。それでも、知っておきたかった。


「ナイ以上に仲の良い人はいないわ。私が私自身の考えで選んだのは縁よ」


 その長く細い指があたしの頬に触れる。いつも優しく温かい、その指で。


 利己的で残酷だな。あたしはいつも。

 こうして街に近い、人に近いヨルにまで心配させてしまっている。きっとナイも同じなんだろう。

 それでも今更、答えを変えることなんてできるはずもない。


「大丈夫だよ、あたしは。自分が決めたことだ」


 そうヨルの目を見つめて言えば、その目が悲しそうに揺れた。




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