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村長達魔物が全て王の間から出て行ったの見送って、扉が閉まるとようやく玉座の上で力を抜くようにだらんと凭れる。
長い息を吐き、重かった空気を胸から吐き出す。
「お疲れ様」
「お疲れ、お茶を淹れようか」
ヨルが優しく頬を撫ぜ、リツが労わるようにお茶を淹れに行く。そしてナイは大きな手であたしの頭をわちゃくちゃと撫ぜ回し頭がくらんくらんと揺れる。
「頭使ったんだからやめてー」
「おう、お疲れさん」
「そう思うなら優しくしてよ」
「してんじゃねえか、こうやって」
「ナイは乱暴なのよ」
そう言ってナイの手を振り払ってくれるヨル。助かった、と思った所に甘い香りのお茶が運ばれる。それを一口飲んで人心地が付いた。
「でもなんで魔王呼びが定着してんの? おかしくない? 誰が言い始めたの?」
さすがにあの場で全く違う話をするのもどうかと置いておいたが、村長達の魔王呼びはかなり気になった。
いったいどうしてそうなったのか。リツ達はあたしのことを魔物達には主という呼び方をしている。魔王呼びをしているのは一人だけだ。だからこそ皆に向けた言葉を言いながら視線を一人に向ける。
「魔王様は魔王様です。このダンジョンを統べることに変わりありません」
久し振りの緊張のないあたしの言葉。だからなのかガストははっきりとした口調で返してきた。
「守りもしない王なんて王じゃないよ。あたしは場の提供、物資の提供だけであって統べているわけじゃない」
「けれどアインスのように忠臣をお作りになろうとしていることも事実です。そして主様がいなければあの魔物達は今も何もできずに逃げ隠れ、いずれ殺されていたでしょう」
言いながら少し顔を俯かせ、ガストは少し黙ったかと思うと顔を上げ決意したように口を開いた。
「主様は、あそこまで考えて村長会議を開いたのですか?」
「あそこまでって?」
「人種との協力することを告げる所までです」
どこか不安そうな、それでいて畏怖が混じるようなそんな視線のガスト。それに苦笑しながらあたしはもう一口お茶を飲む。
「ほぼノープランで喋ってた。けどルカのことを思えば必要なことだと思った」
「の、ノープランですか?」
「うん、ハッタリに近い。ただアインスの偉業は褒められることであって貶されることではないと思った」
そうだな、怒ってたのかもしれない。
「アインスはね、最初のあたしの言葉をよく覚えていてよく考えてるんだよ。そしてこの短時間で飲み込んで行動で示した。それは簡単なことじゃない」
ガストの目を真っ直ぐに見つめ言う。
「あたしはね、やっぱり守りもしない者は王ではないと思ってる。けれども導き手としての役割は理解している。だから助力もするし貢献には報いを持つべきだと思ってる」
暖かなカップを両手で包み、緊張で冷えていた指先を暖める。
「そして導き手として手段なんて選んではいられないと思ってるんだよ」
苦笑交じりになってしまったのは、それが自分の命に直結しているからだろう。
「村長達に言ったことはあたしにも当てはまることなんだよ。考え知恵を持って行動しなければ、あたしなんて簡単に世界に殺されてしまう」
壮絶な痛み何て味わいたくない。あの神の玩具のように扱われたくはない。
「けれどもあたしに戦う力はない。だからこそダンジョンを創ったし、だからこそ協力できるとこは協力する」
誰だろうとも、何だろうとも、そんなことは関係ない。その為のダンジョンで、その為の今だ。
本当に嫌だけど、神の言う通りに本気にならざるえないんだ。
「あれは皆に言っているようで、あたしに言っていたのかもしれないね」
全ては利己的な考え方だ。ダンジョン自体が利己的な理由でできている。そんなもの今更だな、と苦笑がまた浮かぶ。
「主様は、……必死、なのですね」
「そりゃそうだよ。誰が壮絶な痛みを感じて死にたいの?」
そんなマゾではあたしはない。
「誰だって殺されたくはない。あの魔物達とあたしは、一緒だよ」
自然と俯く視線がカップの中の水面を見つめる。それに映るその目が、歪んで見えたような気がした。
「追い詰められた者はね、誰でも必死だよ。そして考える知恵とその時間があるのであれば、それを有効に使おうとするのは当たり前じゃない?」
「……さようで御座いますね」
「けれど一部の者達は気が緩み始めてるんだろうね」
「気が緩む、ですか?」
顔を上げ困ったように苦笑してしまう。それにガストは意味がわからないと首を傾げた。その少し幼い素直な反応に小さく笑ってしまう。
「人に追われることのない今に、気が緩んでるんだ。ゆっくり休んでゆっくりと食事ができる今に、気が緩んでしまってるんだ」
「しかし主様は最初から人が来ると仰っていました」
「うん。けれどもね、安心と言うのは厄介でそして慣れてしまうものなんだよ」
そうでなかったのがアインスだ。だからこそ考えだからこそ行動した。
他にもきっと結果はまだ出ていなくとも考えている者はいるだろう。行動に移せなくとも、気が緩んでいない者もいるだろう。
それでもその中で人がいない今を理解し行動に移せたアインスはやっぱり凄いことだ。
今だからこそ行動し、今だからこそ試せるとわかっているアインス。
それが正しく、正解だ。
「ダンジョンが顕現したらそんなことも言ってられないだろうからね」
「主様は顕現された後はどうなるとお思いですか?」
「そうだねえ。朝も夜もない、そんな生活になるだろうね。皆は」
ダンジョンの有用性は早ければ一月と経たずにばれるだろう。そうなってしまえば人が少ないと見積もって夜にすら人はやって来るだろう。
人の中にも弱者と強者はいる。それは魔物と同じく。だからこそ人も様々な考えを持ってダンジョンを進もうとするだろう。
同じ人を欺こうと、同じ人よりもより財を得ようと、動き出すだろう。
「そしてあたしはダンジョンを皆に任せ、ダンジョンを掘り進めるだけだ」
自分を守るために魔物を置き、自分を守るためにダンジョンを深くする。それは誰の為でもない、自分のため。
全ては、あたしのため。
「……あたしはやっぱり、王ではないよ」
導き手としても本来なら失格かもしれない。けれども、神の定めたルールに反しているとは思わない。
「だから主と呼ばなくていいよ」
「いえ、主様は主様です」
知らず俯いて声が弱くなる。なのに聞こえてきたガストのしっかりとした声に驚いて顔を上げれば少し吹っ切れたようなガストの表情。
それにあたしは少し目を見張る。どこにそんな要因があったのかわからず困惑する。
「ガスト……」
「主様、今まで失礼致しました。これから先、長き時をどうぞお供させて下さい」
「ちょ、急にどうしたの?」
「自分がいかに浅はかだったかを思い知っただけです」
「いやいや、待って。どこでそうなった?」
「主様の思慮を思うことができず、上辺だけを見ていた自分を恥ずかしく思います」
「いや、ガストさん??」
「主様の仰る通り異界の知識とは格も素晴らしいと思いました。そして主様の思慮深さも痛感致しました。そしてまだ、主様は仰られていないことも沢山あるのでしょう」
「いや、なくもないけど考え中ってだけで」
「それだけの選択肢があると言うことです。まだこのダンジョンは進化していくと言うことです」
「進化させなければあたしが殺されるだけだからね」
苦笑交じりに返すがガストの目の輝きは変わらない。なんなら声に、言葉に、熱がどんどんとこもり始める。
「主様は今ある階層も変化させると仰っていましたよね?」
「ああ、そのつもりだよ。魔物の数も増えたし使える魔力を考えても掘り進めるより広げることも考えたい」
「それで私も愚考いたしました」
その言葉にほう、とつい気になってあたしは少し姿勢を正した。




