31
冷たく突き放すように言葉を返す。
敢えて皮肉気に口角を上げ、あたしは見下し笑う。
「なぜアインスが名を貰い剣を貰えたか、それすらわからないくせにダンジョンに貢献してると言えるのか?」
馬鹿にされたと思ったのかガーウィルが手を握りしめそれが震える。嘴を固く閉じ力が籠り過ぎて小さくカタカタと鳴らしながら何かを耐えるようにあたしを凝視する。
「ねえ、ダンジョンとは何か、わかっている者はここにいるんだろうか?」
ガーウィルを見ていた視線を動かし静かに全体を見渡し、そしてあたしは全てに問いかける。この場にいることを許された村長達に。
「そこのお前、ダンジョンとは何か、わかるか?」
一人を指さして問いかける。
「だ、ダンジョンとは我々の住処であり、魔王様の居住で御座います」
「そこのお前は?」
「魔王様をお守りする場所です」
「そこのお前」
「俺たちが暮らす場所」
その全ての答えに落胆するようにあたしはわざとらしく溜息を吐く。そしてアインスを見据え口を開く。
「アインス、お前にとってダンジョンとはなんだ?」
「我々の住処であり略奪者を、倒す場所、です」
くくっと笑いそうになるのを耐え、あたしはアインスに「続けろ」と言う。
「魔王様は言いました、人がやって来ると。そして俺たちを守らないと、言いました。俺たちは俺たちで守らなければならない」
その言葉でとうとう笑いが込み上げる。この場でこの意味がわかっているのは少数のようだ。
「今のアインスの言葉がわかった者は有能だな。それ以外は最初に何を聞いていたのか。あたしはあの日、はっきりと貴方たちに告げたよ。人がやって来ることも守らないことも。ただし、ダンジョンに貢献した者には報いよう、とも」
そう言って見渡せば様々の表情が見える。納得するもの、困惑するもの、考えるもの、本当に様々だ。
「その貢献もダンジョン運営に貢献するものであって、力だけが全てではないと言ったはずだ。確かに自分たちの素材でもいいとあのとき言ったように」
その言葉で数人の村長がほっとした顔をした。
「けどね、あの時も言ったけど重要なのはダンジョンにやってくる人に対してだ」
「では、やはり力有る者こそ」
あたしの言葉に被せるようにガーウィルが声を張り上げる。けれどあたしはそれを許さない。
「間違うな、確かに力も必要だがそれだけではダンジョンには足りない。あたしはダンジョン防衛とも人の殲滅とも言ってない。なんなら戦えない者でも貢献できると言った」
あたしは確かにあのときそう言った。
「他種族同士でもお互いの暮らしを守りながら協力し合えば人同様繁栄できると言った。その為の力や知恵を、そして経験する場をあたしは用意すると言ったんだ」
ガーウィルの目を真っ直ぐに見つめ、言葉を強めて言いきる。そして視線をアインスに移しあたしは柔らかく微笑む。
「アインス、最近魔狼を囲い始めたんだってね。成果はどう?」
「知っていましたか。まだ上手く乗れるものは少ない、です」
「それでもいい挑戦だ。上手くいけば機動力、行動の幅は広がるね」
面白いことにこのアインスは魔狼を何匹か餌付けし飼いならそうとし始めた。そしてそれに乗れないかと挑戦しているところだ。完成すれば、ゴブリンライダーの出来上がりだ。
それを聞いたときあたしは感動した。喜んだ。あたし以上にダンジョンの現場について考える者が出たことに。
自分たちの暮らしのため、出来ることを考え始める余裕ができたことに。
すぐに上手くいくことなんてないだろう。ダンジョンが顕現されるまでに間に合うかはわからない。それでもそこに辿り着いたことが素直に嬉しいことだ。
「それにアインスの村では他の種族とも協力して狩りをしてるんだってね?」
「アラクネの糸は罠に使える、です。俺たちは獲物を追いかける」
「ああ、上手い手段だ。それは人にも使えそう?」
「まだわからない。けど、使ってみたい、です」
うんうん、と頷きながら笑みが浮かぶ。
アインスは自分たちが弱者だと知っている。だからこそ補うための手段、この場合は魔狼を飼いならすことを考え、そして他種族との協力を考えた。
そしてそれを実行して経験しようとしている。実践に生かすために、ちゃんと人に使うことすら考えているんだ。
「あたしは場所を提供し戦う手段を与えた。そして生き残るための知恵も与えると言ったんだ。ただそこで止まっていいわけではない。どこまで吸収し伸びるかは各自次第なんだよ」
最初から全てが上手くいくことなんてない。それで良い。ただ経験を積んで学んで、そして結果に繋げていけば良いだけなんだ。その為のあたしで、その為のリツ達で、その為の自我持ちなんだ。
様々なアドバイスがあったはずだ。聞けば答えていると聞いてもいる。それを活かせるかは本人たち次第だ。
それもこれも、全てはこのダンジョンのため。
特に今はまだダンジョンが顕現する前だ。今だからこそ試せることも多いだろう。それこそダンジョンが顕現してしまえば朝も夜も関係なく、人が踏み入ることになる。そうなってしまえば失敗は、己の命を失うことで支払うことになる。
「アインスはね、あたしの言葉を理解し、ちゃんと自ら率先して動き試してるんだ。様々なことを。ただ力だけを求めるのではなく戦う者として役割を作り、把握し、動こうとしている。生き残るための手段を増やそうとしている」
リツ達との戦闘訓練も真面目に行い、その上で自分たちで考え模索し実行する。簡単なことではない。それをアインスは始めてるんだ。だからこそ評価した。
「力はね、戦うことだけじゃないんだ。それをアインスはわかっている。だからこそあたしは評価した。言ったよね、人は戦う時ですら役割を変えるって」
アインスの村からは素材の提供は一切ない。爪の欠片一つたりとも来たことはない。せいぜい狩りの成果、獣の肉なんかが献上されるくらいだ。それでもアインスはそれ以上に行動と言う結果を出した。
あたしは後ろに目をやり、ナイとヨルを見てから視線を前へ戻す。
「あたしはね、協力できるところとなら協力するよ。もしかしたら二人以外の人種とも協力するときが来るかもしれない」
その言葉に驚きで息を飲む音が聞こえ、驚愕で目を見張る者や意味がわからないと困惑する者が見える。
そしてあのアインスでさえ驚き目を見開いてあたしを凝視している。
「ま、魔王様は、人に味方するのですか!?」
「味方? 違うよ。人種と言う意味ならすでにナイとヨルがいる。それにあたしが守るのはダンジョンだ。その為ならばあたしは協力することも考えるだろう」
「我々を、人に渡すと言うのですかっ!」
悲鳴のような声が上がる。けれどもあたしはそれに首を振り違うと示す。
「そんなことはしない。このダンジョンにおいて貴方たちは財産だ。貴方たちなくしてダンジョンは成り立たない」
「ではっ」
「けどナイとヨルのようにダンジョンのために貴方達と協力できる者がいるんであれば、あたしは協力するだろう」
それができることをナイとヨルがその存在で最初から示してくれた。戦闘訓練なども行ってくれた。それをみんなも受け入れたじゃないか。今更だと笑ってやろう。
「それが生き残ることに繋がるのであれば、ダンジョンに対して利があるのであれば、あたしは協力を惜しまないだろう。それが必要と言うのであれば、あたしはやるよ」
はっきりと強い目で告げる。それが必要ならば、あたしは躊躇わないとわからせるため。
「ねえ、皆は何のためにダンジョンに来たの? 生き残りたいから来たんじゃないの?」
笑みを浮かべ、上位者として問いかけよう。例え見せかけだとしても、今ばかりは超越者のように振舞おう。
「あたしは言うべきことは最初から言っている。そこに嘘もなければ騙しもない。そしてそれはこれからも、だ。ダンジョンに貢献すれば、それに見合うだけ報いるつもりだ」
あたしは決して王ではない。王になんてなれない。
ここにいる者を、ダンジョンにいる者を守ることも統べることもできないだろう。
それでも今は、絶対者に見せかけることが必要だ。
「アインスを見倣えと言う気はない。その種族にあった方法が様々にあるだろう。だけどね、あたしは貢献者同士での争いは一切認めない。貴方達の敵はここにいる者ではないっ!」
強く王の間に響く言葉。それに呑まれたようにハッとする魔物達。それに向かって今度は笑みを見せる。
「あたしはあたしの成すべきことをする。貴方達は、貴方達の成すべきことをしろ」
「「「はっ!!」」」
魔物達が頭を垂れる。それが全ての答えだろう。




