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それは最終通告のような本音。紛れもないあたしの本心。
だからあたしは表情がわからなくともガストを真っ直ぐに見つめて言葉にする。
「貴方の態度は最初からあたしを観察物としても見てなかった。主なんて言いながら、主に対するものではなかった」
ガストの表情は今、どんなものだろうか。
「そんなことすら隠す気がない相手に、最初から何を明かせと言うの? なぜあたしが最初にリツ達を創ったと思う?」
表情を歪めているのか、ガストの体が小さく揺れた。
「あたしは壮絶な痛みなんて経験したくない。それは誰もが同じだ。そのために必死になって何が悪い。そのためにまず身近な敵を欺いて、何が悪い」
はっきりと、厭味ったらしく口元に笑みが浮かぶのが自分でもわかる。
「神を敬愛し妄信するのを止める気はない。だからと言って、貴方の役割は何?」
「……魔物の導き手である魔王様の、主様の補佐です」
聞いたこともない弱々しく細いガストの声。
「それで、貴方はあたしに何をした? 何をしてくれた?」
「……それは、それは主様も何も仰らず」
「領域創造をする前、魔物を呼ぶ直前まであの狭い部屋の中にいたんだ。ある程度は貴方にも聞こえていたんでしょ?」
「………」
「それで、貴方は何を言ってきた? 何をしてきた?」
「………」
「結果ばかりを急いて、答えばかりを求めて、補佐とは何だろうか?」
ギリッと歯が噛み合う音がした気がした。それは聞き間違いなどではないだろう。
「ガスト。さっきも言ったが、神を敬愛し妄信することを止めはしない。そしてあたしは貴方と敵対したいわけではない。けれども、一方的に歩み寄る気もない。無駄なことをする暇なんてないんだ」
たった一カ月。それが神から与えられたあたしの猶予。命を守るための準備の猶予。それまでにどれだけのことができるか、備えられるかが勝負となる。最初で躓いてなんていられない。
「神が定めたルールは絶対だ。どれだけ醜悪だろうと、それを覆すことなんて誰もできない」
ガストの顔がバッと勢いよくあたしを見て、その目を憎悪に塗れさせ睨みつけてくる。
「あたしからすればあたしも拉致被害者だ。それもとてつもなく過酷な役目を押し付けられた。それでもそのルールを守るために動いている」
神の定めたルール。魔物の導き手として人と敵対すること。それに対して動かなければ死ぬだけ。壮絶な痛みを経験させられるだけ。
しなければ、やらなければ、自動的に神のルールに従って、人があたしを敵と見なして殺しに来るだけ。
「神の意思に反する気も、ルールを侵す気もない。してもいない。逆にルールに真摯に向き合ってるとは思うけど?」
「間違ってないでしょ?」と首を傾げガストに問う。
「ダンジョンを創り魔物を保護し、今は戦うことを慣れさせている。準備としては上手くいっている方だ。そしてまだ魔物は増えていく」
生活環境は整えてやった。そうすれば自然と魔物の数も増えていく。
「あとは殺されすぎないように調整してやることが必要になる」
「……そのために、人との協力が必要だと」
「あたしはそう思っている。そして、それが神に見放されたルカが持ってこいだとも。あののコミュニティーは最適だとも」
「それはなぜ、とお伺いしても」
「弱者だからこそ窺うことに慣れている。弱者だからこそ緊張を隠す術を知っている。そして亜人と蔑まれている彼らの、獣人の身体能力、嗅覚や聴覚を馬鹿にしてはいけない」
ルカは神に見棄てられた者、そう呼ばれながらも人の中でパーティーを組めている。ヨルも上手く立ち回っていると言っていた。それだけの能力がある証拠だ。
そして亜人と蔑まれるルカの仲間の獣人たち。その嗅覚は人にはわからない匂いを読み、その聴覚で人には聞き取れないような声を聞く。それだけでどれほどの情報となるだろうか。人の知られたくない情報を知ることがどれだけできようか。
「弱者は決して弱いだけではないよ。弱者ゆえに機微を読み、弱者ゆえに悟ることがある。それは強者にはできないことだ」
「だからこそ、人に協力すると……?」
「あたしの説明に、納得できないことがあった?」
「っつ! しかし、しかしまだ不確定要素はっ」
「そうだね、全て不確定で未知数だ。けれどもそれはダンジョンも他の導き手たちも同じだ。貴方の役割は何? ガスト」
「っつ!!」
ガストが今までで一番驚いたような、それでいて畏怖するような表情になる。それにあたしはにこりと微笑む。
「ガスト。第一期魔王、いや、ダンジョンマスターとして、あたしはどう?」
ガストの目が大きく見開き口元をわなわなと震わせる。それだけで答えは出ているようなものだ。
「あたしの知識も使えるでしょ?」
やっぱりガストは最初に思ったとおりに魔物の導き手たちの知識を蓄えるための存在なんだ。
様々な世界の、様々な知識。それをこの世界に残すための存在。役割なんだ。だからこそ、答えを急ぎ続けた。
本当に神がくれた知識は面倒なことに様々なことを教えてくれた。ガスト、補佐についても。
ガストは導き手の為に新たに神が創り出した存在。補佐となるために創られた存在。
なのになぜか最上位者として導き手ではなく神を崇めるようにされ、この世界で強者である魔人であるにも拘らずガストは死ぬ間際になると死ぬわけではなく眠りにつくように創られている。
最上位者が神と言うのは一歩譲ってまだ理解できた。あの神だし、創り手、親みたいなものだし。
けれど導き手の補佐にも拘らず、導き手を守る存在にも拘らず、死ぬことはなく眠りにつく、とは?
考えることもなくすぐに答えは出た。
「何事にも準備は必要だ。それこそそこを慎重に運ばなければ足元を掬われてしまう」
あたしは笑みを深めガストの目を真っ直ぐに見つめる。
「あたしは最初から本当のことしか言ってないよ。できるだけ、長い付き合いにしたいって」
「……そう、お聞きしました」
「初めから今まで、あたしの言葉に嘘は何一つもない。ガストが神を妄信してようがあたしは構わない」
「はい……」
「だからと言って、ガストと敵対する気は今でもないよ」
「……承知、致しました」
「でもね、あたしからだけ歩み寄る気もなければ、そんな時間を貴方に使う気もない」
「っ、しょ、承知、致しました」
出会った時のように、右手を胸に当て頭を下げるガスト。違うのは座っていることと、その肩が少し震えていることだろうか。
「他に、今聞きたいことは?」
「……御座いません」
「それじゃあガストにも考える時間が必要でしょ。下がっていいよ」
「……失礼致します」
そう言って静かに立ち上がるとガストは一礼して部屋を出て行った。それを見送ったその瞬間、あたしから長く重い息が吐きだされる。
「お疲れ様。しかし良かったのか?」
「何が?」
「ガスト様のことだ」
少し心配そうに、それでいて労わるようなリツの目があたしを覗き込んでくる。
「ダンジョンが始まる前にははっきりさせときたかったし、ルカ達と協力するなら不安因子は減らしときたい」
「それでもあれじゃあ何かしでかす可能性もあるだろ?」
「大丈夫だよ。あたしがこの世界に対して有用だと示す間は」
それがガストの役割で使命。
悲しいかな、そう創られた存在。
「すぐには受け入れずらいだろうけど、受け入れるしかガストにはないんだよ」
「それにしても中々の言葉だったと思うぞ? 神に対してなど」
「荒療治の一つの方法だよ。それに嘘は何一つ言ってない」
あたしは望んで来たわけではない。あたしは望んで役目を持ったわけではない。あの神に対して好意があるわけでも、報いるだけの感情を持っているわけでもない。
それが真実で事実だ。
「リツ、ごめんね」
「何がだ」
「色々、かなあ」
「ふっ。何を言ってる。お前の道が俺たちの道だ」
優しく温かな手があたしの頭に乗せられる。それだけでしらず強張っていた体から力抜けていく。
「縁、俺たちのことは気にするな。俺たちには自我があり好きにさせてもらっている」
「……それでも、結構大変なことをさせちゃってるからねえ」
苦笑交じりに言えば、逆に苦笑で返された。
「それを考える縁が大変なことに変わりはない」
「考えることも一緒にしてもらってるし、実働は全然任せっきりだけどね」
「それも必要な部分で、仕方がないことだとわかってるんだろ?」
魔物の導き手、だからと言って魔物があたしの味方かと言えばそうでもない。
あたしは魔物と人を拮抗させるための装置、役割でしかなく、魔物が勝手に好意や善意を持ってくれるわけではない。魔物すらあたしの敵に成り得る存在だ。
「敵は、少ない方がいいなあ」
「仲間を多く創るか?」
「それじゃあ意味がないよ」
リツもわかって言っているんだろう。リツ達に自我を持たせた理由も何もかも。
「ほら、チョコレートだ」
「やった。これ嗜好品だからってあんまり創ってないから普段は出してくれないのに」
「疲れたときぐらいわな」
そう言って微笑むリツの目が、優しさが、あたしに染み渡っていく気がした。




