プロローグ3
さあ、始まった異世界生活。
そうは言っても今はまだ玉座と思わしき豪奢な椅子と無機質な何もない空間、そしてガストとあたしがいるだけだ。
頭の中にはこの世界の知識、それと共に神が望む要望や指示もしっかり刻まれていることがわかる。面倒だけども。
早い話し大雑把に言えばこの世界で魔物種と呼ばれ迫害されている種族の存続、それとエネルギー資源、魔石の供給問題。
あとは一方的に種が絶滅されないような状況作り、って難しくないだろうか?
だからこそ神がわかりやすく至極簡単な安易な考えで設けたものが導き手。
本当に面倒臭く文句しか出て来ないが、あの神はできるだけ自分が動くことも確認することも減らしたかったようだ。
そのおかげで用意されたのが異世界の魂、要はあたしだ。
それに魔物の導き手、魔王という称号を与えればできるだろう、と何とも安直で子供じみた考えのよう。
そんなもので出来るわけがなかろうに?
馬鹿じゃないのか? なんでも王と付ければいいと思うなよ?
一応は王と言われるだけの力はあるんだろうが、そんなものは結局制限があるわけですし、それにあたしはそんな者じゃない。なりたいともなれるとも思わない。最初から勘弁願いたい。
だがしかし、すでにこの世界に連れて来られてしまった。拒否権など最初っからなく、すでにこの世界は異物、魔物の導き手を受け入れてしまっている。
あたしがここに居る時点で、受け入れてしまっている。その存在を。
どれだけあたしが拒もうとも、世界が異物を受け入れた時点で神の設定どおりに動き始めてしまう。
あぁ、めんどくさい……。
漏れ出そうな溜息を呑み込んで、目の前の面倒臭い存在につい視線を向けてしまう。
その視線に気づいたガストがにこりと笑んだものだから、また溜息を呑み込んだ。
「ねえガスト。あたしと同じように貴方にも知識はあるんだよね?」
「はい。この世界の神より知識を頂いております」
問いかければ頭を下げさらりと答えるガスト。その従者のような姿に少しばかりやりづらさを感じるが仕方ない。
しかしその答えの意味をわかってるのかな。そんな気持ちで問いかけてしまう。
「それは、あたしと同じ知識なのかな?」
「左様かと存じます」
その返答に何とも言えない気持ちになった。
ガストはあの神に創られた補佐。この世界の魔物の導き手のためにわざわざ新しく創られた存在。それは知識として知っているしわかっている。
しかしあの神は何を考えてここまでの知識をあたしに与えたのか。考えるのが面倒で全て詰め込んだ感じか? だとするならばとりあえず馬鹿じゃないのかと言ってやりたい。何度目だ?
ガストは正しく魔物の導き手の補佐だ。そこに嘘偽りも間違いもない。
けれどもあたしにはこの世界の知識は全て詰め込まれている。必要なことはわかっている。
それでは補佐とは何か? で、ある。
ガスト、補佐のこともきちんとあたしの知識の中には入れられている。
補佐とはこの世界で上位種である魔人、それも神が認め新たに補佐として強化し創った存在。
通常の魔人種でさえ希少種で滅多にお目にかかれる種族ではないが、補佐はそれをより強化され、そして通常の魔人とは違った能力も持っている。
なんでこんな知識まで入れてるかなあー? ほんと馬鹿神じゃない?
考えても今は埒があかないがガストは補佐としてあたしを支え守る者だ。それと同時に見続ける者。そう、見守るんではなく見続ける者だと知識が告げる。
魔人は元々長寿の種族、最適ではあるんだろうが何とも言えない気持ちになる。
だってガストは補佐として神から指示を受けた者、だ。自分を創った絶対なる存在、神から補佐として、その役割として、指示を受けた者だ。
あたしの存在の時点で色々考えちゃいますよねー? 知識的にも、感覚的にも、直感的にも。
だってガストが持つ能力も恐ろしいが、何よりも知識として補佐とはあたしを裏切れない存在だとはあるが、けれども神から創られた者としてガストの中であたしより神が上位だとあるんだ。
そんな知識普通入れます?
あの神、馬鹿だろ。大事なことだから何度も言うが。
面倒だからってこんな知識まで与えて本当に何がしたかったんだ、あの馬鹿。
考えることは山ほどあるが、ガストと今わかりやすく敵対するのも得策ではなく、けれども警戒はするべきだ。
ただでさえ最悪の状況を考えて動くのはあたしの癖だ。物事を悪い方に考えて、できる限り回避やダメージを軽減することを考える。
けれどそれもそう悪いことではないだろう。特にこれからは。
ガストはあたしを裏切ることはできない。けれども裏切らなくても色々と抜け道はあるだろう。
まあ今から考えても仕方ないんだけど。そんなことを思いながらどこか作り物めいたガストの笑みを見る。
ああ、溜息吐きたい。逃げだしたい。逃げる場所なんてないけど。
それをわかっているから笑顔を絶やさず、とりあえずはこのガストとも上手く付き合っていかなければならない。だって補佐だし。ずっと一緒にいるわけだし。
信じて頼ることはできなくても、信じて用いることはできるはず。それが信用というものだ。
一先ず考えを瞬時に纏め、自分の手を見つめてみる。それを動かし何度か握って開いてとしたあと体をずらして地面に足を付け立ち上がる。
特に不都合もなく思ったまま動く体。この体は元の世界での自分の体と同じらしい。それを多少強化し魔力を扱えるようにされてるのだ。そしてその魔力を使い魔法を使えるように。
そうやって多少弄られてるらしい体だが不都合はないようで安心した。魔力の扱い方も知識として自然とわかる。うん、大丈夫そうだな。
まだ実際に試していないから確認は必要だろうけど、それはとりあえず追々やって行こう。
だって。
「三十日かあ」
漏れ出た声を肯定するようにガストが静かに頭を下げる。
神からの知識の中に三十日という準備期間を与えた、とある。
ようはそれまでにある程度作り、そして運営準備を仕上げろ、といことだ。そしてその時が来れば自動的にこの世界に晒されることになる。
今のままでは何もない、この小部屋がぽつんとこの世界に現れるだけ。あたしの意志も都合も無視して。
邪悪すぎないだろうか。
何をどうしろという指示はない。ただ達成すべき要望があるだけ。
その為の力は与えられているがそれをどう使いどう達成するかは全て自分次第。
全て自分で考えて全て成し遂げろ、ってことだ。
そしてその為の準備としての三十日間。短すぎないだろうか?
けれど三十日後、悲しきかな、世界はあたしを敵と見なしてやって来る。この異物を呑み込んだくせに。そう、設定されて動き出す。
あたしは魔物の導き手なんて嫌だ。魔王なんて以ての外。けれども壮絶な、とんでもない痛みなんて感じたくもない。そんな恐ろしい目になんてあいたくない。
だったら、どうするべきか。
笑顔を作ったまま頭の中で様々に考える。
嫌だろうが逃げ道はない。だからこそ、そのどれからもできるだけ離れた存在になるべきだ。
必要なのはまずは自分の居場所だろう。とりあえず生命の危機は脱するべきだ。壮絶な痛みが嫌な時点で簡単に死ぬわけにはいかないんだから。
それにただ居場所と言っても様々だ。
ガストを考えれば神の要望を無視するわけにもこの世界の理を無視することもできない。放っておいても世界は動き出しますし。
もう、始まっているんだから。
と、プロローグでした。
こんな出だしでは御座いますが、続き楽しんで頂ければ幸いです。
よろしくお願いします。