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警戒心は簡単に解けないだろうけど、どうにかして話し合いくらいはできる状態にしなければならない。
こちらの事情、ルカの状況や事情、その辺りはしっかり聞かなければならない。
そんなあたしの気持ちが少しでも伝わったのか、ルカは小さく息を吐くとナイとヨルを少し睨んだあと動き出すと、あたしの対面にあるソファーに掛けた。
「有難う御座います」
「どうせこんな所に連れて来られたら一緒だ」
そう言ってナイを睨んだ後、諦めたようにあたしを見た。
「佐々木、って言ったか?」
「縁で結構です」
「あんたはさっき、日本育ちって言ったな?」
「はい。日本生まれの日本育ちです」
「ならなんで、ここにいる?」
「簡単に言ってしまうと、世界の上層部の合意による拉致ですね」
苦笑しながら言ったその言葉に、ルカは眉根を歪ませた。
「あー、ちゃんと説明したいとこなんですけど今後を踏まえるとどこまで情報を言っていいのかまだ判断できていないんです」
「……そんなこと俺に言っていいのか? 後ろの兄ちゃんが睨んでるぞ」
「それぐらいの誠意をあたしは見せたいと思ってます。それでガスト、せめて取り繕えないのであれば席を外させるよ」
「……、失礼しました」
万が一に備え、リツとガストはあたしが座るソファーの後ろに立っている。睨んでいるのがどちらだなんて明白だろう。ナイとヨルは念のためだがルカの後ろだ。
今回ガストは神側としている部分が大きい。心情的にもそうだろう。だからこそ席を外すわけにはいかないはずだ。それは本人もわかっているからこそ素直に受けれたんだろう。
ただし本気で失礼な態度を取り続けるのであれば、あたしは席を外させると言っている。情報なんていくらでも後でも渡せるんだ。
「さっきも言ったけど、せめて取り繕えないのであれば席を外させるから。彼には誠意を見せるべきだ」
「承知しております」
ガストが頭を下げた気配がした。納得しきれていない部分もあるだろうが、これだけ脅しておけばとりあえずはいいだろう。
「えっと、ガスト、彼のことは気にしないでください」
「あんたがここの主人ってことか」
「まあ一応そうなりますね」
どこか納得しきれない、そんな微妙な表情を浮かべながらもルカはあたしを見てくる。
「それで、俺はなんでここに連れて来られた。何が知りたいって?」
「色々と聞きたいことはありますが、何よりも一番聞きたいのはなぜ貴方がこの世界にいるのかを教えてほしい」
あたしの言葉にルカは表情を崩すことなく、ただ鋭い目であたしを見てくるだけ。その真意を探ろうとするように。
「それを聞いてどうなる?」
「正直言ってまだわかりません。未知数だらけで答えなんて出ないんです。だからこそあたしは貴方の話を聞きたいと思った」
真剣な思いを真剣な言葉に乗せて伝える。今のあたしにはそれしかできない。
ルカに何ができるか、彼が帰れるのかすらわからない。それこそ本当に神の目がら零れ、召喚された存在なのかすら確定していないんだ。
「貴方の立場、貴方がなぜこの世界にいるのか、それを知らないことには何も話は進まないんです」
「自分から、とは思わないのか?」
「本当ならそれが一番信用してもらいやすいんでしょうが、こちらとしてもどこまでお伝えするべきか迷ってます。自分でも卑怯だとは思います。それでも伝えられるのであれば最後にはお伝えする気はあります」
要はルカの出方次第だ。
残念なことにここであたしは導き手と言う嫌だがそんな役目がある。そしてあたしがその核なわけで、おいそれと言えることではないんだ。
この世界にはダンジョンなんてものは存在しなかった。ならばダンジョンの核なんてもの、誰も知らないもの。知らなければ、狙いようのないものなんだ。
けれど彼、ルカはどうだろうか?
あたしと同郷なら、あたしと似た知識があるのであれば、彼が敵になるのであれば。
だからこそルカの情報が必要だ。彼自身の為にもあたしの為にも、どこまでの折り合いが付けれるか、だ。
あたしの言葉にルカが鋭い目を向け続けたかと思うと一瞬目を瞑り、そして何かを諦めるように深い息を吐いた。
「俺のことはどこまで知ってる?」
「ヨルから聞いた話だけです。ルカと言う名前でミタルナの街でハンターをしている。黒髪黒目で肌は黄色がかっている青年。そして……」
「そこが重要ってことだろ?」
「はい。……隣国の、クナルト国で召喚された可能性がある、と噂がある」
「それ以上の、何が知りたい」
「それが事実なのかどうなのか。それと、貴方がどうしたいのか」
「面倒だ、ルカでいい」
「有難う御座います。そのお名前は……」
「丁寧に話さなくていい。名前はこっちでの名前だ」
その一言は、答えを言ったようなものだ。
「噂通り、クナルトの研究所で俺は召喚された。初めての成功例だとよ」
忌々しそうに、吐き捨てるようにルカは言う。
「有難いことに言葉は理解できた。だから嫌な言葉も理解できた。黒髪黒目で魔物を呼び出したんじゃないかと最初は言われたときも、意味はわからずとも聞き取れた。ただ色々調べられ体は人の作りと変わらず魔力があることを確認された」
その目が虚空を見つめ、それでいて懐かしむではない、忌まわしい記憶を思い浮かべていることがわかる表情。
「そして暫くして生きている間に調べることは調べ尽くしたと言われた」
その言葉にあたしの目が見開く。その意味が指すことは……。
「それで研究所内の自分はまだ倫理観があると自称している奴が端金を渡して俺を逃がした。作りは人で知能もあるからってよ。隣国まで行けば逃げれるだろう、ってな」
ハッと嘲笑するように笑い、その表情に嫌悪が浮かぶ。
「端金で、この世界の常識も知らねえ俺が、どうやって国を渡れって言うんだか。それでも俺はそうするしかねえと思って必死こいてやってきた。なんとかな」
「……それからはミタルナで?」
「ああ。何日もかかったが何とかやってきて、この辺境の街でならこんな俺でも訳有として少しはやっていけてる」
ルカが深く巻いたバンダナから少しだけ覗く、短いその髪の毛先を摘まんで言った。
訳有り、その言葉にどれだけの重みがあるんだろうか。あたしには本当の意味で察することなんてできないんだろう。
この世界に神から呼ばれ、嫌だろうとも役目を与えられ力を与えられた。その力を使って仲間を、家族を作った。差別もなく、今のところ優しい世界で生温く過ごしている。
そんなあたしに、ルカに言えることなんて何もない。握りしめた手に爪が食い込んだ。
「そんな顔をするってことは、あんたには優しい世界なんだろうな」
「そうですね……。今のところは」
嘲るような、そんなルカの目があたしの苦笑に止まる。
「……あたしは、あたしは神に、この世界の神と元の世界の神との契約でこの世界に送られました。そこにあたしの意思はなく」
「主様っ!」
語りだしたあたしにガストが焦った声を上げる。リツの表情はわからないがナイとヨルは覚悟を決めた顔をしている。
「この世界では人種が幅を利かせ魔物達が衰退しています。それを拮抗させ正常な状態に戻すためにあたしは、あたし達は呼ばれました」
「達……?」
「様々な世界から、魂を借りたようです」
「……借りた?」
ルカが意味がわからないと言った顔をして、その表情に苦笑してしまう。それもわかる。
「あたし達は、あたしは神同士の契約で勝手に選ばれこの世界に呼ばれました。役目のため力を貰いました。それは魔物に力をつけ魔物を人種同様に繁栄させると言う役目」
言葉にすれば自然と気持ちが重くなる、それと同時にどこか覚悟が決まった。だから、全てかはわからないがここまで教えてくれたルカには言うべきだ。
「その役目に失敗すれば、あたしのこの世界での命を失います。そして魂は元の世界へ戻れるらしいです」
ルカの目が驚愕に満ち見開かれる。
「ただそのときは神が定めた理によって、あたしは壮絶な痛みをもって死を迎えるときです」
はっきりと、ルカの目を見つめて言う。
最後のときの本当のことなんてわからない。それでも魂を何とも思っていないようなあの神の言い振りだ。こちらの都合などまったく考えないあの神だ。脅しだけではなく、事実と思っていて間違いないだろう。
「あたしもあたし以外の魔物の導き手、役目を持って呼ばれた人達を知りませんから他のことはわかりません。ただあたしがこの世界で目を覚ましたときに神に付けられた補佐、目付け役から魔王と呼ばれました」
はっ? と音が出そうなほどのルカの表情。それについ苦笑が漏れた。
あたしだってこの立場、自分が体験したことじゃなければこんな話を聞いたところで簡単に信じられただろうか。否、信じられるわけがない。
それでもルカもあたしと近い立場だ。呼ばれた方法が違うとは言え、この世界の者ではない人物だ。
「あたしはこの世界で魔物の味方、人の敵となるべくして呼ばれた人です」
言い切って真っ直ぐにルカを見た。




