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「ねえ、縁」
不意にヨルが真面目な声で、あたしの目をじっと見てきた。
「この世界には黒髪黒目の種族はいないことは知ってるわよね」
「突然なに? ヨルも知ってる事じゃない」
知識としてこの世界に黒髪黒目がいないことは知っている。神がくれた知識にそれはある。
それはヨル達にもしっかりと渡している知識だ。
この世界の神が暗い色を嫌い、暗めの色は忌避されるものとされている。あの神らしくて笑えてくる理由だ。
だからこそ忌み嫌われる魔物には暗めの色やくすんだ色の者が多いのだ。それもあって魔物達は忌避され迫害され、狩られる物だと余計に認識されてるんだ。
そして最も暗い色、黒はこの世界で最も忌避される色。
「もしこの世界に、貴女と同じ黒髪黒目の人がいると知ったらどうする?」
「それって他の魔王ってこと……?」
あり得ない、とどこかで思う。ヨルたちが他の魔王に会えることなんて今のところ有り得ない、はずだから。
言葉を上手く理解できなくてその顔を見つめてしまう。あたしの反応を窺うように真剣な目でじっと見つめ返すヨルの目に、不意に淡い憐憫の色が浮かんだ。
「……報告するべきか迷ったんだけど、きっとダンジョンにやって来るはずだから、先に報告しておくわ。この世界に、もしかしたら貴女の世界から来たかもしれ人物がいる」
一瞬何を言われたのか理解ができない。それは導き手、魔王としてってことなのか。そう考えるがそんなことをヨルが知れる理由が今はない。
それに導き手はテリトリー外に出れない。あたしと同じなはずだ。テリトリーもまだ世界に顕現される前のはず。いや、でも……。
だったら、どうゆうこと……?
「貴女と同じ、この世界にはいないはずの漆黒の髪と目。そしてこの世界には少ない彫の浅い顔立ち。そして、黄色みがかった肌……」
ヨルが言葉を重ねる度に凝視して止まってしまう。意味を理解するまで辿り着かない。
「彼はハンターをしているの。基本パーティーには属さず、臨時でパーティーを組むような根無し草として。違うわね、見た目からあまり歓迎されていないのよ」
「ま、待って! あ、あり得ない!!」
「ええ、私たちも最初見たとき驚いたわ。貴女と同じ色味の彼に。けれど実際に彼、ルカはいるの」
「ルカ……?」
「彼の名前よ。本名かどうかまではわからないけど」
あたしの故郷でルカと言う名前もあり得なくはないが、それでも珍しいものではあると思う。でも、だからと言って。
「ルカは私たちが基本にしている辺境の街、ミタルナでハンターをしているの」
「ハン、ター?」
「ええ。ルカには色々と噂があるんだけど、その中で一番恐ろしく一番突拍子もないのに、真実味を帯びている噂……」
言い淀むように言葉を途切れさせじっと見てくるヨルの目が一瞬揺れた。けれど覚悟を決めたように強い目をしてはっきりと口を開いた。
「隣国のクナルト国の魔導士たちが、自分たちの禁忌の研究で召喚した人物、それがルカだって噂」
その言葉に目を見開く。
あたしの持っている知識にはクナルト国の知識もある。
クナルト国はこの大陸の中でも大国だ。軍事力が強く魔法を極めた多くの魔導士も集めている国。そして研究にも余念がない国。
確かに狂信的に魔道に没頭し、倫理を外れた輩も多いと言われる国である。研究所もあり、国からも支援されていることは知っている。
だが、しかし。
「そんなの、……そんなの、知らない! あたしの知識にはない! 召喚なんて、知らない!!」
神から与えられた知識に召喚術なんてものは無い。そんな成功例も知識にはない。だったら、あたしが連れてこられた後に……? そう思いヨルを見るが、その目伏せられ憐憫が濃くなっていた。
「縁、貴女ももうわかっているでしょ? 神の知識が全てではないと」
その言葉に絶望を覚える。わかってはいた。わかってはいる。ナイとヨルからの報告からも、それは確信していた。
神の知識とはそれは大まかなものだ。全てが全て見通せているわけではない。
国や歴史、世界の流れなどや一般常識や大きな噂話などは当てはまっても、細かいことや個人のこと、どこの誰それの情報、と言うものは存在しない。せいぜい国の責任者や信仰心の厚い者、もしくはあの神々の目に付いた者、その程度だ。それも全てではない。
神の知識は絶対ではない。ナイとヨルから外の、街の情報を聞いて知らないことも山ほどあった。
だから、わかってはいるんだ。それでも——。
「そんな、そんな大事なら神の目にも……」
「もしかしたらその事実を消したくて、縁たちを呼んだのかもしれない。もしくは、本当に興味がなかったのかも」
「待ってっ! それじゃあ、その、ルカって人は……」
「神から見棄てられた者、そう彼を呼ぶ人もいるわ」
目の前が真っ暗になる。理解できない。理解したくない。
暗い色が忌避されたこの世界で、黒い髪に黒い目、それだけで忌避され忌み嫌われるだろう。遠ざけられるだろう。
もし本当にクナルト国で召喚されたのであれば、どうにかして逃げ出して隣国、このティストリア国の辺境まで来たと言うことなんだろうか。
様々な考えが頭の中を駆け巡りながらも何も答えが出ない。言葉にならない。
強制的ではあるが神に連れて来られたあたしでさえ、制限があるとはいえ創造魔法と言う特殊な力を貰っている。しかし、その神に見棄てられた者と呼ばれる彼は……。
「今のところルカにどんな力があるのか、何か特殊な力があるのかはわからない。ただルカがミタルナに来て、もう数年になるそうよ」
口を開くがなんて言っていいかわからない。何を聞けばいいのか、何を知りたいのか、わからない。
「ルカは純粋な人間族より亜人と呼ばれる種のコミュニティーに属しているようなの。だからと言って人間族と全く関わらないってわけでもなくて、私たちも何度かパーティーを組んだこともあるわ」
あたしからしたら亜人とは、純粋な人種ではないと言う意味の差別用語だ。事実、純粋な人間族のみが人であり、それ以外は人種ではないと差別する国もある。
この世界で一番人口が多いのがナイのような純粋な人間族であり、それ以外の人型種に近い姿の者、知能があり言語が喋れ意思疎通が可能で力有る者を亜人と呼ばれることもある。
特に人間族と見た目がかけ離れた容姿の者ほど差別される傾向にある。
ヨルも外では亜人と言われることもある種になってしまう。それでも森人族であるエルフは純粋な人間族に姿形も近く差別は少ない。
だが逆に体毛が濃かったり鱗があったりする種、獣人種や魚人種などは蔑まれてしまうことも多い。
そのコミュニティーに属していると言うことは、彼自身もそれに近い扱いを受けていると言うことだろう。
亜人という言葉は、外の世界で差別されているということ。
「彼は、……彼は差別され忌み嫌われてるってこと?」
「……ルカ自身が上手く立ち回ってはいるけれど、それでも全くの好意だけってことはないわね」
その言葉に、何を返したらいいだろうか。
聞いておいて、あたしはどうしたかったんだろうか。
それを察したのかヨルが言葉を繋ぐ。
「ナイが、貴女と似ているわけではないのよ? 男だし。それでもその色味、見た目から縁みたいだって言って彼に接するようになったのよ」
少し困ったような、それでいて朗らかな笑みを見せるヨル。
「だから私もルカと接する事は多くて、彼は悪い子じゃないってのはわかってるの。ただ、今もルカは私たちを警戒はしているわ」
「それは、人種だから?」
「ええ、きっとそれもある。きっと、何度も裏切られてきたんでしょうね。表には出さないけれど、ナイの態度に困惑して警戒しているのが読めるわ」
「……ナイは、どんな風に彼と接しているの?」
「ふふ。まるでね兄貴面して、男だからか縁に接するよりも乱暴に接するのよ。それも最初から」
「は? 最初から??」
「ええ、気になったから行動しただけ、ですって」
「いやいやいや、純粋な人間族のナイだよね? ルカも困ったよね!?」
「そうねえ、最初っから困惑してたわ。私も困っちゃった」
くすくすと笑うヨル。笑ってる場合ですかとあたしは思う。
「それでもね、そんなナイのおかげで他の人間族よりかは警戒を解いてはくれてるわ」
少し嬉しそうにヨルが微笑んだ。




