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タイミングを見計らいガストとヨルにも声を掛け、あたし達は魔物達に演説した地下一階の広場に戻って来た。
少しすればリツを先頭にその姿を見せ、リツがあたしに気づいて目元を柔らかくしたのがわかったからあたしも笑みを見せる。
「お疲れ様、ありがとうね」
「気にするな、俺が適任だしな」
軽く言って微笑んでくれるリツ。その後ろにはざわざわとした魔物達が少し距離をあけてこちらを窺うように見てくる。
「ところで、どうなりそう?」
「それは各自から説明させよう。各代表者は前に出て来るように」
リツの言葉で最初のように何人もの魔物が前に出てくる。少しは慣れたかと思っていたが幾人も最初よりも緊張の色を濃く見せていた。
「それで、決まったのかな?」
視線を移しながらあたしは問いかける。それに静まり返る広場。あたしがそれに首を傾げていればあのゴブリンがまた一歩前に出てきた。
「答えを出す前に質問がある、ります」
先ほどまでと違って丁寧な言葉で話そうとするゴブリン。その姿に首を傾げそうになるけどあたしは頷いて質問を促す。
「もし移住だけを選んだ場合、後から貢献する側になることはでき、ますか?」
「正確には状況にもよる。まぁできなくもないんだろうけど、先に貢献している者たちと差ができてしまうことは当たり前であるよ」
「それは最初に貢献する者にならなかったから、ですか?」
「それもある。最初から選んで貢献していてくれた者を優遇するのは普通のことだ。それに戦闘訓練などを考えれば成果を上げやすいのも先に貢献していた者たちだ」
だからと言って依怙贔屓する気はない。それこそ貢献度によって対応は変わってくるだろう。強い者を優遇するのはダンジョンの掟のようなものだ。
だからと言ってここでそれを明言する気もなかった。戦える者が多くほしいのも本当だしまだその実力も全て未知数だ。
それに考えるようなそぶりを見せるゴブリン。すると違う場所から声が上がった。
そちらを見れば上半身が人の体で下半身が蛇の姿の魔物、ラミアと言われる種族だ。
「あの、戦えない者でも貢献できると仰っていましたが、そこはどうなるんでしょうか?」
「まず初めに戦う者がいることが前提になる。もし群れや集落の中で戦う者がいて、残りの中で闘わず貢献するということも可能なだけ。貴女がもし一人だというのであれば、今のところは悪いけど戦うことを選んでもらうしかない。戦わずして貢献できるようになるにはまずダンジョンの安定から始めなければいけない」
あたしは広場の魔物を見渡して強く言う。
「このダンジョンはまだ始まってもいない。まず前提としてダンジョンを安定させ、その後に様々なことを始められる。そこは間違ってほしくない」
「それでは、まずは戦う者が優先されると言うことですか?」
「基本的にはそうなるけど、それは貢献度にもよるかな。貢献度は分かりやすく定めるつもり。それこそ人を倒した数によったり、人の使っていた武具や道具、それから死体を献上してもらったりすることが貢献度が高い。他にも献上してもらうとしたら貴方達の素材、牙や角、なんなら脱皮した皮なんかでもいい。そして酷いことを言うけれども、仲間の死体なんかでも良い」
最後の言葉で強いざわめきが巻き起こる。分かってはいたことだ。
「色々と思うことはあるだろうけど、それも貢献の仕方の一つだと言うことを覚えておいてほしい。どちらにせよ人に殺されてしまえば、その体は解体され素材となってしまうんだから」
残酷だけど、真実だ。間違ったことは一つも言っていない。
「あ、貴方も、貴方様も我々の体を、仲間の体を素材として使うと言うのですか?」
「そうだね、悪いけどそう使わせてもらう。そうすることによって生きている者を生かすことができるから」
感情を殺したように平坦にただ告げることに意識する。
残酷なことでも死んでしまったものはどうすることもできない。だったらせめて、生きている者のために活用するまでだ。
「確かに非道なことを言っているとは思う。それでもだ、死んでしまったその体は人に踏みにじられるか、他の者や獣の餌となるか、どちらかでしかない。そうであるのであれば生きている者の為に活用されることも悪くはないんじゃないかな」
傲慢な言葉であるとわかっているが、それでもはっきりと言うべきだろう。必要な言葉だろう。
「人の死体でさえも献上されれば貢献度となる。それは一部分であろうとも、それと同じだ」
「貴方様はその素材を、我々の体をどう使うと?」
「それは今は言えない。ダンジョンに貢献してくれるかも分からないしどれほど貢献してくれるかもわからないんだから」
苦笑気味で返してしまった。それでも全てを話すことなんてできるわけもない。
まだここに居る者達はあたしとは何の関係もない、敵対するかもしれない存在だ。そんな者達に全てを話すことなどできるわけもない。
けれど判断する、ダンジョンに残るのか去るのか、それを決めるだけの材料は必要だろう。
「今言えることは貢献する者としてダンジョンに残る者には群れや集落ごとに自分たちで代表者を定めてもらい、その上で貢献度でこちらからある程度の纏め役としてその周辺の代表者を定めさせてもらう」
ここにいるどれほどがダンジョンに移住し貢献者となるのかまだわからないけれど、それでもいつかは代表者が必要にはなってくる。
「また貢献度によってダンジョン内では優遇されることもある。ダンジョンはこれからも大きくなっていき、環境なんかの変化もある。その時に住処を選ぶ順番なども貢献度によって変わってくるだろう」
「それは、小さな群れや単体者には厳しいんでは……?」
「そうだね。そう思うのであれば群れを増やすなり仲間を見つければ良い。ただ逆も言える。数が多ければ多いほど、多くの貢献度が必要になってくる」
それは至極当たり前のことだ。十人の魔物の群れがあったとして、十人分の食糧を得るための貢献度はそれなりのものになる。ただ十人もいれば人と戦う際に有利にも成り得るって話だ。
ただし、十人いる群だからと言って全てが戦えるかと言えばそうでもないだろう。その辺りをどうするのか、どう補っていくのか、舵取りを迫られることになる。
言い方は悪いが弱肉強食。その強者とは知恵者も入る。それだけの話。
「最初に言ったように戦い方なんかも教えるつもりではある。だからと言ってそれが身につくかどうかなんて本人たち自身の問題だ。あたしたちにできるのは手助けであり教えることだけ」
そう言い切ってあたしは魔物達を見渡す。
「ダンジョンに住むんであれば、ルールは守ってもらう。貢献者になるんであれば、それなりの助力はするがこちらもルールは存在する。それを踏まえた上で答えを出してほしい」
そう言われたところですぐに決まるものでもないだろう。そんなことはわかっているが、それでも決めてもらわないとこちらも困る。
さあ、どうする? と問いかけるようにあたしは笑みを作った。
しばらく時間が必要だろうか。そう考えていたが、意外なことにあのゴブリンが強い目をしてあたしを見てきた。
「魔王様、俺の群、全部で二十三人の者は貢献者として、おいて下さい」
真剣な顔のゴブリンには悪いが、その言葉に一拍間を開けて首を傾げてしまう。
「魔王、様?」
「これから俺達を纏める方、ダンジョンの主、王なの、ですから」
あたしの困惑気味な問いにゴブリンは至極真面目に答えてきた。けれども、けれどもだよ。
魔物達を見渡せばどれこそれに納得という顔で、それが余計にあたしの戸惑いを大きくする。けれどあたしの戸惑いなど気にした様子もないウキウキとしたガストの声が響く。
「良くわかっているゴブリンではないですか」
「ガスト……」
「主様はこれから魔物達を導いていく存在、魔王であることに変わりありません」
後ろにいるガストに顔を向ければ笑顔で、魔物達にばれないようにあたしは小さく溜息を吐く。
リツ達はそんなあたしに苦笑いを小さく見せ、どうするべきかとあたしは魔物達に顔を戻した。
「魔王とは呼ばなくていい。あたしはさっきも言ったが貴方達を守るものではない」
「けれど生きるための力、教えてくれると言いました」
「それに間違いはないんだけどね」
ゴブリンの言葉に苦笑しながら頷くが、あたしが教えるわけでもない。あたしはただ必要と思うものを揃えてリツ達に託すだけだ。
あたしが直接何かをすることはそうないんだ。
「まぁ今は先に大事な話に戻そう。群れの者全て、貢献者としてってことだね」
「はい。子供もいるので全てが戦えるわけでもねえ、ないですが、それでも全て残ります」
ゴブリンは多産な上に成長も早い。有難い種族だ。それにあたしの考えでは……。
「私、シュルツ率いるラミアも貢献者として魔王様にお仕えします」
それは戦えない者のことを聞いてきたラミアだった。
「現状は戦うことが前提だけど良いの?」
「はい。戦う力は必要ですしどちらにせよ、今のままでは地上で生活し続けることは厳しいので」
ラミアと言う種は上半身が人体、特に女性体が半数以上を占め、下半身が蛇の姿だ。その蛇の鱗はそれなりに強靭でいて柔らかく、装備なんかによく使われ冒険者に良く狩られる種族。
それでいて美しい容姿をしている者も多く、見世物なんかとして捕まることもあると言う。
背に腹は変えれない、そんな強い気持ちが瞳から見えた。
「わかった。貴方たちの思いに応えられるよう精一杯頑張るよ」
せめて今できることはと言え、その気持を受け止め応えるだけだとにこりと笑みを向ければ、次々に上がっていく声。
どちらかと言うと貢献者としてダンジョンに残る者が多い。それでもやはり。
「俺たちは移住だけさせてもらう。獣なんかも連れてくるんだろ?」
そう自信有り気に言ってきたのは、上半身が男体で下半身が馬の体のケンタウロス。
「俺たち三人は移住だけだ」
「わかった。ただしルールを守れない場合、その時は追放かもしくは……」
「はっ、俺たちは簡単にやれねえと思うけどな」
ケンタウロスは強靭な足の脚力と、器用に弓などを使う種族。上背もあり戦うこと、力にも自信があるんだろう。
「それでもあたしはルールを守れない者に甘い顔をする気はない。その時は身を以てわかって貰う。また住んでるだけの者用のルール追加があるかもしれないけど、それを守れなくても同じだからね」
「ああ、とりあえずはわかった」
「じゃあわかりやすく貢献者として残る者、移住だけを希望する者に別れてもらおうか。特に移住だけの者にはルールの説明もしっかりしたいし、リツにお願い。貢献者として残る者たちはナイとヨル、種族と人数と戦える者の確認、それから住処をどの辺りにしたいか確認して。あ、どちらでもない者は帰ってもらって構わない。できればここの話を他の魔物にしてくれると助かる」
あたしがそう言えばリツ達三人が一瞬心配そうにこちらを見るが、あたしの斜め後ろにすっとやってきたガスト。
うん、ガストさんも魔人ですし、一応はこちらの味方ですから安心してお仕事してきて下さい。
割合的には貢献者として残る者たちが大多数だろう。そっちの確認に時間を取られそうだが、貢献者たちの優遇の為にも先に住処を選ばせてあげたい。
残りの多数の移住だけの者は、まずはルールの説明と禁止区域の説明。正確には移動していい範囲ってことだね。ある程度は散らばって欲しいし貢献者とあまり被ることのないように設定してしまいたい。
そして極少数、迷いながらもダンジョンを去る者。こればっかりは仕方ないし、あたしの予想だと幾らかは戻ってくることになると思う。
考えが変われば戻ってきていいことを告げ、そのときすでに冒険者がやってきているときなら戻ってくるのも大変だと思うがそこは覚悟しておいてほしいと最後に告げた。
そして各自が動き出し、あたしはただそれを眺めているだけだ。
「ガスト、あたしは地下に戻るよ」
「最後まで確認はされないのですか?」
「大体の種族や人数は大まかに見えたし、武具の制作に強化用の制作も必要だから。ガストはここで見届けててもらって良い?」
様々な種族が残ることは確認できた。全員に配るわけではないがそれに見合う装備を考えて作らなければならない。それにダンジョン強化のための魔物と考えるとまだ数も強さも足らない。生物創造で創り出し訓練の補助なんかをさせても良いだろう。
他にも捕獲の難しい魔生物をいくつか創っておきたいし、それにダンジョンに留まる者の数を考えれば食料となる獣も思ったよりは創った方がいいだろう。
この辺りはそう魔力を多く必要としないし、早めの方が生態系を築いてくれて勝手に増えてくれたら助かる。それを見越して先に創るべきだ。
「隠密スライムなんか作れたら楽かなあ……」
「え? 何か仰いました?」
「いや、何でもないよ。後はよろしくね」
そう言って誤魔化してあたしは地下へと戻っていく。




