プロローグ1
お久し振りです。
またよろしくお願いします。
ただ真っ暗で壁や天井も、なんなら床ですら感じない。
浮遊感を感じるわけでもないのに足裏に感触はなく、立っているという感覚もない。
ただそこに自分が在る、とわかるだけ。
いつから自分はここに在るんだろうか。
在る? その言い回しに使い慣れなさはあるのに違和感がない。
だって来たという自覚もなければ居たという自覚もない。
今わかるのは自分がここに在る、ということだけ。
手足指先の感覚すらないのに自分が在ることだけがわかる。
それは首を捻りたくなるような不可思議な感覚。なのに全くの不安を感じない。と思えば、不安? なんだその感情は? とまた首を捻りたくなる。
一つずつ考えていけば確かにこんな訳のわからない状況。どうして自分がここに在るかもわからず、在ることはわかっても体の感覚はわからない。ただ純粋な暗闇に在るだけの自分に不安を感じてもいいはず。
なのに不安など微塵も感じずにただどこかで納得している自分に気が付いた。
それに気が付けばそうだった、とすぐ思い出し、それと同時にゆっくり視界に光が差して色づいてゆく。
「おはようございます」
目の前には右手を胸に当て佇まいよく頭を下げる男。
その姿勢はよく、どこぞの名のある執事のような佇まい。それでいてその声はどこか無感情に聞こえた。
確認するように瞬きを数度して視線を少し下に向け、ゆっくりと見える指先を動かせば硬い感触に当たった。先ほどと違って感覚のある手足や指先。
両手は金細工の施された肘掛けに置かれ、足は地に指先が微かに当たる程度で静かに下ろされている。
背中とお尻には柔らかな感触があり、気になって座面を見れば柔らかそうな輝く純白が美しいビロードの座面。きっと背中側もそうなってるんだろう。
そして視線を動かし先ほど声を掛けてきた男を見る。
男は微動だにすることなくあたしに向かい頭を下げたままで、流れる前髪で表情までは確認できない。
「おはよう。貴方が補佐?」
「さようで御座います」
「そう。まずは何をすればいい?」
「王の間をお創り下さい」
静かに抑揚もなく告げられた言葉。
そう言われ考える。王の間とは、と。
その瞬間にその知識が在ると理解する。
さらさらと頭の中で浮かび上がる知識が教えてくれる。
自分のための空間であり支配するための空間であり、そして最期を迎えるための空間である、と。
「その前に、いくつか質問をしたい」
王の間の意味と今ここにあたしがいる意味を思い出し、それより先に確認したいと口にすれば男は少し驚いたように顔を上げ、その端正な作り物めいた顔を覗かせた。
絹糸のような艶やかな金の髪は長く後ろで一つに結ばれていて、長い前髪は男の白い肌を彩るように顔に流れる。そのくせその目は透き通るように綺麗な赤をしており、どこか強い印象を持たせた。
「何なりと」
男はすぐにまた頭を下げ、その抑揚のない声であたしを促す。
「貴女の名前は?」
「ガストと申します」
「ガスト、ね。頭を上げて」
その言葉で男、ガストは頭を上げ、それでも姿勢よくそこに立つ。
口元は口角をゆるりと上げ微笑んでいるように見えるが、その透き通る赤い目の奥がどこか探るように、値踏みするように、それでいてどこか落胆するように感じる。
一言で言えば美丈夫な男。その裏で何処か癖のありそうな人物に見える。人に対しての目利きは自分の直感を信じることにしている。
「ガストはあたしを裏切れない」
「はい」
「けれど、ガストはあたしが死ぬことも厭わない」
「はい」
静かに返され、また頭を下げられた。
「私は主様の補佐であり番人。そして最期を看取るもの、で御座います。そう、創られております」
立ち姿、その振舞い、そこに佇む姿は一流の美しい物なのに、なぜかあたしには芝居がかった茶番にも見えた。
それでもあたしは笑顔を向ける。
「うん、ありがと。最期までよろしくね」
「こちらこそよろしくお願いいたします」
「硬いね、気楽に行こうよ。できれば長い付き合いにしたいし」
微笑んで右手を差し出せばガストは少しばかり驚いたように目を開き、器用に片眉を上げてその手を見つめた。それでもそれをすぐに消し去りすぐに柔和に見える笑みを取り戻して頭を下げる。
「できる限り、長いお付き合いをお願いいたします」
抑揚のない、どこか無感情にも聞こえる言葉。それでいて何か、嘲笑を含んでいるようにも聞こえる声。
その言葉に苦笑が漏れ、取ってもらえなかった右手を流し見て下げた。
浮かぶ言葉は、前途多難。
ガストはあたしの補佐で、あたしを支える者だ。それと同時にあたしを最期まで守り見続ける者。
そこに嘘偽りはなく、裏切ることのできないもの。
それでも色々と考えてしまうのはガストの目の奥に見える感情のせいか、はたまた自分の性格の悪さのせいか。
どちらにせよ今は関係はない。あたしが気にしなければならないことはこれから山のようにある。
プロローグ、本日三話を本日時間を空け掲載、十六時、二十時予約完了済み。
前と違って毎日更新ではないですが、ある程度書き上げている部分もありますので暫くは定期更新予定です。
お時間潰しにでも楽しんで頂ければ。