チュートリアルはもう終わり?-再戦は咆哮と共に-
3話 4分の2
『…つぅ、立ち上がれ“岩の柱”』
咆哮による恐怖から誰よりも早く立ち直った刹那が魔法を唱える
即興で作ったものにおしゃれな魔法名など必要ない
夢宗の前に岩の柱が立つ
「っ!!」
それをみた夢宗が現状を思い出し、全力で後ろへと走る
影が岩の柱にぶつかって、柱にヒビが入り、折れるようにして吹き飛んだ
真っ直ぐと後ろを見ることなく走る夢宗へ、そして夢宗の先にいる彼らへ
「伏せろ!」
逸人がそう叫びながら、走り、夢宗へと足をかけ転ばせるかのように姿勢を低くさせる
刹那たちも伏せると、その頭の上を木々を薙ぎ倒しながら岩の柱は飛んでいった
『実戦経験が足りてなかった!』
刹那はそう後悔するように声を上げ
「やっ!」
『輝き綴れ』
まやが地を踏み、跳ぶ
合わせるように刹那が詠唱をし
『“影祓い”』
魔法を発動させる
まやが輝きを纏い、折れた岩柱の裏でふらつく狼をしっかりと見た
「はっ!」
その岩柱を蹴り、強化後の加速力で、横から飛んできた一本の短剣とともに狼へ迫った瞬間
『オォォォォオオオンン!!』
咆哮と共に狼を中心とした真っ黒な衝撃波が広がった
「くうっ」
黒の波動に触れたまやが苦しそうに顔を歪ませ、勢いを失い地へ落ちた
その横で同じように短剣も勢いが失われ…地へ落ちる
「チッ、風の流れる囲いあれ“囲い風”」
逸人が舌打ちと共に焦ったように詠唱し、自らと夢宗…そして後ろのメンツを守るように風のドームを作り出す
黒い波動と風のドームがぶつかり合い、弾けるように打ち消しあう
「輝きよ集いて守れ“光護”!」
玲が作り出した光の盾が、倒れ込んだまやを噛み砕こうとした狼の牙を止める
「はあっ」
先ほどのまやと同じ輝きを纏った灯莉が構えた薙刀を振り上げる
光の盾を噛み砕こうとしていた狼が薙刀に気づき、一歩下がるも左耳を薙刀が掠め、耳を半ばまで切る
狼が下がったのを確認すると次の攻撃に繋げることなく、空けた右手でまやの胴を掴んで、腰に抱き、狼から目を離さずに後ろへと跳ぶ
「まやさんが意識を失ったのはまずいです」
「…ちがうよ…まやたん動けないの⭐︎」
灯莉の言葉に、意識を失ったわけではないとまや本人が否定する
「え?」
「あの黒いのに当たったら…立ち方が、動き方がわかんなくなっちゃった⭐︎」
「…認識欠落か」
『闇属性だね、僕の強化魔法が消されてるあたり、2回何らかの異常をもたらしてるね』
「これ軽強化と異常対抗か…」
夢宗、逸人、灯莉、湊はいまだに体がキラキラと輝いている
「そういやなんでオレ?」
『ハタさんは弓の威力上がるかなって思ってさ』
「本来は私が強化魔法を使うべきなんだけど…まだ複数人にかけるものは覚えられてないのよ…それに反応が早いわけでもないのよね…逸人!」
『ガアァァァ!!』
「甘えよ」
短剣で逸人が狼の右前足を受け
「はぁ!!」
湊が放った矢が片方しかない狼の目へと迫るが、頭を逸らされ避けられる
『“氷刃”』
狼の前足を受け止めていた短剣が手放され、狼は体重をかけていたためにガクンと前へと体勢を崩す
短剣を手放した逸人の手には、氷でできた敵を叩き潰す大槌…つまり大きなハンマーが握られ、すでにその頭の上まで振り上げられていた
「踊り狂う風よ押しつぶせ“潰し風”」
「砕けろ」
逃げようとした、狼を茉里の魔法の風が押さえ付ける
逸人が振り下ろした大槌はその風に背を押されるようにして加速し
“ゴガァァァァアアア”
と大きな音を立て、狼の頭を叩き潰した
「にしてもよくあんな連携取れたな」
『魔法使って武器出したら逸人ならやってくれるだろうと思ってさ』
「…それがハンマーだったことに俺は文句を言えばいいのか?」
「にしても、結構呆気なかったな…私の魔法も役に立たなかったし」
「そうか…し…らッ、守れ!!“輝壁・編”!!」
光が編み込まれるように一箇所へと集い
『GAAAAAAA!!』
黒を止めた
元が狼であったはずのそれは、潰された頭を真っ黒の闇で補い、上半身全てを闇に飲まれた姿で現れた
小さな結界に止められたそれは恐怖を撒き散らす叫び声でもって怒りを露わにした
『…光よ導きを示せ“認識補助”…君はまだ戦える』
「ありがとう刹那☆」
刹那がまやへと魔法をかけ、その手を掴んで引き、体を起こさせる
『OOOOOOOOON!!』
それをみた狼が怒りのままに玲の結界を砕き、刹那たちへと突進する
『あ…はは…足が、動かないや』
刹那の周りに…黒いモヤが漂っている
動けないという刹那と欠落した認識を魔法による補助でなんとか取り戻し出したばかりのまやでは…迫り来るの黒を止められない
止めようと放たれた矢は闇に溶け消え、抑えようと飛び出した逸人が闇の風に弾かれた
「まやたんが…前にっ」
『いや、まだ無理だよ…慣れるまで時間がかかる』
「じゃあどうするの?」
『…なるようになるさ』
刹那は目を閉じた
狼が目の前に来ているのは知っていた
だが、怖くなかった
死なない気がしたから
負ける気がしなかったから
「はああああああああああああああ!!」
ほら……希望がやってきた
刹那が目を開く
その視界に…
煌めく光の剣を振るい、狼の闇と化した上半身の首から上を斬り、いや消し飛ばす夢宗が映った
「起動に…手間が……かかった!」
『待ってたよ、夢宗』
今も消し飛ばされた闇を再生して襲いかかる狼を夢宗は抑えているが…
その額には、ゆっくりと汗が浮かんできている
「だあっ!」
光の剣で斬り上げ軽く弾き、バックステップで距離を取る
そこへすかさず逸人が入り、役目を交代すると…荒い呼吸をしている夢宗の手の中から光の剣が消えていった
「はぁ…はぁ」
『OOOOON!!』
狼が怒りをあらわにするかの如く咆哮をあげ、黒い波動が広がる
「解析はもうできてる、かの魔法に反抗せよ“対抗:魔法破壊”」
茉里が魔導本を左手に持ちながら魔法を詠唱するとパラパラとページが勝手にめくられ…あるページで止まった本から薄い金色の輝きが逸人の持つ短剣を輝かせる
「逸人、斬れ!」
「…この状況で言葉が少ねえんだよお前!!」
逸人が茉里の単純明快でいて、場合によっては伝わらなさそうなその言葉にキレながら、黒い波動へと短剣を振るう
短剣の金色が溶けるように消え、黒い波動が弾けるように消え去る
『GAAAA!!』
狼が驚きを、怒りを表すかのように、波動を消した逸人へと襲いかかった
「チッ、力の具合を間違えたか」
狼が迫る中、逸人は波動を斬るのに力がほとんどいらなかったとわかり、力を込めて短剣を振るい、隙を作ることとなった現状に愚痴を漏らした
その様子に焦りも恐怖も見られない
「……剛、射…だったな?」
今までとは比べ物にならない速度で飛んだ矢が狼をのけぞらせ、その体に深々と突き刺さる
「やあっ!」
矢に続くようにして、怯んだ狼の後ろ足へ灯莉が薙刀を振るう
闇が薙刀を押し返そうとするが
「抗うなお前にその資格はない“妨害:抵抗妨害”」
パラパラと音を立てた魔導本から飛んだ光が狼へ当たると、闇が解けるようにして弱まり、灯莉の薙刀が狼の左後脚を斬り飛ばす
『GAAAA!?』
「そういえば、結界って攻撃にも使えるのよね…知っているかしら?」
足を斬り飛ばされ、動揺したような狼に玲が語りかけるかのように言葉を紡ぐ
それに反応しない狼に話す気も失せたと言った表情をした玲が冷たく告げる
「…“色なき風に彩りを”」
球体の結界が現れる
まるで幾重にも亀裂が走っているかのように見えるそれは…全て結界を無理矢理重ね合わせて、強引に球体にしただけの訳のわからないもの
だが、それの真価は…
“ギ…ィィィイイイイ”
爆弾のように爆ぜることだ
結界が弾け、ものすごい速度で結界のかけらが空中を飛ぶ
少しの間しか実体を持てないその状態だが…だからこそ、至近距離で当たった相手は…
『……』
その身がボロボロになる
ゼロ距離でその魔法を受けた狼の体は…実体のある部位は傷だらけで残っているが…闇で構成されていた部位は全てが消しとばされていた
再生自体はしているが速度が遅い
おそらく負傷の量があまりにも多すぎたのだろう
「危なかった」
「ごめん逸人巻き込みかけた!」
『模擬戦で使われなくて良かったぁ…』
「敵を灼き穿て“攻撃:焼輝槍」
赤に輝く槍が真っ直ぐと狼へ飛ぶ
『UOoon…!』
再生しかけの狼がそれに気づいた時にはすでに遅く
再生しかけであった闇を赤に輝く炎の槍が触れた側から消し飛ばし、残った体に接触すると大きな炎をあげて燃やし尽くす
『気をつけて、きっとまだ終わりじゃない』
「まやたんが…いくよ☆」
燃える狼へまやが走る
ふらつくようであった走り出しから、しっかりと地を蹴り、加速に加速を重ね、狼を通り過ぎた地点に落ちている刀を拾い上げると、再び加速し、その勢いを保って、地を蹴り、正面の木を蹴り、吹き飛ぶかのように狼へと迫る
燃えながらもその炎を取り込み、再び闇で失った体を形成し出した狼は空中から迫るまやを見つけた
狼はその桃色を知っている
この場にいる誰よりもそれが1番危険だと知っている
それでいて誰よりも耐性が脆いことも知っている
やつにこちらを攻撃させてはならない
金色に輝いていた狼の目が赤へと変わった
「…へぇ、対抗する気なんだ」
矢が、風に後押しされた氷の短剣が、魔法が、もはや全身が闇と化した狼へと迫る
地面から影が立ち上がるかのように動き、全てのものが撃ち落とされる
まやの桃色の目と狼の赤い目が互いを見る
「…ふぅぅうう」
まやは体感的に時間がゆっくりになったように感じた
その中ではっきりと自覚する…調子が悪く、思った通りに動けないという自らの状態を
ただ、そんなことは関係ない
相手を斬る…それだけでいいはずなのだ
——若人よ、苦しむなそれでは何も変わらない
何か、声が聞こえた
どこかで聞いたことがあるような、それでいて全く知らないような声が
刀を持つ腕に力が入った
真っ黒な狼をしっかりと視界に収める
薄くブレていた視界が正常に変わり、恐怖は消えた
あちらもこっちを見ている
狼が…いや、影が動いた
空中へと跳んだ自分は…その影の攻撃を避けられない
「…ふぅう」
下から数多の影が迫ってきている
防ぐ手立ては…ない
刃のようになった影が、その身へ触れ…
ることなく…銀色の鱗のような何かと打ち消しあった
銀色のそれに見覚えはないが…頭の中に一つの考えが浮かんだ
影がまやへと殺到する
その場所が真っ黒になるほどに集まっている
刹那が……笑った
その目には、
銀の風を纏い、刹那と玲と茉里のできうる限りの強化を受けたまやが、映っていた
「はぁあああ!! ‘月狂’!」
鞘から抜かれた刀が振るわれる
斬撃の軌跡と銀の風は…暗い森の中に、満月を描いた
まるで、その月に照らされたように…森が明るくなってゆく
木漏れ日が差し込み、地面を照らし、暖かくのどかで、どこか安心感の感じる森へと変わり
木々が風に揺れ、ザワザワと音を出す
その音はどこか彼らを祝福しているように感じられた