チュートリアルはもう終わり?-不穏な森-
3話めちゃくちゃ長かったので4分割しました
2話も2分割するかも
4日連続で3話を出していきます
刹那たちが異世界クローアに転移してから10日目
朝早くに起きて、訓練と自習や休憩…それが終わって1回目の昼食の時
「この後おぬしらには街まで行ってもらうからの」
まるで雑談中の冗談のような軽い雰囲気で、ヒノミはそう告げた
数秒間誰もそれに返答することなく、食器が軽く音を立てるだけだったが…
「…え?」
スープをスプーンで掬い…口へと運ぶ途中だった灯莉の漏らした疑問符が皆を現実に戻した
「今なんて?」
「ん? じゃからぬしらに街に行ってもらうと言ったのじゃが…」
「初耳!」
「さっき言ったんじゃが」
「その前は?」
「言っとらんのう」
「…前から言ってたのを聞き逃してたのかと思ってた」
「遠いのかな☆」
「まぁ、最初だけじゃ」
「最初だけ…? どういうことですか?」
「行けばわかるのじゃ」
「話になってねぇな…」
昼食が終わると…
「ほれ確認じゃ、武器は持ったかの?」
「ええ」
「セツナが答えるでない、おぬし武器ないじゃろ」
「バレたか」
「次じゃ、ほれ…この鞄の中には昼飯と夜飯と寝袋が入っておる、どれほど時間がかかるかわからんからの…あぁ、起きた後の朝飯は自分で調達するのじゃぞ」
「そんなかかるんですか!?」
ヒノミがリュックサックのような鞄を玲に渡した、彼女が空間魔法を使って狭い空間に多くのものを収納することにもう驚きはない
灯莉が頭の上のうさ耳をピンと立てつつ、驚きの声をあげる
それに対するヒノミの回答は静かに落ち着いていた
「しらぬ」
この一言である
「どうして…?」
「ワタシに聞くでない」
「理不尽だなぁ」
すっと逸人が授業中に発言をしたいときのように手を挙げる
「なんじゃハヤト、手を挙げて」
「もしかしてだが、あの森を超えるのか?」
「そうじゃ」
「無限に続いてそうだったが…」
「それはぬしらが森に認められておらんからじゃの、だから認めてもらいにいくのじゃ」
「はえー」
「って、ことでこの先に直進するのじゃ…頑張るのじゃぞー」
パッパッと消えては現れ、消えては現れるヒノミが彼らの背中を全員分押し…最後には消えた
「ええ…」
あまりに軽い言葉に動揺しつつも、彼らは彼女に指された方向へ進む
ヒノミの家の周りにはものすごく広い草原がある
ついでに、謎の崖も存在するが、そちらは危険だから行くなと言われていたため、あまり行っていない
そんな草原だが、実は端が見えないほどに広い
本当に広い
3日目の話だが、逸人と刹那が端を確認しようと本気で走って確認しに行って…食事一回分を無視してようやく辿り着いたくらいには遠い
ちなみに、ヒノミには
『端を確認しようとするから遠いのじゃ』
と大笑いされた
つまり、端を確認しようとするのがおかしいということである
そして、その端には森があった
想定ではヒノミの家を中心として円形に草原が広がっており、その周りを森が囲っていると刹那と逸人は考えている
そして、ヒノミが大笑いしながら話した
端を確認しようとするから遠いという言葉
それが未だに気になっている
「端を…確認しようとするから遠い?」
「あ、その言葉また考えてるのか」
「…見せもんじゃねぇぞ」
「絶対選ぶ言葉間違ってるぞお前」
「茉里、逸人なら合ってると思うよ」
「端に森があるんだろ? 走らなくていいのか?」
「ぷぷー、夢宗それ上手いこと言ったつもり?」
「んなつもりじゃないけど? なに? 玲?」
「いや、なんでもないわよ?」
「…んー魔法って想像と一緒にあるんでしょ☆」
「そうだね」
「ってことは想像したら森も近くなるんじゃないかな☆」
「ん?」
魔法を使う気がないためまともに知識を持っていない、まやの質問に刹那が答え…
続くまやの言葉に疑問符を浮かべる
「だーかーらー、お師匠さんは端を確認しようとするから遠いって言ったんでしょー?」
「うん、そうだけど…」
「つまり、端にある森に辿り着くのを目的にするんじゃなくて…森に着くのを目的にすればいいんじゃないかな☆」
「「「「?????」」」」
「森に着くことを目的に……?」
魔法をよく使う、刹那、逸人、茉里、玲がこいつは一体何を言っているんだという顔で固まった
灯莉がまやの言葉を復唱し、考え込む
「要するに何が言いたいんだお前」
「お師匠さんは時間がどれくらいかかるかわからないって言ってたけど…そこが気になったって話☆」
湊が呆れたように…まやに問いかける
何も考えていないような顔をしたまやの返答を聞いた湊は…
「……時間がどれだけかかるかわからない? 距離は確定しているし、あの人はそれを知っているはず…確かに気になるな」
「でしょ☆」
「…あぁ! そういうことですか! 」
灯莉が何かに気づいた様子で声を上げる
彼女の声を聞いて、疑問符だらけになっていた四人組がそちらに耳を傾ける
「この草原は…ただの草原ではないのでしょう、そう例えば空間と空間を重ね合わせて、間に存在する距離の全てを無視できるくらいには」
「!」
灯莉が語る言葉を聞いて、茉里が何かに気づいたように顔を上げた
「逸人と刹那が端に行くのに時間がかかったのは端に…辿りつこうとしたからか!」
茉里の言葉に夢宗がどういうことだ?という顔をする
「夢宗、単純なことだ、私たちはあの人に騙されてたんだ…森に辿り着く必要はないんだよ」
「ん?」
夢宗は未だわかっていない
「…森に行く…それだけでいいのか」
「単純だなぁ…」
逸人と刹那がやられた…とばかりに頭に手を当てる
「森は…もうそこにあるのね」
玲がそう呟くと…陽炎のように空間が揺れ……彼らの前に大きな森が広がっていた
「え、え? どういう事なんだ」
夢宗がそう尋ねると
「この草原は…原初の魔法に近いんですよ、人の想像で形を変える…そんな原初の魔法に…」
「完全に騙されたわ、ただの草原だと思ってたわよ……端があると思ったから端ができたのね」
「いやぁ、相当広いんだろうなぁと思いながら、端を探したのが裏目に出るとは…」
「あんとき笑ってたのはそういうことかよ」
「つまりこの草原が魔法ってこと?」
「簡単に言うならそう」
「…まじかよ」
簡単に説明するならば…近いと思えば近くに、遠いと思えば遠くに思ったものが現れる…そういう魔法がかけられた草原であった
もし、草原が無限に存在すると想像した場合…本当に無限になってしまう
後に、ヒノミが言うには……この草原は、集団であれば、その大半がそうであると思った時、1人であればその者がそう思った通りに…その集団、または1人に対して効果が発現する
ただ、ヒノミがいる場合は集団であろうと彼女の考えが何よりも優先されるが
「はぁ、とりあえず行くか森」
「そうだね」
そんなことを話しながら森に入る
初日に見た時は暗く恐ろしく見えた森は…何故か今はより恐ろしく見えた
「…なぁ」
夢宗が堪えきれないとばかりに言葉を紡ぐ
「やばくね?」
「すごい見られてるね☆」
何やらものすごく物騒な気配がする上に、全方位から見られているのを感じる
もしかしたら鍛錬が理由でわかることが多くなったのが理由だろうか…そう思いながら、刹那が一歩前へ踏み出せば
「右っ!」
夢宗の声と共に、素早い何かが右から刹那へと襲いかかり…
「りゃア!」
蹴り飛ばされた
まるでサッカーボールのように蹴り飛ばされたそれは木にぶつかって勢いを失うとズルズルと地面へ落ちる
「すごい、反射的に体が動いた…」
「あれは…カメレオン…? でしょうか」
「初日に見たトカゲさんくらい大きいね☆」
「いきなり待ち伏せか、しかも相当早かったが…初日と違いすぎねえか?」
「…凍てる水よ写せ“氷刃”」
刹那がその手に氷の大剣を作り出し
「繋がり繰り返せ“氷刃”」
逸人の目の前に氷の短剣を作り出した
「おい、これどういうことだ」
「投げナイフにしてね、得意でしょ?」
——気配を掴むのとナイフを投げることが
言外に刹那は逸人にそう伝えていた
「チッ」
彼は不満そうに氷のナイフを森に投げる
真っ直ぐと飛んだそれが木の枝の上の透明な何かに突き刺さり…それの突き刺さったカメレオンのような何かが姿を現し、地面へ落ちた
「流石は逸人さん…でしょうか」
「…負けてられない」
湊が背中から弓を取り、腰の矢筒から三本の矢を手に持つと…
息を吐き…
矢を番えて…弦を引き、矢を放つ
あたったかを確認することなく、握る別の矢を番えて放ち、3本目の矢も同じように番えて放つ
その3連射は…木の上、地面、木の影へ真っ直ぐに飛び…
3つのカメレオンもどきの骸を生み出した
「ひゅう、ハタさんやっるう」
「脆いんだなこいつら」
弓にまともに触れるのが初めてであった湊がこんなことができるのには理由がある
初日から才能を見せ、経験者レベルの能力は見せていたのだが、日が進むに連れ伸び悩み出すと…彼の完璧主義が働き、幾度も反復練習をし、クローアで基礎とされる弓の使い方を習得し、応用の3連射まで完璧に使えるようにしていた
しかし、そこまで行ったところで自分は銃が使いたいということを思い出し…それ以上は覚える気がなくなったとちょうど今日の朝の鍛錬で語っていた
「まやたんたちの活躍が減っちゃうよ☆急ごう!」
そう言ってまやがキラリとその手に持った刀を煌めかせ…前を走れば…待っていたかのようにコウモリのような何かの群れがまやへと襲いかかり
「…‘夢華’」
斬撃の軌跡が薄紫色の花を描く
コウモリもどきたちを切り裂き…花を飾るかのように赤が空中で弾け…
ふわりとほどけるように花が消えた
「戦技って面白いね☆」
まやの周りには超える人の頭くらいの大きさのコウモリもどきの死骸が20体ほど転がっていた
真っ赤な血を撒き散らして
「…怖えよあいつ」
「アンタたち進むわよ、どれくらいかかるかわからないんだから」
「そうだな」
まやを先頭に
刹那と灯莉
茉里と玲
夢宗と湊
逸人
というような列で前へと進む
前方に現れる脅威は…全てまやが壊して行っているのを見ると…脅威はどちらかと言えばまやの方な気がしないでもない
「てやあ!」
「そこです!」
まやの逃した魔物を刹那が大剣で叩き切り
その刹那が逃した魔物を灯莉が薙刀で沈黙させる
「輝きよ集いて守れ“光護”」
「風よ穿て“風突”」
玲が前面の近接担当に強化と結界による援護を
茉里が味方に被害を出さないように、自作以外の魔法で魔物を倒す
「荒れよ風“突風”」
刹那からの残弾供給がない逸人が魔法で魔物を吹き飛ばし、湊が矢で邪魔な魔物を排除する
…そんな様子を夢宗は見守っている
というよりそれ以外にやることがない
「今のところ、弱い魔物しかいないね」
「転移してきた時なら不味かったと思うわよ?」
「フラグ立てんなよ」
そんなフラグを立てたからだろうか…
“キイィィィィィイ”
まるで、黒板に爪を立てて擦ったときのような音が彼らを襲った
人ならざる耳を手に入れていた刹那と灯莉が耳を抑えて座り込み、直前まで周りを警戒していたまやの動きも鈍化する
「チッ」
座り込んだ2人の前に舌打ちと共に逸人が飛び込み、逆手に持ったナイフを振るう
“キン”と金属同士がぶつかるような音がして、もう片手のナイフを横向きに構えると“キィィイ”と金属同士が擦れ合うような音を立てる
「あのばあさん本気で試しに来てるのか?」
そう呟いている間も彼の手は動き、何者かと戦っている
矢が逸人の前へと飛び…真っ二つに両断されて地に落ちる
逸人の左足が周りを探るように動き、刹那の持っていた氷の大剣に触れる
「ちょこまかと鬱陶しい」
左足を動かし、氷の大剣を踏み、少し浮かせ。蹴り上げる
先程から何度も何度も攻撃を受けては受けられてきた短剣を両方捨てて、後ろに転がるようにして下がれば、先程いた場所で“ヒュンッ”と風を切る音がした
先ほど蹴り上げた大剣が逸人の目の前に落ちてくる
流れるようにそれを掴み、風切り音の元凶へと振り下ろす
“グシャリ”と音がして、小さな襲撃者の体が弾け飛び、血が流れた
原型を探ろうとすればリスのようなそれの前足にはその体には不釣り合いな大きな刃がついていて、それが逸人と戦っていたこと、そして湊の放った矢を両断したことが推測できる
「ごめんなさい逸人、反応できなかったわ」
「下手な結界は無意味だ」
「そう? なら問題なかったわね」
「皮肉だったんだが」
「そうかしら、私には反応できなくてしょうがないと言っているように感じたのだけど」
「はぁ…好きにしろ」
「にしても、まだ刹那も委員長も動けないのか?」
「まやたんのしんぱいもしてよぉ☆」
「お前は心配する必要がないだろ」
夢宗は目の前の潰れた死体に少し気分を悪くしたのか、顔を青くしつつ直剣を構え
湊は静かに近づいてくる魔物がいないかを警戒している
「…あの魔物は?」
「別名:首刈りと呼ばれる、リス系統の魔物だな。気配を消し、その刃についた突起を擦り合わせることによって発生する特殊な音で獲物を弱らせ、その小さな体からは想像できない速度を生み出し首を刈る魔物だ」
「…そんなのがまだいるのか」
「いや、もういないぞ…この森にはあれ1匹だ、あいつらは同族とは基本争って強い奴だけが残るらしい」
「最悪だな」
「ちなみに肉食な」
「リスなのに!?」
リスなのにである
「う…」
「あ…」
刹那と灯莉が声を出す
「…音の直線上にいるとただの人族でも倒れ込むらしいからな…獣人だとどうなることやら」
「音は波だろ?」
「知らね、魔法とかの効果があるんだろ」
「ゲホッゴホッ…ふぅあぅ…」
刹那が手のひらに向かって咳き込み、もう片方の手を広げて待てと周りに指示を出す
「きゃりみれあめといまきねそつね」
言葉になっていない言葉を刹那が話すと魔法陣が現れ、刹那を光が照らす
淡く輝いた刹那は
『これで…たぶん、聞こえるし…話せるね』
風で少しブレたような声で話し出した
「おいどうしたそれ」
『やられた、耳は不協和音とうるさすぎるノイズしか聞こえなかったし、声も思ったように出ない…まぁ鼓膜でも破れたんじゃないかな…それから内臓も少しやられたかな? あとは…』
そう言って彼が先ほど咳き込んだ手のひらを見せると、結構な量の血がついていた
「おい!」
『癒しの魔法を詳しく知らないのがここまで響くとはね、まぁ直せるだけ直したし、魔法で強引に補ったよ』
「…けほっ、だから私はまだ耳が痛くて、体が苦しいくらいで済んでるんですかね…」
『僕は…援護に移るね、結構キツいんだ』
少しふらつきながらも刹那が立ち上がる
「夢宗、前衛やれるか?」
「…や、やってやらァ!」
夢宗が刹那とポジションを交代することになった
先ほどよりも進行速度は下がったが、なかなかの速度で進めている
誰も森の歩き方など教わっていないというのに前へ前へと進んでゆく
よってきた魔物たちを蹴散らし、止まることなく前へと進んでゆく
先に進むに連れて、魔物の数が減ってきている
そして特に強くなっているというわけでもない…
「嫌な…雰囲気だ」
夢宗が言ったそれに誰もが無言で同意する
直剣を構え、周りを警戒していた彼がいつの間にか誰よりも前に出たその時
異様に暗く澱んだ森に金色の光が一筋走った
「ッ!?」
音もなく光は彼らを中心として円を描くように動き…
『オォォォォォオオオン!!』
咆哮と共に…黒い影が一筋の光を連れて夢宗へと襲いかかった