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導きのない新天地  作者: 風雷 刹那
第2章 セーミニの街
15/20

昏い光が差し込んで

騒乱の1日と同じ日の夜


夜の闇が訪れて


雫が星を映して地に落ちる


夜空は全てを受け入れ


今日も明日も誰かの疵を包み込む


(引用:夜に魅入られし者の(まほう) より)






「…おかあさん」



少女は1人、屋根裏部屋で空を見る

その目に映るは過去の情景



『ミーナ、いい? 笑顔よ笑顔、笑顔でいれば何も怖いことはないのよ! ね?』



森人の母リーエナタリナが洗い終わった服を魔法で乾かしながら太陽よりも眩しい笑顔でそう語る



ぐしゃりと紙を握りつぶした時のように、視界が歪み


火が、熱が…家を、自分を、母を襲う

真っ赤に燃え上がる自宅の中で母は…



『…くっ! なんで、なんでなんでなのよ! もう私たちに関わらないんじゃなかったの!』


『然り、故にその異端を排除するのみ』



彼女を後ろに下げ、守るように武装した複数の森人たちと対峙していた



『嘘をついたのね…森の精も精霊様もあんたたちは裏切ったのね! ありえない、ありえないわ、森人である誇りを忘れたの!?』


『すでに誇りを捨てた者が言うことではあるまい…退け』


『嫌よ、ここから先は通さないわ』


『残念だ、元同胞よ』


『あんたたちを同胞なんて思ったことはないわ! リーミナ行きなさい! 早く!』


『…お母さん!』



母が自分を扉の奥へと優しく押し、手を動かすと母と自分の間に炎の壁が広がった



『リーミナ…必ず、必ず私はあなたを迎えに行くわ…だから、先へ進みなさい』



落ち着かせるように、安心させるように母がそう語った直後に、剣と剣が、魔法が炸裂する音が響いた


それに対する恐怖と母に言われた言葉のままに…彼女は、リーミナは走った




「…はっ…はぁっ…はぁ…はぁ…」



また思い返してしまった記憶に呼吸が荒くなる



「…うっく……う、ああ」



この記憶を思い出した時…決まって思い出すのは



「…おとうさん」



母が彼女に笑顔の素晴らしさを語ったその庭で



『ミナはそうだなぁ、あまり武器は得意じゃないかもな』


『わたしもお母さんやお父さんみたいになりたいのです…』


『あー…そうだな、じゃあ…《獣爪(デエゼ)》って言うのはどうだ?』



狼の獣人の父レグノスが広げた手の指の先に半透明な獣の爪が現しながらそう提案する



パリンと窓が割れた時のように視界が砕け


炎に包まれた家から逃げ出し、一心不乱に前へと走る



『はぁ…はぁ…』


『異端を潰せ!』



家の外で待っていた森人たちが彼女を追いかける

だが、彼女は子供…大人から走って逃げることは不可能に近い


そんな中で…



『おいおい、これは…どういうことだ?』



狩りに行っていた父の声がした



『穢らわしき獣の民め!』


『おいおい、差別はダメだと言われてるだろ?』


『獣の言葉なぞ、聞こえぬわ!』



敵意を持って森人達が父へと罵声を吐く



『はぁあああ……ミナ、エナは家の中だな?』


『…うん…ふぅ、はぁ』


『逃げろと言われたか?』


『…うん』


『よし、俺に任せろ』


『でも、お母さんが!』


『エナなら…問題ない』



自分を抱え、父が駆ける

景色が素早く移り変わってゆき、踏み慣らされた地面が終わり、森へと場所が変わる



『舞え、壱乃花(イチノハナ)



父の愛剣が空から現れ、父を罵倒していた森人を縦に両断した



『殺す気はなかったんだが…まぁお前らもミナを殺そうとしてるんだ…死ぬ覚悟くらいできてるよな?』



その父の声に怒気が含まれていることは最も近くにいた自分が一番理解できた



『ッ! クソ、奴らを呼べ!』


『もう…来ている』



僅かに後ろが騒がしくなり…



『…ミナ、これ持っててくれねえか?』



足を止めた父が左手の薬指から指輪を外し、渡してくる



『お父さん、これ…』


『ミナ…お前は俺たちの最高の娘だ、だから…その指輪が示す場所に、進めェ!!』



父の発した大きな声に驚きながら…言われた通りに、指輪を取ると、指輪から出た光が線となって自分を導いた



『お父さん!!』


『振り返るな!! 行け!!』



父が叫び、振り返らずにそのまま前へと進む

ガシャンと音がして、金色の風が背中を押してくれた



『オォォォォオオオオ!!』



きっと父のものであろう咆哮が体に力を漲らせた


後ろから聞こえる音も、感じる何かも、嫌な予感も…何もかもを無視して、光の導くままに駆けた




この時、振り返っておけば……この時、何かを話しかけていれば……






「う……あ…はぁ…はぁ…はぁあぁあ…」



光に導かれた先で、母と父のレーダル時代の友人に出会い…助けてもらい…母と父の死を知らされた


その翌日に彼女は“私”を守り…大怪我を負った



だから、私は…何も言わずに彼女のそばを去った



何度も…何度も何度も何度も何度も何度も酷い目に、襲撃にあって…逃げて、逃げて逃げて逃げ続けて……


馬車に隠れて乗り込み…幾度か門番に見逃してもらい、助けてもらい…


移動に移動を重ね…ついに別の大陸にまで移動して…


逃亡を始めてから2年が経ち…


母から聞いた【六の楔】が1人【森の賢者】様の暮らす森のあるという街に着いた


荷物を運ぶ馬車に隠れて乗り込み…商人にバレてしまったが、捨てられることはなく、従業員達と同じように扱ってくれたことが何よりも嬉しかった


お手伝いでもらった少しのお金(と食べ物(はすでに食べた))を手にクレアードに向かった




そして……


私は角兎を探す中で男に殺されかけ


彼に出会い…


守って、もらった



それからの1日は大変だった

倒れた彼を助けようと、助けを呼びに行き…【森の賢者】様に出会った


そして、彼を教会に連れて行った後…【森の賢者】様…いや、ヒノミ様は…私の話を聞いて



『よし、おぬしもワタシの家に住むといい!』



そう、決められた

そうと決まったら…と、ヒノミ様にお風呂に入れられ、治療までしてもらい、さらには襲撃は絶対に止めるとまで言われた



「…あ…あぁ…」



そして、襲撃を気にかける必要も、その日の食べ物のことに苦しむことも無くなった私は…


母と父の死に…向き合わなくてはならなくなった


母と父のことを思い出し、1日目は他の住人さんと挨拶した後、ずうっと泣いていた

2日目は美味しいご飯を食べさせてもらい…ヒノミ様が相談に乗ってくれ、さらに昨日はいなかった人が帰ってきたらしい

そして、3日目の今日…


自分の部屋を出て、ヒノミ様がお気に入りだという屋根裏部屋にやってきて…

今までを思い出して…最初はこぼれ落ちていた涙が止まってゆき、心の痛みを表していた嗚咽は…呻き声は…小さく、静かになっていた


彼女はふと見た、手のひらの中に、母達の友人のところに置いてきた指輪を幻視した



「…お母さん、お父さん……まだ私のこと見守ってるんだね」



“キィ”と小さく音がして、屋根裏部屋の扉が開き…



「…」



現れた逸人とリーミナの目があった



「…あ、じゃ」



即座に扉を閉めて、戻ろうとした逸人の腕をリーミナが掴んだ



「あの? えーっと、その、あーなんだ?」


「くすっ…リーミナです、ハヤトさん」


「あーそうそう、そのリーなんとかがどうした?」


「リーミナです!」



全く名前を覚えていなかった、というか全く覚える様子のない命の恩人に怒りを覚える



「リーミナね、はいはい…で、これは何の用?」



逸人が自分の腕を掴むリーミナの手に指を指して問いかける



「あ、え、あの…えーっと、その…い、いいい一緒に夜空を見ませんか!?」



リーミナは今、自分でもなぜ腕を掴んだのかわかっておらず、その上、今自分が何を言ったのかをゆっくりと飲み込み…きれなかった



「ふぇ?」


「チッ、しょうがない」


「え?」



逸人が扉を開けて、屋根裏部屋に入り、リーミナの隣に座る



「あ? どうした?」


「あ、あぅ…はい、いや、その…いつものハヤトさんだったら、拒否しませんか?」


「あー、まァそうだが、俺はガキの頼みを断るほど落ちぶれちゃいねぇよ」


「そう、ですか……え?」


「あ?」


「いま私のことをなんて言いました?」


「ガキ」


「……」


「あ? 不満か? どう見てもお前12とか13だろ」


「…じゅう…です」


「あ?」


「15です! 私は15歳です!!」


「はぁ? 大人ぶりたいのはわかるが嘘はつくなよ」


「——!! もう!!」



リーミナが怒りを顔に浮かべ、逸人の腕を掴み、床に転がす



「おいおま「腕借りますね!」…くそ」



床に転がした逸人の腕を枕に、リーミナが寝転がる


そうして、綺麗な夜空を2人で何も言わず数十秒眺め…リーミナが話を切り出した



「……私は…



















「ふゥん」


「…最後まで聞いて…それなんですか?」


「いや、お前が小さい理由がわかったなと」


「それはどうでもいいじゃないですか! 他です他!」


「…そうだな……」


「なんです?」


「そもそもお前が異端ってのはどういうことだ?」


「それは…」



リーミナが上半身を起こし、側頭部を覆い隠す様な髪を持ち上げ、逸人へと見せる



「…耳がもう一つ?」


「…私は森人と獣人の混血、本来生まれるはずのない異端の子なのですよ」



頭の上に獣人の証たる獣の耳を

頭の横に森人の証たる尖った耳を

彼女は二対四つの耳を持っていた



「へー」


「え…それだけ、ですか?」


「あ? 異端とは言うがお前は結局、人だろ? 俺と何も変わらねえだろ」


「でも、尻尾もありますよ?」


「獣人ならあるだろ、現にこの家にいるアホも尻尾があるじゃねえか」


「っ…」


「異端という言葉を一番気にしていたのはお前なんじゃねえのか?」


「………そうかもしれない…です」


「ま、俺にできるのはここまでだな、あとは自分で考えるべきだな」



逸人が立ち上がり、屋根裏部屋から出て行こうとする

その背にリーミナが問いかけた



「待って、ください…私はどう生きたら良いのですか?」


「あ? 知らねーよ…俺もお前と歳は一緒だ……一般論で言うなら、親や自分の望む自分であれるように生きればいいだろ」



そのセリフを残し、逸人は屋根裏部屋を出て行った



「…望む自分で、在る」



逸人の残した言葉をゆっくりと理解する様に飲み込んで行き…何かを決めた彼女は屋根裏部屋を出て…自らの部屋へと帰って行った












次の日…



「…ことに決めたのです」


「ほぉ、良いではないか」


「ふわぁあ…あ? 何やってんだ、こんな早朝からヒノミさんに…えーあー…」


「リーミナなのですぅ!」


「…は?」


「なにか、問題でもあったのですか?」


「いやお前喋り方」


「ふふん、これはお母さんにもお父さんにも可愛いと褒められた話し方なのです、だからこれこそが私のあるべき姿、生き方であると思ったのです!」


「…そ、そうか」


「あ、それから今度からハヤトさんのことはししょーと呼ぶことにします」


「なんでだよ!?」


「私に生き方を示してくれたから、ししょーなのですよ!」


「そうはなんねえだろ!」


「現になっておろう」


「あんたなんか口だしたか?」


「いいや、これはリーミナ自信の選択じゃ」


「はぁ…何でこうなった?」


「わかりましたなのです! ししょー!」


「あぁ、頭が痛え…」



笑顔で後ろをついてくるリーミナを見て、逸人は頭を抱え…ヒノミはそれを床に転がるほどに大爆笑して見ていた

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