騒乱の1日-〔蒼大蛇〕と主-
3分の3
「ありがとうございましたー」
メルティアが馬車の御者に中銀貨を渡し、感謝を伝える
「あの、お釣りは…」
「いりませんー」
メルティアがそういうと、御者は頷いて道を引き返していった
「いいんですか?」
「ええ、セツナくんと違ってお金がありますからねー」
「む、それを言うためだけにやったんですか」
「違いますよー銅貨がありませんでしたので銀貨で払っただけですー」
「じゃあ、そういうことにしておくね」
そんなことを話しながら歩いていると東の門に到着した
「あ、テフィヌさん」
「ん? どこかで聞いたことがあるような…」
「あ、ティアとあの時のえーっとあぁ! セツナさんですね」
「んー?」
「あれ? 覚えてませんか? あぁでもあの時は一瞬でしたし…わたくしはテフィヌ、この街で門番をしております、どうぞよろしくお願いしますね」
「……あぁ! 僕が初めて街に入る時の門番の人!」
「…その覚えられ方には文句がありますけど、次からはテフィヌと呼んでください」
「わかりましたテフィヌさん」
「セツナくんがこの街に初めて入る時…? いつですかーそれ」
「おとといですね」
「…ちょうど依頼に出てましたー」
「なんですかティア、もしかして見たかったんですか?」
「いえ、別にそんなことはありませんよー」
「なぁお嬢、そんなことより早く通した方が良くねえ?」
「うるさいですよウィル!」
「だってその二人依頼に来てるんだろ? 時間がもったいないぜ? こんなところでお嬢なんかと会話してたら」
「お嬢なんかってなんですか!?」
「だからほら、今のうちに行きな」
「ウィル?」
「ほら早く」
「ねぇウィル?」
「ほら!」
「ウィールー?」
色々と大変そうだったのでウィルと呼ばれていた彼のいう通り門を出て湖へと向かう
「〔蒼大蛇〕ってどんな魔物なんですか?」
「知らないで受けたんですかー?」
「…はい」
なぜ調べてきていないのかと問われれば、自分が悪いので目を逸らしながらメルティアの言葉に肯定する
「〔蒼大蛇〕はですね、〔角兎〕メッレよりも二つクラスが上の魔物です」
「…ってことはγ-?」
「はい、そうですよー…ランクγ-〔蒼大蛇〕レイウェ…水中陸上で活動可能な大蛇ですねー…今度、セツナくんにきちんと知識をつけさせますかー…」
「……ん? メルティアさん? あれじゃ?」
「あ、いましたねー……………多くないですかー?」
「…え、群れてるのが基本とかじゃないんですか?」
「基本あの魔物は単体ですねー…普通ならば潰しあって強個体に変わっているはずなのですがー…主がいるのでしょうかー」
「…『大地喰ライ』みたいな?」
「そうですねー……何故、その名前を知っているのですか?」
ニコニコと柔らかい雰囲気を纏っていたメルティアの顔が険しくなり、刹那へと問い詰める
「えっと…昨日倒しました…けど」
「…そう、でしたかーあれが生まれるということは…砂漠化していましたかー?」
メルティアの表情がゆっくりと元の柔らかいものへと戻ってゆき、言葉も優しく変化する
「いえ、していなかったので楽でしたよ、まぁ強かったですけど」
「コホン、話を戻しますとー主は確かに『大地喰ライ』と同じようなものですねー」
そういった彼女は何かを考え込むように顔を下に傾け…言葉を続ける
「…主は基本二つランクが高いですのでーγ+ですかねー」
「うげ、まだ僕まだγクラスの魔物と一対一したことないんですけど」
「セツナくんなら一対一は問題ないと思いますよー」
「じゃあ作戦は…どうしますか?」
「最初に主を倒しましょう、それからレイウェを一体狩れば依頼以上の成果ですよー」
「あれ? 群れを壊滅させる必要ってないんですか?」
刹那がメルティアの言葉に驚きを示す
昨日、自分たちは『大地喰ライ』を倒したのちに他の個体も壊滅させたのだが、それが必要ないと言われた気がしたからであるが…
「ああいった魔物は主が群れにしていますので、主を倒して仕舞えば時間と共に群れは瓦解しますねー」
「へぇー…じゃあ昨日『大地喰ライ』倒した後〔大顎亀〕を倒す必要はなかったのかな?」
「いえ、依頼によっては必要ですねー」
「依頼によっては?」
「はい、クレアードの依頼には種類が存在していることはご存知ですかー?」
「うん、それは知ってるんだけど…」
それは知っているといった彼に、メルティアが詳しく説明をする
クレアードの依頼には四つの種類が存在しており
一つ目は討伐依頼
二つ目が採集依頼
三つ目が調査依頼
四つ目が護衛依頼
さらにその三つの下に広がる細かい種類が複数あり
討伐には、調査討伐(その魔物がそこに現れた理由を調べることを含めた討伐依頼)
間引き討伐(一種類の魔物だけが増えすぎた際にその魔物を減らす討伐依頼)
緊急討伐(名誉が手に入るが、報酬が少なく、危険な魔物が現れる討伐依頼)
定期討伐(常時貼られているもので報酬は少ないがいつでも受けることが可能な討伐依頼)
などが存在しており
今回の依頼は単純明快に討伐依頼であり、単体討伐(その魔物単体を狩ってきて欲しいという討伐依頼)である
それは昨日の間引き調査討伐依頼と違い、群れを壊滅させる必要がないため、主を討伐と通常個体一体という元の目標を討伐することで追加報酬を得るということができる
「わかりましたかー?」
「はい、とても」
「では、主から倒しましょうかー」
「…本当にいると思います?」
「いなかったときは、クレアードに群れのことを報告して、間引き討伐依頼を出してもらうことにすればいいんですよー」
「そっか、そうですね…行きましょうか!」
「えぇ」
2人は大きな湖の端へと走り出す
そこに見える〔蒼大蛇〕レイウェの群れに向かって
「水精様よりあなたへ届けましょう…“水精様の重槌”」
小さなクラゲが大量に現れ、ふわふわとなんの規則性もなく空中を漂い…円を描くように集うと水の柱が立った
“ドォォオオオン”と轟音が響き渡り、その水柱がどれほどの威力を発揮したのかを思い知らせてくる
「…今のは何を目的に?」
「主を誘い出そうと思いましてー」
「なるほどぉ…」
刹那は心の中で…『メルティアさんには逆らわないようにしよう』と強く思いつつ、彼女についていくように湖の周りの林へと入ってゆく
『カラカラ…』
「なんの音だ…?」
「レイウェの鳴き声です、あれで獲物を油断や警戒させて見当違いな方向から襲い掛かります」
「…割と危険だなぁ」
「なんて言ったってγ-ですからね、危険でないはずが…ありませんッ!」
メルティアが腰のナイフを鞘から抜き、体を左側へ回転させ、握ったナイフを振り下ろす
「あ、あぶなかったですねー」
「そ、それは?」
「普通の〔蒼大蛇〕ですねー…主はいない…のでしょうかー」
頭にナイフを突き刺され絶命した〔蒼大蛇〕の死体をメルティアが持ち上げようとした時、とてもつもない振動と“ザッバァァアアアアン”と爆音が2人を襲い
『ガラガラガラガラ』
「…主じゃないですか? あれ」
「…そうですねー」
湖から主と思わしき、巨大な、本当に巨大な蛇が現れた
「あ、こっち見てる」
「見てますねー」
『ガラガラガラガラガラガラッ!』
“イイイイイイイイィィイ!!”と何やら力を溜めるような音と共に鳴き声が響く
「…ま、まずいですー」
「逃げましょう!」
刹那がメルティアの手を掴んで走り出す
真っ直ぐ走っていてはいい的になるだけのため…5歩進んだ段階で右側の森へと90度方向を変え、駆ける
「応えよ“氷壁”」
直前まで通っていた道に氷の壁を立てる
“ザァアアアアアアア!!”と轟音が響く
「セツナくん! 主はきっと水を吐き出してますー! そして、レイウェの得意技は…」
「得意技は?」
「少しでも水があればその上を無音で高速移動することですー!」
「つまり…?」
『ガラガラガラガラ!!』
巨大な蛇が彼らの真後ろで鳴いた
「こういうことですー!!」
「聞いてない!」
「ですが、湖から離れているので…私たちが有利のはずですよー」
「わかりました! 弾けろ“閃光”」
刹那がメルティアの手を掴んでいない手…つまり左手を後ろに向け、右手で思いっきりメルティアを引き寄せ、魔法を使う
“カッ”と光が爆ぜ、白一色に後ろが染まる中で2人は逃げる
「蛇に閃光は…効くのでしょうかー」
「魔法を使うだけでも警戒させられますから!」
メルティアを両手で抱えるような姿勢になりつつ、前へと走る
「私は召喚をします! 再召喚ではないのでー…前よりは早いですー…精霊様にお祈りを、私に力をお貸しください…“水精の御力をここに”」
「…つまり、僕がメルティアさんを抱えて逃げるってことですね!?」
両手を組み、祈りの姿勢で止まったメルティアを抱え上げ、再び刹那が走り出す
後ろから何か怒っているような『ガラガラガラガラッ!』という音が聞こえてくるが、聞こえない…聞こえないことにしたから聞こえないのである
『ガララァ!!』
“ザァァア!”と音を立てて、水の塊が2人へ迫る
「導け“白の風” 連なれ“風の路”」
刹那が風を纏い、追い風が彼の背を押し、吹き上がる突風が彼を空へと跳ね飛ばす
「水球とでも名付けたほうがいいのかな、あれ」
自分の真下を通ってゆく、水の球を見て、そんなことを漏らしつつ…
その水球が通った後の水を追いかけるように巨大な蛇が高速で前に進むのを見た
「…僕がまとめ役だったらここまで隠してた通常個体たちを一気に放出するかな!」
ふわりと地面に降りた刹那は、巨大な蛇の噛みつきをバックステップで避け、もう一回空へと飛び上がる
『『『『『『カラカラカラカラカラカラ』』』』』』
刹那の想像の通り、大量のレイウェが一瞬前にいた場所に集っていた
『ガラガラガラガラ!』
“ザァアアアアア!!”
空中にいる刹那へとものすごい勢いをもって水の柱が襲いかかった
空中に逃げ場はない
「メルティアさん!!」
「“高潔であれ”」
見覚えのあるクラゲが巨大化し、水の柱とぶつかった
「どうしますかー!?」
「攻撃が止まったら、クラゲを足場にして…あの蛇に飛び移ります!」
「…わかりましたー! 援護いたします」
柱の如き水を受け止める巨大なクラゲに捕まることで空中に2人は留まっている
「セツナくん! レイウェが来ますー!」
「あの水に乗ってってことか!」
刹那がメルティアを手放し、彼女が自らの力でクラゲに捕まり…刹那が右手でクラゲに力を込めてその上へ上がり…その手に氷でできた鞘に入った刀を作り出す
「…ふぅぅう…見様見真似の抜刀術!」
水から飛び出してきた3体のレイウェにまややヒノミの抜刀術を模倣したそれを放つ
その首を切り落とす気で振るったそれは思い通りの効果にならなかったが、3匹のレイウェ全てを叩き落とすことには成功したのと同時に主の攻撃が止まった
「“華麗を詠え”」
一瞬クラゲが小型化し、メルティアと刹那の下に入り込むと大地のように安定感のある足場となり…
「水よ、しなやかに踊れ“水明遂げる”」
刹那の体が淡く光る
「ちょっと揺れるかもです!」
クラゲを蹴って、刹那が巨大な蛇へと急接近する
『カラカラカラ』
『カラカラ』
『カラカラカラカラ』
刹那に向けてたくさんのレイウェが飛びかかってゆき…
「水よ弾け“水洞に包まれて”」
“パァン”と泡が割れるような音が響き、刹那へ近づいたレイウェたちが吹き飛ぶ
『ガラガラガラガラ!!』
「今日もいい天気だね! “紅色花弁”」
刹那が刀の刃を手のひらで撫でると…花弁が散るように氷が剥がれ…紅色へと変化する
「赤、それは警戒色」
『ガラガラガラッ!』
主の青い瞳が輝き、地面から水柱が彼へと襲いかかる
「…私がさせると思いますかー? “お借りいたします”」
間欠泉のような勢いで突き上げるはずのそれは刹那に触れるか触れないかの直前で、突如として力を失ったかのように止まり、彼の周りに水でできたクラゲとなって漂い出す
「紅、それは血を想わせる色」
『ガラガラガラ!!』
主が怒りを露わにし、体をしならせ、“ゴウッ”と音を立てながら尻尾を振りぬいた
「僕の勝ちだね?」
『ガララ!?』
主の体の上に乗った刹那が挑発するようなセリフを呟く
振るった尻尾は確かにこいつを叩き飛ばしたはずなのに!? とでも言いたげな鳴き声を主があげる
「極限下でも花を咲かせよう、凍りつく世界でも紅は映えよう…」
『ガラッ!? ガラガラガラ!?』
主が驚愕を示す
なぜなら、体が動かないから
接近にも退避にも利用できる水が全て、凍りつき、それが自らの体も地面へと張り付けているから…そして、自身の温度がどこまでも下がってゆくから
「寒がる暇は与えない、怖がる暇も与えない…」
刹那がその手に持った刀を主へと突き立てる
「さぁ心ゆくままに過ごしてね…“紅花咲かす氷河時”」
周りの景色が凍りついてゆく
氷が伸びて、紅色の花へと変わる
気付けば周囲は白銀と紅の世界へ変わっていた
「…あぁあ…さむさむ」
「セツナくん…これ、溶けますかー?」
「えー、と…時間で……溶けると思います」
「そうですかー…にしても物凄い魔法ですねー」
「まぁ、詠唱が長くて、紅色化した氷の武器を大きな魔物に突き刺さないと使えないんですけどねー」
「もしかして、自分の魔力はあまり使っていないんですかー?」
「はい、ほとんどあの主の魔力ですね…くしゅん」
「と、とにかくレイウェの死体一つとこの主の死体を持って帰りましょう」
「はい」
2人とも防寒着は何一つ着ていないので、大急ぎでレイウェの死体一つと主の死体を運び始める
主の死体はクラゲが持てたので、レイウェの死体を持つ数を増やすことにして、街へと運ぶ
街に近い場所にいてくれて助かった…と、刹那は思ったが、まぁ街に近いということは危険ということでもあるのでそこまで単純に喜べなかった
「…西のクレアードは遠いのでー、東のクレアードに行きましょうかー」
「そうですね…って、行ったことないんですけど」
「大丈夫ですよー、私もありませんからー」
「ダメじゃないですか!」
「ふっふふふ、嘘ですよー」
「嘘かぁ、良かったぁ」
2人で仲良く蛇の魔物の死体を運びながら進み、少し前に出たばかりに思える東の門へと到着した
「…なんでそんなことになっているんですか」
「私も聴きたいですー」
「僕も聴きたいです」
「そもそもなぜ主を倒そうと思ったのですか!?」
「セツナくんが…金欠でしたから?」
「そうそう僕が金欠だったから……ってそんな理由でしたっけ?」
「いえー、忘れてしまいましたー」
「僕も忘れちゃいました」
「…はぁあ」
テフィヌが左手の手のひらを額に当て、ため息を吐いた
その後、色々とありつつも無事に依頼を完了し、セーミニの街を散々騒がせ、報酬を手に入れた
その後、2度目の昼食後に2人で依頼に行くも特に何事もなく(問題はあったが刹那的には特に何事もなく)完了し、この日は解散した
ちなみに、その日の夕食の際に、刹那たち全員の状況を聞いたヒノミは
『おぬしらは何か異常事態を起こさぬと気が済まんのか!?』
と叫んだという
その理由なのだが、実は刹那だけでなく他のメンツも色々とおかしなことになっており
刹那はレイウェの主、〔永蒼蛇〕レグウェ…そして、薬草を取りに行った西の丘で毒草の大量繁殖を確認にクレアードに報告
夢宗は玲と湊と共に〔青鳥〕ハッケを倒しに行ったところで、〔嵐鳥〕と呼ばれる超強力な魔物に襲撃され、全力で逃げ出す羽目になり、それを見つけ集まってきた他のレーダルたちと協力することでなんとか撃退
逸人は街中で突如ナイフを持った謎の人物に襲われ、その相手を撃退するも、別の人物が魔物を召喚し出し、街中が大混乱に陥ることになったが、付近のレーダルとそれを抑え込み、被害をたった少しで済ませた
茉里は灯莉と図書館で資料を読み漁り、資料の考え方の違いで学者と論争を起こした末に多くの学者を巻き込み、新説を立てた
まやは特訓と称して依頼を受けずに西の丘の奥地に踏み入り、複数の魔物を沈め、中でも最も強力だったという魔物の死体を返り血で真っ赤の状態で持ってきて街を騒がせた、さらにその死体に『瘴気』の侵食が確認されたということも含め、街を騒がせた
流石にこれはヒノミも叫びたくなるものである
あまりにも異常事態が多かったために彼らは『異常事態の呼び込み人』と呼ぶべきか否かがという議題がクレアードの会議で上がったほどであった
ちなみに否決された
のちに、この日は騒乱の1日と呼ばれ、セーミニの街のお祭りになった