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『勇者などいない世界にて』  作者: 一二三
第一章 二つの世界
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第一章04 仲間と醜悪


 ラグラスロが翼を広げると、風がグランたちを吹き下ろす。靡く髪を押さえつつも見上げれば、ラグラスロは飛びあがろうとしていた。


「汝らが帰還したのなら、我は周囲を巡回してこよう。その間、新たなこの小僧と顔合わせなり説明なりするとよい。こやつは強力な戦力になるはずだ」


「なに、それは本当かっ!?」


「うお! え、えと……そうなれるよう努めるが……」


「おいおい開口一番から困惑させるなって。で、どうなんだ? 君はその……どこの出なんだ? 戦力になるってことは相当な実力者なんだろ? 有名な家門だとか、有名な団体に属していたりするのか?」


「んだよ! あんたも開口一番から俺を困惑させてることを自覚しての行動で!?」


 目を輝かせて詰め寄ってきた女の人と、彼女を抑えるフリをして詰め寄ってきた角刈りの男の人。驚きというより怖いが勝ちそうだった。まだお互いの名前も知らないというにここまで距離を詰められるのかと、ちょっと顔に出る。


「こらこら、二人とも人を困らせるのはやめてやろうね? すまんね強引でね」


「おう……そっちは詰めてこないのな」


「おいらにもそうして欲しかったのかね、この一撃は重いよ?」


 この大きな男も後から何か問い詰めてくるかと身構えたが、本当に善意で止めてくれたらしい。

 が、一撃が思いとはなんだろうか。そう考えてしまったところに角刈りが解を出す。


「その重さはどの重さだよ、体重か?」


「それはおいらへの宣戦布告かね。この盾がすべてをはじき返してやるからね」


「はっ! 俺の槍は如何なる盾でも貫くが、覚悟はよろしいか」


「上等だね」


 そして勃発する男たちの争い。

 両者の間に弾ける火花。

 ここに矛と盾の戦いが繰り広げられ———と、そんな混沌とした状況が許されるはずもなく、


「おい二人とも、新しい迷い人の顔を見な! もうおふざけはここまでにしときな!」


「「「お前(あんた)が最初に始めたんだけどな!!」」」


 同時、ラグラスロが飛び立った。

 再度振り下ろす羽ばたきの風に喧騒が流されて、静かになった闇の庭で、四人互いに顔を見合わせる。


「はっはっは!」


 棘だらけの棍棒を、上手く棘が当たらないように肩に乗せながら快活な笑いが飛んだ。それを釣られるがごとく、グラン以外の男性陣も笑いを溢す。


「いいじゃねえの。あたしら、きっとこれから先うまくやっていけるぜ」


「ならよかった」


「すまねえな、ここから自己紹介を……と行きたい所だがもう少し待ってくれるか?」


 棍棒の女性は踵を返し背を見せる。


「実はまだ、もう一人仲間がいるんだ。だから自己紹介は彼女を含めた五人でやろう」


 首だけ振り返り言うと、三人は着いてこいと言うように歩き出す。その先にあるのは遺跡もとい拠点の入り口。

 ごくり、喉が鳴る。

 上空から見た拠点は寂れていて崩れた部分もあった。入った瞬間崩れないか不安が無いと言ったら嘘になる。正直不安でしかない。

 

「その気持ちを否定はしない……が、大丈夫だ」


 槍の男がグランに一瞥して言う。それをぐっと飲み込んで、三人を追って歩みを進めた。

 遺跡の内部は外部と大差なく、予想通りの古い石の造りだ。回廊には当然外からの光など差さず悲しい空気を漂わせ、石柱や壁には所々に傷のような、過去に誰かが掘ったのであろう跡が残っている。


「ここは見た通り暗く悲しい世界だからよ……過去にここで時を過ごした人たちが嘆きの言葉なんかを掘ってるんだ」


「中でもよく見るのは『帰りたい』だとか『家族に会いたい』って旨の言葉だね。それは誰だって同じ気持ちで、おいらだって毎日考えてるね」


「どうしたってあたしらの故郷、家族の顔、声……忘れるなんてできねえのさ。嫌でも毎晩寝るってなったときに思い知らされる」


 顔にこそ微笑みが浮かんでいるものの、瞳の奥にある影を隠すことはできない。


「待てよ……つまりこれって、過去にも同じように人が転移して来てるってことだよな」


「? ああ、そこら辺の話をラグラスロからきいていなかったのか。なら簡単に言っちまうが、いまあたしらを蝕むこの転移事件は通称『失踪』だ」


「なに?」


 その言葉は単なる失踪を示すことでないことは、グランはすぐに気付いた。

 とある日を境に、人ひとりが完全に、痕跡を残すことなく消える事件。年に多くて数件、少なくとも一件は被害報告が挙げられているという、全世界の恐怖の対象。彼らが元いた世界で未解決問題の一つに挙げられていた「失踪事件」のことを指すのだと。


「そりゃあ、異世界に飛ばされてたんじゃ解決できないわけだ……」


 それを踏まえて再度壁の文字に目を向ける。

 今でこそ異例の展開の数々に押されて考えずにいられているが、少し時が経てば彼ら同様、自身も離別の悩みに身を焦がされることだろうと予想できてしまう。


「こんだけ沢山の文字……一体どれだけの昔から人が迷い込んでるって言うんだ」


「そこんところは後で話してやるさ。ほれ、この部屋だ」


 案内された部屋も質素なものだった。

 しかしその中には紅一点———と表すとやや言葉の誤用を否めないが、まさしく紅の髪が映えたその彼女が佇んでいた。


「あ、皆さん帰ってきてたんですね。料理に夢中になってて気付きませんで———」


 一顧したその声と横顔、それもまた麗らかで艶やか。靡く髪もさることながら一挙手一投足が美しく洗練されていた。

 彼女の周囲だけ暗闇の世界に存在しない光が散りばめられているような、そんな幻想でさえ感じまい、


「え、誰…………ですか?」


「———あ」


 そうだった。

 初対面も初対面、相手からすればグランは突然部屋に入ってきた謎の男なのだ。どう足掻こうと不審者だ。


「あっはっは! そりゃそうもなるよなルーシャ。今さっき引き摺り込まれた新人ってところで、これから自己紹介しようってんで連れてきた」


「彼女に惚れ込むのは分かるが、手を出そうものなら皆に殺されるものと思えよ」


「そんなことしねえって」


「ほんとかね? 男ってもんは分からないよね」


「ブーメランだぞそれ」


 男ふたりに鋭い視線を向けられながら、ルーシャと呼ばれた紅の美女からは困惑した目線を向けられる。とにかく早急な自己紹介が求められた。


「てな訳でそこの色欲坊主ども、さっさと始めるよ! まずあたしはブリアナ・ネイビーだ。一応、今んところあたしがこいつらのリーダー役ってことになってる」


「俺はゲミューゼ・シュトルム。さしずめヒーラーとでも言ったところか。槍は平然と振り回すがな」


「そんじゃ次、おいらはシンダーズ・アッシュだね。見たまんま、護りは任せてくれていいからね」


「ブリアナにゲミューゼ、そしてシンダーズか。特にシンダーズって有名な盾の名と同じ……名が体を表しているな」


 三人の名と役割が共通認識となったところで、自然と視線は紅の女性に向く。ブリアナが彼女に向かって頷くと、一歩前に出る。


「こほん。私の名前はミステルーシャ・アプスです、どうぞこれからよろしくお願いします。私のことは是非ルーシャと呼んでください」


「こりゃ律儀にありがとう。って、もしやアプスってあの……世界三大派閥と謳われるあのアプス家か?」


「はい、そうなりますね……」


 世界三大派閥と呼ばれる家系については、辺境の村の人間でも知っていた。


 ラミティ家、カタフ家、そしてアプス家の三つの姓のことを指し、古くより魔法研究に於いて多大な功績を残し続けたことからそう呼ばれている。

 ラミティは防衛や回復などの世間一般でも使い道のある魔法、カタフは武器などの装具を利用した魔法を開発することを得意とする。そしてアプスが特に力を入れるのが攻撃魔法だ。


「でも——私、攻撃魔法が使えないんです」


 そう言葉を溢したルーシャの表情は堅く申し訳なさそうに見えた。連鎖して、他の面々も苦笑の顔を見せていた。


(なるほどね……)


 その名は誰もが知っていて、それぞれの家系に特色がある。だからこそ期待と荷は重く、その他の人間にはそれがいかほどの苦労を孕むのか想像するに難い。

 あまつさえ、そんな特色を彼女は扱えないのだと言う。それを自ら暴露することにはかなりの勇気を必要とするはずだ。


「だから私はここに残って、皆さんが戻って休めるようサポートに徹しています。アプスなのに攻撃魔法が使えないなんて、期待外れでしたよね……」


「ああ、期待は外れたな」


「はい」


「でも、人間ってそうだろ。誰にでも得意不得意はあるし、適材適所で世界も回ってるはずだ」


「え————」


 グランの返しにちょっと手と足が出そうになっていたブリアナたちであったが、その動きも直ちに止まった。

 期待が外れて終わりではなく、それを受けてなお相手を認める言葉が紡がれたから。


「ぐぬぬ……自然とその台詞が出るとは、何も言い返せぬではないか」


「とても悔しいね……!」


「はっは! よかったじゃねえかルーシャ。そこの坊主二人とは違ってよく分かってらあ!」


 過去の自分を内省するように下唇を噛むシンダーズとゲミューゼをよそに、笑うブリアナがルーシャの背を強く叩く。衝撃を背に受けた華奢な彼女は前のめりになる。一歩二歩、不可抗力に歩みを進めた。


「あっれ」


 ブリアナが自身の失態を認めたときには既に遅かった。


「きゃっ!」

「うおっと」


 眼前、壁にぶつかったルーシャは、肌から伝わる熱に思わず瞑った目を開くことで。

 眼前、迫り来る紅を受け止めんとしたグランは、咄嗟に伸ばした腕の行き先に目を向けることで。


(なんだか温かい……)


(この惹かれるような柔い感触は……)


「「これは……まさか」」


「あっちゃ〜」


 倒れまいと掴んだ壁がグランだと知り、転ばせまいと抱えた手がルーシャの腰と胸にあると知る。ブリアナが頭を抱える声もふたりの間には介入できなかった。

 互いの目が合ってから数秒。

 それが置かれた状況を把握するのにかかった時間だった。


「ごめんなさい!」

「本当にすまんっ!」


 出会い頭の地獄のような事件にさらなる混乱を招くとすればそれは——グランを突き刺すとんでもない殺意に他ならない。


「俺はしかとこの瞳に刻んだぞ。ルーシャに対する此度の恥辱、許すまじ!」


「っぶねえ! が、そう来るならやることは一つか」


「なに? 本当に殺すつもりで突いたのに……」


 ゲミューゼの言う通り、およそグランが殺意を察知できていなかったら本当に胴体を貫いていたであろう槍の一閃だった。どうやらとんでもない怒りを買ったらしい。


「仲間を護るはおいらが使命! その罪は重いね!」


 両腕に構えられた大きな盾がグランの動線ぴったりに重なって迫った。正面から盾が、なおも側面から槍が飛ぶ。

 仲良く、なんて悠長な言葉はこの異常世界で似合わないだろう。それでも強く協力することこそが生き抜く秘訣と誰もが知れたこと。


「なのに最初から雰囲気悪くしちまったなら、皆さん————」


 盾を壁とみなしてグランは飛び出す。言葉の先に紡がれるのは応戦の言葉か、降参の言葉か、それとも。

 衝撃音を響かせつつ盾を蹴った身体は宙を回り、横からの刺突の雨をも飛び越え、四肢を使って着地する。


「すんませんでしたああああああああ!!」


 それは着地しながら平伏の土下座をしたグランによる、全力の謝罪であった。

 頭上二方向からじんじんと怒気が伝わってきて顔を上げられない。それが、女性陣は一切たりとも怒っていないことを意味することに気付けない程に全力だった。


「いいじゃねえか二人とも! って、元凶たるあたしが言えることじゃねえが……ルーシャも気にしてないみてぇだぜ?」


「はい。気にしてない……と言ったら複雑ですけど、私は責めるつもりありません。ので、ゲミューゼさんたちもどうか鎮めて……」


 割って入ったルーシャの慈悲深い言動。

 二人は口から唸りを上げて不服そうな面をしていたが、すぐに冷静さを取り戻すことができたか、矛と盾それぞれ構えは解かれた。


「全ての元凶がブリアナにあると言うのは一理ある。俺からも謝罪を」


「おいらの重い盾を軽々と対処するなんてね。その身のこなしに免じて不問とするね」


「そういうこった。ほれ、そろそろあんたも顔上げな」


「ブリアナも謝ろうか!」

「ブリアナも謝ろうね!」


 息の合ったやり取りを横目に微笑みつつも、顔を上げて座り込んだままのグランのもとへ、ルーシャが歩み出る。


「ちょっとばかり変な出会いにはなりましたが、これからよろしくお願いします。えっと……」


 差し出された手を掴み取る。しなやかで細い指を肌に感じながら立ち上がると、空気が軽くなったように思えた。

 最悪の雰囲気から始まる、なんてことを避けられたのはすべて彼女だろう。


「グラナード・スマクラフティーだ。みんなからグランて呼ばれてるから、ぜひそう呼んでくれ」


「グランさん、ですね」


「スマクラフティーか……聞き慣れない姓だな」


「辺境に住んでる田舎者だからね。名の知れた家門でもなけりゃ団体に属してもない」


 ただ生まれつき特殊な魔法を宿してはいるのだが、誇らしげに語ることはしない。どうせすぐに見せる機会が来るのなら、言葉でなく行動で実力を示せばいいと。


「一介の村人に過ぎない十八のガキだが、俺はこの世界から抜けて妹のところへ戻る。その為なら、全力で助力させてもらうぜ」


「ああ、頼もしい限りだ!」


 代表して歓迎の言葉を述べたブリアナ以外も、その表情と態度を以てして歓迎を表する。

 助力すると宣言して迎えられた。しかしこのことはまた、かなりの覚悟を要する苦難に両足を踏み入れたという証に他ならない。


「となれば、グランには知ってもらうことが山ほどあるね」


「左様。一晩の間を置いて後、我々と拠点の外まで出よう。そこで伝える——この世界の醜悪さをな」


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