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『勇者などいない世界にて』  作者: 一二三
第一章 二つの世界
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第一章03 そして世界は暗黒に


 グラナード・スマクラフティーは光のない暗澹の中にいた。

 きっとその外ではメイアが絶望に浸っているのだろうと簡単に予想がつく。どんなに普段明るい彼女でも、こんな異常事態を前にすれば誰であっても混乱を隠せない。

 グランはそんな妹をいつでも案じているし、今もそれは変わらない。


「だが、そうもやってられない事態ってのは分かってる」


 そう、たった今一番の被害を受けているのはかく言うグランに他ならない。彼が呟くとほぼ同時、一面の闇に変化が訪れる。

 周囲を覆っていたそれが霧散を始めたのだ。時間にして数分だが、閉じ込められた身としてはそれすら長く感じた。

 しかし、これでようやく外の状況が分かるようになるはずだと息を吐き、


「外から光が漏れてこない……?」


 目下の闇が全て晴れた時、異常性は世界全体に広がった。

 既に場所は先ほどまでの家の中などではなく、兎にも角にも異常な空間だ。夜を思わせる紺と黒を混ぜ合わせた空の中に、月などの明かりはどこにもない。


「光源はどこにも見えねえ。世界は闇一色。なのに、周囲が見渡せるって、どうなってんだ?」


 そこそこ明瞭に辺りの様子が分かるからこそ、しかしグランは気付いてしまう。

 下を見渡せば緑の絨毯が広範囲に渡って敷かれており、その中を一本の線が波線を引くようにして縦断していた。丁度、森とその中を走る川のように。


「ん、森と川…………? いや、普通に本物の森と川じゃん!」


 結論から言おう、グランは高所から落下していた。

 あまりに高所だったから木の集合体を絨毯と一瞬見誤ったが、全身を襲う浮遊感がそれを否定する。


「いや死ぬ死ぬ死ぬ死ぬうぼぼぼぼぼ____!?」


 回転しながら自由落下が始まり、口内に大量の空気が雪崩れ込む。空気で溺死してもなんら不思議じゃない。呼吸求む。


 して、知っているはずの常識が通用していない闇の景色も、ここがさっきまでと違う世界だなんて推測も、今はどうでもいい。

 こんな訳もわからない状況ではあるが、このまま転落死で一生を終えるなんて許されない。潰れた肉塊になんかなりたくない。


 ぐるり全身の向きを調整して、ちょうど前のめりに立ち上がるような体勢になる。


「バランスとるのもッ一苦労! ああもう、『オリヘプタ』!」


 本来、それは七つの光球が射出される魔法だ。

 しかしグランはそれを応用。光球を両手の二点に収束させると、バーナーのように両手から噴き出させた。重力に対抗する上向きの推進力となって、速度を次第に緩めていく。


 真っ直ぐ伸ばした腕に相当の負荷が掛かる。筋肉が押し潰されそうに、骨がガタガタと震え砕けそうになる。

 力のつり合いがとれて静止するまで十数秒、肘の関節が軋むような感覚がすこぶる最悪だった。


「ちッ、痛えけど我慢だ……」


 なんとか即死だけは回避できても、問題は山積みだ。


「こっからどこを目指せばいいのか、どうすれば帰れるのか。何にも分からねえ」


 そもそも、ここは疑うまでもなく異世界。

 妹メイアと伝記について話している時にも「別の世界」の話題が持ち上がったが、まさに今その状況下にグランがいた。


 一難去ってまた一難。


 周囲を見渡しても暗い森と平原が広がるだけ。人の住むような場所なんてまるで視界に入らず、誰かに場所を尋ねるなんて初歩的なことすらさせてもらえない。

 そして何より、振り返った先には更なる「一難」があった。


「は、はは……」


 苦笑いが出る。顔が引き攣る。

 目前には黒い腕、鋭利な鉤爪、長い胴体、猛々しい豪角。どこからか妖しい光を反射させる双眸に、威風を放つ翼を広げたそれは____


「龍、かよ」


 その翼こそまるで天使のそれであったが、この世界と同様、体躯を黒に染め上げられていて、それがより一層の不穏を掻き立てる。


( 空中で、それも魔法で両手を塞がれてるから抵抗なんてできねえぞこの野郎……)


 凄まじい速度で接近してくる。

 ただ飛んでいるだけならいいが、明らかに龍の視線が捉える先にはグランがいた。どうか気のせいであれ、なんて思うことすら封じられている。


(この速度じゃ絶対俺は逃げきれない。可能性のある策としちゃ、直撃する直前で回避して森の中とか、隠れられる場所を移動する………けど)


「ああ」


 息を吐くように声を出し、そして。


「もうひとつ、可能性に賭けてみようか」


 あろうことかグランは身構えを解き、両手の魔法も消した。すなわち、それは再度自由落下が始まることを意味して。すなわち、それはグランの無防備を示すものであって。

 その数秒の内、


____自明ながら、グランと黒龍の影が重なった。



==========



 ヒュオオオ、と風を切る音が鼓膜を揺する。

 高度にして二百メートルと言った程度だろうか、辺りの暗闇を鑑みて夜風と形容していいものかと悩まされる冷たい風が吹いている。


 短期間で様々な異常に遭遇した、と思わざるを得ない。

 これほどまでの災難の中聞こえる風の()は、どこかさる日のことを思い出させる。

 スマクラフティー家はグラン、メイアとその父と母の四人家族で構成されていた。しかし、ある日の大嵐が兄妹の両親を奪い去っていったのだ。荒々しく吹くものに、類似点を見出さない訳がない。


 そうやって耳を澄ませていたところを、声が介入した。


「遅くなり申し訳ない。が、無事なようで何よりだ」


「お前、喋れんのかよ」


 依然として視界の届く範囲に人は見えない。かと言って、グランのひとり語りとかでは決してない。

 ただ、グランがたった今背に乗っている巨躯____黒龍が言葉を発したのだ。


「我が名はラグラスロ。この世界に彷徨いし者を保護し、守護する者なり」


 黒龍ラグラスロ。

 彼が、この世界で初めて会話することとなった存在だった。

 見た目は完全に物語にも登場する大敵、怪物の類に該当するにもかかわらず、実際のところは正反対らしい。

 少し首を動かして眺めると、首の辺りに逆鱗が見えた。いくら安全な龍と言っても触るのはやめておきたい。


「俺はグラナード・スマクラフティー。拾ってくれて本当に助かるぜ、ありがとう」


「我の使命のようなものだ。気にする必要はない」


 ここは純粋に感謝の言葉しか出てこない。対して黒龍は感情の読み取りにくい低い声で返す。


「その使命とかなんとかだけど、守護するってことは返せば危険……例えば敵に相当するものなんかがいるってことだよな」


「答えは是。簡単に言えば『魔物』が跋扈しておるよ」


「魔物ね…………」


(いえど)も、その多くは魔獣と形容したほうが良いかも知れぬがな」


 辺境の村育ちが関係あるか分からないが、グランの視力はかなり良い方だ。それでも暗闇の森や平原を覗き見たところで魔獣は見えない。

 そもそもラグラスロの凄まじい速度での飛行を考えれば、視界に映ったとしてもそれが魔獣だと判断できるはずもなかった。


「して、我もひとつ汝に疑問があるのだが」


「なんだ?」


「なぜ先程、我に対しての警戒を解いた。かような危機に陥った中で龍に遭遇したともなれば、あっさり抵抗の意思を無くしてみせるなどできぬだろう。その理由を知りたい」


「……そういうことか」


 そう思うのも無理はないなと一言付け足して、


「俺は、俺に対する敵意や害意、殺意なんていう悪感情を肌で感じ取ることができるんだよ。なんでか知らんけど、いつの間にかできるようになってた」


 実は数時間前、山賊と対峙したときにも感じていた。加えて妹メイアも同様の感覚の持ち主で、特に山賊に視姦されたときに走った電流のようなものがそれだ。


「で、さっきは向かってくる黒い龍から敵意が刺さってこなかった。けど、じゃあ何故俺の方に向かってくるのか分からない……だからつまり、最後は賭けだな」


「己を賭け、見事に勝ってみせたか。されど、我が汝に対し殺気を消せるのだとしたら、果たしてどうしていた?」


「なに? 殺気を消すなんて、襲おうとする意思がある以上は」


「可能だから言っておる」


 少しの諌めるような気を含んだ応えに、それ以上の言葉を発することを封じられた。


「我にはできぬが、ある種の魔獣はそれを可能とする。そうして群れで獲物を囲み、気付かれぬ内に狩り尽くすのだ」


「おいおい。そんな奴らが蔓延るなんざ、どうなってやがるこの世界は。てか、他に人はいるのか? まさか魔獣に一人残らず喰われ尽くしてるなんて言わねえよな」


「魔獣にやられた人の子も少なくない……が、確かに残っている。いま向かっている先にも人間はいるし、この大陸のどこかにも集落や村として残された者はおるだろう」


 暗闇を駆ける黒い風がグランの不安を煽るが、ここでの「孤独ではない」という情報はとてもでかい。これからこの世界で行動する上で、会話できる相手というのは必要不可欠だと見る。


「でも、ならこんな異質な世界でお前みたいな龍を見たら、いつ誰が攻撃を仕掛けてくるかわかったもんじゃないだろ。俺が警戒を解かずに反撃してたらどうするんだ?」


「その話で言えば過去に例があるな。我からすればこの地に迷い込む人間など塵芥も同然の弱さだ。いくら人間界で名声を得た強者でも、我は即座に屠れるものと知るがいい」


「なにそれこっわ」


「過去の例というのも、彼奴はかなりの猛者と謳われた人間であったらしいが、初めに一捻り加えて無理やり鎮静させたものよ」


 それを聞いてしまっては、もうラグラスロに逆らうなんて選択肢が砕かれたも同然だろう。


(こいつ、絶対に敵対すべきじゃねえわ)


 心の中で確信したところで、心の中の不安が再度滲み始める。そんな心境を察したか否か、ラグラスロが翼を羽ばたかせ加速すると話を戻した。


「残る不安もじきに晴れよう。かの地にいるは皆同じ境遇の物ばかり。汝の特質の有用性含め、すぐに打ち解けようて」


「同じ境遇……? まさかそれって」


「____続きはその仲間たちより聞くとよい。見えたぞ、我らが拠点がな」


「おおお____ぉ? え、拠点ってあれのこと?」


「他にそれらしきものが見えるのか?」


 仲間と拠点という単語に盛り上がったところに見えたのは、寂しげな遺跡らしき円形の建造物。

 まだかなり距離があって小さく外形を捉えることしかできないが、目の良いグランには分かる。色々と崩れたり風化している部分がある、と。


「全く発展してねえのな……」


「それについては何も言い返せまい。新築する技量も修復する暇も足りぬ故にな」


「こりゃあ楽しそうな予感がするぜ……」


 渇いた笑いが黒龍の背で漏れるのであった。

 それから三分と経たない内に、空の旅は終わりを告げる。緩やかに降下していき、遺跡もとい拠点の門を潜ったところにある広い庭へ着陸する。


「降りてよいぞ」


「お、おう」


 言われるがまま、ラグラスロの背から飛び降りる。

 人がいると聞いていた割にそこは静寂そのものだ。今は出払っているのか、それとも中で息を潜めているのか分からないが、予想を覆された感じがした。


「近くで見ると余計にボロいなこれ……もっと寂しくなる」


「敢えて反応しないでおこう」


「それも反応の一種だけどなーって、ラグラスロ。額のところにプレートなんか付けてたのか」


 この世界に飛ばされてすぐの慌てていた時とは打って変わり、今は冷静に龍と対面できる。だからこその気付きだろう。

 改めてその姿を見渡すと、堕天使のような黒い翼とうねる剛角。その外側に生える二本の小さな尖角。明らかに、グランの住む世界には存在しない特徴だ。


「それにしてもよもや、我のこのプレートを気にかける者がおろうとは。ますます面白みのある小僧よ」


「小僧て。まあ実際まだまだ俺もガキなんだけど。って、重要なのはそこじゃなくて……そこに刻まれた紋様が俺の住んでる村の紋章に似てるなと思ってな」


 簡単に表現すると円の上下左右に小さな棘が生え、その中に小さな六芒星が描かれている。

 対して故郷アル・ツァーイ村の紋章はと言うと、円の上下左右に棘が生えるどころか小さく亀裂が入ったかのように欠けていて、その破片が代わりに置かれているのだ。


「これは先に我が言った、この地に彷徨いし者を護るという使命と関係しているものでな。かつて汝らの世界にティニー・ツァーイと呼ばれた小国があった。我はその地の王と契約を結び、彼とその下に就く者らを護ることとなった」


「過去にそんなことが……」


「だが、ある日突然として小国から王が消え、後に国は滅びることとなる。我は消えた王を最優先して追い、そしてここに行きつき、今もなお王の最後に座したこの地で人を護っているのだ」


「なる、ほど? 実感湧かねえが、小国ティニー・ツァーイね。俺の住んでた村、アル・ツァーイって言うんだが名前も似てるんだな」


 なぜこんな黒龍が迷い込んだ人を助けて回るのか疑問ではあったが、一応の解は得られたというところだろうか。

 と、ここでグランの呟きにラグラスロが反応を見せた。


「アル・ツァーイ? そうか小僧、あの国の____」


「おっとおっと〜? なんか声がすると思えば、ラグラスロ。また、新しい被害者が出ちまったかい」


「んぁ?」


 瞬間、拠点の門の外から女の声が響いた。

 突然のことに素っ頓狂な声がグランから溢れたが、振り返ればそこに人がいた。


「これを悲しいと思うと同時、仲間が増えることに嬉しくも感じてしまう。難しいものだ」


「そうだね。おいらの守備範囲、もっと広げていかないとね」


「話噛み合ってる風に違うこと言うのやめろて」


 それに続いて、二人の男の声。

 棘のついた金棒を携え、短い紺青の髪と粗い言葉遣いの目立つ女性を先頭。後方に槍を背負いローブを纏った角刈りの男が続き、殿(しんがり)を務めるは両腕に盾を構えた大きな男性。


「帰ってきたか。小僧、紹介する。彼らが現在この拠点から旅立たんとする、これからの仲間たちだ」


 その言葉は、彼らが拠点を離れ魔物の蔓延る異界を出歩けるだけの実力を少なからず持つと言う、実力の証明であった。

 それと同時、現れた三人の笑みを見てグランに、ようやく心からの安堵と微笑みが浮かぶのであった。


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