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『勇者などいない世界にて』  作者: 一二三
第一章 二つの世界
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第一章28 凪の下


 湖から一切の外敵が消えたことを大蛇は確認した。

 尋常ではないエネルギーが引き起こした熱波が、暴風と形容しても足りないくらいの勢いで湖上を逃げ惑う人間を吹き飛ばしたからだ。


 無論、大蛇にとっても代償は馬鹿にならない。


 湖のど真ん中に陣取っていては——と言うより、はなっから広い水場を出るつもりのない巨大な魔物にとって、獲物を探す必要性はつゆほどもない。世界に何匹いるかも知られていないヘキサアナンタという種に進化の過程があるのかなど想像もできないが、少なくともそういう理由から、ピット器官のような周囲の獲物を感知するための熱に敏感な部位を備えていない。加えて鱗は熱に強く、瞳や口内も光線が発する熱エネルギーに負けないよう設計されている。

 ここまで聞けば、なら何が代償なのかと思うだろうか。

 確かにスタミナはごっそり奪われるだろう。首を再生して疲労も蓄積した直後から奥の手の奥を持ってきたのだから、無理もない。

 ところが六つも頭を提げ、生態系ごと破壊し尽くしてしまえそうな魔物にとって一番の代償とは、進化の過程、あるいは誕生の瞬間において、生涯の内に極大の破壊光線を撃つことになると想定されていなかったことである。


 命の危機に瀕する状況でしか使わないもう一つの理由。

 ただ単に、その巨躯ですら灼熱に耐えられないから。


 耐熱の鱗も、粘膜を熱から守る為の機構も、全て。獲物を焼き殺すときの細い光線に、自身が干渉を受けないための措置でしかなかった。

 湖から一切の外敵が消えたことを大蛇は確認した。

 同時に、蒸し焼き状態となった自らを労るがごとく、先刻まで対峙していた狩人たちを追跡することもせず、ただ沈黙するのであった。


 

 戦闘が始まって十数分が経ったか経たないか。いま、そんな短くも思える時間が過ぎて、再びエメラルドの湖に凪が訪れたところである。

 荒ぶる怪物を討伐せんと息巻いて、頼もしい紅の少女から知恵を授かり三日月という刃を手に、最後まで撤退しなかった一人の男。すなわち、グラナード・スマクラフティは同刻、とある場所で目を覚ました。


(まだ、生きていた……か)


 自らの幸運に魂から感謝する。

 ぽこぽこと鼓膜を鳴らす音が頭上から降りてくる。いや、逆さになった自身から見て上から下へ昇っていくのだから、逆だろうか。

 ともあれ、グランはひとまず安堵のひと息をついた。


「この幸運には、魂の底から感謝してもしきれないな。意識し始めるとまだ痛くて敵わないけど、俺が気を失ってる間にも『サルヴ』の自然治癒が効いてる」


 洞窟で崖から落とされた時も同様、川に流されている間に砕かれた腕の骨まで治っていたのだったか。今更になってリジェネのありがたみに気付く。

 水に流されて傷を癒すとは、これも因果だろうか。


「はぁ——戦いの最中に魔法球の存在を思い出してて本当によかった……咄嗟の判断だったけど、多分これが俺が死なずに済む唯一の道だった、と思う」


 知っての通りあの時、白と黒の線引きが行われる寸前、グランは三つの選択を迫られた。右に逃げるか左に逃げるか、はたまた留まるか。何を選んでも何かが犠牲になる運命からは逃れられない、絶望の選択肢だ。

 しかし、ヘキサアナンタ同様に命の消失を目前にしたグランは突如として閃いていたのだ。どちらかと言えば、思考を巡らせた末に行動に移したのではなく、勝手に動く全身に何もかも任せることにしたと表現する方が正しい。


 とにかく、グランは生きている。

 左右前後でも上空でもない。

 新しく作った空っぽの魔法球に入って、水中に沈んでいた。ブリアナの空気膜の魔法があると水中に潜れないのなら、その膜ごと魔法球で覆えばいいと気付いた。


「湖上に浮かぶ影を見た感じ、ヘキサアナンタは沈黙した……か」


 最後に致命の一撃を放つだけ放って斃れてくれたならありがたいが、願うだけ無駄と言うものだろう。このまま呑気に浮上でもすれば、絶対に奴の狩りが再開されることを、既に確信している。


「向こうは俺を消し去ったと当然に思ってるはず……だからここで休憩しておくのが最適解」


 ならば、仲間はどうなった?

 水深十メートル辺りをぷかぷかと、身体を丸めて魔法球に寝そべりつつ考える。

 ひと足先に危機を感知して退散の英断を下した二人と、一瞬のラグを要して逃げるに至ったブリアナ。あれだけの規模を考えれば、完全に被害無しとは言いきれなさそうなのが現実だった。


「ブリアナ……そうか、ブリアナの無事ならすぐに確かめられる!」


 グランが魔法球に収まっている現状は、全身を覆う空気膜が阻害して水中に潜ることができないことに起因する。裏を返せば、今も同じ魔法効果が継続しているならば。

 そっと、火傷の痕が痛々しい右腕だけ魔法球の外に出してみる。

 痛くない。エメラルドの水が肌を侵さぬよう、空気が割って入る。

 要するに、


「まだ魔法は続いてる」


 希望は見えてきた。ブリアナよりも破壊光線と距離を取っていたであろう二人も、ひょっとすれば。

 淡くも必要不可欠な希望を、壊滅的な汚泥の中から掬い上げて、まだ大蛇討伐への道を断ち切らせない。白を黒に染めるのは簡単だが、再び白を灯すのは至難の業。そこを不屈の精神でやってのけようとするグランを、赤が染めた。

 伸ばしていた腕が警告を発した。痛覚と血液のダブルパンチが脳内に異常を叩き込む。視界を複数の影——いや、あまりにも多くの影が渦巻いていた。

 水に溶け出した赤を起点に影の動きが一層増す。


「なんだ、何が起きているんだ!? まさか湖にも魔物がうじゃうじゃと」


 言いかけて、気付く。


「こいつら、魚ってやつだ。生きた姿は初めて見るけど、辺境の村にもたまに調理されたやつが回ってきてた!」


 エメラルドの光をそっくり照り返すような銀の鱗に、口から飛び出た細く長い牙。背びれの最も頭側にある棘は見るからに毒々しく、食べる為に獲ろうなんて全く思わせないフォルムの奴が、それはもう沢山。

 いわゆる、肉食魚であった。


「でも、なんでこんな突然現れて……敵意も殺意も悪意も、感じなかった」


 引っ込めた腕から血が滴る。すると足下で蠢いていた群の泳ぎが加速する。まただ。敵意センサーに全ての信頼を委ねる癖がついつい出てしまう。けれどそれを反省している時間はないらしい。


「血、なのか。さっきも俺の血に反応して激しくなっていた。さっきまで大量にヘキサアナンタの首や尻尾を沈めていたんだから、飢えた魚が更なる餌を求めて浮上していても不思議じゃない。つまり、こいつらは殺意とかで動いているんじゃなく、単純な食欲!」


 多くの血を流し、水中に逃げ、全くの想定外から刺客が登場する。ラグラスロは、この予想外すらも試練の内に含めていたのだろうか。

 ガツガツ、数多の肉食魚が魔法球に激突している。無数の牙に包囲された光景は恐怖そのもので、グランは顔を引き攣らせる。


(魔法球なんてうっすいただの器なんだし、壊されるのも時間の問題。けど、群れか。山賊にレパルガに、群れてくる奴ってのは最近よく遭ってるんだよな。こういうとき、簡単な方法があるんだよな)


 だから、行動は早い。


「『オリロート』」


 水中だから、なんて言い訳は通じない。

 滴る血の色ではない。あらゆるものを燃やす、ただそれだけの赤が魚群の形成した水流に乗って命を狩った。炎の渦がエメラルドの湖の中で踊る光景は、ここが闇の世界であることを忘れさせるだけの力を持って、そして、割れ——


「全部捌ききれなかった!?」


 ヘキサアナンタに天敵(グラン)の生存が露呈するのは避けたいと火力を抑えたのが災いした。炎の手を免れた群れの一角が、薄い魔法の壁を喰い破る。空気膜が決壊した水量を堰き止められるが、不思議な感覚だった。


「シンダーズが上から抑えられた時は水面が凹んでたけど、初めから潜った状態だと水中歩行みたいになるのか。とと、悠長に感動している場合じゃないんだけど」


 四肢と脇腹が喰われた。リジェネで傷が癒える人間なんて、肉食魚からすれば食べるだけ得なのだ。しかし、


「見るからに動きが鈍い。それに喰われたと言っても傷は深くない」


 ヘキサアナンタの破壊光線に加え、グランの『オリロート』でとことん熱された環境に全身を包まれれば、大火傷も必然といえる水温だった。

 無論、魚に詳しくないグランは目の前を泳ぐ銀鱗の弱点などつゆも知らないが、結果的に『オリロート』は最適解。全身を焼かれる状況にあっても血の臭いに誘われるまま荒れ狂う魚の魔物とは、食欲だけを追求する種の本能なのか、あるいは埋め込まれた闇の意志によるものか。グランは知る由もなく、目の前の状況をただ好機と判じて攻める。

 大蛇の暴虐冷めた凪の下、一分にも満たない攻防により銀の渦を巻く魔物は、いまも魅惑の臭いを撒き散らす傷だらけの青年を前に、ご馳走にありつくこと叶わず散った。


「急に現れたから焦ったけど、大事に至らなくてよか」


 よかったと、思いたかった。

 ふう、と息を吐いたベテラン焼き魚錬成人ことグランは異変を見逃さなかった。この世界に光が差さないことを忘れそうになる景色の中、エメラルドの光の屈折を介して、遠くに揺らめく小さな影がある。


「魚だ。たったの今まで俺を喰おうとしてた、あいつらが俺から逃げた? どんなに『オリロート』に燃やされても離れなかった群れが、今更?」


 殺意や敵意を捉える超感覚なんかいらない。万人が持つ嫌な予感が、水中に漂う青年の心に警鐘を鳴らす。


「奴らの根城が湖の深淵なんだとすれば、奴らはどうして俺の目線の高さに合ったまま進んでいる? 何か別に獲物を発見したとか?」


 獲物、血の臭い、すなわち怪我。

 そうだった。

 確かあの方向には、自分と同じように血を流していても不思議じゃない存在がいるはずじゃないか。


「———」


 まずい、と直感が告げる。

 負の感情、針金で巻かれたような緊張を認め、唇を舐める。

 言葉はいらない。土壇場の閃きで水中に逃げたのに魔物が待ち構えていたとか、そんな、本で読んでことのあるような展開はどうでもいい。ただ、大切な存在が、グランのように囲まれても問題なく一蹴できるとも限らない手負いの仲間が、エメラルド色に溶け込む銀鱗の魔物に喰われる予測が立った。重要なのはそれだけだ。

 空気の膜を利用して強く水の壁を蹴る。少しでも早く仲間の下に辿り着くために、湖を掻き分けて泳ぐ。

 

==========


 散々な結果だけが目の前に広がっていた。

 圧倒的なエネルギーで暗い森林を薙ぎ飛ばし、灼熱は残された樹々を燃やし続けている。こんな地獄が待っていたなんて昨日の自分は知らなかった。去年の自分が対峙した存在はまだ全てではなかったのだから。


「かは、ごほ……ゲミューゼ、大丈夫ね!?」


「無事だ。邪魔な奴は、ひとまず片付けた」


「早く回復するべきだよね! ここからまだ囲まれるかもしれないからね、今はおいらに任せて休んでてほしいね!」


「——ああ、そうだな」


 ゲミューゼ・シュトルムは切り株にもたれ、弛んだ手の内から槍がこぼれ落ちる。汗で衣服はぐっしょりと濡れて、肌には無数の小さな穴が——魔獣の噛み跡が刻まれていた。

 あれだけの災害を目の当たりにしておきながら、魔物の類はいつも漁夫の利を求めて跋扈する。満身創痍の男二人を狙うには絶好の機会だったという訳だ。


「どうしようどうしようね。おいらだっておいらの盾だって完全無欠じゃないんだよね。ゲミューゼを守りながら魔獣を倒すなんてね、どうも至難すぎるよね」


 子鹿のように脚を震わせて、シンダーズ・アッシュは周囲をきょろきょろ。湖の岸辺でびくついて、いつ新手が飛び出るかなんて分かりっこない。

 殺伐としたおっかない空気を吸いながら見回すのは、あるいは敵ではなく安堵を求めての行動だったのかも分からない。だから、目線の先に一輪の赤い花が根気強く咲いているのを見つけた時、シンダーズは心の底から安堵した。


「君も必死で耐えているんだね。そうだよね、おいらも生きなきゃいけないよね。ブリアナもグランも、きっと無事に隠れてるはずだもんね」


「ああ……もう、二度とこの大蛇に敗走なんて許すものか。あれが奴の最大火力なら、それを生き延びた俺らの勝ちさ」


「はは、ゲミューゼのことだから現実に即した厳しい意見が飛んでくるかと思ってたよね」


 少し視線を逸らしてやれば他にも幾つか、両手で数えられる程度に花が顔を覗かせる。もしかすれば、周囲の倒木の下敷きになった花々が多く咲いていたのかもしれない。けれど残されたのは僅かな命のみ。


「———」


 不謹慎とも思われかねないが、シンダーズは目下のか弱い存在と自分たちを重ねてしまった。魔物がどこから狙っているかも定かでないのに、思考が警戒に先行してしまう。

 こんな状況で気を抜くなんて——と普段なら隣から叱責を受けていたところだが、崩れた角刈りを整えることもせず休息に入るその仲間は、盾を構える相棒に全てを託して目を瞑っていた。


「おいらたちの勝ち、ね……」


 現実的な話をするのであれば、意地張って戦場に残り続けるより去年みたいに拠点まで退散して、また戦略を立て直すのが確実だ。それを、仲間の無事を優先的に考えるゲミューゼが否定した。

 グランが魔界に飛ばされてたったの二週間。この時点から、俯瞰して見ればおかしいことでもあった。先輩を二人亡くしておいて、その翌年には新人を二週間でリベンジマッチに駆り出すなんて正気の沙汰ではないのだろう。しかしこれも、ゲミューゼは是認した。


「判断が悪い悪くないって話じゃないけどね……でもね、やっぱり間違いなんじゃないかって思っちゃうよね」


 分断されてしまったけれど、仲間はみんな生きてどこかに身を潜めていると信じている。ならまたやり直せる。今にこだわる必要があるのかと疑問を抱いてしまう。

 勝てないと、思ってしまう。


「おいらにもカッコよく戦える力があればよかったね」


 かつて大剣を振り回して敵をばっさばっさと討ち倒すことを夢見て、それを諦めるしかなかった護り手は脱力した。破壊されかけた闇の森に大きなため息が溶けていく。


———バササッ! と。


 同時に、彼の諦観を諌めるようにして、背後から何者かが飛び出していた。


==========


 どうやらエメラルド色の湖には浄化作用のような、僅かながらに回復効果があるらしい。これだけの傷を負っていては恩恵など雀の涙ほどだろうが、今は少しでも気休めが欲しいと思って脚を漬けていた矢先のことだった。


「大丈夫か!?」


 突如として真下から銀色の魚が飛び跳ねたかと思いきや、鋭利な牙が肌を貫く寸前、唸るような烈火が水中から追随して魚を黒コゲにしていったのだ。

 頭が理解するのを躊躇う現象だが、答えは向こうからやって来た。


「グラン、生きていたのか! なら、今のはあんたの魔法なんだな?」


「料理ん時にも使ってる『オリロート』だよ。ブリアナも無事でよか——って、おいどうしたどうしてなんで何が」


「脚は、自分で斬ったんだ」


 推定肉食魚、炎に次いで浮上した仲間の姿に安堵しながら、反して驚愕中のグランの視線に目をやり、弱々しく笑みを浮かべた。死ぬ程痛いけど、笑おうとしなければ参ってしまう気がした。

 岸辺一帯には赤が広がっている。

 勿論、肉食魚らしき銀色の魔物の仕業ではない。グランの間一髪の助けのおかげで無事だ。したがって、ドクドク脈打つ感覚を残す赤の正体を知るには、数刻遡る必要がある。


「奴の最後の奥の手……あの特大の光線が撃たれた直後のことだよ。風魔法を上手く利用して一気に距離を稼いだまでは良かったけど、右脚が、膨張する熱波に一瞬逃げ遅れて爛れちまったのさ」


「そんな……でも、だからってなんで切断なんか!」


「女性に向かって爛れたままの肌でいなさいって?」


「いやそんなつもりじゃ……!!」


「けど何にしたってそう言うことになるのさ。それに、綺麗に治るかも分からないまま残すよりも、ほんの太陽並みの勇気で斬っちまう方が取れる手段もある。義足とかね」


 無理な話だった。

 全身にぐっしょりとこべりつく水滴は、自身を覆う空気膜を解除して回復作用のある湖に脚を浸していた、なんてことでは説明できない量だ。「ほんの太陽」とは、軽く言えるような比喩では決してない。

 蒼白としつつある仲間の相貌を覗き、切断された脚が元通りにならんことを願う。


「無理さ」


「——。まだ何も言って」


「あんたの表情が物語ってる。回復魔法ってのは傷を単に治すもの、もっと細かく言えば再生の魔法()()()()。既に繋がっていないものに魔法を唱えても、その断面が塞がるだけ」


「それじゃあ」


 切断された脚の断面を繋ぎ合わせれば、と言おうとして気付いた。結局それでは脚はぐちゃぐちゃのまま。弱々しくも真っ直ぐグランを射抜くブリアナの瞳が、後に続く言葉を封じる。


(全て理解した上で、斬ったんだ)


 自然治癒力を魔法(『サルヴ』)で強化したとて、失った血液は戻ることを知らない。より安全を確保するならゲミューゼの回復魔法が必要ではあるものの、大蛇の攻撃でどこまで飛ばされたか不透明では手の施しようもない。

 グランが悪い訳でもないが、何もできないことへの罪悪感や無力感が舌根まで這い上がっていた。


「そう悲観しなくていい、グラン。しかし、まさかヘキサアナンタの首を斬れないかと思って考案した風魔法の使い道が、返ってあたしの脚を斬る羽目に繋がるなんてな。皮肉だよ」


「そんなこと言われたら寧ろ悲観的になるだろ……!!」


「だったら——悲劇を喜劇に変えて見せようじゃん。あたし達は逃げないよ。すぐには戦えないかもしれないけど、シンダーズもゲミューゼもどこかに身を潜めてる。みんなで勝つんだ」


「なんでそこまで勝ちを信じていられる?」


 グランも試練の突破を強く願っている。まだ戦えるというなら当然に激戦に臨むつもりだ。だがしかし、仲間たちは既に満身創痍で、とても満足に戦える状況じゃない。

 それを理解した上で、とりわけブリアナは片脚を失っておきながら、どこに勝機を見出せるのか。


「単純な話だね」


 断言してみせた。


「ヘキサアナンタは沈黙した。奴も奴で、出せる全ての手札を曝け出して体力を消耗しすぎたからね。ならば、手札をまだ残している点で、あたしらが一枚上手だとは思わないかい?」


「それは……」


 意識していたことだった。

 二週間の内に何度も話し合った作戦会議では、あの強大な魔物が首を再々させることを前提として話が進んでいた。無理をしてまで一度で終わらせようとはしない。代わりに、どうすれば六頭大蛇の虚を突けるのかが論点だった。


「この戦いにおいて、鍵となるのは俺だ」


「そうだね」


「その俺は、まだ月の刃と継続回復以外の魔法を唱えてもいない。あのデカブツに、あれが俺らの全力だと誤認させるため、追い込まれても魔法の詠唱を我慢した」


 だから、


「「ここからが反撃」」


 結局、それは勝てることを必ずしも意味しない。

 お互いに手の内は出し尽くしたと大蛇に信じ込ませるだけで、残された手段が通用するとは言っていない。


「はあ、こんなの、勝ちを確信するには普通は不十分だぞ」


「ははは。あたしらはとっくに、この異常な世界の空気に精神をやられちまってるのかもな。大事な仲間を失って、傷つけられてきた。残酷な世界だよ。どんなに普段は一貫した心持ちで生活していても、人の感情なんて、そう簡単に御せる軽い存在ではないね」


「壊滅状態で、今にも死にそうな顔をしておきながら……」


「ああ。俺もブリアナも、とても冷静ではない」


 最後の一言は、二人の視界の外から急にやってきた。

 槍を杖代わりに、体重を支えながら合流した仲間の名を咄嗟に呼ぶ。


「——!! ゲミューゼ、無事だったのか!」


 グランはふらふらする肩を預かり、ブリアナの隣に座らせる。一見してどこにも大きな傷は見られない。五体満足で、最低限の回復だけをして合流を図ったのだろう。


「遠くから二人を捕捉したときは安堵したが、そうか。まさか、脚を犠牲に生き延びていたとは」


「あんたは冷静なんだね、ゲミューゼ。グランなんて大騒ぎだったよ」


「当たり前だろ……ッ」


「喋ってないで休んでろ。ただでさえ血を失っているのにこれ以上騒がれたら手の施しようがなくなる。大人しく回復されておけ」


「危機的状況だからこそ話して気分を和らげ……いや分かったってば。黙っとくよ」


 重そうに全身を低くするゲミューゼに封殺されるブリアナという構図に口を挟まずにいたが、こうやって仲間が再び集まると、まだこの場にいない人物が気にかかる。

 しかし不安そうなグランの気配を察知したかのようにゲミューゼが先んじて補足をいれた。


「シンダーズなら無事だから心配はいらない。俺が立てるようになるまで漁夫の利を狙う魔物たちから守ってもらった。いまは休んでもらっている」


「そっか……」


 沈黙が流れる。ゲミューゼも言った通り、会話すらも体力の消耗に繋がってしまう状況下だ。ブリアナに沢山喋らせてしまったことを、この沈黙が責めているようだった。


「なら、俺は俺にできることをしてくるよ」


「?」


「喋らなくていい。この瞬間、動けるのは俺だけだから。俺は、ヘキサアナンタと一騎打ちをする」


「ッ! 馬鹿な、何を——」


 人差し指を立てて言葉を封じる。

 凪の湖のほとりで、たった今この静謐を破っていいのは自分だけだと主張する。グランは本気で言っていた。


「いまこの時、休んでいるのは俺たちだけじゃない。ヘキサアナンタも休んでる。勝利をもっと確信しようぜ、二人とも。奴の眠りを妨害できたら、そんでゆっくり休めたみんなが戦線復帰したなら、それこそ大勝利じゃん」


 ブリアナが喋りたそうに上体を浮かせたが、ゲミューゼが強引に抑えた。

 勝利を信じている。信じると言う行為が感情に基づいているなら、感情論でその確信を増幅してやるまでだ。

 誰かが何かを言いだすより先に湖上に脚を踏み出す。空気膜が足と水面の間に挟まるから波紋は生まれない。


「ふう」


 格好つけて単身ヘキサアナンタに向かってはいるものの、心臓はみるみる拍動を加速させているし、深呼吸も止まらない。

 ギロッと、気配を察知した十二の瞳が見開かれる。

 宝石のように大きな瞳に反射してグランの三日月が光を帯びるのを確認する。


「熱線で消し飛ばしたとでも思ったかよデカブツ。諦めが悪い虫みたいですまねぇが、お前を休ませはしない」


 覚悟を決めて、独りで耐えろ。

 互いの殺意が火花を散らして、試練の第二ラウンドが始まった。


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