第一章26 試練は始まった
まず挨拶と言わんばかりに、大蛇の恐ろしすぎる牙がグランに刃向かった。
ジィイイイイン——!! と、三日月と牙の衝突で火花が散る。意外にも重い大蛇の頭を真っ向から受けたというのに押し負けることはなかった。両者拮抗している、ように見えるがそれは敵さんの頭数が一つだったらの話だ。残りの頭も、巨大な月弧で力比べをする小さな人間に注目し、縦横斜めから迂回して迫る。
「させるわけがないんだね!」
まず一つ。滑り込んで割って入ったシンダーズが、両手に構えた盾で衝撃を一身に受ける。グランが案外押し負けなかったように、盾でもって相手の勢いを完全に削いでいた。
次に一つ。トゲトゲ棍棒で側面から首を叩きつけて去なす。本来噛み千切るはずだった対象から軌道がそれ、見るに危険な牙が虚空を噛む。
また一つ。屈んだところから空に向かって突き上げると、大蛇の顎を槍が貫く。そのまま槍とゲミューゼごと怯んだ首に連れ去られていくが、首を足場に踏ん張ると今度は遠慮なく引き抜く。血の雨と一緒に角刈りの男は着地……着水した。
「言ったろ、奴には普通に攻撃が効く。ついでにぶん殴ってやれば泣き叫んで攻撃の手も緩むんだ」
「そんで、前のあたしらじゃ巨大な図体の一撃を喰らえば大怪我覚悟だったが、今のあたしらはヤワじゃねえってな!」
「まったく頼もしいのなんの。なら俺も、ずっとこのまま押し合いっこしてる場合じゃねえ……!」
彼らにとってはリベンジマッチ。その、惜敗の記憶から抜け出そうという仲間の姿に鼓舞されて、グランも更にぎゅっと拳を握る。黄色く輝くこれがどれだけの切れ味を持つのか、耐久力を誇るのか、一週間という短い期間でもちゃんと確かめた。
「火花が散っている。けど、削れているのはお前の歯の方だ、デカブツ」
「いっちゃえーーってね!」
「おうよ!」
月を滑らせるように、右足を軸に一気に回転する。感覚としてはブリアナ同様に巨大の突進を去なしたようなものだが、そこに加えて、グランは大きな牙を数本へし折っていた。
「まだそっちに行くぞ、油断するなよ」
ゲミューゼの指摘通り、敵は六つある頭を次から次へと攻撃に送り込んでくる。それぞれの頭が別々の脳を持つのか、一つの脳が全ての頭を動かしているかは知らないが、どちらにせよ休む暇など与えない。
大蛇が全身をくねくねさせて暴れ回るほどに水飛沫が舞う。全てを受け止める必要はない。回避できるものは立ち向かわず、すれ違いざまに一刀両断を仕掛ける。
「ちッ、俺らは四人だから全部に対処できてない。だからどうしても邪魔が入って浅い傷しか残せない!」
「その通り。ヘキサアナンタをぶちのめすに際して最も難しいことの一つ、それが最初の頸を断つことだ」
「最初から一番難しいとか、なんて奴……!!」
セオリーは第一段階からのステップを経て徐々に難敵になるはずじゃ、なんてのは物語の世界だけで、最初から容赦ないのが本来の自然である。グラン愛読の『神殺し』にも順を踏んで強くなる強敵は沢山いたが、終盤はもう最初からクライマックスの敵ばかりだった。
「自然の脅威ここにあり。だからこそ、ラグラスロはこいつを試練に設定したんだろうさ」
「お、おおうわああぁ!? ちょちょっと待っておいらを狙わないでね美味しくないよ——」
「シンダーズ!?」
ザッパァ! と噴水がごとく湖が爆発し、白い飛沫が視界いっぱいに盛り上がる。見れば、二つの頭が真上からシンダーズ目掛けて叩きつけられたようだ。
「ぎぎぎ……重すぎ、るよねぇ!」
空気の膜の影響だろう、不思議な現象だ。シンダーズのいる水面だけが異常に凹み、水没を免れていた。寧ろ大蛇だけが湖に頭を漬けているため、浮力がはたらいて重撃の威力が落ちている。ただし何とか屈せず盾で二頭分の重さを堪えているだけで、口が裂けても凌げるとは言えない。
「攻撃役が駄目なら先に盾役を潰そうって魂胆か。すぐに助ける! それまではありがたく腕力トレーニングとでも思っていろ!」
「これをトレーニングは無茶、がある、ね!」
「援護は任せる!」
ゲミューゼが救出に駆け出すに合わせて、残りの頭もその妨害に頭を回す。それをすかさず棍棒と三日月で邪魔をして、お互いにお互いの行動を阻止せんと踊る踊る。何度も盾を突かれているシンダーズからは悲鳴が止まない。
「すまん、そっちに一匹!」
「数で不利なのは元より承知、一つくらい問題なく対処はできる」
魔法に詠唱は必要なかった、と言うよりそれに名前なんてないのだろう。ただ死角から死の手を伸ばす魔物に一瞥すると、槍の穂が魔力で補われ延長した。もはや槍と形容するより、持ち手の長すぎる剣のような。
「おや、誰かと思えばさっき突き刺してやった頭だな。復讐にでも来たのか? それとも、俺にまた反撃されたい趣向の持ち主か」
大きく開いた蛇の口を見てみれば、顎の方に分かりやすい穴が空いていた。実に狙いやすい。したがって延長した穂先が狙うは同じ傷。今度は口内から穴を突き刺すと、大蛇の勢いを利用して魔力の刃を振り上げた。
グルルゥゥシャアァァ!!
けたたましい悲痛な叫びが鼓膜を震わせる。舌が切断されて湖に沈んでいく。まあ、過去に似た体験を、大蛇と交戦した経験がある者からすれば無視できる些事でしかない。
わあ、一瞬だけ軽くなったねと湖の窪みから声がする。痛覚は全身で共有していて身悶えしたい気持ちもありながら、それでもシンダーズを抑え込む首どもは解放してくれない。
「『五月雨』」
既に間合いに入った。
メインの槍を中心に同様の形をした魔力の槍が複数本顕現する。読んで字の如く、雨のような槍が仲間を襲う頸の片方をめった刺しにして怯ませる。もう少し綺麗に刺していたら蒲焼きでも作れそうな具合。
「あとは自分でいけるな、シンダーズ?」
「よっしゃあ軽くなったねえええええええ!! この野郎にね、盾だってお前をぶん殴れるんだぞってことを徹底的に教えてやるね!」
一つ分の重さから解放され、水面の凹みが一気に小さくなる。その加速度を味方に折り曲げていた腕を、つまり両の盾を大きく開いて残った方の頭を弾く。重量から解放され、完全に元に戻る水面の凹みの勢いを更に得て、『アボイダブル』で身軽になったシンダーズは大きな身体に似合わず飛んだ。
「うっいしょッ! とね!」
弾かれたばかりの蛇が大きな眼を見開いた、ような気がする。だが敵の驚きはこんなもので終わらせやしない。盾役が攻撃できないなど誰が決めたとばかりに、シンダーズは大きく開いた腕を今度は合掌でもするように閉じる。
鈍い音が鳴った。
「牙を粉々に砕いた!? 腕の力はもちろんだけど、てかあの盾なに!? 毒猿に盾ごと刺されてから新調してたのは知ってたけど、頑丈すぎるでしょ!」
「へへへ、グランの本気の驚きが新鮮で嬉しいね! 見た目が変わらないから同じ盾だと思われがちだけどね、実は今までのがスペアでね、これが本命で最強なおいらの盾なのだね」
「それ見ろ。奴の長い首が傷だらけだが、あんな痛そうにしてるんだ。馬鹿みたいに突っ込んでしまえば傷口も開いてもっと痛いだろうな?」
「なら」
「だから、奴が今度はどうやって俺らを潰しに来るのか。二人はそれを忘れちゃいまい?」
槍を滴る大蛇の血液を振り落とす。ただ少しの赤い液体が神聖な湖に溶けたところで広大な水場に何の影響も及ぼすことはないが、どこか申し訳なさが込み上げる。
血を払ったゲミューゼは長く連れ添った二人の仲間と目を合わせると、長く息を吐いて構えた。
「とんでもないのが、」
「「「来る」」ね」
示し合わせたかのようだった。
仲間と予知と蛇の咆哮が重なって、次の一手に差し掛かる。切り刻まれた、あるいは穴を開けられた頭では攻撃できないなら、残る手段と言えば、
「徹底的に勢いを殺すぞ、『ウィンガル』ァ!」
超重量の巨体、それを振り回す遠心力を利用した尾の一掃。問題は、尾と水面との摩擦で大きな波をも引き連れていることか。
そこに嵐が吹く。
「どんなに基礎能力をぶち上げたって、いま、アレを受け止めるなんて言う芸当は期待できねぇよ! シンダーズ、できそうかい?」
「馬鹿言うんじゃないね! できたとしてもね、体力を全て失って戦線離脱になるだろうね!」
「だってよグラン!」
「何が『だってよ』なんだ!? 俺一人なら飛び越えるくらい造作ないけど、そうじゃないならこんなの、轢き殺されて終わりじゃんかもうッ!」
風魔法で吹き上げた嵐がほんの微かに、その超重量を浮かせて、すぐに重力が尾を湖に引き戻す。だが重過ぎるからこそ、尾はエメラルド色の湖面に浸るのを止められず勢いは減衰する。僅かな差であることに変わらないが。
そう、核心は「重量」だ。
「新参者のグランに手本を見せてやる。俺らの先輩たちは、こうして危機を乗り越えたものだ」
「もしかして、新技!」
「ふ、残念だがついさっき見せた名もなき小細工だ。穂先を魔力で延長する、簡素だが槍という形に囚われない有効打」
ただの槍から持ち手の長い剣に変容し、角刈りの髪を整えながら駆ける。距離は一瞬でゼロに埋まる。それでも、瞬きをした後も仲間が木っ端微塵に弾け飛ぶ惨劇は訪れなかった。
「尻尾の先っぽをぶった斬って、勢いと重さを殺す!」
「首根っこじゃなくそっちを先にか。完全に理解したっ」
切断したと言えど、尾の先端近くでしかない。大蛇の大きさを考えれば仲間と衝突するのは秒読み。決断は一瞬だった。
「互いの速さと三日月の切れ味を考えたら、このくらいなら簡単に断ち切れるはずだ!」
できるだけ胴体に近い部分を狙えば攻撃は簡単に免れるが、それだけ肉も骨も太くなって切断難易度は上がる。
確証はないから、もうグランは感覚に任せた。
ムーンサルト。月を模した刃を掲げているからという訳でもないが、極太の一撃を飛び越え、すれ違いざまに会心の斬撃をくれてやろう。
「よくやったよ二人とも。こんなに削り取ってくれたんなら余裕で回避できるね!」
「いいぞ、やれてる。こうやって少しずつ、奴の体力を削ってやれば好機が顔を覗かせる!」
一太刀浴びせればエメラルド色の水も血に染まる。黒い影が奥底へと沈むのがわかる。どこまで深いのだろう、戦いが一段落ついたら潜ってみたい。
まあ、そうも言ってられないか。
「捨て身の物理攻撃が凌がれたいま、そろそろ頃合い。みんなが言ってた、ヘキサアナンタの第二の反撃が来るとしたらここじゃないのか?」
全身で渦を巻いて荒れ狂う大蛇から距離を置きつつ。
二週間の特訓期間は何も、個人の技能や仲間との連携を深めるだけの時間じゃなかった。戦うのが初めてなグランは森に潜む魔物たちの比ではない大蛇の規模に度肝抜かれているが、激戦を前にした十分な情報の共有はしてあるつもりだ。
攻撃の邪魔をするサポーター、ここでいう盾役を潰そうとしてくること。幾らか手負いの状態になると全体重で壊滅させようとしてくること。どれも共有されていた通りになっている。
なら、そろそろ来るだろう。
『種として扱えるものなのか、神聖な水場に次第に適応する形で得たものなのかは預かり知らぬことだが。ともあれ、単なる魔獣どもとは大きく異なる攻撃手段を持っている』
『自らの血と肉で直接潰すんじゃない。悍ましい口の中から光属性のビームを吐き出すのさ』
人間が魔法を使えるのだから、魔物が魔力を用いた攻撃手段を持たないなんて驕りはないものの、だ。
渦を巻いてニョロロン蠢くばかりかと思えば、非常に鋭利で肌を灼くような殺意が支配する。刹那、真っ白な六本の光線が戦場を両断した。
じゅわ。
間一髪で避けたはずなのに、腕が猛烈な痛みに襲われた。
莫大な魔力が光属性に変換され、その過程で消費された魔素のエネルギーが、灼熱の余波として文字通り肌を灼いたのだ。
「ンッぎぁ——」
「おい、お得意の自然治癒魔法を使っておけ。爛れてその月を満足に振れなくなろうものなら、俺らの負けだ」
「わがっでる!」
ただ一回避けたから終わりじゃない。短い会話と、『サルヴ』で自然治癒力を増幅させる間にも、白の光は縦横無尽に追従してくる。
「決して」
シンダーズが両の盾で光線をひとつ弾き飛ばし、その背後にブリアナが身を潜めていた。
「傷を負ったから、ではないよ。最初からやらなかったんじゃなく、できなかったのさ。あたしたちが魔法を使うのに詠唱を挟むのと同じ。光を集中させる時間が必要だっただけ。そりゃあ、魂の底まで闇属性に染まった魔獣だもんね」
光線が湖面を割り、急激に熱された飛沫もまた苛烈な蓄積ダメージとなって一行を苛む。
距離を取ろうにも、線で追う敵の攻撃には全くの意味をなさない。この蛇、ただの巨体ではない。四人全員の逃げ場を封じるように周囲を常に這いずっている。
「このままじゃジリ貧だ。打開策を考えろ……」
聞いた話によれば、以前に一戦交えた時は先輩の片方が得意とした地属性魔法で凌いだらしい。普通の地属性魔法は体内、あるいは体外の魔素に作用して、あたかも空気中から岩が生まれたように見える。しかしグランの『オリベルグ』は地面がなければ使えないので却下。
「ふわ! あちち、ぢぢぢジじばばばぢッ!?」
「おいちょっと弾くのが雑になってきてないか!?」
視界の外から聞こえてくるのはシンダーズの悲鳴か。
訓練期間中のことであるが、シルラプラやインティグキラールに悟られないよう、実は一度こっそり、男だけで洞窟に訪れたのだ。目的は魔法反射作用を持つ青い——グランたちの世界ではノルマル鉱と呼ばれる鉱石を採掘するためである。
『少し分けてくれないかですってぇ? そりゃまぁ、いいですけどぉ。男の為に働くのは気乗りしませんねぇ。何か見返りがないとなぁ』
とは、内密に採掘を頼んだ炭鉱夫兼戦闘員ガウシの開口一番のセリフであったが、いつかブリアナに会わせてやると口約束を結んで掘り出してもらった。トゲ棍棒が怖いのでブリアナには約束の内容を口が裂けても言えないが。
そう言うわけで、シンダーズの盾はある程度魔法を弾くことが可能になった。
洞窟に生きる修羅を見習って武器にも加工を施す提案をしたグランだったが、面で受け止める盾とは違い、点や線で受け止めることになる他の得物では、角度次第でどこに反射させてしまうか分からない。それこそ仲間に弾いてしまえば大変であるといった観点でルーシャに説得された。ただインティグキラールの株を更に上げただけだった。
「大蛇が光線ぶっぱしてきたらシンダーズ頼みだったんだけど……六本を一人に任せるのは当然に無理があったな」
「そこなんだよな。頭数で負けてるのが余計に辛い。遮蔽物も作り出せない状況、ならどうにかして奴の注意を散漫させられれば」
「お前の『オリヘプタ』、ここで使うか?」
「いや、ここで放ってもついで感覚で破壊されるのがオチだろう。もっと良い方法があれば……頭を柔らかくして思い出せ俺ぇぇ」
「何してる避けろ!」
一喝があってようやく、熱湯の波が覆い被さる寸前であると気付いた。全力で後退するも右脚の火傷を回避できず、呼吸が詰まる。
「まただ。考えることが多いと殺気を頼りにする癖が抜けねえ……!! 攻撃の副産物として生まれたものには殺気が乗らねえってのに」
「『戦い方がなってない』という感想が痛いな」
「同じくらい今は脚が痛い」
すぐ近くにゲミューゼがいて助かった。すぐに追撃が来る状況下、回復魔法を満足に受ける時間も惜しい。ジンジン主張する右脚を無視しながら走る。
「今までの経験、記憶、何でもいいから……」
ヘキサアナンタ対策は仲間と共に色々と考えたが、この光魔法に対する策だけはシンダーズの盾以上にピンと来る案が出なかった。光と熱に対抗する。頭数に対抗する。猛攻を免れる。相手に比べたら小さな人間が、まだまだ弱い自分たちに何ができるのか。
息継ぎだとか休憩を必要としないのか?
光線が止む気配を見せない。限度はあるに違いないけど、一瞬休憩したらまた再開するかもしれない。
「防げない躱わせないなら、止めさせる。でもどうやって」
ゲミューゼ、ブリアナ、シンダーズ、ルーシャ——仲間たちなら何ができるだろうか。
インティグキラール、クァクァルナ、ガウシ、シルラプラ、マルネ、そしてマルネの姉のメイア——洞窟の彼らならどんな判断をするだろう。
ハバキリ、グリム、エスティア、ダルジェン——故郷の村の運営を担当する重役のみんなはどう分析する。
オルビス、ゼーレ、そしてメイア——愛する家族とは過去に何を話したのだったか。
「あ、そう言えばそんな話もあったな」
ふと思い返せばそれは、つい最近の会話だったか。早く会いたいと願って仕方がない妹との、最後の会話とも言えるだろう。
「俺が使える魔法は全部頭ん中で列挙し尽くしたと思っていたけど、もう一つあったんだ。ゲミューゼは槍の先端を剣にするアレを名もない魔法と言っていた。そのくらいのちっぽけな存在だったから、つい候補から排除していたけど」
魔界に連れ去られる直前、確かグランはメイアにこう言った。
『使い方によっては戦いに役立てられるんだろうけどさ、そんなことするやつなんて相当な変わりもんだよな』
「まったく。相当な変わりもんって言葉が俺に返ってくるとは」
あの大蛇の注意を引けるのは数秒、おそらく五秒もないだろう。タイミングを見誤れば機会は失われるし、同じ手は使えない。
その「秒」の勝負で、頸を落とす。
「みんな、今から俺が奴の間合いに入る! だから徹底的に俺を援護してくれ!!」
「わかったね! グランはこの戦いの『鍵』だから、そうするのは当然だね!」
「策が浮かんだってことでいいらしい。なら、あたしらに背中を預けるといいよ」
「世話が焼ける」
こんな短い時間に何度も何度も熱されて、この広大な湖の莫大な水分量にも拘らず一部には蒸気が生まれている。アホみたいなエネルギーを消費しているはずなのに、あの巨体と来たらいつまでも危ないもので遊びやがって。
「悪い子にはお仕置きが必要だなぁーーー!?」
やることさえ目処が立てば後は早いものだ。
トントンとその場で軽く全身を浮かせて調子を整えると、一気に蛇目掛けて走り出す。距離にしてざっと五十メートル。遠いようで一瞬。
水面を這い回っていた向こう側も、突然距離を詰めるグランに身構え動きを止める。迎撃態勢を整えるまでもなく、六方向から一人を狙って光が向かう!
「よいしょぉーーおおおわわわああ!?!?」
「すまん! けどありがとう!」
間に入って無理やり半分を防いでくれたのは頼もしい我らがシンダーズ。
ただし高威力高温度を三重で受けたとあっては無事では済まなかった。弾いた光線同士の衝突で著しく空気が膨張し、爆音と共に後方へと大きく吹き飛ばされてしまう。
「『ウィンガル』」
残り半分のうち二つ。上級風魔法のパワーで大きな頭部に打撃を加え、光の軌道を逸らす。
相変わらず肌が燃えそうで気が気でないものの、援護のおかげで距離は十分に稼げた。あとは傷だらけの首ごと断ち切ってやるだけ。
「グラン! 光線を防いだと言っても一瞬だ、また全部そっちに向かうぞ!」
「その前に手を打つ!」
明確な殺意がグランを囲んで刺してくる。洞窟で身に受けたものとは大きく違う、無慈悲で機械的な獣の殺意だ。
それを分散させろ。
眼前の巨体に、その大きさに見合うだけの脅威を見せつけてやれ。
「上を見てみろ、ヘキサアナンタ!」
言葉が通じた訳ではないだろう。しかし、言葉通りになった。
頭上には月があった。
蛇を丸ごと呑み込んでしまいそうな魔法の産物。
「本当に面白いことを思いつくもんだ。あたしは、この世界に送り込まれたのがグランでよかったって本気で思うよ」
「息を呑む、というのは俺たちだけじゃなく敵さんにも等しく当てはまったらしい」
「へ、へへ。おかげでね、見事な隙が生まれたね」
全ての首が空を仰いだのではない。半数だけが新たな危機に注意を配り、残りはグランに未だ注視している。賢い首の使い方。
光線は空っぽな月を透き通り、何の影響も与えない。
観察してみれば分かるはずだ。
「魔法球。体内にある魔力を視認し、自身に扱える魔力量を計る方法として確立された、ただの、空っぽの器だよ」
要するに、それ自体は全く持って脅威にならない。規模のデカさと敵が用いる魔法という二つの要素を掛け合わせて注意を引くためだけのブラフ。
そして未だにグランを警戒し続ける顔面に、再びブリアナの風魔法がめり込む。こちらを睥睨する首はあと一つ。
千載一遇のチャンス。
一対一の構図をようやく。これを待っていた。
「行っけええええええええええ!!」
懐まで接近すればヘキサアナンタも灼熱ビームを簡単に吐けないと踏んだが、直感は正しかった。最後に選ばれたのは頭突き。
グランは飛んだ。
ただし、真っ向からぶつかるつもりはない。斜めに、僅かに頭突きの軌道から外れるように浮く。すれ違いざまに三日月を振り翳す。
斬ッ! という清々しい音が鳴れば。
悲鳴を上げることすら許されぬ魔物の頭部が、湖をドス黒い血に染めて沈んでいた。
最初の難関、一本目の首の切断。
すなわち、これよりようやく、戦闘は前に進む。




