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『勇者などいない世界にて』  作者: 一二三
第一章 二つの世界
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第一章22 楽しくお肉を焼こう!


 翌朝。相変わらず世界は暗いままで気分は下方気味といったところか。それでも起きなければならないのが異世界の厳しさであろう。


「シンダーズ、お前は今日も安静に解毒な」


 これから意気揚々と試練——六頭大蛇(ヘキサアナンタ)の討伐に向けた基礎力向上を始めようと言う矢先に放たれたのは、ブリアナの心無い(?)一言であった。


「なんでなんだね! 見て、もう元気満タンだよね。どう見ても、ね!」


「泣きそうな目で俺を見られてもな……ラグラスロも昨日言ってただろ? 薬は繰り返し使ってこそ意味があるって」


「グランまでそんなこと言うんだね! ああ、これじゃ薬漬けの肉塊と変わらないんだね。存在意義なんてね、儚く散るものなんだよね」


「過言だろ……と言いたいが」


 つい昨日毒で儚く散りかけた身なので現実味を帯びていて気も下がる、というところまでは口に出さなかった。その気持ちは仲間達も同じようで、ブリアナは手を二度叩いて鼓舞を試みる。


「シンダーズの解毒話もいいが、まずは飯を食おう。昨日お預けにしていたグモゥの肉、みんなで焼くぞ!」


「何だね!? キタねキタね〜! グラン、グモゥの肉はこの世界じゃご馳走もご馳走なんだよね。だからほら、手伝って焼くんだね!」


 グモゥとは——まだグランはその姿を拝んだこともないが——先日から話には聞いていた草食獣のことである。闇に覆われた無法地帯では食糧も貧相なものかと予想されたものの、これに反して結構なご馳走らしい。


「おいわかったから押さないでくれ、おい!」


 颯爽の二文字である。

 背中を押され遺跡脇の調理場に連行される途中ブリアナと目が合ったが、彼女の目は「シンダーズには飯の話を振るのが一番なのさ」と語っていた。ここはとてもアットホームな現場です。

 それから抵抗するまでもなく釜戸と井戸の並ぶ調理場へと至った一行は、テキパキと調理具の出し入れを始めて準備に取り掛かる。どこに何があるかも知らぬグランは仁王立ち。無能な指示役の完成であった。


「グランさんは私とグモゥを運んで来ましょうか」


 慌ただしく動き回る彼らを追うように、そうやって救済の一手を差し出してくれたのはルーシャ。言葉の使い方が異なることは重々承知だし、初めましての時も同じ感想を抱いたが、彼女の外見的特徴を踏まえれば『紅一点』そのもの。そんな彼女が二人で運ぼうとは何たる幸う——何と軽い生物なのだろう、グモゥとやらは。


「——? どうして固まってるんです?」


「い、や! 皆がそんなにはしゃぐほどのご馳走が楽しみで!」


「ならばこそ、早く行きましょう!」


 せっせと火起こしする仲間たちを一瞥し、『オリロート』を使えばすぐに何でも燃やせるのにと手を伸ばしかけたグランの背を、今度は華奢な少女の掌が押し出した。


(まあ、いいか)


 だから、原始に立ち戻ったような生活もまた、暗澹の空の下では活力剤に等しいのだろうと、そう思うことにした。

 わざわざ普段使いの出入り口まで戻る必要はないらしく、調理場すぐ横の回廊状の廊下から拠点内部に入る。

 内装は変わらず殺風景で、壁には過去の失踪者たちの嘆きが刻まれている。すぐに燃えたり水に消えたりと紛失のリスクが高い紙とペンを使わないのは、過去の被害者がどれだけの絶望を味わい、暗闇のどん底に突き落とされたのかを次世代に確実に、長きに渡って伝える為でもあった。


「毎日、廊下を歩く度に世界の悪辣さを覚えます。私には危険に身を晒して戦う覚悟ができていませんから、ただ、皆さんの無事を祈るしかないですけれど」


 「死を忘れるな」という格言が嫌でも身に染みて、水で注いだくらいで離れない。

 そんな絶望ホールウェイを少し行った所で、先導するルーシャが足を止め振り返る。重い独白とは裏腹に微笑みがグランを迎えた。


「ここにグモゥが?」


「です。実は、昨晩グランさんが就寝した後、ゲミューゼさんとブリアナさんがグモゥを二匹獲って来てくださいまして」


「え、あれからか? 疲れてるだろうに、そんな」


「この世界に飛ばされてすぐ酷い目に遭ったんですから、少しでも生きる楽しさを覚えていて欲しいんです。私も同じ気持ちですし、シンダーズさんも、大人しく待機していなければならないのを悔しがっていました」


「そう、だったのか」


 これを仲間想いの一言で済ませるべきか迷う所だ。もちろんそういう仲間たちの良心があってこそではあるが、彼らは背後で、相互に助け合う為の一層の努力をしている。これを簡単な言葉で表すのは不敬だろう。


「ありがとう。なら、みんなを待たせないよう早くグモゥを運んでやらないと」


「あ、グランさん中はまだ、待っ——」


 しかしルーシャの制止の声は途中で途切れた。

 ルーシャに異変が生じたから、ではない。寧ろ、倉庫に踏み入ったグランからの反応が完全に消えている。


(な、にが)


「はあ、グランさんには説明していませんでしたね」


 思考だけが許された世界で、グランは失念する少女の声を背後に捉える。その身体は振り返ることを許さず、人形にでもなったように固定されていた。


「グモゥのみに留まらず、あらゆる食糧は時間を置けば腐ってしまいますでしょう? 拠点にはどうやら冷蔵保存の可能な設備が無いようですから、過去の方々はさぞ不便だったでしょうね」


「おわっ……とと、動けるようになった?」


 転げそうになるのを堪え、自身の手を握って開いてを繰り返す。瞬きすらできない、力も入らない、人生で初めて体感する現状だった。

 不動状態から解放されてすぐルーシャが駆け寄り、顔を覗いて体調を気にかける。顔が近い、気持ち離れる。


「説明不足ですみません、気分は悪くないですか?」


「ああ……驚きはしたけど異常はないよ」


「昨晩お見せした結界とはまた別の、私の結界なんです。中にある物体を可能な限り固定させる効果があります。外敵の侵入を防ぐ障壁としての結界とは違って技量が必要でして、部屋の壁だったり、何らかの目印がないと張ることはできませんが……あと、そんなに大きな範囲でも現状厳しいですね」


「そんな謙遜しなくていいじゃないか。これで肉の新鮮な状態も固定できるって訳だろ? 凄いよ、本当に」


「ふふ、ありがとうございます」


 賞賛を素直に受け取るところも彼女の魅力だ。

 ともあれ、仲間たちの陰の努力あってこそありつけるご馳走。一刻も無駄にする訳にはいかない。

 だというのに、


「仲睦まじいことは悪じゃないが、運ぶならさっさと運ぶべきだろう」


 ぬるっと倉庫に現れた侵入者に、グランの視線は優先された。彼はシンダーズでもゲミューゼでもなく、ただ「監視」を目的として生活を共にすることとなった青年。すなわち——


「うるせー! 今やろうとしてるところですー」


「そうは見えなかったから言ってる。ガキか」


「小僧って呼んだりガキと言ったり……俺とお前じゃ歳変わらんだろ。つか何でここにいる、シルラプラ」


 シルラプラ・オ・ニ。洞窟に住まう集落の民で、鉈を腰にぶら下げた戦闘要員のひとり。特に外界に対するヘイトが凄まじく、共に過ごすからと言って友好的ではない、そのはずだが。


「人間誰しも、何かを食わなければ死ぬ。洞窟に住む俺たちだって何一つ変わらない。これから肉を焼くんだろ? ただ生きるために必要なことなら俺だってする」


「それもそうか。んいしょっと……こいつ結構重いな、シルラプラはルーシャと一緒にもう一匹運んでくれ」


「指図するな。で、なんだ、何の意味があって凝視している?」


「むう。昨日私を腑抜けと言ったこと、根に持っていますので。それでも文句を言わずに運びます。ノブレス・オブリージュの一環、ですからね」


「ノブレスなんだって? 知らんが運ぶぞ」


 最悪に相性のよろしくない二人に緊張する。紅の美少女を前にああも悪態をつけるとは、人類多様性をひしひしと感じる。

 それはともかく、草食獣グモゥはかなりの肉付きがある、猪のような体格の姿をしていた。大きさは両腕で抱き抱えられる程度で、牙は鋭くなく平ら、毛は短く光沢がある。


「うわ、獣くせぇ! 昨日は生乾きで今日は野生の臭いかよ……」


 ぶーぶー文句垂れてもどうにもならない、そんなこと知るかとばかりに文句は垂れる。後方でグモゥを運ぶ少年少女は無言会話こそないものの、食への欲求という共通の目的の下できちんと協力できていた。

 「はじめてのえものはこび」を終えて調理場に戻ってきてみれば、既に釜戸に火は灯り、器用なことにブリアナの風魔法で火力調整までされているではないか。


「おやや、シルなんとか君まで一緒にいるんだね。噂をすればなんとやらね」


「こりゃ驚いた。まさかルーシャと一緒にグモゥを運んでいるなんて、天地でもひっくり返るんじゃないか? いや、もう天地は異常事態になってたな。丁度あんたも飯に誘わなきゃなって話をしてたんだ」


「そうか、だが勧誘は不要だ。飯時になれば勝手に合流するし、外出時は勝手に飯を作るからな」


「シルラプラ料理もできんのかよ」


「料理と言える料理は作れん。だがキラールさんに倣い、あの気味悪い森の中でも生きていける程度の技術なら会得している、はずだ」


 意外な一面に一同驚愕を見せたところで、全員集合。なんだか一枚岩な団体のような気がしてくる。


「言っておくが、俺は自分に必要な分の作業しかしない。腑抜けどもの為にふるまう技術はないからな」


 気もしたが、鉈で肉を捌く青年の一言で一枚岩伝説は即刻崩れ散った。自明の理である。

 わざわざ言いふらすことでもないと思っているグランだったが、村育ちで妹とはよく料理をしていたこともあり、同じく軽い技量は持ち合わせている。つまり、シルラプラが居なくても料理は見事に完成する——!


「おい、グラナードの手付きを見てみろ」


「なんだねゲミューゼ……って、シルなんとか君とどっこいどっこいの手慣れ感だね!」


 そんな声が聞こえてきたがグランは気にせず骨付きの肉塊を手に、釜戸から少し離れた焚き火にて焼き始める。じんわりと焼き色が浮いてきて、脂身の少ないグモゥの筋肉にも光が宿った様。ズルをするようであるが、あらゆるものを燃やす『オリロート』で肉の中にまで火を通過させたので、簡単に焼き上がった。

 しかし、この手際の良さ故に眉を顰める影あり。


「小僧、お前の方こそデキるじゃねえか。ずっと観察していたが、奇妙な工程を挟んでいる。でなければ後に焼き始めたお前の方が先に焼き終わるはずもない」


「魔法の力だよ」


「理屈を捻じ曲げる力、なら騒いだところで無駄か」


 肉塊をそのまま火にかけて焼く両者に対し、釜戸を見れば、残った部分は仲間たちの手で薄くスライスして石板で焼かれている。焦げ目が黒く滲み、かけられたスパイスの香ばしい匂いが鼻腔を突き抜ける。


 ぐぐぅ〜、、、と。


 誰から奏でられた我慢の音色だったか。

 視覚と嗅覚が、食に飢えた者たちの腹を豪快に叩き鳴らし、斯くして朝食が完成した。朝から未曾有の贅沢が前面に広がり、手が肉に伸びるのを誰しも止められなかった。


「やっぱり肉塊を喰らうのは理想だよね。でも中まで火を通すのは難しいし、半ば諦めだったんだよね」


「事実、シルラプラは今もじっくり焼いているからな。団欒するつもりがないようだから、俺らは容赦なく先にいただくが——」


「う、うめえ! これが鶏じゃない肉なのか……!!」


「最も容赦なく爆食いしてるのが既にいたな」


 この拠点で最もグモゥに感動しているのは、紛れもなくグラン以外にいないだろう。

 辺境の村では牛も豚も含め、草食動物なんて滅多に食べれるものではない。アル・ツァーイで肉と言えば専ら鶏肉であった。あの毛皮から漂う獣臭さからは想像もし得ない美味を口にして、理性、爆発。


「肉塊も、スライスされた方も旨い! スパイスを加えるとさらに旨い! これは……こんな凄いものを食べれるなんて、ゲミューゼ、ブリアナ。ありがとう!」


「ははは! あたしらが獲り行ったこと、ルーシャから聞いたのか? その反応を見れてあたしゃ光栄だ」


「そのことについては、私からも感謝を。皆さんが命懸けで動いてくださるお陰で、私の命もあるのですから」


「ルーシャはルーシャで拠点での雑事をやってくれてるんだからね、そう畏まらないでね」


「おやおやシンダーズ。そう言うあんたは昨日留守番だったんだから、当然感謝の言葉があるよな? ま、後できっちり感謝してもらうとして、ルーシャには充分に助かってるよ。自分のできることをすりゃいい」


 礼儀正しい令嬢と、相手の身分に関係なく適材適所だと論じるブリアナの関係は眩しい。本来なら交わるはずのない交友関係に心を満たしつつ、腹も満たさんと次から次に口に放り込む——その姿をゲミューゼに凝視されていて、思わず強張る。


「おい、そんなに口に詰め込むと窒息死するぞ。くだらん死因はやめてくれ。これ以上死者を見たくはない」


「わあっへう」


「口に詰め込んだまま喋ろうとしなくていい」


「ほうあ……んぐ。死者をね……なら、ヘキサアナンタと戦うに当たって情報が欲しいよな。今んとこ知ってるのは槍は通る、魔法も効く、けど破壊力が馬鹿! これくらいだぞ」


 一緒に倒そうと約束した泉の前で、確か大蛇の情報は共有するとか何とか言われたはずだ。なら特訓を始める前にまず、相手のことを知ってからの方がいいに決まっている。


「あの、私も聞いておきたいです。死者と言うのは、その、皆さんが先輩と呼んでいる方々ですよね。ヘキサアナンタとの戦いで亡くなった」


「そうだな、ルーシャも二ヶ月前に来たばかりだ詳しくは話していなかったし、丁度いい機会か。ブリアナ、お前が一番詳しいだろう。話してくれないか」


 ルーシャの求めに賛同したゲミューゼの目配せに、役を任されたブリアナは「はいよ」と応じる。


「先輩たちのことと大蛇とのこと、どっちもまとめて話しちゃうな。とは言ってもどこから話すべきか……」


「んじゃ、その先輩ってのがどんな人なのか聞きたい」


「了解。あたしらの指す先輩ってのは二人いて、一人は男、もう一人が女だった。あたしらはどっちかと言えば物理攻撃タイプだろ? けど先輩たちは魔法攻撃タイプで、男の方は風魔法を、もう一方は土魔法を得意としていたね」


 シンダーズが人差し指を立てて説明に補足を加える。


「ブリアナの風魔法もね、その先輩から教わったものが幾つかあるんだよね。『棍旋(サイクロン)』はオリジナルだけどね」


「つまり師弟みたいな関係でもあったんだな」


「教わったのは攻撃の為じゃなく応用力だったけどね。『君に破壊力はもう備わってるから、ガサツな部分を削ぎ落とした魔法の使い方を教えよう!』みたいなこと、何度も言われたよ」


「ガサツとは、師匠は弟子のことをよく理解しているものだな」


「そこ! うるさいぞー」


 思い返してみれば、洞窟で一度見た『棍旋(サイクロン)』は直撃すればタダでは済まされない威力だった。棍棒を軸に噴き出る巨大な竜巻は、惜しくもインティグキラールの斧に跳ね返されてしまったが、ゲミューゼの回復がなければ命の危機だったろう。


「それで、先輩たちは連携が綺麗なんだ。あたしらの動きに合わせて、すぐサポートに入る。まさに応用力が試されてる感じだった。六つも頭のあるヘキサアナンタの攻撃も、風で軌道を逸らしたり岩で強引に受け止めたり、ね」


「俺ら後輩が攻撃の要と言っても過言ではなかった。先輩が注意を逸らしている内に、俺らが攻める。主役を譲って若輩の支援に徹する姿は、戦況の理解に長けていてこそできる姿だ」


「皆さんを先導するより寧ろ、背後から道を切り開く。手本となるべき方々だったんですね」


「そう! 本当にそうなんだよね」


 先輩を讃える彼らの面持ちが明るい。慕われ、強くいて、亡くなってもなお語られる。本当に善い人間でなければこうはならないと、交友関係の狭いグランでも理解した。


「だからこそ、俺に分からないのはそこなんだ。敵の破壊力が凄まじいことを踏まえても、それでも反撃の隙を突いてダメージは与えられていたんだろ? 攻防の取捨選択が出来ていたんだろ? だから、負ける姿が想像つかない」


「正直」


 ブリアナが何もない虚無の空を仰ぐ。真っ暗な天球に、過去の戦況を映し出すように、あるいは黒に絶望を包み隠してもらう為に。


「今のあたしらも同じ気持ちだ。先輩ふたりがいれば、あのサポートがあれば倒せていた——はずだった」


「あれは、ね」


 勝ちを確信して止まない、大敗。

 ぐっと息を飲み込んでから顔を下ろし、グラン、ルーシャと答え合わせをする。


「あたしの『棍旋(サイクロン)』と先輩の風魔法の合わせ技で巨大な風の刃を作ってね、それで奴の首を切断できることが分かったんだ。一本目を斬ってから後は、それを軸に、順調に戦いは進んだよ」


「たまに虫みたいな、頭を斬り落としても死なないバカ生命力の化身はいるがな。しかし、ヘキサアナンタだって言ってしまえばただの蛇、爬虫類だ。全ての頭を落とせば死ぬ」


「ああ。そして首も残り一本……先に言っておくけど、奴があまりの痛さに無秩序に暴れるから、勿論あたしらは最後まで警戒を緩めなかったさ。強大な敵を前に余裕なんて見せられない。そして」


 あれほど動かしていた肉を食べる手はもう動いていない。ただ次の言葉を今か今かと待ち侘びて、握り拳に汗も浮かんで。


「最後の一刀を下さんとする寸前。あたしらを、身も凍りつく悍ましい何かが襲って、その一瞬の硬直から解放されてみれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 聞くに恐ろしい、最悪のどんでん返しである。

 復活。巨大。あと一歩。一撃。六頭。破壊。睥睨。大蛇。どうして。無慈悲。息が詰まる。混沌。動悸。これが、試練。


「まさかですが、その不意打ちを、先輩が?」


「いや、何とか一撃は持ち堪えた。それでも体力は枯れつつあって、何しろもう戦おうなんて気分にもなれなかった。だから先輩はいつものように英断を下したんだよ」


「退散の二文字をね」


「実力だけなら奴に勝てるだけのものはあった。戦い方は分かったから、次は一気に断ち切ればいいってな。俺らは同じ結論に至り、まんまと敵に背を向けた」


「けど、突然首が全部揃って復活なんて、あたしらは慌てふためいていたのさ。陣形が崩れていてバラバラに逃げる獲物を逃すほど、蛇は愚か者じゃないってことさ。先輩は、そこからあたしらを救おうとして」


——身を挺して後輩を護り、代わりに命を落とした。


 これがヘキサアナンタにまつわる、ブリアナたちの知る全ての情報であると同時に、先輩たちの最期。三人は、先輩がどのようにして亡くなったのかまでは語らなかった。酷い事実、細かな描写まで知る必要は誰にもないと言う、無言の表明だ。


「戦ったのは去年でね、おいらにはまだ人を護れるほどの体力も体幹も、何もなかったね。盾を構えておきながら何で誰も護れないんだって、後から悔やんだね」


「自分の身は自分でどうにかしなければならないと死を以て知らされた。先輩の庇護にあることに縋っていた」


「だから、今のあたしらがある」


 立ち上がる。話している内の喉の渇きを、一切れの肉と一杯の水で潤して。ブリアナはグランに向けて手を差し出した。


「手を貸せ。腕相撲でもしようじゃないか」


「うでず——え、腕相撲?」


 困惑の内に、釣られるように近場の四角く切り取られた石を囲んでいた。肘の下に柔らかい布を敷き、ブリアナと手を組む。握るだけで伝わる、この腕相撲が単なる戯れではない事が。そして、そのブリアナの手が実際よりも大きく強く感じられた。


「奴を屠る為には、確かに矮小な人間様の物理的手段だけでは勝てないかも知れない。だからグランの魔法が鍵になるだろう。それでも、だ」


 そこで口を噤み、ゲミューゼに目配せする。


「始めるぞ…………用意、初め!」


 勝敗は一瞬だった。

 手加減なんて勿論できるはずもない。全力で向き合うから意味があると言うことは明白だった。

 だから、刹那の後、グランが既に身体ごと地面と接吻していようとは思いもしなかった。


「あちゃーだね」


「あの硬いレパルガの胴体を拳一つで撃ち抜き、吹っ飛ばすなんざ普通にできることじゃない。グランのパワーは人に比べりゃ遜色ないだろうよ。そ、れ、で、も。あたしは毎日のようにこの棍棒片手に振り回してる、だからあたしの方がまだ上だ」


 呆気なく惨敗したことが悔しいか? と尋ねるように、上体を起こすグランの顔を覗く。逞しい腕が伸びる。その手を取って立ち上がる。

 ブリアナは笑みを浮かべ、藍の髪を掻き分けながら、


「あたしらには多彩な攻撃が必要。けどその前に、基礎能力がなければ死ぬだけだ。インティグ……あそこで聞き耳立てて肉を食ってる奴の親分、あいつだって基本は自分自身の力に頼っていたろ?」


「じゃなきゃ、あれだけの手数を一人で受け切れるはずがない。身体能力が卓越していてこその実力」


「分かってるじゃん。あのおっさんなら単騎で蛇相手に全線できるかも……比べてあたしらは不可能。その隙間を埋めるためにも、第一に基礎からやる。いいな?」


 目標はできた。

 烏合の衆ではいられない。それを強く胸に刻みながら、そっと冷める寸前のお肉に手を伸ばす一同であった。


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