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『勇者などいない世界にて』  作者: 一二三
第一章 二つの世界
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第一章21.5 定期夜会


 空を見上げても、太陽はおろか星の一つすら絶対に見ることは叶わない。だと言うのに、夜風に晒される暗澹の空の下に集う者たちがいる。

 グランら失踪事件の被害者が拠点とする遺跡は大陸中央部に位置する一方で、現在、その人物らは大陸の遥か北方の巨大建造物に拠点を置く。三方を山脈に囲われた平地に聳えるは城だった。過去に激しい戦でもあったのか、各所に崩落部が存在し、苔むしてすらいる。適当な修繕しか加えられていない所を見るに棄てられた古城そのものだ。

 かつてプロスペリテと呼ばれ栄華を極めたらしい。城下町も広く敷かれているのに、どのような過程を経て暗黒の世界に沈んで廃れたのだろう。こんな世の中、わざわざ城について纏めた書物など誰が重宝すると言うのか。既に忘れられた城と呼んで差し支えない。

 なのに、だ。

 プロスペリテ城には大量の兵士が在籍する。何故、誰にも知られていないのか不明な程に。


「あら、全員集合じゃないのね。残念」


「折角面白そうな報告をするって連絡が来たのに。蹉跎歳月とはこの事だ」


 いま、城の屋上には一列の大きな卓があり、魔女と子供が席に着く。見渡せば、数人だけ同席しているものの空席が散見された。蝋燭の小さな灯りが並び、お気持ちに道導の役割を果たしているぞと仁王立ち。

 先に来ていた内の一人が反応する。


「僕も暇じゃないんだけどね、あいつが連絡を寄越すなんて興味深いから来てしまったよ。ま、当の本人がまだいないけど」


 彼らは一様にして兵士とは離れた姿をしている。どちらかと言えば、自由な装いと行動を認められた重役のような。故にこうして、余暇を楽しむように自由な会話が行えるのかも知れない。


「時に、貴方はもう長い間監視の役に従事しているけれど進展はあったかしら? とても退屈でしょうに」


「あったらとっくに喜んで共有してるとは思わないかい? 最近はもう罠を張り巡らせて放置さ」


「うわー、それ怒られないの?」


「あそこに辿り着いた時点で気付けるようにしてるから問題なーし」


 そう言って伸びをするのは若い青年だ。年齢だけで言えば、見た目からして二十歳かそこらだろう。対して会話相手の子供は十歳にも見える。この場が暗い古城でなければ兄弟の会話と捉えられてもおかしくない。


「おや、お待たせしてしまいましたか」


 軽い会話を挟んで時間を潰していると、足音ひとつ漏らすことなく、痩せ細った男が階段を登り現れた。と言っても、彼が特別音を殺して歩く事に長けているのでなく、単に裸足だからという理由である。


「遅いよアスタロ。君のために持ち場を離れてまで駆けつけなんだから」


「(あら、普段から職務怠慢をしてる風なことを言ってなかったかしら)」


「はは。お待たせしたお詫びとして、[pɹɒmpt(迅速に)]情報共有を開始するとしましょうか。題して、新たな実験対象者について」


 男の目に光はない。ただ、象牙色の伸ばした髪を靡かせて、優しい声調とは裏腹に底知れない闇を灯したような立ち振る舞い。それが彼の本来の調子なのか、敢えてそうしているのか、気にする者はここにはいない。


「前提ですが、先日までは大陸中央の遺跡には四人の、私たちとは別の[sɪɹiəs(異世界)]の住民がいました。しかし昨日、そこにもう一人が追加されています」


「らしいね」


「はい。ですので、新人がどれだけの逸材かを測るため、魔物を派遣して検証することとしました。いや失礼、もう検証済みですが」


「それで、結果は?」


 どこから話したものか、と細身の男は束の間の思考を巡らして、


「烏合の衆と呼ぶには連携が取れていて不適かと。魔物三匹に対して毒を受けたのは盾役の一人のみ。結果、彼らは[ʌnfɔtjʊnət(残念なことに)li]私と因縁のある洞窟へ向かわれた様子」


「それは残念ね。あなたに大きな傷を残した男がいるんだもの、生還は難しいのではないかしら?」


「なら亡骸の回収も踏まえて、ぼくたちで君の代わりに剪定をしてもいいんだよ」


「——何度でも言いますが、不要です」


 飄々とした態度から一転、ただその一瞬だけは彼から冷たい風が吹いた。ただ、そんな冷気を浴びて謝罪するような者など会合の場に存在していないが。


「強者を取り逃がした罪は[ɪnʌf(十分に)]私にのしかかっていますが、彼らは、必要に駆られれば自ずと外に出るでしょう」


「でも同時に、外の世界は混乱に満ち満ちているだろうと。何度聞いても最悪のシナリオだね」


「君と彼らとの因縁だから、ぼくらは黙って見ておくよ」


「感謝します」


 男は会釈しつつ、肋骨の辺りを右手でさする。

 アスタロ。かつて、とある洞窟に暮らす民と親睦を深めたものの、後に対立する関係になった因縁を持つ。その際、インティグキラールを名乗る若者から胴に受けた一撃が引き金となり、満足に軽快な戦いが不可能となっていた。衣服の下には、今でも痛々しい痕が残るという。


(食糧確保や鍛錬のために洞窟近辺に出る機会も多いようですが、たまに遠くから確認してみれば、ますます力をつけている。いま彼と鉢合わせでもしたら、私にはなす術も無いのでしょうね)


 後悔がないと言えば嘘になる。けれど、アスタロはこの道を突き進むと心の内に決めている。引き返す道は断たれたのだと、尊大な闇を灯して。


「報告とやらはこれで終わりか?」


「おや失礼、終わりですよ」


 言われて、蝋燭の光から顔を背けていたガラの悪い男が立ち上がる。夜会が開かれてようやく発言したかと思えば、もう立ち去るつもりらしい。


「生きていたのね。無言で固まっていたものだから、まさか寿命が尽きたのかと思ったじゃない」


「んな訳あるかよ」


「それで、どこへ?」


「いつも通り他ん大陸に行ってくる。徴税は俺の昔ッからの天職だからな。恐怖のどん底ってのは定期的に味合わせとく必要があるんだよ」


「お気をつけて行ってらっしゃい」


 言って、何かに苛つくような厳しい素振りで男が立ち去るのを皮切りに、短いアスタロの報告も幕を下ろした。

 定期的に開かれる夜会は常にこの調子で、一団に統率感をあまり感じられないのが事実。それでも、大陸北方の闇に潜伏するどんよりと重い何かがある。世界に根付いた鈍色の腫瘍は、いまも肥大を続けているのだ。



==========



 同じ頃、同じ夜の空の下。

 森に囲まれた平地にポツンと建てられた円形の遺跡はもう、見慣れた景色だ。

 見渡せばあちらこちらに老朽化が見られ、長年寝泊まりをしていればその内崩落で下敷きになるのではと想像さえしてしまう。勝手に想像して震えている分にはまだいいが、実際に「危ないから」と立入りを制限される部屋があるので恐ろしい。


 さて、昨日と今日とで大きな事件が立て続けに起きたことは知っての事だろう。

 遺跡には「失踪」と呼ばれる、なんの脈絡もなく忽然と人が消失する未解決事件の被害者が集まっている。言い換えれば、消えた人の到達点は異世界だったのだ。そして昨日、新たにグラナード・スマクラフティを名乗る青年が闇の世界に降り立った。


(皆さんからすれば雲から漏れる光のような、期待に富んだ出来事ですが、同時に、新たに被害者が増えたという凶報でもある)


 世界から世界に渡れた、ならば再び元の世界へ帰ることだって可能なはずだ。不可逆だなんて言わせない。

 そう意気込んで問題解決を図った過去の「失踪」被害者達は悉く散っていき、いつしか保護者ラグラスロは試練を課すことにしたと言う。内容は時と場合で異なるらしいが、ここ百年近くは専ら六頭大蛇(ヘキサアナンタ)の討伐で固定されている。

 新人グランにも例外なく試練が降りかかる。闇の世界に慣れることも含め、一ヶ月の準備期間が設定されたものの、早速彼は二つ目の事件に見舞われた。


(シンダーズさんが毒に侵されて、解毒草の群生地では現地の方々との争いに発展。確かに、ラグラスロさんが世界を旅するには試練が必要と判断するに十分ですね)


 ようやく解毒も落ち着いて、今は疲れを癒すために皆が就寝している。ただ、なんの危険もなく遺跡で待機している彼女だけは、夜更けにも眠れないでいた。


「さて、私はこれからどうしましょう?」


「——それは我への問いか、或いは自問か」


「自問自答の為なら、あからさまに目の前で疑問を呟いたりなど致しません」


 夜も昼も周囲の明度に違いは無いが、今が夜中だと思えば、心なしか黒龍ラグラスロの姿もより陰に紛れて見えた。二本の豪角に天使みたいな両翼、そして長い巨躯の持ち主である龍は黙して見下ろす。


「私は、この場では何者でもありません。令嬢なんて呼べる立場でもなければ、ただ彼らに与することもない質素な者です」


「己の過去を悔いているか?」


「……どうでしょうか。これが最善だと、そう信じて今の私があります。しかしながら、改めてラグラスロ様の問いを受ければこそ、自身に疑念は禁じ得ません」


 数羽の鳥が囀って、優雅に上空を横断している。

 自分のことは自分が最も知っていると思いがちだが、多くの場合それは偽りであったりする。あの鳥たちは空には天敵がなく、自由を謳歌できるものと確信しているかもしれない。しかし真実か否かを別として、目の前の黒龍が一度羽ばたけば、一瞬で鳥たちの尊厳は失われる。

 ルーシャも同様、自分で是非を判別したとして、他者からしたら愚かな判断と言われても不思議でない。


「何だかんだ言って、私もアプスの家名を掲げるだけの無能ではないと信じています。皆さんが躍起になっている、状況が変わる兆しのある今こそが、私にとっても機会でしょう」


「それでどうする」


「決めかねているから、ここにいるのです。私に相応しい舞台を選ぶことが、こんなにも難しいだなんて」


「我から汝に与えられる助言は少ない。汝の立てる波が如何なる波紋を描き、砂山を崩すのだろうな。また、その砂山とは何を指すのか、知恵を絞って熟考すると良い」


 龍の表現は曖昧だ。人間より遥かに永く生きて得た経験と知識を以って、どれだけ暗喩に意味を含めているのだろう。

 表情の変化も分からなければ、上位存在の心中など窺い知れるはずもない。ルーシャが無能か有能かも、機会を掴もうとする判断の良し悪しも教えてはくれないのだ。

 ただ考えろとだけ、得られた答えはシンプルだった。


「私が砂山を崩すとき、皆さんはどのような顔をなさるのでしょうね。はあ……『智を喰らう大蛇が眠るとき、世はまた繰り返さん。箱庭の者々は無知ゆえに賢者を穿つ。それが何かを知らぬまま』ですね」


 代々アプス家に残る伝承と自らの姿が重なった気がした。

 ミステルーシャ・アプスが無知者か賢者かに関係なく、目の前に広がる迷いの森は万人の足を掬い悩ますだろう。


「兎にも角にも、まだ猶予は残っておろう。無能でないと嘯くならば、波の立て方は自ら選択せよ。我が助言するはその後だ」


「はい、分かりました」


 夜の帳が下りる時、世界は何かが動き出す。

 陰に芽吹いたタネは北方の古城に限らず現れる。

 それでも、だ。


「私が選択する、か」


 等しく朝はやってくる。

 自室へ戻る途中で顧みればこそ、次の日を確かに実感できる。誰にとっても空は黒でも、黒を映す瞳だけは紅に燃えて妖しく光るものである。


 試練の時は近い。

 細かいことは、それを迎えてから考えるとしよう。



 ここまで読み進めてくださり、ありがとうございます!


 今回は第一章の洞窟編と試練編の繋ぎとなるお話で、特に物語が進むことはありません。しかし、第一章の舞台の一つである闇の世界において重要な一幕でもあります。

 古城に集まる人たちが誰なのか、ルーシャはこれからどう関わってくるのか、頭の片隅にでも置いて次回からも読んでいただけると嬉しいです。


 それでは、また次話でお会いしましょう。


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