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『勇者などいない世界にて』  作者: 一二三
第一章 二つの世界
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第一章19 下衆 what?


 激しい戦いと言えば、グランがクァクァルナと和解を果たした一方でもう一つの戦いがあるのを忘れてはいけない。


 木々の枝のような複雑な分かれ道と、蜘蛛の巣のように選択次第で何度も同じところに辿り着く迷路を抜けて。

 正面の壁に刻まれた大きな亀裂の、その更に奥を見れば何やらとても広い、それこそ洞窟とは思えない光景が待っていそうな雰囲気だ。実の所、グランが通った小川に合流するまで寸前の所まで来ている。

 だと言うのに勃発してしまった戦いが、そう。


 すなわち、敵は女好き炭鉱夫である。

 ほぼ不意打ちの形でツルハシの鋭利な先っぽがブリアナを狙い、血肉に突き刺さる生々しい音が鳴る。最初から恐ろしく後手に回った戦闘になるのかと思われたが、実際は違った。

 凶器は、ブリアナの美貌に傷一つとして付けることも叶わなかったのだ。


「お前が女性の顔を傷付けるのが駄目と分かっているなら、俺はそれ以外が傷付くのも許さないな」


「ひぎッ」


 血と肉を滴らせているのはガウシ・ナ・デンス、不意打ちをかましてきた敵の方である。ゲミューゼ・シュトルムが間一髪、焼き鳥でも作るみたいに槍を炭鉱夫の腕に突き立てて初撃を防いだのだ。


「ふぅ……流石に肝が冷えたぜゲミューゼ。それにしても人間相手にグロくないか」


「目には目を、刺突には刺突をだ。あくまでも身を守るための武力行使、そこに悪意はないな。しかし、こいつ。涙流して心の底から痛がっているようだが、油断できないな」


「おい、まさか」


 途端、ゲミューゼが崩れて片膝をつく。

 ブリアナを狙ったツルハシはどこにも傷を与えなかったはずなのに、いつの間にかゲミューゼのふくらはぎが少し抉られていた。いや、その痕はツルハシなんかで削ってできるものではない。


「ひひ、とても痛いですけどぉ、その代償としてお嬢さんを貸していただけるならぁ、やむなしだ」


「……何をした。どんなトリックで、ゲミューゼの脚を」


「教えたらこちらに来てくれるんですかぁ? いやぁ、お嬢さんの気の強さを考えればぁ、それはないですよねぇ」


 何食わぬ顔で腕を貫いた槍を引っこ抜き、赤黒い液体がとばっと飛び散る。

 だから教えませんよぉ、と語る痩せた炭鉱夫の表情とくれば下衆も下衆。激しい痛みよりもブリアナを狙う、欲を隠すこともしない背筋の凍る寒気を孕んでいた。


「グラナードやお前に緊張感が足りないと言ったが、その割に俺がこの様だ。はん、説得力が無いってもんだな」


「脚がやられてもう暴れ回れないはずですけどぉ、なら黙って下がっててくれませんかねぇ」


「そうは問屋が——」


「いいや、退いてろ。この下衆の思考回路は正義の棍棒で叩き直してくれる。だから、()()()()()()


 ブリアナに言われてしまっては前に出れない。

 そして少し休む。満足に動けないゲミューゼにとっても、とても理に適った選択だ。


「おやぁ〜、まさか女性に守られて傍観ですかぁ? いや、むしろ今までのが虚勢でぇ、ダメージ受けたら仮面もすぐ剥がれたってとこですかぁ」


「黙ってろ下衆が。そりゃあ最近イイとこ無しの男だが、そう易々とくたばる柔い真似はしねぇんだよ」


「ふぅん、そうですかぁ。どっちでもいいですけどぉ、ケズゲスばっか言うのやめてもらってもぉ?」


「無理な相談だな下衆」


 飽きず蔑称を言い放ち、トゲ棍棒の一撃を先制する。

 ギイイイイと重い金属音が重なって不発に終わるが、炭鉱夫の一挙手一投足を見落とさない。いま、ツルハシで重撃を防ぐところで無駄な動きがあった。


(てことは不意打ちん時の謎の加速も、ゲミューゼへの不可視の攻撃も、いまの防御ん為にも、一貫して同じ何かが使われてるってことだ)


 その「何か」までは分からないが、しかし。


「そらそらそらそらぁ! どんどん行くぜ。試練を乗り越える為の、その前哨戦だぁ!」


 がさつに振り回すようでいて、精密。とにかく目に見える凶器を使わせず、敵を防戦一方に押しやる。片腕に穴が空いて利き腕と反対での戦いを強いている以上、骨を伝って何度も何度も衝撃が響くだけ痛手となるだろう。

 だからこそ、空いた利き手をゲミューゼが注視する。


(観察と推理だ。戦闘馬鹿のブリアナは目立たないなんて言いやがるが、これが俺の役目。この世界に飛ばされた弱い俺らが生き残るには必要なこと)


 パワーで全てを解決できるのが一番。華もあって清々しい。かけっこ大会で無敗の記録を誇る少年のように、周囲からの拍手喝采で迎えられるのかも知れない。

 そうではないと自覚しているから。

 推理、推測、推察。

 つい数時間前に一人のおじさんに全壊させられたばかりだし、更に遡れば大蛇ヘキサ・アナンタにも敗北しているし、とにかく強くはないと断言できる。


「ひひ」


 後手に回されて必死に持ち堪えているだろうに、何故奴は笑うことができるのか。目当ての女に殴られることを好むタイプの人間なのか。それもひょっとしたらあり得る話だが、その性格以外の部分を、冷静さを以って見落としはしない。


「美しい肌ですけどぉ、それが欠損したとしてもまた美しいってもんですのでねぇ!」


「何かは分からんが、()()だな。その手……詳細はともかく確信はした」


 ただでさえ利き腕を彩る赤が増しているのに、わざわざ筋肉を弛緩させてまで拳を握りしめる理由。一瞬、洞窟の至る所に見られる結晶と同じ色の光を、その拳の中に見た。


 ガォン!! とツルハシが腕ごと頭上に弾かれる。


 脳天からつま先まで炭鉱夫のボディがガラ空きだ。今なら何処だって好きな部位を狙って棍棒をフルスイングできるだろう。


「おぉ? なんだよ最初のジジイより随分弱いな下衆野郎」


 バランスを崩したら最後、人間はそう簡単に体勢を直して復帰、などと上手いことにはできない。どんなに体幹が強くてもそれは崩れない為の芯であり、どんなに柔らかい体を持っていても衝撃を抑えるまでが限界だ。

 勝ちだ。

 これからブリアナが空振りしたりしなければ、棘の付いた棍棒は炭鉱夫を見事に打ち砕いてみせるだろう。


 だからこそ。


「ひひ」


 勝利を疑わない彼女の脇腹に、砂粒のように些細な黄色が灯る。

 かつて大蛇に大敗を喫してから、しばらく。

 記憶に残るのは良いとこ無しの場面ばかりであったように思う。新人のグランの知らない数々の失敗が多くある。それはブリアナに限った話ではなく、ゲミューゼにシンダーズ、あるいは戦闘に参加しないルーシャも含むだろう。


 この瞬間も正しく、ブリアナが敗北を味わう寸前であった。

 絶えず不気味に笑む炭鉱夫の右手から、ぐちゅりと垂れる血と共に握りしめた黄色い石っころが放り出され、爆ぜる寸前であった。

 冷や汗が、つんと。


「それでいい。今こそ逆に、それがいい!」


 炭鉱夫でもブリアナでもない、観察を続けた男が叫ぶ。

 仲間の身に迫る危機を阻むために槍の切先、ではなくその柄の先を向け、気持ちとしては飛んできた球をバントするように、コツンと弾いた。

 

「あ、ぇ?」


 誰もいない方へ向きを変えた黄色い粒は放物線を描き落下を始め、しかし即座に内側から弾け散った。

 脚を負傷し動けないはずの角刈りが、その足で強く踏み込んでやってみせた。炭鉱夫の意識が女でなく男に釘付けになる稀有な瞬間である。

 そんでもって、


「忘れてないか? まだ正義の棍棒は叩き下ろされてないんだが」


「お、お、お、」


 ゴギュギッ!


「なん、でぇええええええぇ!?」


 棘が肉に食い込み、重い芯が胴を押し潰す。

 女好き撃退の一手が執行された。


「ふう。やりすぎたかなってくらいにフルスイングしてやったぞ」


「警戒は怠れないが、あのボロ雑巾っぷりを見ていると命の危険とまではいかないだろうな」


「ほんとか?」


「…………また不吉なことを。ともかく、警戒すべきはバリアナ、そっちの方だからな」


「わあってる」


 仰向け大の字で気絶した炭鉱夫。今のうちにこの場を離れて解毒草を探すが吉なのは確かだが、背後を取られる可能性を鑑みるとどうにも動けない。

 ブリアナが言わずとも不吉さは抜けていなかった。


「おい、見てみろよあいつのツルハシ」


「ほう。なるほどな、そこに隠し持っていたのか」


 と言うのも、炭鉱夫の手を離れて転がっている武器の持ち手に、戦闘の秘密が詰まっていたのである。端が外れる蓋のようになっていて、中から大小様々な黄色の結晶が溢れ出ていた。

 ゲミューゼは比較的大きなものを一つ拾って覗き込むように観察する。


「さっき弾いてみて分かったが、あれは衝撃を受けると起爆する仕組みになってるんだな。小さいものなら俺の脚に触れた衝撃でも爆散する。ただし、ある程度離れていればダメージではなく推進力を得られるってところか」


 色々と考察してから、最後にこう結論付ける。


「最初の男といい下衆といい、この洞窟に住む人物は創意工夫に富んでいるらしい。まったく、短期決戦で終わらせることができて幸運だった」


「嫌な戦い方しやがるよな〜ほんとに」


「それを言ったら、『少し休んでな』なんて格好よく俺に言っておきながら隙を狙わせたお前にも当てはまるぞ」


「嫌な戦い方しやがるよな〜ほんとに」


 二回目のそれは誰に向けての言葉なのやら、ブリアナは大の字のヒョロヒョロ炭鉱夫から目を離さない。

 とまあ話すのもいいが、そろそろ洞窟探索を再開しないと拠点で待ちぼうけのシンダーズが毒にやられてしまう。すぐにスイッチを切り替えると、棘付き棍棒を肩に置く隣の仲間に顎で先導の指示を出す。


「俺が後ろを見る、それでいいか」


「おうよ。こいつの素早さといったらゴキ○リ級だから、気をつけろよ」


「はは。そらぁ、なんという暴言ですかねぇ」


「「ッ!?」」


「おやぁ? なにを驚いてるんですかぁ。あなたのいま言ったそれってぇ、生命力が半端じゃないアレでしょぉ? 的を得ているかもですねぇ」


 気絶からもう目覚めたとは、つくづく気の抜けない男だ。運良く距離はある。瞬間的な加速を得てしてもブリアナが美貌を損なうことはあるまい。


(ただ、目覚めたこいつの警戒となるとますます容易に動けない。あの怪我具合からすれば、さっさと離れるが勝ちのはずだが)


 下衆には下衆の恐ろしさがある、ということだ。

 ツルハシも手元になく、身体の芯を棍棒に粉砕されたであろう炭鉱夫が今になって襲ってくるとは考えられない。なのに、もしもの考えが浮かんでしまう恐ろしさ。


「それにしても回復魔法ですかぁ。どいつもこいつもぉ、ですねぇ」


「話を長引かせようってなら御免被る。俺らは行く」


「つれないなぁ。いやぁ、角刈りには最初から興味ないんですがねぇ?」


「だから、あたしもあんたに最初から興味ねえって」


 棘の生えた鉄塊をちらつかせながら言うのも何度目か。女好きの下衆だが、とにかく脅しに屈しない精神力だけは褒められたものだ。

 そしてなお、炭鉱夫はその精神力とやらを活かして饒舌に語り始めたところである。


「そう、そこなんですよぉ! やっぱり外からの美女も僕を忌避するようですがぁ、あなたは大層素晴らしい! だからこそぉ、いやむしろと言うべきかぁ、それ故に僕——」


「ガウシとか言ったか、下衆。お前が使っていたこの黄色い結晶だが、これを投げたらどんな大爆発が起こるんだろうな」


「え、ちょっ——まッ!」


 話を聞くのも鬱陶しい。

 大の字に寝そべったまま動けないガウシの慌てる様子も気に留めず、角刈り男は握りしめていたそれを問答無用で投げ放った。

 一見して砂粒かと思うほど細かに砕かれた結晶でさえ、歩けなくするくらいの爆発は起こせる。

 なら、それより数倍も大きなものならば、である。


 ゴン! とだけ。


 ズガガだとかドガガ! ()()()()

 横に亀裂の入っていた正面の壁に当たると、確かにそれは炸裂して壁に穴を開けた。が、その穴も小さな窓くらいの規模で、隠さず言えばショボかった。


「ああーーーーーぶなかったぁ!」


 下衆女好き炭鉱夫ことガウシ・ナ・デンス、ここ一番の魂の叫び。実は結晶が威力を発揮するにはカラクリがある、というのを隠していて正解だったと心底思っていることだろう。


「まあいい。どっちにせよお前はもう動けないらしい。今度こそ俺たちは行かせてもらう」


「好きにしたらいいですよぉ。ただ気を付けてくださいねぇ。ルナちゃんにいつ、どこから狙われてるか分かりませんのでぇ」


「なぜそんなことを教える」


「なぜってぇ、決まってますでしょう」


 ヒョロガリの男が仰向けで笑う。彼の人格も相まって、薄い腹部が高速で膨らんで萎んでを繰り返す様はどことなく気味が悪い。

 体が動かない分、首だけ上げて笑みには見えない精一杯の顔の歪みをもってして、ガウシは言い放つ。


「お嬢さんにゾッコンだか——」


「ゲミューゼ、ブリアナ!」


「ええいどうして毎回セリフの途中で邪魔が入るんですかぁ! 今度はなんですかぁ!」


 日頃の行いだろう。情けない叫びに誰も注目することはなく、二人を呼びかける声の主に意識が注がれる。

 夏だと言うのにマフラーを巻いた青年。ところどころ衣服が穴だらけになっている等あるが、息を切らして駆けつけた彼の名を、姿を忘れたりはしていない。

 インティグキラールの策に嵌り、別々の川の流れに揺蕩った新人の仲間をここに歓迎する。


「待ってたぞグラン!」

「よく来たグラナード!」



==========



 ほんの数刻前のことである。

 いわゆる『アスタロの(わざわい)』の経緯と顛末を洞窟に住む人たちから聞き、一層不機嫌になる過激派のシルラプラ・オ・二を振り切って石の部屋を抜け出たグラン。

 かわいいマルネや、妹と同じ名を持つメイアとも別れ (別れ惜しそうにしたらシスコンと嘲られたが)、なんとクァクァルナが洞窟の出口付近までの案内を申し出てくれたのだ。


「あなた運がよかったねー。上層(じょーそー)は蜘蛛の巣みたいになってるから、ひとりじゃ生きて出られないよー」


「え、そんなに? 逆にここの人はみんな道分かるの?」


「んー、覚えてないでしょー」


「じゃあ何人か野垂れ死んでてもおかしくない? 怖いんだけどそれ」


「勝手に脳内(のーない)私たちの誰かを殺すのやめてねー。あと、しんにゅーしゃを足止めする為の道だから、基本みんなは下層(かそー)から出ない」


 今となっては上と下を行き来するのは戦える人くらいだ〜なんて話を聞きながら、小さな川の流れに沿って洞窟とは思えない広大な場所を抜けていく。

 ここまで来た道を戻るだけだったが、行きと視線も変われば独り迷子になるのは確定だったなとクァクァルナの偉大さを噛み締める。


 そんな時、であった。

 ゴン! と、不自然に壁の一部に穴が空いたのは。


 そう言うわけで。

 こんな時に爆発を伴う戦闘があるとすれば女好きのガウシだとクァクァルナが推論したことを受け、即刻ダッシュで駆けつけたのであるが。


「あれ、もう勝敗付いてる感じ? これ」


「見ての通りだ」


 二人の無事を確認してから敵の姿はどこかと見回してみれば、ぽっかり穴の空いた壁の近くで伸びているヒョロガリが一人。あれが件のガウシなのだろう。


「すげえボロ雑巾みたいにされてるけど、生きてんの?」


「生きてますよぉ〜!」


「うわあびっくりしたぁ!」


「まさかまだお仲間がいたとはねぇ。それも洞窟の奥地から戻ってきたってことはぁ、もう解毒草持ってたりする感じだったりしますかねぇ。あ、でもでもぉ、最強のルナちゃんが居るのにたどり着ける訳ないかぁ」


「いや、話が早くて助かるよガウシ。二人とも、ここに大量の解毒草がある。分担してすぐに洞窟を出るぞ!」


「「「なんだって!?」」」


 腰に巻いていた麻袋から赤紫の束を取り出すと、ブリアナ、ゲミューゼの持つ袋の中にいくらか詰め込む。

 もし誰かが道中で失くしても他の誰かが持っていれば問題ない。特にインティグキラールに遭遇したときに備えておくべきだと、クァクァルナが教えてくれた。

 ちなみに、さっきまで一緒にいた彼女の姿がないことに関して言えば、グランが走って駆けつけたために彼女を置いてきたからである。


「はー、やっと追いついた。どーやらお仲間と合流(ごーりゅー)できたよーで何より」


「——誰だ」


 怪しい銃器を担いで気だるそうに少女が現れる。

 ゲミューゼの睨みが光る。彼からすれば誰ともわからない、危険人物の可能性でしかない。実際に危険人物で間違いはないのだが。


「待ってくれ、彼女は——」


「ルナちゃん!? な、ななな何でここにぃ!? なんで男と一緒にいるのぉ!?」


 芋虫みたいに寝そべったままもぞもぞ騒ぐ炭鉱夫のことをジト目で見下してから、グランは話を修正する。


「——彼女はクァクァルナって言って、まあ色々あって、今は俺が洞窟から出る道案内をしてくれてる子だ」


「どもー、クァクァルナでーす。この人と死闘(しとー)を繰り広げた結果、手伝うことになりましたー」


「し、死闘……? いや、何があったかは詳しく知らないが、案内を任せていいならよろしく頼む。俺はゲミューゼで、こっちがブリアナだ」


 もう少し警戒されると踏んでいたが、やけにあっさり引き下がったゲミューゼに若干意外性を感じつつ。


「ええ〜ルナちゃんが負けたってことぉ〜!? うそだぁ、僕の最推しルナちゃんがぁ!」


「(なあなあ。こいつさっき、あたしにゾッコンとか言ってたよな。もう目移りしたのか?)」


「(はぁ、そんな言葉信じる方がどうかしてる)」


 騒がしい男はもう無視すると決め込んで、グランは派手色の少女に確認を取って先に進もうと振り返る。が、その少女は顎に手をやって何か考え込んでいた。


「クァクァルナ?」


「ん、あー。ちょっとこのガウシと話したいことがあってねー。あなたたち、先に進んでてくれない?」


「ルナちゃんが、この僕と!?」


「先にって、この先は迷路なんだろ。どうやって行けばぶらふぇばぐぁ!?」


 急に何をバグりだしたかと思えば、弾丸二発をぶち込まれた。補足しておくが、敵意は些末も感じなかった。

 そして驚くべきことに、体内から声が響く!


『あなたの身体に「伝達弾」を埋めて「回復弾」で傷を塞いだよ』


「うお、んだこりゃ気持ち悪い感覚!」


『文句やめてねー。これならあたしが道案内できるでしょー。「伝達弾」の効果(こーか)は一分しかもたない。時間は限られてるから、素早ーく動くこと。いいね?』


「……とのことだ。二人とも準備はいいか?」


 急に弾丸ぶっ放したりグランの体から少女の声が聞こえたり、もう何が何だかブリアナ達もついて行けない様子だったが、流されるままに首を縦に振る。

 二人が迷路で時間を浪費している間に、何が起きたら頼もしい味方を見つけることができるのか? 絶対に今回の件が片付いたら質問攻めにしようと目を見合わせるブリアナとゲミューゼであった。


「んじゃ、もっかいぶち込むねー」


「え、またやるのかよぶぶあーー!」


 間髪入れずに『伝達弾』と『回復弾』を捩じ込まれ、一分の制限時間を再度確保する。

 と、ここからは迅速さが求められる訳で。


「行くぞ!」


「しゃあッ!」


 腰に引っ提げた解毒草の感触を片手で確かめ、ようやく三人揃って帰還を目指す。

 さっさと消えてしまった男女一行を見送り、はぁーっと嘆息する陰がひとつ。


「…………さーて、ガウシ。話をしようか」


「にひぃ」


 銃口を向けられたヒョロガリが、なおも笑う。

 なぜか? 簡単な話だ。一番好きな女の子と二人きりだから、それ以外に理由はない。



 一方で。

 それはともかく、だ。

 悲しいかな、クァクァルナの意識の大半はグランの道案内に注がれている。言ってしまえば、ガウシとの話なんて些事でしかない。


「で、次はどっちだ?」


『えーっと、右』


「了解!」


 木の枝のようで蜘蛛の巣みたいでもある迷路を切り抜けていく。無限地獄みたいな様を体験済みのブリアナ達はもちろん、グランでさえも既に嫌気差す複雑さである。


「今度は三つ又だ」


『てことは真ん中かな』


「おっし!」


 次から次へと案内に沿って分かれ道を進んでいなければ、本当にこの洞窟で骨を埋めることになっても不思議じゃなかったろう。

 と、言いたいところだが。


「おい待て。その道には俺たちが往路で通った痕跡がない。本当に合っているのか?」


「だってよクァクァルナ」


『あれー? あ、じゃーここは右だ。次の三つ又で真ん中。あぶなーい』


 何も見ずに道案内をしているものだから記憶違いも当然ある。そして一分という制限時間は迷路を抜けるには遥かに短すぎる時間だった。


『あ、次の次は右だか——』


「もう消えた! 終わりだ俺たちはここで死ぬ!」


「黙ってろグラナード。逆に一分でここまで全速力を貫いたんだ。冷静になるしかない」


「でもあたしは分かるぜ? あんなに格好よく揃って出発したのに、直後にはこの始末。キマらねえよな」


 最後の最後で伝えられた二つ先の分かれ道まで抜けると、ブリアナは壁に刻まれた目印に重ねるように、おもむろに新しい目印を叩き残した。

 藍色の前髪をかき分けて向けられる瞳から、一層の光をを感じて。


「ただし、全ての選択肢の中でも、あたしらが通ってきた道は限られている。そしてかつ、必ずあたしらの目指すゴールまで繋がっている!」


「おい、まさか」


 身構えるグランに、ポーカーフェイスのゲミューゼ。

 女好き炭鉱夫に遭遇するまで蜘蛛の巣を一時間以上歩いてた経験を持ちながら、どこからその元気を持ち出したのか? せっかくだし当ててみよう、ブリアナですら知らないだろうが。

 思えば彼女は一時間に渡ってゲミューゼに話しかけていた。同じことだろう。肌を滴る汗を拭い、腰に巻いた上着の袖を縛り直し、ニカッと笑う。


「そのまさかだ! グラン、これは異世界の洗礼ってやつだ。しらみ潰し探索でいくぞ!」


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