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『勇者などいない世界にて』  作者: 一二三
第一章 二つの世界
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第一章17 折り返し地点


 穴の空いた右足を引きずり、その他節々の傷穴を気にしながら地底へと向かう。

 つい数分前までこの景色も壮観だと思っていたのに、死と隣り合わせな状況下ではこうも禍々しく感じるのかと驚いている。やはり感動の体験は後日、妹を連れてくるまでのお預けだ。


「おにちゃん、すすも?」


 地底から更に伸びた小さな穴。

 底に溜まって中央の巨大な結晶を浸す池からは、まるで心臓から血管が伸びるように、一本の溝を水が走っていた。これが解毒草を育てる水分の役割ということか。


「進むか」


 足跡を振り返れば、ここに激闘があったことを如実に示す赤いシミが伸びていることだろう。けれど振り返ることはしない。解毒草を採取して帰路に着くまでは。


「それにしても、クァクァルナは来なかったな。敵意すら感じなかった


「やっぱおにちゃんがたおしちゃったのかな」


「それはー……いや困ったな」


 あの魔法の威力を考慮して加減したつもり……だとしても、マルネに改めてその可能性を提示されると自信がない。また別の意味で汗が止まらない。額に手を置いて、どうか無事であれと祈る。


「ねーねー、おにちゃんてなんでつよいの? どこからきたの?」


「え、俺? そうだな、なんと言えばいいか」


 異世界から飛ばされて来ました。もとの場所に帰るための冒険をするために試練を受けようとしているところです。なんて、口が裂けても言えない。言っても混乱させるだけだ。


「と、遠くから……かな。いつかマルネちゃんが大きくなったら、案内してもいいかもな!」


 答えになっていなかった。

 ついでに案内できるかも分からないのに案内するなどと嘯いてしまった。


「あ、いやでもこれは——」


「あんないしてくれるの! やくそく?」


 グラナード・スマクラフティーは約束を破らない。これは彼が洞窟内で確たるものとした彼自身のブランドである。まだ幼い少女の期待を、妹を愛するひとりの兄として、彼は無碍にすることができるのか?


「いや、できない」


「やくそくじゃないの!」


「あ、ちが、そうじゃなくて……俺がもっと、そう、マルネちゃんを守れるくらい強くなってからってことだ、うん」


「そっかあー。じゃあどーやってつよくなる?」


 グランのたどたどしい弁解なんてどうでもよかったみたいにマルネは質問を続けた。


「そとにはね、きけんなまもの? がいるってきいたよ。おにちゃんはまものとたたかってつよくなった?」


「たまーに村の外に出ることはあったけど、いつもは妹と一緒に庭で特訓してたかな」


「いもちゃんもたたかえるんだ! そっか、じゃあカカルナおねちゃんたちはね、そとで『しゅうりょう』? 『かり』? してるんだって」


「…………狩りと、ああもしかして『狩猟(しゅりょう)』か。外嫌い筆頭の人たちだけど外に出て、ね」


 食糧集めだ何だのと色々事情があるのだろう。一部対立はあれど、生活環境に目を向ければおそらくどこも厳しいもの。自分の置かれた立場がしみじみと実感される。

 脚を引きずりながら、徐々に冷たくなっていく空気を肌に感じながら、寒さか出血か、身体が地味に震えるのを認識しながら、思う。


「疲れたな」


 事実、目的地に辿り着いての反応は「疲れた」の一言に限る。景色で言うなら先刻の地底の方が素晴らしかった、というのもあるが。

 片道を制覇した時点で感動よりも達成感よりもまさか疲弊が勝つとは、半日前の自分は予想していただろうか。

 これでまだ片道という事実が恐ろしく、これまた身が震える。


「おーい、おにちゃーん? ぼーっとしてるね」


「——お、いやいや、なんてことないさ。さっさと草摘んで帰ろう!」


「おー!」


 思ったよりもこじんまりした洞穴に、しかし一面に群がる赤紫の植物こそが解毒草である。

 太陽の光こそないが、もう見慣れた光る結晶たちが代わりとなっているのだろうか。だとしたら洞窟の外の木々はどうなんだと聞かれても知らないものは知らない。


「根っこごと引き抜いちゃっていいのかな」


「あ、それはね、くきをきるのがいいんだって! そしたらね、またくきからくさはえてくるの!」


「茎からまた? すごい再生力じゃないか」


「ひよくなとちだからね!」


「肥沃なんて言葉よく知ってるな。これもまたマルネちゃんの知的好奇心が故か」


 駄弁りながらも、マルネのやり方を模倣して見よう見まねで刈り取っていく。

 過程で気付いたことだが、葉っぱの裏に隠れるようにして赤の微光を帯びた小さな花が咲いている。確か道中にも微光のある多種多様の花々が顔を覗かせていたので、同様にこれも魔素(マナ)とそれを内包した鉱分の影響かもしれない。


「あ、そのおはなたべれるよ」


「え、光ってるやつを? おいしいのか?」


「マルネはあんますきくない〜。でも『えいようかがたかいんだぞー』っておじちゃんいってた。でもでもたべたくない、やだ!」


「野菜がうまい訳ないよな。栄養があるって考えると……この世界じゃ貴重、だから、食べなきゃ、、」


「なんでむりしてたべるの!」


「だよなあ〜」


 残念ながら若輩のグランには問に対する答えを持っていなかった。野菜は子供の敵である。野菜を無理くり食べさせようとする大人のなんと恐ろしいことか。


「無理してまで食べたくはないけど、花があるってのはありがたい。ここから種が落ちて、茎を折らなくても解毒草を育てられる」


「おにちゃん、ほんとにそだてられる?」


「どうだか。でも約束したから、試行錯誤して解毒草の家庭菜園を実現させないと」


「そかー! がんばって!」


 そうやって、拠点から持って来た両手に収まるくらいの巾着袋に解毒草を詰めれば、すぐに必要以上の結果が得られた。


「お目当ての採集だけならこうもあっさり……」


「なんかがっかり? さっきからぼーっとしてる!」


 気を抜くとすぐに疲れが押し寄せてくる。


「いや、がっぽりで嬉しいさ」


「むむむ……じゃあばっぱり……はちがうなー」


「さっぱり分からん表現でてきたな。ここ独自の言葉? やっぱり地域で言葉も違うんだなあ」


「ずるい、いちどにふたつも! つぎはマルネのたーん!」


「お、おう?」


 巾着の口を閉じ、簡単に飛び出さないよう固く紐を結べは残すは引き返すだけだ。なんだかマルネは眉間にしわ寄せて唸っているが、心配するまでもなく後をついて来ている。


「あ、おにちゃん、ふくろかたほーもつよ!」


「いいのか? じゃあ半分こしていこう」


「あとね、『ばっぱり』はマルネがてきとうにかんがえたことばだよ!」


「存在しない言葉だったのかよ!」


 心配させまいと平然を装っているが、この男、脚やら身体の各所に穴が空いているのを忘れてはいけない。


(あークソ痛え。生まれて初めての大怪我だってのに、俺意外と冷静で怖いな)


 優秀な継続回復で傷こそかなり塞がっていても完治ではなく、その引き攣った笑みの裏では痛みと友達だ。周囲に人がいなかったら涙を流していたかもしれない満身創痍でも、歩みは確実に進んでいた。

 目線の先は青く眩しく、水が壁を這って滴り落ちる清音が耳を賑やかにさせる。

 要するに、あの絶景スポットに戻って来た。

 そして更に要するに、ここは数分前の戦場であり、今の戦場であった。


「マルネ、後ろに」


 腕を横にやってマルネを下がらせる。

 細道を出た、その大きな結晶の映える地帯で待ち構えていたのは脚の長さ程ある狙撃銃を構えたカラフルな少女。背景に擬態するための彼女なりの工夫だ。それも今は意味を為さないが。


「はあ、あなたってほんとーにやっかーい。だから、これで最後にしよーか」


「こちらとしても厄介極まりなかったぞ。あと無事でいてくれて何よりだ」


「え、敵の心配だなんて、余程よゆーなんだねー」


「だって負けなしなんだろ?」


「それはみんなが勝手に言ってるだけで、あたしは勝とうが負けようが気にしないけどー」


 言葉のラリーの最中にも睨み合いが続く。

 互いが互いに思うことは違って、それでもここが決着の場であることは共通の認識。ついでにもう一つ、両者は同じことに気を取られていた、!


((こいつ(この人)、回復してる?))


 グランが継続治癒魔法『サルヴ』を使用して、現在も自然治癒力全開であることは承知のことだろう。

 これとほぼ同様のことがカラフル少女のクァクァルナにも起きていた。『オリヘプタ』の奇襲を受けて焼け落ちたり破れたりしただろう痕跡が服装に散見される。しかし、彼女の矮躯そのものは紛うことなく綺麗で傷一つない柔肌だ。


「あれだけの手数に加え回復もアリって、インティグキ……キラールと同じじゃねえか」


「それはあたしのセリフー。回復もできて、それに多分あなたは……ともかく、キラールと似てるのはあなただよ」


「俺の回復はそんな便利なもんじゃないけどな……ね


 クァクァルナは立ったまま、肩に狙撃銃の端を乗せ銃口を向ける。もう隠れる必要もない、動く必要もない。

 会話の時間を終わりにして、さっさと決着つけようという無言の宣言だった。


「そうだな」


 脳天から心臓へ、敵意が線を描く。

 少女がどこを狙って発砲してくるかは瞭然。

 故に、残す懸念は——


「へくちっ!」


 両者の間の距離僅か十メートルもない。

 可愛らしくくしゃみしたマルネを引き金に、二人が動く。


「『オリヘプタ』!」


 凄腕の狙撃手(スナイパー)の速射を魔法で相殺し、爆煙で視界を塞ぐ。この刹那こそが、距離を即座に詰め拳を叩き込むチャンス。

 踏み込めばたった数メートル、間近も間近。

 しかし、


 ギチィ……!! と、肉が軋む音が鳴る。


「がぅあああッ……塞がってねぇ、穴が、ぁ!」


 唯一の残る懸念は予想通りに現実となった。

 全身各所に空けられた穴。とりわけ足首のそれは歩くたびに自己主張して意識をいとも容易く引っ張っていく。たった今強く踏み出した足もまた、僅かな衝撃に過剰に反応して血液を溢れさす。


「そこだね」


 激痛に声を上げ硬直したが最後、視界が晴れるより先に居場所は特定され、


「『オリヘプタ』」


——ズドン。


「『オリヘプタ』」


——ゴウッ。


「『オリヘプタ』」


 ジリ貧の魔法相殺戦術で難を凌ぐことしか道はない。

 死角からの奇襲も、スコープを頼りにしない開けたこの場では通用しない。

 炸裂音が響き渡る。戦闘の余波。爆風が正面から全身を押す。踏ん張ればこそ、余計に脚の治りも遅くなる。マルネと約束を交わした時から始まる、全三回に渡るクァクァルナ・オ・ドからの銃撃の全てがここまでグランを追い詰めた。それぞれが独立した戦いではなく、これまでの悶着が繋がって今がある。


「なんだ……やっぱり冷や汗か、これ」


「もう辛いんじゃなーい? 投降(とーこー)するなら今のうちだよって、もーいっかいチャンスをあげる」


「そう、だな。魔力も消費して、痛みを堪えて、息も上がってる。だから、火事場の馬鹿力ってやつに期待するしかないよ」


「そ」


 視界が開け、互いの顔を見合わせる。彼にとっては最悪なことに、彼女にとっては何てこともなく、距離は全く縮まっていない。


「なら、あたしも出し惜しみはしない」


 感覚でわかった。空気がそう語っている。

 もう長い攻防は終わり、数十を数えるよりも早く勝敗が決まる、と。


(怖い。今度こそ弾丸が臓器を食い破って死ぬかもしれない。怖い。けど、けど)


「おにちゃん、がんばれーーーーーーーーッ!」


「がっかりは、させたくない!」


 まず一歩、傷のない左足で大きく前に。

 直後、足元から氷の荊が踏み出したばかりの左足に手を伸ばす。最もグランの体力を削ることに貢献した恐ろしい凶器。


「『オリヘプタ』」


 七つの内一つの光球で破壊して、一歩。

 直後、次の一発が来る。これも光球で撃ち壊す。間を置かず、放たれた弾丸が炸裂して全身に等しく礫をねじ込ませる。強引に吐き出された空気を補給するため、叫んでいる暇もなかった。


 歯が砕け散るんじゃないかと錯覚するほどに噛み締めて我慢し、一歩。

 直後、視界が真っ白に染まる。グランは知らぬことだが、閃光弾の影響である。まさかの視覚への介入に歩が止まる。瞼が開かない、開けられない。


 前が見えなくても、前に相手がいると信じて一歩。

 直後、腕を何かに掴まれる。固い無機物、力強く少女にしては大きな手。覚えがある、あの岩人形だろう。だから構わず残りの光球で破壊する。


 もう目と鼻の先ではないだろうかと、一歩。

 直後、不自然に吹き上げるそよ風が急速に渦を巻き、石塊の残骸を取り込んで礫の嵐と化す。光球と腕で頭を守り、ようやくうっすら目を開けば、クァクァルナとの間隔が掴めた。


「『オリベルグ』」


 左右に隆起させた岩の針で嵐から身を守り、一歩。

 直後、取り戻したはずの視覚が、視界が歪み、呼吸が封じられる。グランの頭は水に覆われていた。誤って一気に飲み込んでしまい、しかし咳すら封じられた状況では窒息も目と鼻の先だ。


(『オリロート』)


 全てを燃やし尽くす炎で水を瞬間的に蒸発させ、一歩。

 直後——とはならなかった。

 一秒、二秒、三秒、、、と経過したが、次の攻撃が来なかった。もしかしたら、認識していないだけで既に被弾しているのか、それすら分からないほど静寂を感じた。


「あ、れ」


 何が起きたかは全く理解できていない。だからと言ってそれは立ち止まる理由にはならないし、むしろ好機。

 だから、眼前の少女が歪んで、次第に彼女の奥にある景観までもが倍に増えて重なるような異常も、最後の一歩を踏み出せば関係ないはずなのだ。なのに、なのに。


 人間は、そう簡単に強くはなれない。


 無理に脚を酷使して距離を詰め、特筆すべきダメージは無かったとは言え一歩毎に未知の弾丸を受けてきた。疑いの余地もない満身創痍に対する過剰な追い打ちと評価されても不思議ではない。

 火事場の馬鹿力とグランは表現したが、それがどこまで意味のある、実態を伴った表現なのか。


「もー、あなたは限界だよ。拳を握るどころか、次の一歩で脚から崩れ落ちて動けなくなるでしょーね」


 水を蒸発させてから何も起きなかったのは、何もする必要がなかったからだとカラフルを身に包む少女は語る。グランの脳が言葉の意味を受け付けているかはともかく。


「——っ」


「だから、正真正銘(しょーしんしょーめい)、あなたは次の一弾を避けられないね」


 それでも、力が入らない声も出せない左右上下も分からない、全身がバグを呈している、ただ一人の男は動いた。

 もはや敵意すらも感じ取れなくなったことに気付かず、数十センチ先へ、半ば引きずるように右足を浮かして——肩を弾丸が貫いて——強く踏み締めた。


「ッらあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」


 無我夢中の雄叫びと共に、拳を突き出した。

 見事、グラナード・スマクラフティという村育ちの一般人が苦境を越えて挽回してみせた。

 その瞬間をマルネもしかと目撃した。よそ見することもなく、最後まで見届けていた。


「カカルナおねちゃん、おにちゃんは……」


「よくやった。ほんとーに、ほんとーに、やっかいな客だったさ」


 挽回のゲンコツは確かに少女一人くらい飛ばせるだろう威力の込められた起死回生の一撃だった。ただし、目測を誤らずクァクァルナの端麗な相貌に届いていれば、という注釈付きにはなるが。


「お、おおおわ!」


「おにちゃん!!」


 グランは拳を振り切った体勢でしばらく硬直していたが、体力を文字通りゼロまで擦り減らしたことで少女を巻き込みながら前に崩れ落ちた。

 マルネが本気で心配する表示で駆けつける。倒れたおにちゃんの腕を引っ張って仰向けにしようと頑張るが、まだ小さな女の子にはまだ一寸たりとも動かすことはできない。


「カカルナおねちゃんうごける? てつだってー!」


「あー、疲れた」


「カカルナおねちゃん? おーい!」


 頑張る少女を尻目に、のしかかる男子の重さに驚愕しながらも、下敷きにされた少女は底の見えない誰にとっても暗黒の天井を見上げ、まずは思いっきり息を吐き出すのであった。


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