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『勇者などいない世界にて』  作者: 一二三
第一章 二つの世界
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第一章16 十色の弾丸


 扉を開けた先には緩い左カーブを描く一本道が伸びていた。

 やや下り坂になっていて、左手側の壁には所々穴が空いている。耳をそちらに傾ければ、水の流れる音が聞こえてこなくもない。

 黒に近い紫髪で夏でもマフラーを巻いているグラナード・スマクラフティと、銀色に光を照り返す少女マルネ・ナ・ノルニはからがら洞窟の住民の許可を得て、秘密の道へと踏み出していた。


「川がそこそこ近くにあるってことか。行き着く先が同じな当然ちゃ当然だ」


「おにちゃんはしって! いまならカカルナおねちゃんにねらわれないでいける!」


「そうだな、急ごう!」


 頼もしくも先導するマルネを追いつつ、遂に目的地に辿り着くという興奮が胸に込み上げる。

 まだ先は見えない。

 狭くも広くもないカーブの道だ。逆に言えば、ここは洞窟に住む人だけしか知らないし、誰にも教えるつもりもないのだから、迷路であるはずもない。


「おにちゃん、さっき、すごーおどろいてたね」


「はは、確かにな」


 頭を使わずに走ればいい。だから会話の余裕が二人にはあった。

 ちなみに、先程の部屋を出る前に自己紹介はしてきたのでお互いの名前は既に認知している状態なのだが、マルネからの呼び方はおにちゃんで固定らしい。


「俺の妹と同じ名前の女の子がマルネちゃんの姉なんだなんて、不思議なこともあるんだなあ」


「おにちゃんのいもちゃんはどんなひと?」


「マルネちゃんみたいに頭が良くて天真爛漫なんだ!」


「てんしんらーまん? なにそれー」


「めっちゃ元気ってことだ! 早く会いたい。だから一刻も早く、この暗い世界に終止符を打たないといけないんだ」


 マルネは首を傾げる。

 規模の大きい話に飛躍したことで思考の回路も詰まったか。それ以前に、グランの妹が世界を跨いだとこにいて、帰る為には通称「失踪事件」の犯人とやらと対峙するかも分からないという規模の前提が横たわっているのだが……大人でさえそんな背景まで推察できる人間はいないだろう。


(ま、ここまで話す必要もないかな)


 平和とはとても言い難い世界だから表現には困るけれど、魔獣のいない洞窟での暮らしは安全な方だろう。

 闇の大元に真っ向から立ち向かうなんて危険に関わるのはグラン含め戦いに身を投じる者だけで十分なのだ。せいぜい洞窟内で起こるいざこざくらいが丁度いい危険で、


「よくわからなかたけど、マルネ、これからみーんなにじまんする! だいぼうけん! だからおにちゃんも、いもちゃんにたくさんじまんしてあげてね!」


「そうだな。こんな大冒険、話さない訳がない!」


「うん! あ、そろそろだよ」


 振り返って言う少女は満面の笑みを見せる。走って進んでいるが、まだ疲れている素振りはなかった。


「もう解毒草んとこに着くのか。思ったより早かったな」


「ちがう! ぶゆーでんをはなすためのね、とっておきのばしょがあるの!」


「目的地じゃないのね……っていや、そんなとこがあるなら是非見ておかなきゃだ!」


 会話はマルネペースであったが、一人の兄として歩調合わせには努めなければない。と、そう考えてから十秒とかからずして、突然視界が開けた。


「おわ! な、なんだこれは」


 左カーブの内側の壁が途切れ、それはもう壮観であった。グランらが小走りで進む道は大きな楕円の螺旋になっており、ここから地下に三層続いていて、今は約十五メートルの高さの位置にいるらしい。

 頭上はまた高くまで続いていて、天井は見えない。ひょっとしたら、洞窟に入る前、黒龍ラグラスロと覗いた頂上の穴に繋がっていたりするのかも。

 

 何はともあれ、特に言及しなくてはいけないのは楕円の中心に見える、巨大な光であろう。


「真っ白な……水晶? これで一つの鉱石なのか?」


「そだよ! すごーでしょ!」


 どれだけの時間とどんな条件が重なって形成されたものなのだろう。状況が状況でなければ、思わず足を止めてじっくり観察したくなる絶景だ。武勇伝として最愛の妹に聴かせるよりも、一緒に眺めたいとさえ思う。


「水が小さな滝みたいに流れ落ちてあの真ん中の鉱石を埋めているのか。もし小川沿いの正規ルートで進んでいたらあそこで合流できたってことだ」


「おにちゃん、あそこ! あのちっちゃーいみちわかる?」


「ん?」


 マルネが指したのは最下層、そんな地底の隅っこ。道の終点とも言えようところに、更に奥に続いてそうな暗い穴がある。


「見えた!」


「おめめいい! あそこにね、くさあるんだよ!」


「そうか……よし、よし、よし! シンダーズ、待っててくれ。時間はかかったけど、ようやっとここまで……」


 このペースで行けば目と鼻の先。

 この絶景がなんだ。たった今、ここで止まるなら妹と一緒に見たいと願ったばかりではないか。息遣いも少しずつ荒くなってきた。けれどまだ体力は尽きていない。

 なのに、額を縦断する汗を拭って、グランは、


「ようやっとここまで……なんて言葉を使うにはまだ早い。そうだよな」


 言い聞かせるように呟き、足を止めた。

 拍動が強く高まっているのを耳が捉えている。

 先行していた銀の少女が気付いてこちらへ振り向いた時にはもう、それなりの距離が開いていた。


(そうだ、それでいい。距離を詰めて移動するなんてことは確実であっても最適じゃない、よな)


 少女は聡い。

 だからこそ、相手の意向を汲むことも出来れば先入観に囚われずグランサイドに立つ選択も取れた。先刻の話し合いではグランが用いるべき武器も示してくれた。


 だがしかし、少女は幼い。まだ十歳にも満たない。

 ならば「敵は自分たちがA地点を通ると予想するだろう」と予想できても、必ずしも第二次誤信念課題を突破、つまり先の予想に加えて更に「敵は自分たちが実はB地点にいると勘付いて向かってくるだろう」と予想できるとは限らない。

 最初に『いまならカカルナおねちゃんにねらわれないでいける!』とマルネが言ったのも、あり得るかも知れない可能性の一つとして挙げただけで、本当にそうなるという確信具合は極めて低かったろう。


 何が言いたいのか、はっきりさせよう。

 すなわち。


(クァクァルナが来た——!!)


 グランは咄嗟にその場にしゃがみ込んだ。直後、コンマ数秒前まで額があった場所ドンピシャで超高速の何かが通過する。言わずもがな魔力のこもった弾丸である。

 良くなかったのは、弾丸が通り抜けた先の岩壁から"それ"飛び出ていたことである。


「ノル……まじか、おい!」


「おにちゃ——」


 ドガッ! と。

 青い煌めきを放つ鉱石にぶち当たって綺麗に飛んできた跳弾が、グランの横っ腹にぶっ刺さって爆ぜた。そのまま爆風で舞い上がった体躯は道を外れ、下層の水中へ向かって落下を始める。


(でも、これでよかった)


 実は直撃の寸前、グランとマルネの目が合っていた。

 小さな少女をこの攻撃の余波に巻き込ませる訳にはいかなかった。そしてクァクァルナからしても、側に少女がいると銃撃し辛いと思っていたことだろう。

 だからわざと距離を取った。マルネを人質にするように距離を詰めて移動するのは違うと思ったから。


(ここまで来たんだ。クァクァルナ、俺はもう逃げない。戦うぞ)


 浮遊感を全身に浴びながら殺意の方角に目を向ける。またも暗がりに潜んでいるからか姿は見えない。

 けれど、詠唱する。


「『オリヘプタ』!」と。



==========



 清流の見える狙撃スポットで寝そべってスコープを覗き込む少女は、全体的に黒を基調としつつも宇宙柄のキャミソールに極彩色のカーゴパンツを纏い、赤青黒の縦縞ポニーテールという奇抜も奇抜な装いをしている。

 本人が醸す大人しめな雰囲気とは裏腹にこんな格好なのは、カラフルな鉱石で溢れている洞窟内で擬態する為の戦略であった。


「いつになっても来ないなー」


 クァクァルナ・オ・ドが実際に異変に気付くのは、そこそこ時間が経過してからのことだった。


「あの男の人、ほんとーに強かった。てゆーか、なんであたしの弾が当たらない訳? まさか、あの人と同じドッキリ能力(のーりょく)を持ってる?」


 自身の狙撃の腕にはかなりの自信を持っている。腕を狙えば絶対に腕に弾をぶち込めるし、急所を一発で貫くことだって可能だ。

 なのに外した。


(いや、躱された。それに……)


 相手の挙動の何かがおかしかった。


(時々、あたしとは全然かんけーないとこを気にしてるみたいだった。()()()()()()()()()()())


 これだけではない。不可解な点、頭のどこかで引っかかって、あと少しで取れそうな何かがある。あれもこれも射撃を回避され、何かを気にする素振りを見せ、最終的には拳銃で反撃されて周囲を炎に包まれた。


「そうだ、拳銃? あの人はどこから拳銃を持ってきた? 変な岩の魔法で姿を隠されたからそっこーで岩を破壊して……煙幕で状況(じょーきょー)が分かんなくなって、その次だ」


 点と点を繋ぎ合わせてある仮説が浮かぶ。あまり彼女としては信じ難い仮説だから棄却したいのは山々だったが、いつまで待っても不審者が来ないこの状況に対しても説明が付く。付いてしまう。


「まずい」


 クァクァルナは自分を信じた。


「誰かは分からない。けど、誰かが手助けしてるねーこれ。きっと男の人はもーひとつの道に向かってる」


 そしてすぐさま移動した先で、男と少女が秘密の通路を走っている光景を目撃する。他の洞窟の住民との間にどんなやり取りがあって二人があの道を通らせてもらったのかは知らない。しかし、クァクァルナは依頼を受けてここにいる。


十色(といろ)の弾丸ぶち込んでやる。この背景(はいけー)を知るのは終わってからでも構わなーいってね」


 マルネと男の距離が開いたのを確認してすぐ、引き金を引くのに躊躇いはなかった。



==========



 斯くして現在、小川が地底に流れ落ちるように、グランも溜まった池へと真っ逆さまの状態。


(身動きの取れない空中か、満足に動けない水中を狙って一撃で仕留めるつもりだろうけど……ッ!)


 魔法『オリヘプタ』の光球を両手に集め、エンジンブースタみたいに高エネルギーを噴射して落下の方向を変更、一気に加速した。まず着地する為に一層下の道へと視線を合わせる。

 対して狙撃手(スナイパー)も負けなしの弾丸と呼ばれるだけの技量と矜持がある。予想外のグランの行動に合わせて即座に弾丸が放たれる。

 

「よっ、ほっ、だぁーっぶねぇ!」


 飛行技術はまだまだ巧みでないグラン。拙いブースタの火力操作で背後から迫る射撃を躱しきる。殺意の線はどの部位を狙っているかまで把握できるのだ (逆に正確に狙ったまま当ててくる相手も恐ろしいが)。


『ふん、避けられるって分かってたよー』


「なに!?」


 誰もいない前方から若い女性の声が届いた。その謎現象への驚きも束の間、目の前の着地点に先に着弾した銃痕から、丁度グランの胸を貫く角度で1メートルある(いばら)状の氷柱が突き現れる。


「それは無理だ!?」


 勢いはそのままに、左手の放出分だけを前へ向けて一つ氷柱を破壊し、後は極力捻るように道へと突っ込む。

 だが着地の寸前で残りの針の一本が右足首に突き刺さったことでバランスを失い、地面を転がる不時着となる。


「がぁぎぃいいいいいぃぅ———ッ」


『ざまーみろー』


「ぁ……てめッ……その弾からッ!」


 複数開けられた弾痕のうち一つだけ、どうやら氷柱の生成ではなく声を振動させる銃弾が撃たれていたようだ。前の戦いで見た通常弾と拡散弾に加え、これまでに確認したクァクァルナの弾丸はこれで四種になる。


「く——そ、どんだけ、種類あるんだこいつは……!!」


 足首から血が流れ出る。何かが身体を貫通するなんて初めての経験に全身が震えているのがわかる。数時間前には両手で斧を振り回すおっさんの風で腕の骨を粉々にされているが、それとどっこいどっこいの痛覚の悲鳴っぷりだった。継続治癒魔法『サルヴ』を掛けてみるが、意味があるとはとても思えない。


「おにちゃん! だいじょぶ!?」


 姿は見えないが、上層から少女の声だけがこだました。


「く……あ。っづ、だいじょうぶ、だ! マルネ、危険だから降りずに待っててくれぇ!」


「でも!」


「約束、だろ! 逃げれるときは逃げる! 危険なことはしない!」


「——わかった! やくそくしたもん、マルネまもれるよ!」


 良い子だ、とそんな感想ばかり出る。洞窟に芽生えた純粋な種こそがマルネ・ナ・ノルニという良心。彼女に何かがあってはいけない。


『ふーん、やっぱりマルネは協力者(きょーりょくしゃ)ですか。でも手加減はしない。ほら、じっとしてていいのかなー?』


「馬鹿……言え!」


 精密射撃は休む間を与えない。

 足をやられて立ち上がるのもままならない今、腰から上を思いっきり揺さぶることでしか危機回避ができない状況だ。それ故に、


 パガガガガガン——ッ! と炸裂する。


 避けられることを織り込み済みの散弾が撒き散らされる。粒ひとつひとつは脆くとも、花火みたいに何発も全身を打とうものなら威力は計り知れない。

 声にならない叫びをあげ、必死に堪える。


『どうしよーもない状況(じょーきょー)だね。どーする? 今のうちな——』


 突然プツンと音声が途絶えたことを認識した瞬間、足下に新弾が撃たれる。すると再びクァクァルナの声が反響した。


『ごめんねー。時間経つとまほーの効果(こーか)切れて音伝えられなくなるの。それで今言おーとしたことだけど、投降(とーこー)するなら今のうち。これ以上ケガはしなくて済むよー』


「は、は」


 引き攣った笑みで応じる。


「繰り返す、よ。馬鹿言え」


『あっそー』


 どーなっても知らないよ? と警告の一声を挟んで、休む間もなく射撃は再開される。敢えて狙いを外して地面に着弾すると、どこからともなく石の破片が集まって急速に何かを形作られる。

 つま先に刃がくっついた二足の靴、胸板を曝け出したような装い、オールバックで両手には獲物と。


「おいおい、悪い冗談だろこれ」


 石人形だから動きはぎこちないものの、足を負傷した人間を討伐することくらい造作もない精度のはずだ。


「耐えてくれ俺の足、『オリヘプタ』!」


 石の斧が振り下ろされる寸前、七つの光球の内二つを使った衝撃で少々雑に距離を取る。やはり全身で地面にぶつかることになるので傷に塩を塗るのと同じ感覚だ。むしろ傷に砂を塗るの方が現況に即した表現だろうか。


「やはり対応の早さはあのおっさん並みだ、来る!」


『背後にも気をつけなー』


「っ!?」


 言われるまで気付かなかった。

 後ろにももう一体、同じ姿の足人形が石斧を構えて立っている。わざわざ教えてくれたのは余裕の表れか。


(完全に下に見られてる。ああそうかよ、どうせ劣勢だもんな。あんたは正しいクァクァルナ!)


 残りの五球で正面から迫り来る石塊を破壊しにかかる。素材が石とは思えない速さで斧を振る人形は、しかし石であるが為にオリヘプタの威力には勝てない。砂塵を撒き散らしながら粉々に消えていく定めである。


(でも、背後の奴が)


 詠唱が間に合ったとしても、それは自分の魔法の余波を自分で浴びる羽目になる。どんな理由であれ『オリヘプタ』は塞がれた。


(なら、同じ岩同士で、衝突させる……!!)


 すなわち『オリベルグ』。手を地面に付けてさえいれば術者の意思に即応して隆起してくれる、グランの大事な攻撃手段。背後で隆起した岩の針たちが人形を呑み込んで、互いにぶち壊し合う。

 なのに、


「本当にあんたは、『負けなし』なんだな」


 グランが石塊の崩れ去る音を耳にする頃にはもう、追加で三発の弾が発砲されていた。対応できるはずもなかった。

 ひとつ補足しておくと、弾丸は直接グランに命中した訳ではない。

 若干狙いを外して撃たれたそれらは荊のようにトゲトゲした氷針となって伸び、トゲの幾つかが身体の節々を刺突していた。ここまで追い詰められたならもう、動きたくても動けない。


『「馬鹿言え」って言葉が馬鹿だったね。だからケガしなくて済むよーって警告(けーこく)してあげあのに』


 再度、新たな弾が撃ち込まれ狙撃手(スナイパー)の声を生む。


『全身から真っ赤な血を流して……痛いーよね? あたしには考えられない痛みなんだろーな』


「他人の痛みを心配できるくらいには善良な子なんだな、クァクァルナ」


『なーに? あたしを褒めても何も出ないよー。みんながあなたに協力(きょーりょく)してたとして、あたしの仕事にはえいきょーないからね』


「ああ、遵守って言うんだろ。既にされた依頼のために動いてる。だからあんたは正しい、だから責めるつもりはないよ」


『なら大人しくそこで捕まってくれるの?』


「それは、無理だな」


 細胞を引き裂く氷の荊が体温で溶け始め、傷の穴から血が溢れる。冷えたお陰と言っていいのか、痛みはあまり感じない。


「……最初から最後まで、結局決定的なダメージを負わせたのは氷だったな」


『人間が生きるのに水は絶対ひつよー。でも固まるだけでこんなに人を傷つけてしまうって、怖いよね』


「俺の妹も、氷魔法を使うのが得意でさ。その強さと怖さは知ってるよ」


『ふーん? なら最後に言い残したことがあれば聞こーか? でも、そんなことを聞いたからって遠慮はしない。どうせ妹には伝わらないしねー。あたしが次に引き金を引けばそれで終わり。ここから抵抗するゆとりは無いんだよ。だか——』


 不意に音を伝達する効果が終わり、会話が途切れる。またすぐに新しいのが来ると思ったが、十秒経過しても少女の声が聞こえることはなかった。

 どうせ最後に言いかけたことは「投降しろ」とか「諦めろ」とか、そんなことだろう。


 グランは失笑した。

 最後に言い残したことが一つあったから。


「俺は最初からあんたがどこで銃を構えているのか知ってるんだ。今も殺意が俺に向いているから、簡単に追跡できるんだよ」


 ドガシャアッ!! と、離れたところで青い光が爆発した。


「『オリヘプタ』は、俺が石像を相手してる時のどさくさに紛れてクァクァルナ、あんたの所へ飛んでった」


 謎の轟音はそう、砂煙に紛らすように放った七つの光球が凄腕の狙撃手(スナイパー)を捕捉し、見事に彼女が隠れていた壁を破壊し尽くす破壊音であった。


「はぁ、死中に活を求めた成果ってやつだぜ……」


 遠距離からの精密射撃をする相手にとっての弱点は、スコープを覗きながら照準を合わせるが故の視界の狭さだと、グランの大好きな伝記に記述されていた覚えがあった。

 もう一つ、少なくともクァクァルナの狙撃銃は連射が出来ない。必ずコンマ数秒とは言え間隔が生じる。『オリヘプタ』に気付かれていたとしても、氷の弾丸を撃っている片手間では対応しきれず見失っていただろう。


「おにちゃんっ!」


 血まみれ満身創痍で項垂れる姿を目撃してか、顔を蒼白にして駆けつける少女の姿があった。


「マルネ!? なんで来たんだ、ここはまだ危険だ。逃げれるときは逃げる約束だろ……ぐっ」


「だいじょぶ!? マルネのことよりおにちゃんだよ! マルネはきけんじゃないもん、だからきたんだもん!」


「っつ……でも、ここに来たら戦いに巻き込まれるかもしれないんだぞ」


 とにかく、マルネだけは危険に晒してはいけない。もう遅いとしても、戦場になってしまった以上はできる限り遠ざけないと。


「さっきのすごいおと、おにちゃんがカカルナおねちゃんやっつけたんじゃないの?」


「やっつけた……は語弊があるな」


「『ごへいがある』? 『ごへいもち』っていう、ひらべったな5まいのおもちを、くしでさしたたべものはしってるよ。けどちがうよね? ごめん、マルネわかんない」


 不意のほっこりかわいい解釈。これがあるから強く出れない。


「餅を、この洞窟で食べれるのか? いやそれは今よくて……説明する余裕がないから、マルネちゃん、今度お姉ちゃんとかに聞いてみてくれ」


「わかった!」


「それでな、俺はお姉ちゃんと約束してるだろ?」


「あ、そっか。カカルナおねちゃんやっつけちゃだめ! ってやくそく!」


「そうだ。だからさ、まだここは危険なんだよ。離れてないとマルネちゃんもケガしちゃ——」


「でも、やくそく!」


 意外な切り返しだった。

 グランの言葉に被さって出た言葉が「約束」。しかしその約束が示す内容はずっと言っているように「逃げる」ことのはず。


「ちがうの。おにちゃんとのやくそくは、にげるだけじゃないんだよ、おぼえてる?」


 なら、過去の自分は何て言った?

 解毒草の群生地まで案内する、勉強する為だと言ってグランに着いて行く主張をした銀髪の少女に対して、何を約束させたのか。


「『何かあったら俺の後ろに隠れて、逃げれる時は逃げるんだ。約束できるか?』」


「やくそくできるよ! だから、マルネはおにちゃんのうしろにかくれるの。いっしょにいこ! にげるなら、おにちゃんといっしょににげる!」


 もう逃げないと決めて、ここで終わらせると決めて戦いを始めた。

 逃げれる時に逃げる。それはグランにも当てはまるはずだと、強い視線で訴えかけてくる。深い瞳に吸い込まれそうなほど主張は強い。


「屁理屈だ。それはわがままじゃないか」


「わがままじゃない! やくそく! マルネもいく!」


 譲る気はないらしい。よく分かった。

 正直、ここで折れたらマルネを危険に晒すことになるから難しい。

 でも、でも、でも。


「はあ」


 やっぱりグランはマルネに勝てない。二人が約束を交わした時からそうだ。出会って半日も経ってない関係性だけど、やっぱり今回も勝ち目はなかった。


(ここで立ち止まってても、あの狙撃手(スナイパー)に反撃の準備をさせちまうだけだ)


 こう言う状況に弱い自分に、そう言い聞かせて折れるしかない。

 結論は出た。


「行こう、マルネちゃん」


 氷に込められた魔力が霧散しつつあるのか、急速に溶け始めた荊を避けながらゆっくり立ち上がる。


「う、ぐッ」


「だいじょぶ! いたそう……」


 継続治癒魔法は継続中でも、最初に右足首を貫通した傷穴すらまだ塞がってない。血は流れるし、度重なる戦闘やらで水分もかなり消費している。痛みだけでなく軽いフラつきもグランを襲っていた。


「それでも、進む……もう、すぐそこに、解毒草があるから」


 おどおどする少女に微笑んで前を向く。

 グラナード・スマクラフティ、十八歳。

 その一生を辺境の村で過ごしてきた彼が、ある一日を境に血に染まった。なぜ立てるのか。どこにその胆力を隠していたのか。


「まだ俺にはやり残したことが沢山あるんだよ……クソが」


 隣の少女に聞こえない声で悪態を出して、その歩みを再開した。


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