第一章12 負けなしの弾丸
ものの見事に最悪だった。
目的である解毒草までの道案内をしてくれるという女の子と行動を共にしようとした瞬間、狙撃銃での攻撃が開始される。
その女の子——マルネはどうやら部屋を抜け出して来ていたようで、次いで彼女を探しに来た女性がその戦場に合流。
彼女も彼女で別の物陰に収まっていて、おそらく狙撃手の方からはまだ視認されていないだろう。
(二人の姿を晒すことができれば敵も気づいて狙撃をやめるかもしれないが……そんな囮に使うようなこと、マルネは説得できても向こうは絶対許しちゃくれない)
「やっぱり不審者だったわね……仲間を助けるためだからと言ってまだ幼い子を人質にするなんて信じられない、マルネを離しなさい!」
「なんッ……まさかこいつ……」
彼女からしてみれば、破壊音を聞きつけて駆けつけてみたらマルネを男が捕えようとしているように見えていた可能性が脳内を過ぎる。
たった今どこか離れたところから第三者に襲撃されていることを知らず、破壊音の原因がグランにあると結論付けられていると、そういうことだろうか。
実際は全く逆の状況であるにも関わらず、女性は敵意を剥き出しにしている。
「おねちゃん、あぶないからこっちきちゃだめ!」
「危ないなんて……とことん悪党なのね」
「ちがうよ、そうじゃな——」
「いいや、待ってて! 必ずマルネのことは助けてみせるから。ええ、そうよね。キラールおじさんやルナちゃんに頼ってばかりで、ただ黙って見てるだけじゃ」
ボソボソと何を呟いたかは聞こえなかったが、マルネの弁明に耳を傾けることもなく女性はどこかへ走り出す。石の階段を駆け上って居住区へと向かったらしい。
「ごめんねおにちゃん。たぶん、あっちにはそうこがあるから、ぶきとかとりにいったのかも」
「いや、仕方ないさ。マルネちゃんを助ける為にあんな必死になれるんだ、感謝しないとな」
そう言ってはみたものの、解決策は浮かばない。
ガコンッ! と更に弾丸が撃ち込まれる。この衝撃も、どこかへ消えた女性からすれば「人質が大事なら出てこい」というグランからの脅しに聞こえているのだろう。
(ちくしょう、互いに互いの存在を知らないってのはキツいぜ)
結局ここでも『スラヴ』の治癒がなければ対抗しようと立ち上がることも厳しくなっていたかもしれない。一回で一定量回復する魔法に比べて、一回で継続して微量回復する魔法の方がこの場では活きてくる。
そして、石塊の雨から庇いつつも、どう遠距離の敵と戦うかを考えなくてはならない。
「マルネちゃん、ここで少しじっとしててね」
「え、なにするの? どこかいくの?」
「簡単なかくれんぼだよ」
ふぅ、と息を吐いて気持ちを狙撃手に集中させる。
「『オリヘプタ』!」
グランの姿を隠したまま、七つの光球を岩陰の左右から迂回させるようにして相手がいるであろう方向へ射出する。
すぐに反応はあった。時間差で左右共に爆破音が鳴り響き、魔法が撃ち落とされたことの確認が取れる。
「まだ見張られてるか。けど、収穫はあった」
(射撃の精度は良い、対応速度もさすがだ。カカルナって人は相当の腕をもってるんだろうな。それでも一発一発の間には一秒あるかないかの時間差が生じるっつう、人間の腕では賄えない狙撃銃自体の難点がある!!)
その一秒がどれだけグランにとってのアドバンテージとなるかは未知数でも、そこを突いた攻防の仕方ってのがあるだろうと予想する。
「まって」
次の動きに入ろうと全身を半歩横に動かしたところで、マルネに止められる。腰の辺りを引っ張られている。
「おにちゃんもしかして、そとにでるの? あぶないよ」
引く力は幼さ相応と言ったところで、無視して振り解くなんて容易い。そんな弱々しい少女が戦場に出くわしてしまったことからしてイレギュラーで、だからこそ一層の「護らなきゃ」という情が湧く。
「……そうかもしれないな。けど、かくれんぼってのは見つけなきゃ勝てないだろ? 勝ちたいんだ。その為には岩陰から出て、探さないといけない」
「カカルナおねちゃんはね、かくれるのがじょーずだよ。『かまふらーじゅ』してるんだって。いみはわからないけど」
「『カモフラージュ』のことか? 意味って言われると難しいな……擬態、紛れる……うん、景色の『真似をする』みたいな感じかな。カカルナお姉ちゃんはこの洞窟の真似をしてるんだ」
「まねっこ! うんうんそうだよ。カカルナおねちゃんってね、ピカピカでイロイロなかっこうしてるから、みつけるのたいへん!」
初めて射撃された瞬間に横目で見たときも、敵意の方向に姿を見つけられなかった。距離と問題かと思ったが、彼女の姿にも隠れるための策があるらしい。
「実はな、俺って目が良いんだ。だから遠くからでもよーーーーく目を凝らせば見えたりするんだよ」
だからさ、と一旦話に区切りを入れて、
「俺、かくれんぼの鬼役強そうだと思わない?」
「——。」
マルネは目を逸らし、泳がせた。
子どもの思考回路は非常に単純であることが多い。しかし時に論理的な考えを常とする子もいて、彼女も恐らくそっち側だろう。だから、結局グランが危険であることに気付いている。
「——まけないで。それだけ」
「ああ、当然……負けないさ」
中腰で髪を撫でてやる。
嫌がったり振り払おうとする素振りを見せないあたり、出会ったばかりなのにそれなりの信頼を寄せてくれているらしい。
なら、それに応えなきゃ駄目だろう。
そうしてグランが背筋を伸ばすと、小さな手が、裾を握りしめるその手が弛み、グランを自由にした。
「——さて」
振り返る。マルネから顔を背ける。
彼女に見せていた優しい表情から戦いへ赴く為のそれへと一変する。どうせ戦いが始まれば険しい顔を見られるだろうが、これは気持ちの問題。幼い子に面の変わる瞬間を見せるのは憚られる、そんな気持ちの。
そして、突き刺すような敵意が即座にグランを射抜く。
どうやら攻撃の手を緩めていた数刻の内に狙撃位置を変更していたらしく、最初と比べて敵意の方向が右方向にズレている。
「『オリ——」
しかし、魔法の詠唱をキャンセルして後方に跳び退く。顔面掠るギリギリで回避した魔法の弾丸は、それが最初と同じ位置から飛んでくると思っていたら絶対に躱せない角度からの一撃だった。
地面に直撃すると共に爆発を起こし、それもまた石礫を撒き散らす攻撃に繋がっている。
殺意に富んでいて、確実に殺しにくる。
これが狙撃手。
「うおおおおおおおおおおおおおおおお!! 『オリヘプタ』ッ!!」
走る、走る。
止まっていては的になるだけだ。
殺意の焦点がグランと重なった瞬間にあえて不可解な動きを挟むことで直撃だけは避けて、魔法を撃つ。当然即座に撃ち落とされる。
(あんな格好つけてマルネに離してもらったけど、そもそも遠距離攻撃のスペシャリストに身一つで挑むもんじゃなよないあああああああああ!?)
心中叫びまくっているが、かくれんぼは続行中だ。
遠くの壁のどこかから覗き込んでいるであろう敵の姿だけでも確認できなければ示しがつかない。
(でもやっぱり相手の姿なんて見えねえ! とんでもないカモフラージュ性能してやがる!)
かなり目が良いのは嘘じゃないが、それ以上に環境が悪すぎた。
弾を避けると、一度立ち止まって敵のいる方向をしっかり目視する。それで何も変わらないことも、続けざまに弾丸が来ることも自明の理。
「だったらこれで——」
グランが懐に手を突っ込んで取り出した「何か」を真っ直ぐ宙に向かって投げ入れた。
次の瞬間、爆破が起きた。
ただしそれはグランの付近でのことじゃなく。
「よし、見えたぞ」
凄まじい速度でグランを貫こうとした魔法の弾丸を、青く煌めく鉱石が反射して遠くの壁をぶち抜いたものだった。
投げたものの正体はノルマル鉱——と思われる、少なくとも魔法を反射する作用を持った鉱石だった。研磨したり粉状にして不純物を取り除かない限り反射作用が出鱈目に働いてしまうのが難点らしい。
(けど、ここの鉱石は純度が高そうだったからそのまま投げても成功した。ほんの少し角度がズレて跳ね返ったけど、元々の狙撃の威力が仇となったな)
爆破の影響を間接的にでも受けてくれたおかげで、もぞもぞと動く陰をその眼に収めることができた。
細かい柄までは優れた視力でも不鮮明でも、極彩色のような派手な姿が判明しただけで御の字だ。
「マルネ! カカルナお姉ちゃん見つけたぞ!」
「ほんとに! すごい! おにちゃんほんとにおめめいいんだね!」
「だから言ったろ、俺はかくれんぼ強いんだぜ」
さっきまで心中穏やかでなかったことは少女にはトップシークレットである。とりあえず腕を振り上げて沢山褒めてもらうことにした。
「ととと。もう立ち直ったのか」
せっかくの時間的猶予を棒に振った形になるものの、自分にも対抗手段があると思わせられた利は大きい。
ムキになったか、向かう殺意もより強くなっていた。方向が微かにズレたのは衝撃を逃す為に転げ回ったからだろう。
(次の攻撃はすぐ来るぞ。活路を見出すとするならば)
喉の乾きと疲労を感じながら、両腿を叩いて気合いを入れ直す。先手を打つのはグラン。
「『オリベルグ』からの『オリベルグ』!」
足元の揺れと共鳴して隆起するのは岩の壁。
針状の岩で下から突き刺すのがグランが常からの『オリベルグ』の用例だが、それらを一纏めにしてぶっとい柱、見方を変えれば壁に転用することもできる。
「わあ、すごい!」
「へ、これをぶっ壊してみろってんだ」
驚嘆の声をあげるマルネの傍ら、挑発するようなグランの呟きが遠くの敵に聞こえた——はずもないが、ダンドンダンガン!! なんて風に勢いが増した増した。
瞬く間に壁は撤去された訳だが、弾丸はなおも止まらない。
「こんなに魔法の弾乱射して魔力切れにならんのか? 思ってるより魔力消費の少ない燃費最強攻撃法ってか?」
こうやって何かぶつぶつ言えていることからも分かる通り、乱射には巻き込まれずに済んでいる。
その理由は単純で殺意察知能力、ではなく。
「『オリヘプタ』! それと比べてこっちは燃費悪いったら何の」
壁を撃破されて拡散した煙幕が姿を隠すと同時、グラン流の弾幕操作で敵の攻撃を誘導しているのだ。
だから、この束の間の姿を隠せるチャンスを、反撃でもなんでもなく、思いっきり振り返って走り始めることに利用した。戦闘を放棄するような形にはなるが、グランの視線の先には別の目的があって。
時をほんの少し遡って、グランが『オリベルグ』でもって煙幕を散らす直前。背後から彼を、戦闘の様子を伺う人影がひとつあった。
「ひええ、なんなのあれ」
洞窟集落きっての狙撃手に不審者退治を任せたと思ったらマルネの姿が見当たらず、外に出て周ってみたら件の不審者と共にいて。
すぐに武器を取りに場を離れてしまったのはマルネを見放すも同然の愚策だったことにはすぐ気付いたが、結局いまは武器を握りしめてここにいる。
「こんな……さっきまでの地響きがまさかルナちゃんとの戦いの音だったなんて。ていうかなんであいつは普通にやられず生きてるのよ……!!」
隆起した壁がみるみる内に破壊され、戦況は視認できなくなる。ダンドンダンガン! という破壊音だけが戦闘の続行を知らせていた。
見る方向を変えれば、マルネが心配そうに砂塵の中を見つめているのが分かる。だから、嫌でも彼女も解らせられる。
「そう、よね。あののき、マルネちゃんが被害を受けないように庇ってたってことよね。不審者なのは変わらないけど、いい人なのは確かだ」
確か、その不審者は解毒草を求める理由について最初に言及していなかったか。
『魔物に襲われて仲間が毒にやられてしまってるんだ。それで、ここら辺に解毒草があるって聞いて採りに来た』
多分悪い人じゃない。そのことは第一印象からして既にあった。でも、ずかずかと穏やかな住処に波乱を呼び起こすことだけは避けたくて、石を投げつけて牽制した。
「そう……そうよ。例え悪い人じゃないことは確かでも、あの不審者さえ居なければそもそもマルネちゃんも危険ない目には合わないじゃない! 原因を排除するのが一番手っ取り早いんだから」
その場凌ぎで解毒草を渡して帰ってもらうような対症療法では問題は解決できない。だから集落の皆が揃って断固とした外との隔離を推し進めている。
それを思えば、自らも狙撃手に不審者退治をお願いした立場であることを思えば、今になって意見を違えるなどどうかしている。
(ルナちゃんに意識が向いてる今なら、わたしでも不審者を倒せる……はず!)
ギュッと、両手に抱える武器を握りしめる。
倉庫には豊富とは言わないまでも、様々な種類の武器が安置されている。平時には戦いと無縁の人でももし戦わなければならなくなったら……という想定で製造された武器のひとつ。
彼女がこの状況に最適と睨んだそれを構えようとした、丁度その時だった。
「え、なに!?」
爆煙の中から姿を現した男が、近付いてきている。
ただ追撃から逃れようと踵を返しただけならいい。
しかし、彼と目が合ってしまった。どうやってか知らないが、隠れていた自分は既に見つけられていた。
(……ッだからなんだ。この武器さえあれば、ましてこの距離なら、バレていたとしても関係ないわ!)
構える。定める。呼吸する。
そして、手中に収まる武器の猛威が振るわれた。
グランは最初から、と言うより彼女が武器を持って駆けつけてきたであろう瞬間から存在に気付いていた。
敵意。
マルネを救おうと、戦闘に疎いはずの彼女が躍起になって戦場に戻ってきたのなら、必ず最初に敵意が背を突き刺すだろうと思っていた。
「なん、で」
だから彼女の奇襲は失敗に終わった。
「なんで、この距離で今のを避けられるのよお!」
「今は時間がないから、また後で教えてやる。それより、まず、協力してくれないか?」
「は、ぇ——」
何を突然、という呆けた顔が返ってくる。
それも当然かと思いつつ、されど急ぐ様子で彼女の持つ武器を指さす。
「協力すると言っても、それを貸してくれるだけでいい。本当は俺を安全な場所まで案内してもらおうと思ってたんだが、あんたが丁度いいもんを持っててくれてよかった」
「分からない、分からないわ。武器が欲しいなら奪えばいいじゃない! それに案内なんて、そんなことしないって分かってるはずでしょう?」
「もちろん分かってる。だから、それはマルネと話して決めてくれ。で、武器を奪えばいいって話もそうかもな。力の差は明らかなんだし、簡単に奪うことはできる」
なら、と彼女は返そうとした。実際に返せなかったのは、そうする前にグランが言葉を続けたからだ。
「けど奪うなんて真似をするのは、それこそここの人たちが嫌う災いと同じだろ。だから、俺は協力を仰いでる。遠くからの狙撃には太刀打ちできなくて困ってたんだ。正当な手段で俺は状況を打開する」
「……だからって、なら、私がこれを渡さなければ、あんたはジリ貧になって敗走するしかない訳よね」
「そうなるだろうな」
「だったら、渡す理由がない。わたしたちは、あなたみたいな不審者を退治することが目的なんだもの」
当然の帰結だった。
そもそもの前提から、彼女らがグランに協力するつもりは毛頭なく、洞窟から排斥することを望んでいる。なのに「排斥されそうで困ってるから助けて」と言って助ける道理が見当たらない。
「でも、それはあんたら集落の総意……ってことになってるだけだろ?」
「なんですって?」
どこまで引き下がるつもりなんだ、と苛つく彼女の心情が顔満面に表れていた。
グランは臆せず言う。
「俺に向けられていた敵意……そう、武器を向けられたその時にも迷いを感じられた。躊躇いを含んでいた」
「——、」
「洞窟に住む人々の共通認識は言わば看板みたいなものでしかない。実際にどうするかっていう、個人の考えまでをも統制するもんじゃないはずだ」
グランの言葉はもう、性善説に基づいた結果の論理展開と言って差し支えない。相手が相手なら鼻で笑って一蹴されていて当然のものだ。
逆に言えば。
「相手が相手なら、それこそ、あんたみたいな優しい人なら」
「…………貸してやらない、こともない」
まだ渡せないと言うが如く、彼女の姿に似合わない武器を胸に抱く。
「条件があるわ」
「言ってみてくれ」
「ルナちゃんはね、『負けなしの弾丸』なの。これを貸したせいで『負けなし』じゃなくなるのは嫌。だから、これを利用してルナちゃんに『勝つ』のはやめて」
打開の鍵は渡すけど、それで独房の扉を開錠するのは駄目。壁やら床やらを削るなりして脱獄しろと、つまりはそう言うオーダーだ。
無茶なことを言っていると、彼女自身も理解はしていた。勝たなければグランは延々と狙われ続けることになる。
それでも。
「ルナちゃんから『負けなし』を奪うのなら、あなたには生涯をかけて悪者のレッテルを身に受けることになる。これが、わたしなりの最善。わたしの気持ちに折り合いを付けた、最大限の容赦」
それを、グランは。
「——了解した」
手を差し出して言う。
「もともとマルネと『負けない』約束をしていたんだけどな。『負けない』イコール『勝つ』じゃないだろ? これならどっちとの約束も果たせるってもんだ」
だから信用した。だから信用された。
その伸ばされた手に武器が渡る。
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髪色から服装まで全身を派手色に染めた少女は、煙に上手く隠れた男を探してスコープを常に覗き込んでいた。
「ちぇー。どーこ行ったんだか」
狙撃地点を変えてから襲撃したのに、その初撃すらも回避された時は心の底から動揺した。どう言うわけか何度も弾丸を避けられ、こうして戦況は停滞に持ち込まれている。
同じような戦い方をする人を、彼女は一人だけ知っていた。
「まさか、ねえ。はぁ、やっぱりやっかーい」
面倒な奴を敵に回してしまったことに気付き、気だるげに赤青黒の縞模様をした髪をいじる。
視界は良好で、見渡す限りの広い空間が、カラフルな結晶の煌めきが点在するのを眺められる。観光目的でこの場に来るようなことがあれば、絶景の一言でしか表せないだろう。
しかし狙撃地点が開けていると言うのはかなり痛手で、また青い鉱石の作用で弾丸を反射されれば今度こそ避けられない。実は危険を孕む場所でもあった。
(あれのお陰で乱射するのも怖いんだよなー。と思っておきながら大きな壁を作られたときはつい連射したんだけどー)
考えれば考えるほど厄介で面倒。
ため息の尽きない少女だったが、そこで動きがあった。無気力そうなオーラを正し、引き金に指が掛かる。
「補足したけど、さーて。煙巻いて時間稼ぎして、どんな策をねりねりしてきたのかなーっと」
数分の間視界を遮っていた砂塵が薄く霧散していく中で、男の陰が揺れた。
ボンッ! と、魔力で練られた弾丸を撃ち込む。
案の定命中はしなかったらしいが相手も魔法を使ってしたのか、その相殺により生じた爆風が一気に視界をクリアにする。
「まーたこの魔法か。何回やったところで意味ないのにねー」
六つの光球がまばらな配置で不規則な軌道をなぞって向かってくるけれど、冷静に対応すれば簡単に撃ち落とせる。既にこの作業も三回はしたと思うが。
「しまった」
魔法狙撃銃は弾を装填する必要がない為に、基本として狙撃間隔に大きなラグが発生することはない。微量の魔力を筒に込めてトリガーを引く作業の繰り返し。
だから普通に魔法が飛んでくる分には対象可能の範囲内である。
「これはちょっと、間に合わない」
撃ち落とした魔法から視線を戻し、敵の男が握りしめていた武器を目視したときには、既に。
こちらに照準を合わせて、暗い銃口が火の粉を散らしていた。
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グランは叫んでいた。
要は運がよかったとしか評せない。たまたま女性がその武器を握っていて、たまたま協力を受け入れてくれた。
その幸運の結果が今のグランを生かしている。
「おにちゃんすごい! かくれんぼかてた!」
「もう、なんなの! 容赦なくそれぶっ放したようだけど、ルナちゃんは無事なんでしょうね! 約束は守ってるんでしょうね!?」
片や大喜びからの賞賛の声。片やグランが相対していた人の心配と、協力者ふたりからの反応は正反対だった。
念には念をで、彼女達にはまだ岩陰から出ないようにしてもらっている。陰の外に出ているグランとの距離は保たれている。
「大丈夫だろ。直前で照準をズラしたからな。虫がいた時に殺虫剤を撒くけど、あえて直接当てないで逃げ道を残しておいてあげた……みたいな」
「もしかしなくても、それ、ルナちゃんを虫呼ばわりしてる? てか殺虫剤撒いてる時点で逃げ道の有無関わらず命の危機に他ならないんだけど! これは約束を反故にしているわ! 許すまじよ!」
「だから大丈夫だって! 喩えが悪かったよ!」
今さらかも知らないが、グランが借り受けた武器というのは銃であった。
ハンドガンのような小型のものではなく、イメージとしてはショットガンのようなやや銃身の長めなタイプをしている。とは言え、その造りはかなり異なっていて、目下グランを襲っていた狙撃銃と同様に魔力を弾として抽出する機構が埋め込まれている。
スコープもなしにどうやってかなり遠方の敵に向かって照準を定めたかと言えば簡単な話で、相手の殺意の線に軌道を乗っけてやるだけである。
「けどすまんがもう、この銃器は使えないかもな」
「まさか一回でぶっ壊したとでも言うの!」
「そのまさか、だ」
「そんな自慢げに言うことじゃないんですけど!」
ぎゃあぎゃあと非難が続くのを彼女の隣からマルネが宥めようと尽力してくれている。
壊した、というのも別に使い方が分からずに無理やり弾を撃ち出したとかではない。弾として抽出させた魔法に原因があった。
「『オリロート』の扱いってば慣れねえな」
自分にしか聞こえないくらいの小声で反省する。
紡がれたその魔法の名は、この世のあらゆる物質を燃やす魔法のそれである。換言すれば、一度火がつけば消す手段がないということ。
グランが燃え盛るそれのスイッチを握っている為、彼自身の意思で消すかあるいは気絶するかだけが火の手から逃れる方法である。
つまり、ショットガンに似た銃器が使えなくなった理由は。
「『オリロート』の弾が発砲される寸前、砲身内部を燃やして赤熱化。そんで気付いたときにゃ中は歪んでるって訳だ」
普通の火属性魔力を込めただけでは壊れないよう作られているはず……だけど今回は運が悪かった。
あっさりただの金属の鈍器へと変容してしまった銃。このまま持っておくべきか、それとも置いていくか(ポイ捨てとやってることは同じになってしまうが)迷うところだが。
「おにちゃん! これからどーする?」
「……まあ後でもいいか。今そっち行くよ」
その前にまだ、やることは残っていた。
ただしマルネの方に駆け寄ってこれからのことを話す、それよりも前にやることが、だが。
「火事の真っ最中だろうにまだやろうってか——?」
遠くの赤く広がった光の中から来る、鋭利な何か。
灼熱だろう環境の中でもなお絶えない。
「おにちゃんどうしたの?」
ちょっと待ってと返事する余裕は無かった。マルネの疑問の声に重なる形で狙撃が鼻の先まで迫っていた。
「ぐううッ————!」
咄嗟の動きで首から全身を傾けて回避行動に移る。もう何度も撃ち込まれた攻撃だし、そもそも狙撃とグランとでは相性が悪い。
よって問題ないと結論付けたのが間違いだった。
「ぶふッ、ぐあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
弾が横を通り抜けていくと思っていた。背後の地面か段差に着弾して爆散するのだろうと思っていた。そこからして間違い。
通り抜けるその前に、まだ空中で何にも衝突していないのにもかかわらず、魔力の弾はその場で破裂した。細かく砕けた魔力の破片が全身に突き刺さる。
(拡散する弾だと……ッ。ああ、そうだよな。俺が複数の魔法使うみたいに、そりゃあ攻撃手段が一個だけな訳がない!)
間髪入れずして、ある意味では魔弾とも言える攻撃が、二発目三発目と次いで降り注ぐ。




