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『勇者などいない世界にて』  作者: 一二三
第一章 二つの世界
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第一章11 奈落の先


 ぐらんぐらん、頭が痛む。

 ずきんずきん、腕が痺れる。

 ぴちょぴちょ、水滴が垂れる。

 ぱちぱち、まぶたが開かれる。


「——生きてる」


 声の主はグラナード・スマクラフティー。

 黒の景色の中に淡い光を帯びた水晶がまばらに発生しているのを見て、自分が洞窟の内部で気を失っていたことを思い出す。

 確か、行手を阻んだ男の策にかかり深くまで落下したのであるが、


「どうやって助かったんだ?」


 冷えて固まった身体を、数秒かけてじっくり起こす。

 衣服の張り付くような、それでいて重い感覚を怪しんで自身の置かれた状況を確認しようとすると、視界の上から水滴が垂れた。

 髪が、いや全身が水に濡れていた


「洞窟内に川のようなものが……これに流されて漂流したのか。というか、二人はどこに? ゲミューゼ! ブリアナ!」


 何度か名を叫んで所在と安否を確かめたが、グランの声が反響するだけで返答は無かった。

 近くには見えない。もしかしたらグランよりも手前に漂着したか、もしくは途中で水の流れが分岐していて、グランだけがこちらに流れてしまったか。


「無事でいてくれよ……んックションッ」


 濡れて身体がかなり冷えていている中叫んでしまったものだから頭もキーンとする。

 これはまずい、と急いで服を脱ぐ。


「『オリロート』」


 岸に上がって近くの岩を燃やす。どこでも何でも燃やせるのがこの魔法の強みでもあろう。

 適当に、近くにあった別の岩に濡れた衣服を掛けて、ある程度火の温もりで蒸発するのを待つ。

 ふと、そんな一連の作業を通じて気付く。


「俺……腕の骨がボロボロじゃなかったか?」


 戦闘の衝撃で、気絶の寸前までは絶叫したくなるほどの激痛が駆け巡っていたのを思い出す。今はでも、腕を回しても石を持ち上げても痛みはない。


「『サルヴ』で自然治癒力は高めてたとしてもこんな……」


 大抵の魔法、特にバフやデバフといった支援魔法や武器などを生み出す創造魔法は、術者が戦闘不能に陥ればそれと同時に効果を消失する。攻撃魔法の場合は放たれた瞬間から独立したものと見なされ消失しないものが多い、というのが一般論だが、研究はまだ続けられている。


 グランが使用している『サルヴ』は「自然治癒力を高める」魔法であり、どちらかと言えば回復魔法より支援魔法に近いものだ。しかしどうやら、効力の消失しないタイプの魔法であるらしい。


「問題は、あの骨の損傷がここまで回復するのに()()()()()()()()()()()()だぞ」


 そう、いくら自然治癒力が著しく高まるからと言っても時間はかかる。

 そして思い出さなければならないことがある。


「シンダーズの傷に残った毒素がまた固まるまで、時間との戦い……」


 来た道を辿るように頭上を仰ぐ。

 小川は狭い一本道の傍を走っていて、天井は見えない。狭さから考えると、やはり落ちて来た地点とは別の場所にいるのだろう。


(これからどうしようか)


 戻るのにどれだけの時間を要するのか一切の不明。

 逸る気持ちを抑えて今は体温調節に専念しようとしても、現在地も分からなければ解毒草の群生地も知らない。そんな状態でかつ時間が足りないとなれば焦るのも仕方がないというものだろう。


 それから数分休憩し、身体は十分に温もりを得たので服の乾きを待つ間に辺りを散策することに。

 ちなみにしっかり下穿きは身につけている。周囲に誰もいないと思ってはいるが、裸一貫は憚られた。


「うへぇ……下半身に穿くもんが湿ってるの、気持ち悪すぎるな。後々臭いとかヤバそう」


 そんな不快感を味わいながら、水の流れに沿って狭い道を進む。すると間もなくして、グランの瞳は先に広がる洞窟の姿に目を奪われることとなる。


「こりゃあ……」


 一見、そこは星空の煌めく草原だった。

 通ってきた硬いだけの地面とは大きく変わり、一歩先の二、三メートルの段差を境に緑の絨毯が敷かれている。まばらに顔を見せる花々は強く咲き、何やら花弁に光沢のあるようにも見える。


 相変わらず頭上を見上げれば高く高く空洞が続いているが、隆起した岩石や壁面からは、今までの比ではない程の輝く原石たちが塊を成している。

 上層の結晶は白がほとんどであったが、空間を照らしているのは翠に黄色に、様々だ。


 ある境界を跨ぐだけでここまで景色が一変するのには、洞窟に入る前にラグラスロが言っていたような隆起や地層のズレなどが影響しているのだろう。

 とはいえグランにはその不思議を気にかける様子は微塵もないのだが。


「何があるか分からんし、この先に行くのは服が乾いてからだな。でも折角なら少しくらい——」


 足下にあった綺麗な石を二つほど拾って懐にしまっておく。その景色を、心に余裕が生まれるまで一望して踵を返した。


 そして。


「つんつーん」


「こら! 何があるか分からないから触ったりするんじゃないの!」


 炎のありかまで戻ってきたグランは、干してあるグランの服を突っつく銀髪の女の子と、それを注意する女性を目撃する。


「だれ……だ?」


「ぴ!」


「わああああああああああああ!?」


「おおおおおおおおおおおおお!?」


 狭い洞窟で予想以上に爆音が響いたのでグランも驚いて叫ぶ。


「だ、だれよ。このびしょ濡れの服の主よね。不審者! 上裸の不審者! 何が目的!?」


「ふしんちゃさんだー!」


(な、なんだこれ。悪意は感じない……ただ不審者を見て怯えてるって感じだ。俺が、不審者!?)


「待て待て待て! 俺は怪しい人間……にしか見えないよなあ〜どうしよう」


「どこから来たのか、何が目的か話しなさい。わたしたちは、あんた一人なんか怖くもないわ」


「こわくないもん!」


 こんな状況でも女の子は無邪気に睨みつけてくる。

 付き添いの女性は両手に足場の石を握りしめ、動いたら投げるぞという敵意表示をしているが、その身体が小刻みに震えているのを見逃しはいない。


「俺は……洞窟の外から少し離れた場所に拠点を構えているんだけど、魔物に襲われて仲間が毒にやられてしまってるんだ。それで、ここら辺に解毒草があるって聞いて採りに来た」


 刺激しないように優しい口調で答えたつもりだ。


「どうして」


 でも、言葉を聞くや否や敵意が増している。

 女性は何かを訴えかけようと恐る恐るグランと目を合わせて、


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 そうか、と合点がいった。

 先刻戦った男も最初『一体どうして、ここに生えてるなんてことを知ってやがる』と、彼女と同じことを言っていた。


「こんな洞窟の奥地のことを知っている人なんて外にいないはずなのに」


 ここに住まう人にとって、「解毒草」というワードは地雷に等しいことを理解した。


「アスタロ……あの男の? 分からないけど、そうはさせない。わたしたちはあなたを進ませないから」


 女性は石を投じる。

 戦う術を持たない一般の人にとってその鈍器は有効な武器。グランとて、それを抱え込むように受け止めるも骨を打つ痛みは消せない。


「待ってくれ、俺はここの人たちを傷つける目的はないんだ」


「だとしても、解毒草は貴重なんでしょ。そういう情報が色んな人の耳に入って、わたしたちの生活が踏み荒らされる結果になる。今もそう! ずかずかと異邦から人が入ってくる、あなたみたいにね!」


 でも、ここは退けない。

 シンダーズの為にも、理解を得なければ帰れない。

 しかしその方法が思いつかない。これほどに外界からの人を拒絶する集まりであるなら、単に言葉では何も示せようもない。


「おにちゃん、くさほしいの?」


 女性とのやりとりの中、ふいに静観していた女の子が口を開いた。


「ちょ、ちょっとやめなさい!」


「くさならこの川のさきを——」


「こら! 不審者に話しかけちゃ駄目でしょ! あと教えても駄目よ!」


「だって、おねちゃんはなしてる」


「私は不審者からマルネを護るために話してるの。お話したくてしてるわけじゃないのよ」


 その不審者から視線を外して会話してるのもどうかと思わないこともないが、危険人物ではないのでグランは見守る。

 どことなく幼い頃妹メイアと母親のやり取りを見ているようで微笑ましい。


「…………なににやにやしてるんです気持ち悪い」


「え、いやこれは! なんでもない」


 言われて頬が弛んでいたことに気付くとは、気を抜いていたのはグランも同じだった。


「と・に・か・く」


 女性は再び石を拾って向き直る。

 マルネと呼ばれた女の子と会話させないようにきっちり女性で隠されてしまったが、首を傾けてグランを覗き込もうとするので綺麗な銀髪は完璧に隠れていない。


「あなたが悪い人でなくても、易々と解毒草をあげるような真似はしないわ。この洞窟に来ても無駄って思わせなきゃいけないんだから」


「うおっ、石投げるの痛いからやめてくれよ」


「手を緩めたら、何してくるか、分からないでしょ!」


 次々と石を拾って身体を打ってくるが、本当に痣が出てもおかしくない勢いで投げられている。追い込まれて足を小川に浸けてしまった。

 そのまま二人はグランを牽制しつつも水の流れる先に消えていく。


「おねちゃん、げどくそーってやすやすなの?」


「易々は安いって意味じゃない!」


 闇に消えた後も声だけが響いて聞こえてくる。

 女の子に調子を狂わされて苦労してるんだな、と思うグランであった。



==========


 洞窟の各所には多くの魔力を有する鉱石が埋まっていて光を生んでいるが、それは壁を掘り進めても現れる。

 ここに住む人々はこれを利用し、基本的に壁に広い空洞を掘ることで住居を造り生活している。造成の過程で採掘された鉱石を灯りとすればインテリアとしても見栄えがあるものだ。


 そんな数ある住居の一つの中で、とある女性は焦るように言葉を並べ立てていた。


「——というわけで、わたしたちの平和に危機が訪れてるの!」


「ききー!」


 今しがた帰ったばかりの女性と女の子が共有したのは、解毒草を巡るある男との遭遇についてである。

 日課の散歩の帰りに見知らぬ男と鉢合わせてることになるとは思いもよらず、それはもう心中穏やかではなかった。


「私らの活動圏内にいるってことは、あのインティグキラールでも倒し切れぬ強者という可能性が高いね」


「はぁ、やっかーい」


「それに解毒草のことを知ってらぁでな? そりゃ『アスタロの(わざわい)』と同じじゃかな」


「はあ、もっとやっかーい」


 集落のまとめ役みたいな風貌をした一般女性と訛りの凄いおじさんがそれぞれ反応するが、それら深刻な表情で語られる言葉に対して、ハンモックに脚を組んで横たわる十五歳程の少女は気だるげに返す。


 一見すれば洞窟に住う人々の集まりの存続に係る話し合いの場に少女は相応しくない。それでも誰も彼女を咎めるでも追い出すでもなく、普通に受け入れているのには確かな訳がある。


「クァクァルナ、任せていいね?」


「とうぜーん」


 彼らの頼みの綱は、クァクァルナの名を持つその少女であったのだ。

 ハンモックから飛び起きたその姿は宇宙柄したキャミソールに黒を基調とした極彩色のカーゴパンツを纏い、赤青黒の縞模様の髪を後ろで結ぐと言う、彼女自身の持つ大人しめの雰囲気とは対極を為す装いだった。


「うーーん。あたしはキラールみたいに堂々(どーどー)と前に出ないもん。それに相手がひとりなら負けはあり得ないねー」


 悠長に伸びをしながら言うその姿が自信の表れか、任せてと一言残して、クァクァルナは扉から出て行く。

 戦う力を持たない一般の人達は闖入者に万が一にも出くわさないよう、室内に留まる他ないのだ。


「信じて待つしかない……なんて、切羽詰まって及び腰になってるって言ってるようなもんだから使いたくないけどねえ」


「んだがな、わしらは切羽詰まっても及び腰でもなからぁ。だって、ルナは絶対に負けるこたねぇじゃっかな」


「そうだね。しぶといの相手に逃すことはあっても、インティグキラールみたいな異色のが相手じゃないなら負けはあり得ない」


「そうだよね、ルナちゃんもキラールおじさんも凄いもん! それにあの不審者、普通そうだったし!」


 彼らは負けを考えない。

 自分たちが何をするでもなく、戦える者の勝利を確信してそこに座す。その信頼を以てこの安寧は培われてきた。

 しかし、


「あれ、マルネは?」


 ついさっきまで女性の隣にいた元気溌剌、銀髪の女の子が、いつの間にやら姿を消していた。

 何やら怪しい予感が漂う。




 一方、あれから少々時間が経過して、グランの服も乾く。

 マルネという女の子の優しさに溢れた一言によれば、解毒草は川の先の方向に進めばよさそうだ。


「よし、忘れ物なし」


 忘れ物と言っても服以外に持ち物はないのだが、念の為にポケットの中に数個石を忍ばせてある。

 先の投石の怪我は『サルヴ』で治したので、これで万全、ようやく一歩進めると言ったところだろう。


「でも、やっぱズボンの中が湿気で匂ってる気がする……」


 残念な思いも残りつつ、火を消してグランは発つ。

 それからすぐに狭い道を抜けた夜空の空間までたどり着いた。歩いてきた道は壁の数メートルの高さに空いた穴のようになっていて、水の流れと一緒に飛び降りる必要がある。


「『オリヘプタ』っと」


 両手に光球を凝縮させてバーナーのように噴射させれば浮力を得ることは容易。

 降りてからもやることは変わらない。迷子にならぬよう、ただ流れに沿って歩くだけだ。

 ただし、


『おっとそうか、———みてえにピッケルでも握っとくべきだったかな』


 人物名までは記憶していなかったが、戦闘が始まる前に男が言っていたよう、この洞窟には他にも人がいる。

 女性と女の子は戦闘とは無縁であったようだが、戦う能のある人が男一人とは到底思えない。


(さっきの二人が応援を呼んでいるって可能性が一番あり得るだろうな)


 警戒を欠くだけ損な状況だが、グランには敵意を感じとる資質を備えている。

 昨日の魔獣はそれを消すことが出来たようだが、それは魔獣が自然選択の段階で得た権能。人間が後天的に体得しようとするには、洞窟の外との関わりを隔てる人らには艱難というものだろう。


(だからひとまず、敵意の類が刺さったらすぐに避けれるくらいの警戒にしておこう)


 その認識のままそれなりの距離を進んだ頃、岩陰を迂回して顔を覗かせたグランは景色の感じが少し変わったことに気付く。


「人の、生活感というか、住んでいるって感じだ」


 凸凹になっている地面は途中から整地され、その岩や石は階段や道へと綺麗に用いられている。細かく点在する階段の先々には洞窟の壁があり、そこ一列にほぼ等間隔に扉が付けられている。

 単に採掘の為とかではここまでしないだろう。そこそこに多くの人がここに住んでいるという証だった。

 人っこ一人姿を見せないのは既にグランの情報が拡散され警戒視されているからか。


「待てよ。川を辿ってここまで来たけど、居住区からじゃどこを流れているのか見えない。まさか、この地面の下を?」


 もしそうだとしたらかなりマズい。

 しらみ潰しにあちこち動き回って川が再び現れるスポットを探すのが早いが、無闇に移動していると住民に遭遇してトラブルに発展する恐れがある。


(一応、今までの流れはほとんど真っ直ぐだった。ならこの下でも曲がったりせず流れ続けてくれてるだろうと予想もできるか)


 だとすれば、まだ一本道を進むだけで済みそうだが。


「あ、おにちゃん!」


 トラブルは何も、グランの方から飛び込むだけではなく。

 鉱石の輝きを虹色に反射させる銀色の髪をして、まだ幼く好奇心の絶えない年頃の、そんな少女の方から持ってくることだってある。


「な、ん…………確かマルネとかって呼ばれてた」


「せーかい、マルネだよ! すごい、しっかりおぼえてるんだ! あたまいい?」


「頭良いかって聞かれると困るな……勉強は好きじゃない」


「そなんだ! マルネはおべんきょすき! だからいろんなことしってるよ」


 周囲の大人たちから危険だと知らされていないのか、あるいは聞いた上で外を歩いていたのか。

 天真爛漫な幼女トークにグランは困惑を見せる。


「えっと……例えばどんなことを知っているんだ?」


 時間は無いが、彼女を無視するのは良心の呵責に苛まれそうだった。


「あおいキラキラいしはまほーをはねかえせてね、きいろのキラキラいしはまほーをちゃーじできるんだよ。かべにあたるとボカーン! てなるから、おじちゃんが『さいくつにべんり』とかいってた!」


「そんなことも知ってるのか、すごいじゃないか」


「へへーん! あとあと、どうくつのそとのこともしってるよ〜。ばむーど? っていうでーーーーっかいまじゅうさんがいるんだって」


「そんなにでっかいのか? じゃあ外に出たら会わないようにしたいな」


 うんうん、と首を縦に振る姿が可愛らしい。

 こんな外との関わりの少ない環境に居ながらこの歳で外の情報まで仕入れているとは、好奇心に心から驚かされる。


「これからも勉強していけば博士になれるかもな」


「おおおお、はかせ! きいたことあるよ、ものしりってことだよね。なりたい!」


「その通りだ。俺もいま人を助ける為に頑張ってるところなんだ。だからマルネちゃんも頑張ろうな」


 メイアという妹のお陰で幼い子の扱いは慣れていた(幼い子の母数が1なので説得力は皆無)。

 グランら兄妹が勉強をあまり好まないのもあって、マルネに勉強を推すことに気が引けたりもしているが、


「わかった!」


 どうやら彼女はやる気満々になってくれたらしい。

 早速人に見つかってどうなることかと緊張したものの、相手に救われた。感謝でしかない。


「よーし、そろそろ俺も行こうかな。一人でお家に帰れそうか?」


「だいじょぶだよ」


 そっか、と言ってマルネの横を通り抜ける。

 頭を撫でようかと迷ったけどそんなことしたらいよいよ不審者どころでは済まない気がして止めた、なんてことは心の内に秘めておくことにして。


「———おにちゃ」


 少し互いの距離が開いて、グランが高く大きな岩柱の陰に入って抜けたくらいの所。

 気付かない内にマルネも岩陰の中に足を踏み入れていて、何か迷っているような、顔色を伺う様な表情でグランを見ていた。


「その、おにちゃはくさのあるばしょにいきたいんだよね?」


 それは、最初に狭い道で出会った時に話した内容で。


「マルネべんきょすきで、いろんなことしってる。くさのばしょもしってるよ。あんないだってできるよ」


 彼女だって知っているはずだ。

 グラナード・スマクラフティーという人間。その名までは知られていないまでも、彼はどこからか解毒草の噂を聞きつけやってきた異邦人であり、それだけで危険視しなくてはならない存在であると。

 それか、もしかしたら。


「俺が本当に危険な人だったときが怖いから、そんな不安そうにしているのか?」


 危険性を承知の上でなお、案内を申し出ようとしているのか。


「ちがうよ」


 しかし、陰の中で髪を煌めかせる少女は否定する。


「おにちゃんはいいひとだよ。マルネにはわかるもん。おねちゃんとかおじちゃんはダメっておこるけど、マルネはしってるもん」


「何を、知っているんだ?」


「マルネがうまれるまえにアスタロてひとがおそってきたこと。おねちゃんもおじちゃんもみんな、これにビクビクしてる。けど、おにちゃんはちがうひとでしょ?」


 なんて聡い子なんだろうか。

 外界を拒絶するような環境に生まれて以来浸ってきながら、幼いが故の純粋な好奇心と考え方で、大人の束縛から脱しつつある。


「マルネがしんぱいなのはね、おにちゃんがマルネをつれてってくれるかだよ。おにちゃんについてって、おべんきょする! いえでやるのだけがおべんきょじゃないって、きいたことあるもん」


 解毒草の群生地まで案内してくれると言うなら、丁度進む道を決めあぐねていたグランにとってこれ以上ない提案だ。

 だとしても、これから誰かに攻撃されることだってあろう。斧と風を使いこなすあの男を思えば、そうなった時に彼女まで護りきれるかどうか分からない。

 しかし、


「その目は……俺がどんなに説得しても、駄目ときっぱり断る以外の方法で諦めたりしないんだろうな」


 危険な目に合わせたくないと逡巡する。逡巡してしまった時点で、グランにはもう快く断ることは出来ない。

 苦し紛れに「ごめん」と言うことしか。

 そんなことでは彼女は諦めないだろう。


「ついていくよ……いいよね?」


「いいよ。その代わり、何かあったら俺の後ろに隠れて、逃げれる時は逃げるんだ。約束できるか?」


「わかった、やくそくする!」


 笑顔の眩しい、頼もしい仲間が加わった。

 岩陰を抜けてグランに追いつこうとマルネが小走りで駆け寄る、その寸前。


「ッ!!」


 鋭い殺意に側方から穿たれた。

 視線だけを逸らして見ても敵の姿は把握できない。かなりの遠くにいるのか、それとも隠れているのか。


(殺意が向けられた以上、何かしらの攻撃が来ると考えるべき……!)


「だめだ……マルネちゃん、駄目だ! その岩陰から出ようとしちゃ!」


「なんで、いまさらだめなんてだめだよ!」


「違う、そう言う意味じゃ——」


 ドゴガッ——と、瞬きすら完了しない刹那の間に。


 幼い足が岩陰から出る一歩前の距離に到達すると同時、その大きな岩の一部が出鱈目に爆ぜた。


「きゃあ!」


「くっそがッ、威嚇のつもりか……!」


 (つぶて)となった複数の岩石の破片がマルネに迫り、間一髪でグランが前に出て受けることで彼女への被害を防ぐ。

 攻撃の瞬間は見えなかった。最後まで敵の姿は見えないままだった。


(俺が岩陰の外にいたから狙われた……まさかマルネを囮に使った罠だったのか? いいや違う。ここに住む人たちは皆んな安心を望んでる。その為にこんな女の子を使うはずがない)


「タイミングが最悪なだけかよ……岩陰だから他に人がいるってことに気付いてないんだ」


「カカルナおねちゃん、の、こうげきだよ。じゅうっていうぶきをつかうから、まけなしなんだって」


「『じゅう』ってあの『銃』のことか? 俺も本で読んだことがある。中でも遠くで身を隠しながら撃つものを狙撃銃なんて言ったりするんだっけな。つまり、今起きてるのはそういう」


 更に一発、巨岩という遮蔽物を無視するかのように爆発が起こる。礫の雨が全身を刺す。


「があああああッ」


「おにちゃん!」


「はは……大丈夫さ、任せておけ。マルネちゃんを護りながら、この状況を切り抜けてみせるからさ」


 根拠のない約束を嘯いてみせる。

 過去に読んだ伝記にも、狙撃手(スナイパー)とその強さは強調して語り継がれていた。それを相手にしているのだから、自信は相当少ない。


「いた………………マルネッ!」


 それなのに。

 整地された道の奥から現れた女性によって、状況はさらに混迷を極める。


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