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『勇者などいない世界にて』  作者: 一二三
第一章 二つの世界
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第一章09 只者に非ざる①


 ほぼ反射するように横に飛んだ瞬間、刹那の前まで立っていた場所が空気によって十字の傷跡を刻まれていた。その衝撃で巻き起こされた砂塵がすぐさま追加の暴風で払われる。


「よく避けたな。流石は黒い龍の手下だ」


 いとも簡単にやってのけるのは、疑うまでもなく両腕に斧を抱える歴戦と思しき男。

 現状、グランらが入ってきた入り口からみて右手側には壁があるものの、左手側には崖がある。広さとしては一般的な教育機関の教室の二つ三つ分あるから、すぐに奈落へ真っ逆さまとはならないだろう。


「おいおい、いま直面してる危機以外に気を配ってるなんざ余裕だな」


 男の言う通り、崖から転落することを恐れて行動していては斧の攻撃も満足に躱せない。


「こいつ、空気を飛ばしてるだけなのに破壊力がおかしすぎる……ッ。間合いに入ることもできない!」


「人を殺すことに躊躇いが無いのか……?」


「躊躇うさ、俺だって人間だ。しかし、脅威の芽は摘まれなくてはならない」


「くそ、話が通じない!」


 ゲミューゼは槍を握りしめる。射程距離は斧より広いし、手数で言えば善戦はできるだろう。

 しかし、圧倒的に攻撃力で負けている。

 攻撃に合わせて斧を一振りされれば抗う術もなく押し負ける。

 打開の鍵はブリアナとグランとの連携にある、と舌打ちしながら風の刃を横に避ける。


「ケッ、すばしっこいな。反撃の機会を狙ってるらしいけど、これにビビって逃げてるようじゃ無駄だ」


「無駄かどうかなど、やらねばわかるまい!」


「ゲミューゼ!」


「『五月雨(スピアライクレイン)』! うおおおおおおおおおおおお」


 男が斧を振るう挙動に合わせてゲミューゼは左に右に身体を逸らす。刃の軌道に合わせて空気が射出されることはすぐに判明していたから、攻撃の予測をすることは比較的容易だった。


「間合いに入ったぞ」


 傍らに複数の槍の残像を生み出した状態で、告げる。

 そこで向けられたのは、だからなんだと言わんとするような、ただただ嘲笑うような黒い瞳孔。男は、ちっともその相貌に焦りを含んでいなかった。

 それでも、


「喰らえ——」


 何本もの槍の切っ先が男とぶつかり合った。

 そのように見えた。


「風はただ斬るためだけにあるんじゃねえよ。風は流れだ、自由に変形するものってな」


「ふざけた、真似を」


「いいや、ふざけてるのは勝手に人様の領域に踏み込んだ方でしかない」


 両斧を男の身体に対し平行に回転させたことで、螺旋を描くような気流が突撃の軌道を捻じ曲げ、男の寸前で食い止めていた。

 その手に持つ槍も気流に呑まれている為に、腕ごと槍を持っていかれそうになる。この至近距離での隙はまずいと察し、無理やりにでも武器を螺旋の中から引っこ抜く。


「いい判断だが、依然隙である事実は揺るがない」


「それは、ゲミューゼ一人でだったらなぁ!」


 ゴンッ————そういう鈍い音だった。

 螺旋状気流を引き裂いて飛び出た新たな空刃がゲミューゼを狙ったが、横から割り込んだブリアナがそれを阻止したのだ。


「ぐ、おおおおおわあああああああッ」


 空気が棍棒を、同時にそれを操る身体ごと宙へ押し上げる。どんなに破壊力を持っていようと空気は空気。五メートル強飛んだところで霧散して、後ろ滑りする形で無事着地するに済んだ。


「それでも、両手で対抗するのがやっとだった……」


「ふん。それで、お前は来ないのか? 小僧」


「ちッ、そう挑発に乗ってたまるかよ」


「何を言ってるんだ、これは挑発なんかじゃない。一秒も早く罰を執行する、その宣告だよ」


 グランはこの一瞬の攻防を眺めて確信していた。


(あの飛んでくる空気は刃のようで違う。ただ、細長い空気弾っつう破壊力の塊だと思う)


 直撃しても切断されたりすることはないはずだと理解はした。だが、何しろブリアナの重撃すらも跳ね返し、あまつさえ地面にも傷をつけるときた。


「何を悩んでいる。抵抗したところで、洞窟から流れるシナリオは既に消えているんだがよ」


「「ほざけ」」


 男がグランに気を逸らしているところを、左右からゲミューゼらが横槍を入れる。どれだけ「無理」と断言されようと、彼らは男の言葉を「ほざけ」と一蹴して気にしない。

 一人で駄目なら、二人同時にやればよい。踏み込む音が同時に鳴る。


「俺らは武器を両手に携えているからな。その分だけ攻めさせてもらう」


「あーあ。これだから多対一は」


「『五月雨(スピアライクレイン)』」


「そして、芸がねえのな角刈り野郎。何度同じ技を使うつもりだ」


 再度至近距離で放たれる複数の刺突。男は左腕でブリアナの棍棒に備えつつも、右腕で斧を回転させ気流を生み出す。


「むう」


 捻じ曲がったような軌道を走って男を避ける無数の槍の柄、ゲミューゼの持つ本物を脚で下に押さえつける。

 つまり右腕は空いていて、余力を残した両腕は今しがた目と鼻の先まで迫っていた棘付きの打撃と衝突する。


「はああああああああああッ!」


「ぬおおおおおおおおおおッ!」


 ブリアナの一撃は重い。単調な大振りばかりをしている彼女だが、その分だけ威力はピカイチなのだ。

 もっとも、幸か不幸か、眼下にある槍の突起部分が足に引っ掛かる形で、男は体勢が崩れるのを免れていた。


「へっ、どうやら斧ふたつで対抗しようったって、あの空気の爆発みたいなパワーは出ねえらしいな! どうした、爆風が自分にも被害を与えるかも知れねえってんで臆したか?」


「自分の身が第一優先なもんでなッ! こんな、自滅するような、方法、は……とらねえ主義なのよ!」


 まず、槍を抑えつけていた気流と脚から抜け出そうとしたゲミューゼを始めとして、ギリギリと三者の拮抗が乱れ始める。

 足場としていた槍が引き抜かれたことで男は大股になって重心が下方し、上からの棍棒の力に対して不利になる。


「いいや、十分だな」


 片足を前に、ほか全身を真っ直ぐに。

 「入」の字を描くように、上からの力に負けない芯を作って。


「窮地に陥れたつもりならその驕りを改めるべきだ」


「何だって? あたしがいつ、どこで自惚れた」


「いま、ここでだよ。言葉の伝達に不備でもあるのか女」


 ガリガリ。

 尻もちをついたゲミューゼは聞く。

 男の足下にある何かが地面と擦れる、不気味な音を。


「さっきから爆風で床が削られていて、その破片の音……か?」


「違う……これはもっと固い音だ」


「仲間のピンチだろ、動けよな男ども。『刃突風(ウィンガ)』!」


 前兆は無かったように思う。

 とは言え、男がゼロから爆発的な初速を与えられ、拮抗をいとも容易く打ち破ってブリアナを弾いてみせたこと。これは疑う余地もない事実だった。


「こいつ、脚からウィンガ……だと……」


 下に押し付けていた棍棒が瞬く間もなく弾かれた為に、ブリアナの肩が内部で悲鳴をあげている。男との距離が僅かに開く。


「おっと、これで斧が動かせるようになったな」


「…………ッ!」


 双方の刃が構えられた。

 ガラ空きになったブリアナの胴体に、破壊的な風が突き刺さったらどうなる?


(あばらの骨折、どころの話じゃねえ。あたしがお荷物になっちまえばドミノ倒しみてえに一気に闘いが瓦解する——!!)


「尻餅野郎と臆病野郎に囲まれて大変だな女」


「……グランは臆病で立ち尽くしてるんじゃねえよ」


「そうかよ。だが、あんたはここで終わ…………へえ」


 ダッ——ボボボボゴン!

 銀刃の軌跡をなぞって空気の塊が射出された。

 花火を散らすような一面の爆発はしかし、ブリアナではなく、男を狙った破壊の結果だった。


「『オリヘプタ』は、直撃すれば人間の肉くらいなら簡単に抉り取れる。特別サービスだ、直撃だけは避けてやる」


 間髪入れず爆煙から空気の刃が飛ぶ。

 それを青い光球で相殺する。

 ふたりは笑う。


「いい魔法使うじゃねえか小僧!」


「血まみれなのに余裕だな」


「そりゃ当然だろ。依然、負ける気はこれっぽっちも無いんでね。怪力、手数、そして魔法。どれも捨てがたい要素とは言え戦い方がデキてない」


「そうかよおっさん、話してるとこ悪いけどこっち見てくんない?」


 鈍い悲鳴を肩があげたが、それを強引に無視して彼女は棘の付いた鈍器を構えていた。怪力と、そう評したように戦い方なんてものを気にせず、ただ振りかざすだけのつもりらしい。

 しかし今から攻撃しますと教えられて「わかりました」と正面から受けて立つ程、男の戦い方は未完成ではない。


「この距離じゃあ、俺の風が届く方が早いってことを忘れた訳じゃあるまい」


「棍棒をフルスイングするだけがあたしの特技だと思ってる訳じゃあるまいね」


 背後で角刈りの槍使いが動いているのが足音で筒抜けだ。光球浮かべて隙を狙ってるのも視界の端で捉えている。


(ブリアナはただ注意を引きつけて男の攻撃を受ける。そこを突いて一気に攻め落とす……そう思わせる)


(なんて算段だろうから、恐らくはこの女……あえて溜めておいた必殺技みてえのがあるんだろうな。なら俺もあえて罠に掛かる)


(ブリアナに合わせてゲミューゼが動いた。てことは二人は何か策があるんだ。なら俺はそのサポート……いや、気分は漁夫の利だ)


 四者三様の思考が同時に並び立ち、奇しくもそのどれもが他者の意表を突く為の戦略であった。そのことを誰も知ることなく激突する。


「裏でこそこそしてんのは分かってんぞ尻餅野郎」


「俺は断じて尻餅野郎ではない、呼び名を変えるがいい闖入野郎。お望みではないだろうが、変わり映えのない『五月雨(スピアライクレイン)』で討ち取る!」


「俺が闖入者みてえな呼び名はやめろケツ槍野郎。もう当たらねえっての、『刃突風(ウィンガ)』」


 挟み討ちを狙う男女両方に気を配りつつ、まずは目先の槍を避ける。

 足先から風の噴出を受けて高く飛び上がる。たったこれだけで十分、これから先ゲミューゼの攻撃は完璧に対処されることだろう。


(それでいい。俺が目立った功績を得る必要はない)


「なに済ました顔してんだよ」


(ちッ、隙もなく風が飛んでくるもんだ!)


 頭上の男は斧を振り、ゲミューゼは咄嗟に横に転がる。

 地面の抉れた石片が身体に食い込む痛みを堪える方が、地面を抉った原因それ自体に巻き込まれるより断然マシだが、


「風が飛んで来てない……ブラフか!?」


「わざわざ状況口にしてる暇があるとでも」


「猪口才な手を!」


 怒涛の風が飛んで飛ばず飛んで飛んで飛んで飛ばず。そんな不規則さが心理的にも追い込んでいく。

 一方で、空気が飛んでこない一瞬のゆとりに加え、微かにゲミューゼを外れる軌道で飛ぶブラフの風などが心に余裕を生んでいもいた。


「なにがしたいのかさっぱりだ。けどそれでいい。時間は稼いだ、その事実があればこそ」


「おうゲミューゼ。あたしのとっておきのお披露目さ」


「…………来てみろよ。俺の斧が、闖入者どもの全てを無駄にする。時間稼ぎ、エネルギーチャージ、なんでも来い。これ以上俺らに害を為すつもりと言うのなら、とことん打ち砕いてみせようってな」


「——『棍旋(サイクロン)』ッ!」


 それは詠唱だった。

 直後、ブリアナを中心として暴風が吹いた。


「あんたが風を扱うというなら……あたしの風と火力勝負と行こうじゃないか」


「ほう」


 足から射出される空気を巧みに操って滞空しつつ、ブリアナの魔法を眺めて言う。


「棍棒から十メートル伸びた竜巻か。この洞窟の天井に当たらないギリギリの長さに留めているんだとすりゃ、外の開けた場所じゃもっと恐ろしい攻撃になるなぁ」


「分析してる場合か?」


 男を取り囲んで青い光が爆発する。ただし、それは直接的な攻撃ではなく。


「爆発するまで気付かなかった……退路を塞ぐ為の牽制ね」


 はなから避ける気は無いとでも言わんばかりにグランから顔を逸らし、両手の斧で宙を斬る。

 しかし何度も見てきたあの風の弾々を、ブリアナの棍棒と連動して迫る竜巻が、易々と呑み込んで掻き消した。真っ向勝負で、破壊力で勝利を握ったのはブリアナの風だった。


「『俺らに害を為す』だって? いつどこで、あたしらが傷つけた。あんたらと関わったのが今日が初めてなんだ」


「あの龍の下に就く野郎どもは、見かけたら殺す。それが俺らの総意だ」


 知らなかったとは言え勝手に男の生活区に足を踏み入れた。されど、それだけ。

 解毒草を採りに来たという弁解に対しても、過去にラグラスロと関わりのある誰かから被害を受けたという恨みを以て殺意を剥き出しに。


「過去に何があったかは知らない。けど、この非情な世界で。怨みの為に人を殺そうとするのなら——」


 ブリアナの言葉の合間にも爆破が鳴り響く。グランの『オリヘプタ』が男を逃がさず、竜巻と対峙させる。


「——地に堕ちろ(寝言は寝て言え)


 一気に、その棍棒を振り下ろす。

 只者に抗える規模と威力ではないことは見てわかる。無論、男だって例外ではない。


「ここは俺らの、最後の砦。少しの不安要素だって介入させたくねえって思うもんだろ」


 この世界で、暗黒の世界で、平穏を望む一人。

 その男は目と鼻の先にまで迫った竜巻の根っこにいる、ブリアナを真っ直ぐ捉えた。


————ドヒュウ! と。


 暴風と人間が激突し、状況の全てが吹き荒れた。




 その頃、黒龍ラグラスロは洞窟前方を待機しながら、過去の出来事を顧みていた。

 グランらが中に入ってまだ十分程度と言ったところだが、実のところ彼は洞窟内に人間の住んでいることを知っていた。その上で、伏せていた。


「アスタロが過去に解毒草を採取したとき、ここに住う者と対峙したと言っていたが」


 ラグラスロの口から人の名が溢れる。その人物こそが彼の知る毒の知識を有する者なのだが、既に亡き者となっている。

 なのでひとまずアスタロと呼ばれた人物の詳細は置いておき、ラグラスロは洞窟内の人間とその過去について思考を戻す。


「あのアスタロが前線に立てなくなる程のダメージを与えた者らが奥にいる。特に危険なのは斧を抱えた男で、これが原因となり魔法の使用を諦めたと言う程に」


 冷えた空気が強い風となって洞窟から吹いた。

 自然ではあり得ない現象だ。だからこそ、ラグラスロは中で戦闘が始まっているのだと確信した。


「戦闘は避けられなかったか。この世界に住む者らは皆、不安要素を嫌い平穏のみを願うからな。これは避けられない試練だ、ブリアナ、ゲミューゼ、グラナード……汝らは無事に帰れるか」




 結論から言おう。

 ブリアナが棍棒と連動させて叩きつけた竜巻は、男の斧と激突し、()()()()

 男は依然宙に浮き、自らの暴風を一身に受けたブリアナのいる方を眺めている。地面が大きく爆ぜ、壁にもその跡が広がっていた。


「ブ——リ、アナァァァァァァァァァァァァッ!!」


「嘘だろ……」


 状況を受け入れるのに数秒要して、ゲミューゼが真っ先に槍を放り投げ粉塵舞う中へ走る。回復魔法を使えるのは彼だけ。

 ブリアナを助けられるのはゲミューゼだけだ。


「させると思うか」


 斧からの空気弾で横槍が入る。向かう道を塞ぐのではなく、駆け寄るゲミューゼを直接狙う形で。

 ドドドッ! と風が爆破する。


「させると思うか」


 更にそこへ横槍を入れたグランの『オリヘプタ』が、空気弾を吹き飛ばしていた。同時に男の周囲にも光球をばら撒いて移動を牽制する。


「俺が魔法を反射できると知ってなお魔法で牽制するか。小僧の攻撃の要は拳と魔法だろ? もうそこで大人しく待っているといい、無駄な足掻きなんてせずに」


「魔法反射の効力の斧……金属、鉱石……ノルマル鉱が使われた武器と考えるべきか」


 ノルマル鉱とは昨日の昼間、グランがまだこの世界に転移するより少し前に知ったばかりの鉱石。魔法を反射する作用があると言うそれを、山賊が行商人から奪って使用していたのである。


(それと同じようなのが今、ここにも……なんつう偶然)


「ノルマル鉱ってのは知らねえが、こいつの素材がカギってのは正解だ。見ての通りこの洞窟は水晶やら鉱石やら豊富なんでな、少々手入れしてやりゃあ闖入者どもの切り札もご覧の通りだ」


「てめぇ……だが忘れたか。お前は既に一度、俺の魔法をその身に受けてるんだぜ。その血が証拠だ、全ての魔法を跳ね返せるほどの超人じゃねえっつうな」


「はんッ……違うな小僧。直撃は避けてやるって小僧自身で宣言したんだ。なら魔法を跳ね返せるって情報を出すのは惜しいだろ」


「後からなら幾らでも言える」


 そう返しはしたものの、男が敢えて魔法を受けたという弁明は本当だろうとグランも分かっていた。

 切り札とは、絶対勝てると思い込んでいる相手に対して切るときこそ最大限の威力を発揮する。今回それをやったのが敵であることが最大の痛手だ。


「ひとつ誤算があるとしたら直撃避けても威力が凄まじいってところだったか」


「言わなかったか? 人肉くらいなら簡単に抉れるって」


「人肉たぁまた具体的な。体験談みてえに言いやがる」


「体験談だからな」


 グランは決して殺人鬼だとか、自ら人を害するようなことはしない。

 ただただ普通の青年で間違いない。

 不特定の第三者視点からも同じ評価が下されるだろう。

 だから男も不意を突かれ一瞬固まった。


「——グラン無事か! ブリアナは辛うじて生きてる! ある程度回復できるまで堪えてくれ!」


 奥から響くゲミューゼの声に意識を戻され、男は自分が大きな隙を晒したことを自覚する。が、グランから攻撃の意思は出ていなかった。


「俺がまだ物心つくより前の……まあ、赤ん坊の頃の話らしい。無意識のうちに浮かんだ俺の魔法が、父さんの腕を破壊したんだと」


「なに平然と話してる……テメェの父親の腕を抉り取っておきながら何を」


「俺の両親はもう死んでいる。だが、父さんは片腕を失ってなお、俺の魔法を褒めてくれた。だから俺は俺の魔法に自信を持ってここにいる。それをお前に見せてやる」


「ははッ…………闖入者ども、俺が前に会ったラグラスロの手下と何か違うたぁ思ってたが、結局は同じ部分があったな」


「あ?」


 引き攣ったような笑いを奏でる男に、グランは何を言わんとしているのか全く理解出来ず訝しむ。

 その様子を理解したのか、


「異常者の集まりって言いてえのさ」


 右手の斧をグランに向けながら言う。


「過去に親の腕を削り取ったことを美化して語るなよ。そうやってこれからも被害を生んでは許されようとするんだろ」


「やっぱりお前、話が通じねえよ」


 互いに互いを突っぱねることで、これが会話の終わりであることを暗示する。言葉の往来で解決できることは、少なくとも今はないと知れた。

 ならば、いまは別の方法で語る他あるまいと。


「『オリヘプタ』」


 詠唱と同時、七つの青い光が顕現する。

 グランの操作によって光球は読めず不安定な軌道を描き、着実に斧の合間を縫おうとする。威力については自他共に認めるところ故に、この攻撃で決着は決まる。


(反射に怯まず魔法で来るか、予想通りの異常さだ。それに小僧の目は直撃させるっつうマジの目だ)


(けど、俺の操作に比べれば向こうの斧捌きの方が断然優れてる。絶対に俺の『オリヘプタ』は弾かれるだろうな)


 そう分かっていても、グランは魔法を選んだ。

 ()()()()()と言うように、作為的に緩急を付けた配列で突撃させる。


「はあああああああああああああ!」


 全身を大きく回転させながら振るった両斧の刃は見事に光球すべてを、瞬く間に斬り伏せた。

 グランは驚かない。

 なぜなら。


 どッ————轟音が洞窟内をこだました。


 その音の鳴り止まぬ中、青い花火の散った中心から男が落下する。彼へのダメージはとても大きく、皮は剥がれ、肉は焼け、だからこそ出血はそこまで多くない。

 そう、なぜなら。

 グランの魔法は跳ね返されないから。


「はあ……終わったか」


 空気は静寂に包まれ、先程までの戦闘の激しさが嘘かのようで。


「グラン、お前…………」


「ゲミューゼか。ブリアナは大丈夫か?」


「意識を失ってはいるが傷は塞いで、とりあえず俺が背負って移動するのが良いだろうと判断した」


「それはよかった」


 ブリアナは腕を宙ぶらりんにしてゲミューゼに担がれている。あれだけの竜巻を一身に受けて生きてることが不幸中の幸いだろう。


「って、そうじゃなく! 俺は遠くから見ていて冷や汗かいたぞ。奴の斧がどんな力を持ってるか見せられた直後に魔法で畳み掛けやがって!」


「うおぁすまん! 俺の魔法について説明してる時間も取れなかったし……そんな形相で睨まないで!」


「知ったことか。後でブリアナにも聞かせてやらねばな。グランが『魔法で』敵を撃破したと」


「絶対それ棍棒で追いかけ回されるやつだ!?」


 グランは一歩だけ下がるようにリアクションすると、膝が曲がって背中から崩れ落ちてしまう。


「っつつ……なんだ?」


「奴が空気の刃で削りに削った箇所に足を置いてしまったようだな。まったく、敗れてなお体力も削ってくるか」


「なるほどそういう……」


 転んだ原因を理解し立ちあがろうとしたグランだったが、急にその動きが止まる。黙り込む。


「おい、グラン?」


 訝しむゲミューゼがグランの視線を追っていくと、そこには男がいた。

 魔法の攻撃をもろに受け、大ダメージを負ったその男がいることは不思議じゃない。人の形を保ったまま倒れたのだから視界には映る。


「だぁ…………くそ。どんなトリック、だよ……小僧」


 しかし男は起き上がっていた。

 グランは全身に殺意を浴びていた。


「戦線復帰……しやがった。奴は、まだ()る気らしい」


「でもどうやって! あんな至近距離で爆破に巻き込まれてすぐ立てるなんて……いや、まさか」


 視力が良いからこそ、グランはそのちょっとした違いに気付いた。

 すでに黒く固まり始めている血の滲む肌。よく見れば傷が小さい、肉を抉れる威力に反して。


「俺は負けない。多対一だろうと、遜色ねえように、できている……!! 見たか、これが、俺の回復魔法だ」


「本気で言ってやがるのか……優れた身体能力、攻撃魔法に留まることを知らず、回復まで一人で」


 男はこの暗い世界でただ、平穏に生きることを望む。その平穏の為にこそ自らを鍛えてここに辿り着いたというのなら、それは。


「お前は超人じゃないが、只者でもねえな」


 斧の刃が再び、三人の首へ迫る。


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