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第7話「白いフクロウ」

 見張りについてから、ずいぶんと陽が高くなってきていた。


 今なお深い眠りについているラスティアとレリウスを気遣い荷台を降りていたシンは、すぐ近くの木陰に座り込み、ひたすら見張りを続けていた。


 もし今いる場所がレリウスの言う「エルダストリー」という世界だったとしても、太陽(太陽だよな?)の存在や時間の進行という概念に違いはないようだった。


 しかし、うっすらと遠い空に浮かぶ大小二つの月が、シンをどうしようもなく不安にさせていた。


(本当に、どうして、こんなことになったんだろう)

 油断なく視線をめぐらせながらも、同じ疑問ばかり頭に浮かんでしまう。

(こんなところに放り出されて、どうすれば)


 ここへ来た当初のような緊張はさすがに薄れていたが、今度は途方に暮れるしかなくなっていた。


「見張り」という今だかつて与えられたことのない役割に徹していると、嫌でも昨夜の出来事が思いされる。

 あんな危険な人間や、二度と見たくもない化け物も、絶対に見逃さない。自分自身の身の安全のためにも、シンは必死になって後方の森を見つめ続けた。


 そのため、森の上空に現れた小さな点にもすぐ気づくことができた。


 思わず立ち上がり目を細める。


 その点は徐々に大きくなり、そのうち翼らしきものがあることがわかり、やがて雪みたいに白い鳥の形となってシンの視界に現れたのだった。


(……フクロウ?)

 

 まっすぐこちらへ向かって飛んでくる、まさにフクロウらしきその鳥は、シンの姿をじっと捉えながら近くの樹に留まると、わずかに首を(かし)げながらこちらを見下ろすようにした。


「なんだよ、おまえ」無気味に思い、ぼそりとつぶやく。「おれに何か用かよ」


「そう心配せずとも昨日の者たちが襲ってくる様子はない。少なくとも今はな」


 フクロウが、しゃべった。


「どうした。今のおまえには必要な情報だろう」


「鳥が、なんで」

 話せるのか。唖然としすぎて、そんな簡単な疑問すら口に出せなかった。


「そんなことより、他に知りたいことがあるのではないか。例えばおまえの頭に響く声の正体について、とかな」

「おまえ――昨日の、あの声のやつか」

「ああ。おまえの意識に語りかけていたのは私だ」


 恐るおそ樹の下に近づきながら頭上の鳥をまじまじと見つめてみるが、作り物のようにはまるで見えない。


「鳥が、どうして話せる。そもそもどうやっておれの頭に話かけるような真似ができるんだ」

「最初は上手く人間の言葉にできなくて難儀したぞ。人相手に共鳴しなくってずいぶんと久しいからな」

「なんだって?」

「私の名は、テラという」


 鳥が、人の言葉を話して、聞いてもいないのに名乗ってる。

 空いた口が塞がらないとはまさにこのことだと思った。


「おまえの名は」

「え? あ、シン」

「ア・シンか」


 シンは慌てて首を振った。

「そうじゃなくて、シン。おれの名前はシンだよ」

「なら最初からそう言え。私は不必要な会話は好まない、だからよく聞け。そして私が言い終えるまで口を開くな」


 呆けた表情のシンをよそに、フクロウはまるで威厳ある者かのような声で語りかけてくる。


「真なる意志を示すことにより内なる想像を現実化する者よ。おまえは何を望んでこの地にやってきた」

「何を望んで……え?」

「何を求め、このエルダストリーの地にやって来たと聞いている」


(ここは、光の創造主エルダが造りたもうた世界、エルダストリー)

 シンの頭に、先ほどのレリウスの言葉がまざまざと響き渡る。


 エルダストリー――それは異世界に導かれた青年ウォルトが、エルダストリーと呼ばれる広大な世界で一大帝国を築き上げていく物語。


 そう。単なる物語、一冊の本でしかないはずだった。

 

 目の前に広がる大地が、シンの心をどうしようもなくざわつかせた。


 テラと名乗るフクロウらしき鳥が、深い黒色の瞳でまっすぐシンを見つめてくる。


「おまえ……何か知っているなら教えてくれよ。どうしておれは、こんなところに。どうして突然、こんなことになったんだ」


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そうであればこそ、おまえは何かを求めてこの地にやってきたはずだ」


「絶望って、そんな。確かにつらいと思ってたことはあるけど、絶望とまで言われると……」

 そこまで言いかけて、シンはぶんぶんと首を振った。

「そんなことよりその、エルダストリーって世界にいること自体あり得ないだろ。そりゃ本の中の世界で生きてみたいとか子供じみた空想をしたこともあったさ。でも、そんな馬鹿な話あるはずない……本当に、気づいたら空を飛んでたんだ。それも突然、なんの前触れもなく」

 

 窓の外の吹き荒れる猛吹雪と、突如訪れた暗闇。その後、いったい自分はどうなってしまったのか。

 まるで電源が切れてしまったかのように、記憶がぷつりと途切れてしまっていた。


「ずいぶん面妖(めんよう)なことを言う。ここへ来た道筋どころか己のことすらわからないとは」

「本当に、なにも覚えてないんだ」

「不可解な話だな。おまえのようなやつがいったいなぜ、この地にやって来ることができたのか」

「だから、それを教えてくれって言ってるんだよ」


 これからどうすればいいか、吐き気がするほど頭を悩ませていたが、それ以上にシンは「なぜ自分にこんなことが起きたのか」、という疑問に心底苦しめられていた。


「おまえが知らないことを、私が知るはずないだろう」

 目の前のフクロウはシンの苦しみなど羽一枚程も気づかないかのように首をかしげた。

「しかしそうなるとおまえ、いったいこれからどこへいき、何をしようとするつもりだ」


「それこそおれにわかるはずないだろ」

 あまりにも不躾(ぶしつけ)な質問と態度に、だんだん腹が立ってくる。

「というか、俺が何かを望んで? ここへ来たとして、どうしておまえに説明しないとならないわけ? 何かおまえに関係あるのかよ」


「関係あるさ。これから私はおまえと行動を共にするつもりだからな」

「行動を共にする? おまえが? おれと?」

「ああ」

「どうして」

「言う必要はない」

「はあ? なんだよそれ、ちゃんと説明してくれよ」


「説明などしなくてもおまえにとっては十分益のあることだろう。私がいなければ命すら危うかったはずだ。こちとらおまえと会うために一昼夜かけて遙々ランフェイスから飛んできたのだ。おまえの望みを知り、これからどこへ行こうとしているのか、何を成し遂げようしているのか。知りたいと思うのは当然のことだろう」


 まるで筋が通っているとは思えない説明にため息しか出ない。

「おまえの都合なんて知るかよ。これからどうすればいいかなんてこっちが訊きたいくらいだ。そもそもあの人たちに助けてもらわなかったら森の奥で殺されるか、わけのわからない化け物に喰われていたかもしれないんだぞ」

 

 口にした途端昨夜の出来事を思い出し、あらためて震えが走る。


「私たちが救ってやった二人か。無事で何よりだったな」

 ほとんどどうでもいいような言い方だった。


「そうだおまえ、昨日はどうやっておれを助けてくれたんだ? あの声はいったいなんなんだよ」

「<共鳴>のことか。少々距離はあったが、おまえと意識を繋げた」

「きょうめい? おれの体を横取りしたみたいなあれが?」

「そう険しい顔をするな。おまえの命に関わるようなことがなければ、むやみに繋がろうとは思わん」

「……どうして、俺を守ってくれた」


 雪そのもののように音もなく降りてきたテラが、シンの目の前でピタリととまる。

 普通の鳥では決してお目にかかれないような、あまりにも不自然な飛び方だった。

 間近で見るその体は雪原のように何の汚れもない。


「いずれ、時が来たら話すとしよう」


 やはり答える気はないようだった。それでも、他に聞きたいことは山ほどあった。


「そうだ、昨日の()()は。おれを襲ってきたやつらから守ったり、吹き飛ばしたりしたのはどうやって」


 実際に目の前で振り下ろされた本物の剣を――はじめて本物を見た――二度も防ぎ、大の男を遥か後方までふっ飛ばし、光の球のようなものをなげつけて化け物すら撃退したあの力は。


根源(エーテル)と呼ばれる力だ」

「あれが、エーテル」


 エルダストリーという言葉を耳にしてから、ようやく理解することのできた言葉のひとつだった。それは『エルダストリー』という物語の中に登場する知識として、確かにシンの頭に残っていた。


「この世界に存在するありとあらゆるものは、エーテルによって構成されている。また、中には特別なエーテルを――器を宿して生まれてくる者もいる。うまく扱うことができれば、常人とはかけ離れた力を発揮することが可能となる。昨夜おまえを襲った者の一人もその使い手だったいうわけだ」


 そう、物語(エルダストリー)の中でも確かに同じような力の存在が描かれていたはずだ。


「エーテライザー。自身に宿る特別なエーテルを操る者たちを、ここではそう呼ぶ。<器>と呼ばれる特別な素質を持つ者にのみ許された名だな」


「……おれにも、その力が使えるってことか」


「そうとも言えるし、違うとも言える。なぜならおまえに器などなく、ほんのわずかなエーテルすら宿していないからだ」


 そう、そうのはずだ。もし自分が物語エルダストリーの主人公と――ウォルトと同じだったとしたら――。


「しかし外の地より現れし者たちは、この世界を構成するすべてのエーテルをその身に引き寄せ、己の力として扱うことができる」


「すべてのエーテルを引き寄せ、扱う……」


「そうだ。人間たちはもちろん、あそこでいなないている馬、そこらに生えている草、木々、そして風。今おまえが目にしているもの全て、目では捉えきれないもの全て、この世界(エルダストリー)を構成するありとあらゆるものにエーテルは宿る。おまえはそのすべてを自身へと引き寄せ、己のものとして操ることができる――他のエーテライザーたちはおろか、この世界に住まう者たちとはまるで次元が異なる存在、それがおまえだ、シン。お前の手にはすべてが委ねられている。なればこそ、今一度問おう」


 テラはそこで、大きく羽を広げてみせた。


「おまえはこの地で、何を望む。おまえが真に望みさえすれば、エルダストリーはおまえにすべてを与えるだろう」


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