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第29話「ラスティアの過去―仇敵編④」

 それは、不気味としか言いようのない集団だった。黒に近い灰色のローブを着込み、誰一人、何の言葉を発しない。


 何よりラスティアたちを不安にさせたのは、全員がつけている仮面だった。人間と鳥類とが入り混じったような顔をしており、小さく空いた両眼のくぼみからは、まるで感情の伺えない三十もの視線がラスティアたちを凝視し続けている。


 自然とアレフの若者たちは互いに顔を見合わせながら、身を寄せ合うようにして固まりだした。


「おまえたちがアレフか」 

 ようやく、先頭に立つ一人が言った。仮面をつけているせいで多少声がくぐもって聞こえたが、男の声であることは間違いなかった。


「なんだ、おまえたちは!」ジョールが叫ぶ。

「質問に答えろ」

「だったらなんだと——」

 レクストがいきり立つジョールを手で制した。しかしジョールのその反応で十分だったのか、相手の男は後ろに立つ人物の方を振り向いた。

「こやつらで間違いないようです」


「思ったより少ないな」

 底冷えのする男の声。周囲の者の態度とその口ぶりから、この男が集団を率いているだろうことが容易にわかった。


「ですが、このような状況は滅多にないかと」

 二人はラスティアたちのことなど眼中にないかのようなやりとりをした。レクストを含むアレフの面々も、どう反応していいかわからない様子だった。


「いいだろう、ここはおまえにまかせる」

「よろしいのですか」

「好きにするがいい」

「おお。ではありがたく、私からの《《供物》》とさせていただきます」


「……おまえたちは誰だ」耐え切れなくなったようにレクストが言う。「何の用があってここへ来た」


「供物だよ、おまえたちは」

 先頭の男が言う。


「くもつ……?」

「気にするな、特に知る必要もない」

 男がゆっくりと片手を振り上げた、その瞬間。取り囲んでいた者たちの両拳から刃のようなものが飛び出し、若者たちは短い悲鳴を上げて後ずさった。

 

(まさか暗器!?)

 ラスティアは自分の目を疑った。


「な、なんのつもりだ!」再びジョールが叫ぶ

「やれ」

 男の片手が振り下ろされ、居並ぶ仮面の一団が一斉にアレフの若者たちへと襲いかかった。


 彼らと向かっていた前列の若者たちは声を上げる間もなく体を貫かれ、絶命した。刃を引き抜く勢いで今度は身近な者の体を同じように突き刺していく。


 エレフの集会場は狂乱の場と化した。三〇〇人もの若者が集まっていたはずが、仮面の一団はいとも容易くその命を奪い去っていく。

 皆、何を叫んでいるかもわからないような状況のなか、我先へと逃げ出そうとした。仮面の一団は特に興奮するような様子もなく、逃げ惑う若者たちを背後から次々と刺し貫いていく。

 泣き叫び、ひざまずいて命乞いをする者は髪を(つか)んで上を向かせ、躊躇(ちゅうちょ)することなくその顔面に刃を突き刺す。おびただしい量の返り血を仮面に浴びるが、まるで気にする様子がない。足早に移動しながら次なる獲物を探し、同じような行動をくりかえした。


 聖堂の裏手側にいたラスティアは、最初の混乱時に若者たちの波に飲まれ、建物の外へと押しだされてしまっていた

 最初はなんとか前方へ行こうともがいていたが、若者たちが次々と命を落としていくのを目にしたときから、ラスティアの頭は仮面の一団と戦うことよりも皆を逃がすことへと切り替わった。


(自分ひとりでどうにかなる相手じゃない)

「早く外へ!」

 ラスティアにしがみつきながら震えているエバを守りながら叫ぶ。


「エバ、あなたも早く逃げて!」

 エバはラスティアの声もまったく耳に入らない様子だった。強張った表情でラスティアの体にしがみつき、離れようとしない。半年前に襲われたときの恐怖が蘇っているのか、明らかに普段の彼女ではなかった。


 エバを守りながら逃げるか、無理やり引きはがしてでも皆を助けにいくか。


 迷っているラスティアの耳に、新たな悲鳴が届く。散り散りになって聖堂の外へ逃げ出していた若者たちに対し、新たに出現した仮面の一団が襲い掛かっていた。


 廃墟となった建物の中やその隙間から次々と現れる仮面を前に、若者たちは恐怖の形相を浮かべたまま闇雲に逃げ惑うしかなかった。


(完全に囲まれてる)

 思わずラスティアがエバの手を振り解き、近くで襲われそうになっていた仲間のもとへ走りだそうとした、そのとき――。


「行くなラスティア!」

 いつの間にかすぐそばまで駆けつけていたレクストに強く腕をつかまれ、引き戻される。


()()は、まともじゃない!」ラスティアが叫び返す。「戦えるのは私だけよ!」


「いくら君でもあの人数を相手にするのは無理だ。エバと一緒に逃げて、助けを呼んできてくれ」 

「そんな――私はみんなを」


「わかってるだろう、ラスティア。俺たちなんかが上に行っても誰も相手にしてくれないんだ。でも君なら――」

 その先の台詞は言わなくてもわかる。それでもラスティアはすぐにうなずくことができなかった。


「お願いだ、妹を頼む」

 反射的にエバへと目をやる。エバは焦点の合わない目をひたすらレクストに向けながら、小さく首を振っていた。

 

「わかったわ」

 唇を噛み締め、うなずく。


「レクスト!」後方からジョールが叫んだ「これ以上近づかれたら手遅れになるぞ!」


「いったいなんなんだよ、あいつらなんなんだよぉ!」

「みんな、みんな殺されちまった……」

「なにしてる早く逃げろ!」

「こっちはもうだめだ――くそ、どこに逃げろってんだ!」


「騒ぐな!」ジョールが慌てふためく仲間たちに向かって叫ぶ。「早くこいレクスト!」


「外れに通じる昇降機が使えるはずだ。エバたちが以前上に出たときのやつだ。そこまでの道はエバが知ってる」


「レクスト待っ――」

 レクストはエバごとラスティアの体を引き寄せ、二人を強く抱きしめた。


「約束だラスティア――必ずまた会おう」

 最期にラスティアの耳元で小さく何事かを囁くと、驚くラスティアの両肩を強く押し、突き放す。

「さあ、行ってくれ」


 ラスティアは力強くうなずくと、エバの手を強引につかみ、走り出した。

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