第18話「ギルド再び」
その建物はザナトスで目にしたものより遥かに大きく、堅牢な趣をたたえていた。
しかし最初シンが驚いたのは、ザナトスとはまるで違う人の多さだった。遠目に見ているだけでも人の出入りが盛んであることがわかった。
何かを憂いているような少女の横顔と大輪の花。その紋様が刻まれた重厚な扉の中へ――ギルドと呼ばれるエーテライザーたちの集いし場所へ――シンは再び足を踏み入れた。
今度はラスティアに伴われたわけでも、フェイルに誘われたわけでもない。
自分の意志で、やってきた。
目深にフードを被っていたし、なにより世慣れた感じのするフェイルを伴っていたせいか、特に注目を浴びるようなことはなかった。
ギルド内にはそこかしこに椅子やテーブルが備え付けられており、誰でもくつろいだり雑談できるようになっていた。実際そうしている者も多く、皆、額や肩を寄せ合うようにしながら何事かを真剣に話し合っている。
「本気かよシン」
隣のフェイルがぼそりと言った。
「せめてレリウスに一言相談してみてからの方がいいんじゃねえのか」
「ただでさえ忙しそうなのに、悪いよ」
緊張気味に周りを見渡しながら答える。以前ザナトス・ギルドで相手をしてくれたルチルのような人を探していた。
「いつまでも面倒見てもらうわけにはいかないしさ」
「おまえはそれだけのことをしたわけだし、ここに来たのも頼まれたからであって、金の心配なんてする必要ないんだぜ?」
「でもこれからどうなるかなんてわからないだろ? せめて食い扶持くらい自分で稼げるようにならないと」
「……見た目に似合わず奴隷根性が滲み込んだやつだな」
フェイルは馬鹿にするというより、どこか呆れたように言った。だがそれは決して不快になるような物言いではなかった。
「一人で放り出されたとき食うに困るような事態になりたくないだけだよ」
言いながらシンは、磨き抜かれた大理石のようなカウンターの、その一番端に立つ男の元へ歩いていった。その男だけが誰の相手もしていなかったからだ。
「すみません」
シンが上ずった声で話しかけると、相手の男は今まで目にしていた帳簿のようなものから視線を上げた。
「あの――」
「オルタナ・ギルドへようこそ。こちらでは所属申請を窺っております」
シンが何かを言うよりも早く、丁寧だが有無を言わさない調子で返される。
「王族護衛士に関するお問い合わせについてはあちらでお願い致します」
男が手を差し示したカウンターは、ほとんど行列に近い状態になっていた。
「あ、その、所属申請っていうのをしに来たんですが」
男は一瞬まじまじまとシンを見つめるようにしたが、すぐに相好を崩した。
「これは失礼いたしました。数日前からパレスガードに関する問い合わせが殺到していまして――私、所属申請担当のワルツと申します。」
「パレスガードってのはもちろんラスティア王女の、ってことだろ?」
シンが疑問を挟むより早くフェイルが訊いた。
「ええ」ワルツが苦笑しながら頷く。「もうすぐ王女戴冠の儀も始まりますし、噂を聞きつけた方々が大勢お集まりです」
「パレスガードって?」
どこかで耳にしたような気がするが、よく思い出せなかった。
「あー……王や王子王女といった王室に属する人間一人一人につく専属の護衛兵ってとこか。まあ、本当はそんな単純なもんじゃないんだろうが」
フェイルが若干困ったような顔をシンへと向けてくるが、なぜそんな表情をする必要があるのかはわからなかった。
「ギルドはもちろん、所属するエーテライザーにとっても大変名誉なことなんですよ」
ワルツが愛想良くフェイルの後を引き継ぐ。
「本来ですと王室に属する方が公務責任を負う十三の歳に選ばれるものなのですが……この度のラスティア王女誕生はまさに青天の霹靂であり、ギルドに所属する方々にとっては突然降って湧いた絶好の機会ともいえる出来事だったんですよ。まあ、その選考基準というのも大変厳しいもので、たんに強ければいいというわけでもありません。しかもパレスガードとなれるのは王族お一人につきたった一人、まさに選ばれし者となるわけです。とはいうものの、挑戦するだけでも大変名誉あることですので、十三歳になる王族がいる年には数多くのエーテライザーの方々が集まってくるのです。ましてや今回の場合、ラスティア王女の人気がまた凄まじく……」
「手を挙げようとする人間が殺到した?」
フェイルが訊くと、ワルツはその通りだと言わんばかりに大きく頷いた。
「はい。ここ数日はその受付と対応に追われている、というわけです。我が国のパレスガード選考は昨年のグレン王子以来少なくとも十三年以上はないものとされていましたので」
「あの人たちってみんなエーテライザーなんですよね? ザナトスにいたときは数人いるかいないかだったのに……」
確かにラスティアのパレスガード選考には強く興味を引かれたが、それ以上に気になったのはこの場にいる人の数だった。
「人手不足だと聞いていたんですが、もうそんなことはなくなってしまったんでしょうか」
ザナトスギルドやダフたちの惨状を目のあたりにしたからこそ、自分なんかでも雇ってもらえるかもしれないと考えたのだ。すでに事態が変わっていたのだとしたら、働き口を探すのも難しくなるかもしれない。そう思うと急に不安になった。
「いえ、そんなことはありません」ワルツが慌てたように両手を振る。「アーゼム不在による治安悪化の煽りを受けて持ち込まれる依頼は増える一方ですし、ギルドに所属できるエーテライザーの数も一朝一夕に増やせるものでもありません。そもそもエーテライザーとなれる方事体が非常に少ないわけでして。今はオルタナギルドに所属する方々が一堂に介しているので、むしろ圧巻ともいえる光景なんですよ。本来であれば多くの人々に求められ、アインズはもとよりエルダストリー全土を渡り歩いていくような方ばかりですから」
シンは改めてそこに居並ぶ人々の顔を眺めた。
特段人相の悪い人間や、どこか他人を圧倒する雰囲気をもつような人間はいないように見えた。だからこそシンも緊張しながらではあるが、足を踏み入れることができたのだ。だが――
他とは違う、明らかに異質な特徴。少なくとも今のシンには《《それ》》がよくわかった。
その身に宿している根源が、常人の比ではない。よくよく感知してみれば、すぐにわかることだった。
またテラに怒られるな……。
今更ながら、シンは自分の警戒度がぐんぐん上がっていくのを感じていた。
ベイルやヘルミッドたちと同じ領域に立つ人間たちの集う場所。それがギルドだった。




