第11話「混迷する世界」
「レリウス、君はいったい何を知っているんだ」
ルノが訊いた。
「今の君は我が国の王位継承者争いだけを問題視しているようには到底見えない。アルゴード侯ほどの男が、どこか焦っている様子にすら映る。そしてそれは俺の思い過ごしなどではないはずだ」
「……今この場いるのは、私が真に必要であると考えた者たちだ」
「レリウス、何が言いたい」
リヒタールの苛立ちを、レリウスは片手を上げて制す。
「シン、これから私が話すことをよく聞いておいてほしい」
突然名指しされ、シンは慌ててうなずいた。
「君は、西方諸国はもちろん我々の住まうこのエルダストリーという世界についてまだ深くは知らないだろう。だからこそ、君にわかるように、君にわかる言葉で話そうと思う。単刀直入に言おう。我々にはどうしても君という協力者が必要だし、そのためにもぜひとも今この世界で起きていること、これから我が国に降りかかってくること、そして、これから先ラスティア様に待ち受けているであろうことについて詳しく知ってもらいたい。その上で君の答えを聞きたいと思う」
レリウスは一旦そこで言葉を切ると、今度は全員を見渡すようにした。
「三人ともまずは私の話を聞いてくれ。この場にいる者たちが必要といった理由も、それでわかるはずだ」
その言葉に全員がうなずく。
「事の発端は、やはりサイオスだった。やつはラスティア様のことのみならず、西方諸国はもちろん、エルダストリー全土でいったい何が起きているかを説明し、その趨勢について語った。まず西方諸国についてだが、これはなんといってもアーゼム不在という問題に尽きる。シンにもわかるように説明すると――西方諸国と呼ばれる十九の国々には、少なくとも二人、巡察士と呼ばれるアーゼムが配置されることになっていてな。各国で争いの火種が起きないようにしていたのだ」
「それは、悪いことをしないように監視していたってこと?」
確認するように訊くと、レリウスは「簡単に言うとそうだ」とうなずいた。
「これまでも何度か耳にしたかと思うが、アーゼムというのは『エルダストリーを安寧へと導く者たち』のことだ。その誰もが深淵な知識と優れた洞察力を兼ね備え、常人など及びもつかないほどのエーテライズを身に着けている。彼らがそれぞれの国に目を光らせることで、これまで大きな戦争もなく、西方諸国における平和が守られてきた」
「でもその人たちが、今はいない……?」
「そうだ。東の大陸、すなわちラクタ―ノアと呼ばれる場所だが。そこに住まう半獣と呼ばれる存在が我々のいる西方大陸を侵略しようと目論んでおり、今アーゼムは東と近接する国々とともに総力を挙げてそれを食い止めている」
「なぜ、これほどアーゼムを頼らなければならない状況にまで陥った」リヒタールが口を挟む。「東からの侵略は今まで何度もあっただろう。そのたびに各国が分担して兵を送り込むことで幾度となく押し返してきたはず。今回の侵攻はアーゼムが加わってなお抑えきれないほどのものだというのか?」
「確かに東だけのことだったなら近隣の国々や一部のアーゼムだけでも抑え込めただろう。だがおまえたちも知っての通り、今はイストラも西方諸国攻略のため海を渡ってこようとしている――シン、イストラというのは海を挟んで北に位置する島国で、核光学という叡智によって急激に文明を発展させている連合国のことなんだ。ヘルミッドが口にしていた核光兵器という言葉を覚えているか?」
できれば思い出したくもない出来事だったが、頷く。
「……確か、西方諸国の間では禁止されている技術、だっけ。この国のディファト王子が内緒で手を出していたとか」
「そうだ。各地で発掘される核光石というものを動力としてあらゆる技術に転用できるとされている。しかしな、核光を失った大地は見るも無残な大地へとなり果てることからエルダ教を信奉している西方諸国においては厳しく禁止されてきたのだ。エルダの創りしこの大地こそ、私たちが最も慈しみ、大切にしなければならないものだからな。だがイストラは自分たちの領土から大量の核光石を採掘し、おそるべき兵器として利用する技術まで開発してきた。そしてついに、アーゼムが苦戦するほどの戦力を有するまでになったという。実際イストラでは海岸線にまで戦端が押し戻されているということだ」
「待ってくれレリウス」
ルノがほとんど叫ぶように言った。
「イストラの情報は私たちのもとへも届いているが、アーゼムが苦戦しているなどとは誰も言っていなかった。東側大陸《ラクタ―ノア》のことも、アインズ、バルデス、ディケイン、ノスタリアといった大国が一斉に兵を送り込むことで解決するだろうというのが大方の見方だった」
「それこそが、私が今だかつてないほどの脅威を覚えた理由だ、ルノ」
「なんだって?」
レリウスは今一度ゆっくり全員の顔を見つめるようにした。
「いったい、我が国の誰が――いや、西方諸国のうちどれほどの国がアーゼムの危機を、今我々に襲いかかろうとしているこの事態を窮地として捉えていると思う」
「レリウス、しかしそれは――」
「アーゼムは!」レリウスの言葉が部屋中に響き渡る。「今のこの現状を、自分たちの窮地を、明らかに隠している。さらに恐ろしいことに、護国卿であるランダル・ロウェインにさえもだ」
「まさかおまえ――アーゼムが割れているとでもいうつもりか」
リヒタールが言った。シンでさえ、その動揺がありありと見てとれた。
「そのまさかだ。私がランフェイスまで赴いた理由の一つは、直にランダル・ロウェインと会い、サイオスから知らされたこの事実について話し合うためでもあった。悪い予感というのは的中するものだ……北と東の脅威と自分たちの窮地について、ランダル・ロウェインは何一つとして確かな情報をもたなかった。ランダルは今のこの状況を『平和的可及的解決のための極めて一時的な兵力の集中』として認識しており、戦線が西方諸国にまで及ぶ危険があるなどということは考えてもいなかった。なぜサイオス自身が直接伝えなかったのかについてはいずれ話すが、アーゼムをまとめ上げているはずの護国卿が、まったくもって見当違いの情報を握らされていたのだ。さすがに動揺こそ見せなかったが、すぐに真偽のほどを確認すると言って私との会談も早々に切り上げていたよ。実際、ラスティア様のことについてはほとんど触れられなかったくらいだ」
なんと発言したらよいかもわからないような沈黙を、フェイルの杯を置く音とその言葉がかき消す。
「シン、わからないことがあったら遠慮なく聞いたらどうだ。せっかくおまえに理解できるよう話すとまで仰ってくれてるんだからな」
「おお、つい先走ってしまった、すまないシン。フェイルもありがとう」
「えっと、そのパーヴァスっていうのはアーゼムの一番偉い人で、ラスティアのお父さんだよね。アーゼムが割れているっていうのはどういうことなの?」
ためらいがちにではあったが、シンは頭に浮かんだ疑問をはっきりと口にした。
君の協力が必要だと、そうはっきりと言われてしまった以上、中途半端な理解のまま曖昧な答えなど出せない。事がことだけに、シンは自分としては相応の危機意識をもってレリウスの話に聞き入っていた。
なによりラスティアと交わした約束が、何度もシンの頭をよぎった。一緒にいるというのは、文字どおり、ただそばにいるという意味なんかじゃない。自分に何ができるかはわからないが、せめてラスティアを取り巻いている世界について、知れるだけのことは知っておきたいと思ったのだ。
「アーゼムの意志決定機関である〈最高評議会〉、それを取り仕切るのが護国卿であり、今はラスティア様の父上であるランダル様がその任についている。ラスティア様がいたランフェイスには、『集いし地』と呼ばれるアーゼムの本拠地があり、アーゼムの意思決定はすべてそこで下され、各地に散ったアーゼムからもたらされる情報もまた、そこへ集まるようになっているのだ。そのはずが、今回の有事に限っては正確な情報がまったくもって伝わっていなかった。これまでのアーゼムからすればそんなことはありえない。なぜならエルダストリー全土よりエルシラへもたらされる情報こそが、アーゼムにとって最も強大な力のひとつともなっていたからだ」
「つまりアーゼムの何者かが、エルシラもといパーヴァスへの情報を遮断し、我々西方諸国にも正確な情報を行き届かせないようにしている、ということか」
リヒタールがぼそりと言った。シンに対して、というより自分自身に言い聞かせるかのような口ぶりだった。
「しかしいったい、なんのためにそんなことを?」
ルノが額に手を当てながら首を振る。
「いくつか理由は考えられます」
再び響いたフェイルの言葉に、全員の視線がそちらへと向く。
「一つはパーヴァスもといエル・シラ、そして西方諸国にいらぬ混乱を招かぬようにすること。北と東、二つの脅威が同時に、それも、アーゼムを退ける勢いで迫っている。そんなことが知れ渡ってしまえば、世界は大混乱に陥るでしょう。もう一つは――俺としてはこちらの線を押したいが――この争いに乗じて、エルダストリー全土を混迷の時代へと陥れようとしている勢力がいる、ということ」
「そう。アーゼムという、絶対的な平和の象徴を崩壊させて、な」
フェイルに続くレリウスのその言葉が、「何を知っているのか」というルノの問いに対する答えだった。




