第22話「再会」
「……あなたたちは、人の命をなんだと思ってるの」
ラスティアの言葉が、向かい合う二人の激高を急激に鎮めた。
「なんと仰る？」
ヘルミッドがいぶかし気な視線をラスティアへと向ける。
「たとえディファト王子が核光兵器を開発していたとしても、それがここの人たちに何の関係があるの――この二人だってそう。みんな、必死に生きていたのよ」
ダフとリリの身体がびくりと震えた。自分たちの存在など忘れてしまってくれといわんばかりに小さく固まっていた二人に、全員の視線が向く。
「メキナに手を出すことはエルダ教最大の禁忌です。恨むべきはディファト王子でしょう」
「王族の責を、国民が死して償えと？」
「どの国もメキナの脅威については十分理解しているはず。ロウェイン家の出でもあるラスティア王女ならば十分おわかりだろう」
「いきなりこのような侵攻を仕掛けてくる必要がどこにあったの！ バルデス側に正当な言い分があるというのなら王侯会議の場で堂々と追求すればいい！」
「そんなことをしようものならメキナに関わるすべての証拠を破棄されてしまうでしょう。ゆえに我々は迅速迅雷の動きでもって王都まで攻め上り、ディファト王子を捕えなくてはならないのです」
「王都まで、攻め上るですって」
ラスティアの表情がさらに強張り、険しくなる。
「今しがたあなたは事実を掴んでいると言っていたはず。それが本当ならこんなことを仕出かす理由なんて――」
「事実は事実でも、決して公表できない事情があるのです」
ヘルミッドはやるせないといった顔を見せ、大きく首を振ってみせた。
「とにかく、我々は確固たる信念のもとやってきています。何人たりとも我々の行く手を遮ることはできないものとご理解いただきたい」
「たとえテルミアたちを説き伏せられたとしても、アーゼムが黙っていないわ。あなたたちの言い分はこの国を侵略するための大義名分に過ぎない！」
ラスティアはまっすぐヘルミッドを見据えながら言った。
「それこそ言いがかりというもの。今回のことはメキナに手を染める国は断固として許されないという、バルデス側の決意の証でもあります。もちろん、すべてことが済んだのちは王侯会議の場ではきと申し上げるつもりです。それにザナトスはアインズ、バルデスのみならず、ディケインにとっても重要な交易の要所。そのような地を一時的にでも攻め入ることは我が国にとっても相当な痛手であることはお分かりでしょう」
「街ごと奪ってしまえばこれまでと比較にならないほどの利益が手に入るのでは」
「成り行きではあるが」ヘルミッドがラスティアの言葉を遮る。「ラスティア王女とアルゴード侯という、アインズの中枢に近いお二人と会談する機会を得られたのは僥倖でした。これ以上被害を出さないためにも、お二人の一存でいますぐにでもザナトスを明け渡していただきたい。被害が少なく済めば済むほど、ディファト王子の件が収まり次第すぐにでも国交を開始し、元の活気を取り戻すことができる。私があなたの呼びかけに応じたのもそれが理由です、ラスティア王女」
「よろしいか」
レリウスが極めて厳しい表情で二人の間に割って入った。
「ヘルミッド将軍、それにラスティア様も。私たちがここへ来るまでのあいだ何が話し合われていたか詳しくお聞きしたい。これはアインズ、バルデス両国の今後を左右する極めて重大な会談となる。このような形ではあるがな」
言葉の最後にヘルミッドへの痛烈な皮肉を込められていたのをシンでさえ感じた。
ヘルミッドは強面の上でにやりとした笑みを浮かべた。
「軍を指揮していた私の頭に突然、共感念波が届いたのだ。『ただちに進軍を止め、私のもとへ来て欲しい』、とな」
「パルス？ ラスティア様が？」
レリウスが大きく目を見開きながらラスティアを見やる。
「私も驚いたぞ。このような塔の上から私を指揮官と見抜いただけでなく、遠く後方まで届かせたのだからな。高序列のエーテライザーでもいるのかと思いきや――聞けばロウェイン家のご息女にしてこの度アインズ王室に迎え入れられる予定のラスティア王女だという。直ちに全軍を停止させ、私自らここへ赴いたというわけだ。常人でしかないはずのあなたがいったいどうしてこのような業を扱えるのか、ぜひとも詳しくお聞きしたいところだ」
「今そのような余裕はありません、将軍」
突然、後方に控えていた一人の黒騎士が口を挟んだ。
ラスティアがはっとした表情でその相手を見つめる。
シン自身、その騎士のことが気になって仕方がなかった。まったく顔は伺えなくとも、面頬の奥から強い視線を向けられているような気がしていたからだ。
ラスティア、レリウス、ヘルミッドといった面々に全員の視線が集まっていたため、余計そう感じてしまっていた。それに――
「アルゴード侯も見た目どおり単身乗り込んできたわけではないでしょう。こうしている間にもベルガーナの兵を呼び集めているはず」
屈強な甲冑を身にまとっているためてっきり男とばかり思い込んでいたが、確かにその体格は周りと比べてかなり小さかった。声も低く、くぐもってはいたものの、明らかに年若い女のものだった。
「このやりとりが、時間稼ぎだと？」
ヘルミッドが聞いた。
女騎士は面頬をレリウスへと向ける。
「おそらくは。ベルガーナの兵がここへ来れば、むろん戦闘になるでしょう」
「そうはなりません」
ラスティアがはっきりと言い切った。
そのままラスティアと女騎士はしばしのあいだ無言で見つめ合った。
「戦闘にならない？」黒騎士の女が首を傾げる。「将軍が言われたように、我々はディファト王子を捕えるまで進軍をやめません。ラスティア王女もアルゴード卿もそれをお認めになるとは思えませんが」
「先ほどの将軍のお話には、二つほど嘘があります」
ラスティアが言った。
「嘘、ですと」ヘルミッドが眉を吊り上げる。
「ひとつは、将軍が単に私の呼びかけに応じて軍を止めたわけではないということ。あなたたちは最初からザナトスの街中まで攻め入るつもりなどなかったのでしょう。その目的は最初から外周の人々を蹂躙することにあった。そうすることで『メキナに手を染めた隣国の脅威を取り除く』というバルデスの本気さをこれ以上ない形で示すことができる。それも、アインズとザナトスはもちろん、無関係なディケインにとってもたいした被害のない形で。外周とそこで暮らす人々がどういう扱いを受けているか、隣国のバルデスであれば十分把握していたはず。このことを背景に執政官との交渉の席に就けば、一戦も交えることなくザナトスを手に入れることができるかもしれない。このように考えたのでは？」
レリウスがしたりとうなずきながらヘルミッドをはじめとする騎士たちに鋭い視線を向ける。
「外周での惨劇を脅しに、街までは手を出さないから降伏せよと迫る……確かにあのワルムであればすぐにもでも明け渡してしまう気がしますな。本人の性格はともかく、戦争なんかとは無縁の任期を送ってきたでしょうから」
「後になってアインズの大軍がやってこようと、ザナトスさえ占拠してしまえば強固な防衛線が築けるうえ、しばらく補給にも困らない。街の人々を人質にとることだってできるわ」
「すべてあなたの憶測にすぎませんよ、ラスティア王女」
ヘルミッドが笑みを浮かべたまま言う。
「将軍はさきほど『私の呼びかけに応じて即刻停止した』と言いましたね」
「確かに」
「この有様を見て」
ラスティアが塔の外側に向かって手を伸ばす。
「日々の暮らしが営まれていた痕跡など、もうどこにもないわ。バルデス軍の侵攻は、かなり後方にいた将軍の指示が直ちに行き渡るような緩いものでは決してなかった。あの苛烈さを目にすれば簡単にわかることよ。にも関わらず、まるで潮が引いていくかのように馬足が弱まり、まるで示し合わせていたかのようにこの塔の前で停止した。私のパルスが届いてから停戦命令を発したにしてはあまりにも迅速すぎる。つまり街中へ入る前の、まさにこの塔を目標とした停戦命令は最初から出されていた。違う？」
ヘルミッドは特に反論もせず、黙ったままだった。
「もうひとつの嘘は、少なくともあなたたち二人は、私やレリウスがこの街にいることをはじめから知っていたということ。いかな歴戦の将とはいえ、相手の正体も不確かなまま、こんな崩れかけの塔の上まで自らやってきたりはしないでしょう。あまりにも不用意すぎる」
「……なぜ、我々があなた方の存在を知っていたと？」
「今回のレリウスの行動は公にされていない。そのうえザナトスに着いたのは昨夜よ、ワルムにとってさえ突然の来訪だった。私たちの存在やその道筋を予測することのできる人間は限られている」
ラスティアはヘルミッドではなく、その傍らに控える黒騎士へ向けて言った。
「そうでしょう、ベイル？」
