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第15話「外側の少年」

「詳しく聞かせてもらえる?」

 ラスティアが目の前の少年に対し言った。

 シンは驚いてラスティアを見る。


 ダフは初めてシンとラスティアに気づいたのか、最初は軽く身を引くような素振りを見せた。しかしすぐに剣呑(けんのん)な目つきへと変わり、こちらを値踏みするような視線を向けてくる。


「だれ」

 切りつけてくるかのような言い方だった。それでもラスティアは気にする様子もなくダフへと近づく。


「もしかしたらあなたの力になれるかもしれない人間よ」

 

 ダフは一瞬目を見開くようにしたが、すぐさま首を振ってラスティアとシンを睨みつけた。

「あんたらに何ができるのさ」

「それは事情を聞いてみないとわからないわ」


「いや、それは――」

 ルチルが焦ったように口を挟む。


「私たちはギルドの人間ではないから、あなた方の事情とも関係ないでしょう?」

「それはそうなのですが」


 ダフはなおも油断ならないといった視線をラスティアと、そして隣にいるシンへと向けてくる。

「こっちの役に立ちそうな人間には見えないけど」


 その言葉は、特にシンに向けたもののように見えた。まったくそのとおりだったので言い返すこともできなかった。


「他に頼れる人がいないなら、駄目元で話してみてはどう?」


 先ほどから「私()()」という言葉が気になって仕方なかった。

 シンの不安をよそに、ダフはしばらくの間じっと考え込むようにしながらシンとラスティアを交互に眺めた。


「きて」

 ぶっきらぼうにそう言うと、そのまま扉へ向かって歩き出してしまった。


「行きましょうシン」

「え、ええ?」


 ラスティアは戸惑とまどう様子もなくダフのあとをついていく。

 シンは外へ出て行こうとする二人と、カウンター越しに力なく佇むようにしているルチルとを交互に見やった。


「ここへいらしたばかりのあなた方にこんなことを言うのもどうかと思いますが。あの子に――ダフに謝っておいてもらえませんか」

 ルチルがシンに向かって頭を下げる。

「力になれず、申し訳ない、と」


 そんなこと言われても困っしてまうが、はっきりと断ることもできず、あいまいにうなずいてみせた。


「シン!」

 扉の向こう側からラスティアが呼ぶ。シンは慌てて外へと出た。通り去り際、ギルド内にいた何人かの人間たちが、ルチルと同じようにこちらを見つめているのが見えた。




 §§§§§




「〈外周〉というのは?」

 早足で歩く二人に追いついたシンを横目にラスティアが聞いた。


「あんたら、よそ者かよ」

 ダフは面倒そうな顔をまるで隠さなかった。

「俺みたいにその日食うにも困るようなやつらが暮らしている場所さ。街中でなんか暮らしていけないからな」


「街中で、暮らせない?」

 思わずシンが聞き直すと、ダフは痛烈な舌打ちをした。

「あんたらはいつもそうだ。自分たちの暮らしが当然って顔をして、俺たちみたいなやつのことは気にかけもしない。まわりをよく見てみろよ、俺みたいなやつがいったいどこにいるってんだよ」


 ダフは自分の存在を見せつけるように通りの中心に寄ると、大きく両手を広げてみせた。すれ違った人々はあからさまに不快な表情を浮かべたが、すぐに視線をはずして大きく迂回し、何事もなかったかのように通り過ぎていった。


「あんたはゴミを家の中に入れるのかい? 入れないだろ? 汚いものは外に追いやるのさ。俺みたいなやつは掃いて捨てるほどいるからな」

「君みたいに、その……生活に困っている人が大勢いるってこと?」

 昨日ザナトスへ入ったときは、ダフの言う人の姿などまったく見かけなかったはずだ。


「ああ。あんたらには見えない場所に、大勢な」


「さっき言っていたことだけれど」

 ラスティアが前をいくダフに訊いた。

「お姉さんの具合は相当悪いの」


「……寝てれば治るなんて本人は言ってるけど、もう七日も苦しんでる。さすがに限界だよ」

 ダフはこれまでの歩調を緩めた。心なしか肩を落としたようにも見える。


「それで治療師を」

「ああ。けど、診てもらうためには今の持ち合わせじゃ到底足りないくらいの金がいるんだ……だからギルドで稼がせてもらおうと思ったのさ。少し前までは俺にもできる仕事を回してくれてたからな。ギルダーの中には巡回ついでに外周に寄ってくれる親切なやつもいて、具合の悪い人間を診てくれたりもしていた。さすがにギルダー相手じゃ外周の悪党どももでかい顔ができなかった。助けられていたやつらは大勢いた。それなのに――」


「縁を切られてしまった、と」


「姉ちゃんが病気になる、ほんの数日前の話さ。いつもみたいに仕事をもらいにいったら、人が変わったみたいに突き放された。親身になってくれてたルチルさんでさえあの有様さ。顔なじみのギルダーたちも外周にはぱったり寄り付かなくなっちまった」

「『国が決めた』、と言うのはどういうことなの」

「『ギルドは《《正式な依頼》》以外受けてはいけない』。そんなお達しがあったらしいのさ」

「国が、ギルドに命令ですって?」

 ラスティアが驚きの表情を浮かべる。


「ああ、ルチルさんたちも最初は猛反発したらしい。けど、かなり上の方で決まったことらしくて、今はどうすることもできないんだとさ」

 ざけんなよ。そう言って舌打ちする。


「自由と独立を謳うはずのギルドが国に従うだなんて……いったい理由は何なの」

「俺なんかにわかるはずないだろ。けど、やっぱりアーゼムの不在が大きいらしい。イストラや東方大陸ラクターノアからの侵攻にかかりきりになっているせいで、その影響がギルドにまで及んでるって」

「治安が乱れはじめたせいで国がギルドを頼り出したと?」


 ダフは厳しい表情のままうなずいた。

「そこまではわからないけど、治安っていう意味では目に見えて悪化してる。外周みたいな場所で暮らす俺たちにとっては死活問題だから、その辺は街中のやつらより敏感なのさ。駐屯兵や警備隊に護られているおまえらみたいなやつにはわからないだろ。ま、俺の訊いた話じゃお隣の国との関係も相当まずいことになってるみたいだし」


(他国、特にバルデスとの関係もいよいよきな臭いことになってきそうですからね)

 昨夜レリウスが言っていたことを思い出し、どこか薄寒い感覚に襲われる。

 今まで当然のように思っていた『安全』が、ずいぶん遠くのことのように思えた。


「アーゼムなんて雲の上の存在でしかなかったけど、国に対する影響力みたいなもんはとてつもなかったんだって今になって思ったよ」


「自国のギルダーたちを従わせたいという思惑もあるのかもしれない。これから起こるかもしれない戦争に備え、国の命令でいつでも動けるように」

 ラスティアがつぶやくよう言う。


「要人護衛みたいな依頼もかなり舞い込んできてるってさ。変異種への警戒や討伐にもこれまで通り人を割かなきゃいけない。ギルドに全然人がいなかったのもそのせいさ。だから今、ほとんどの国やギルドは血眼になってエーテライザーを探してるって聞いたよ。ま、その辺にくすぶってるとは思えないけどね。俺に器があったら真っ先に国かギルドに自分を売り込んでる。どこの生まれかなんて関係ない、どんなやつだって実力一つで成り上がれる世界だ。少なくとも外周での生活からは簡単におさらばできる」


 ラスティアが険しい表情のままシンを見た。

 シンはどう反応していいのかわからず、黙って歩くしかなかった。


「さっき言っていた、『守って』というのは? お姉さんの病気のことだけではないようだったけれど」

「外周の顔役どもが金を取り立てにきてるんだ。病気で仕事にも出れないってのにふざけた話さ。客もとれないのに何が場代だよ」

「場代?」

 シンの疑問に再度ダフの舌打ちが飛んでくる。


「あんた、そんなことも知らないで生きていけるほど裕福な出かよ。そういや、ずいぶんおめでたい顔してるもんな」


(おめでたい顔……)

「要は体を売って稼ぐための場所に支払う金ってことだよ」


 ――体を、売る。唐突に突きつけられた言葉が頭と心をかき乱した。


「顔役に逆らっちゃ外周じゃ生きていけない。確かにたちの悪い客や同業者ににらみを効かせてもらえたりはするけど、やつらだって似たようなもんさ。ギルダーたちの目がない今は何でもやりたい放題ってわけだ」

 ダフが顔を歪ませるようにして笑った。

 

「何をされたの」

 ラスティアが短く聞いた。


「……リリ姉ちゃんが客として相手をしたさ。金がないんだから差し出せるもんを差し出すしかないだろ。最近じゃ起きるのさえやっとだっていうのに、くそがっ」

「ギルドの仕事以外にあなたができることはないの」

「おれみたいなやつをいったい誰が好き好んで雇うんだ? 何かあったらすぐに犯人扱いされるし、たとえ仕事にありつけたとしてもはした金でこき使われて終わりさ。それで体を壊して廃人みたいな暮らしをしている人間が外周には山ほどいる。あんたらみたいに街中で暮らせて、今のギルドに出向けるような人種にはわかんないだろうけどね」

「それは――」

 ラスティアが何かを言いかけたが、結局何も言わず押し黙る。


「あんたらみたいな暮らしは、いくら働いても搾り取られていくだけのおれたちにはまるで関係ない話なのさ」


 ダフは自分以外の人間全員に唾を吐くような勢いで二人の前を歩き続けた。


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