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第12話「沈黙の晩餐」

「実は、私に少々考えがあるのだが……」

「考え?」


「レリウス?」

 シンとラスティアが首をかしげると、レリウスは自身の沈黙を打ち消すかのように笑い出した。


「いや、これはまだ時期尚早というものだろう。お互いにとって、な」

 意味がわからず、シンとラスティアは顔を見合わせた。


「オルタナには急ぎ伝令を走らせました。遅くとも7日のうちにはラウル王のもとに事情が伝わるでしょう……ご容体が落ち着いておればよいのだが」

 最後の方はまるで独り言のようなつぶやきであり、シンたちにはよく聞き取れなかった。そのことに触れるより早く、レリウスは続けた。

「ここでの兵の調達が難しいとなれば、オルタナから迎えの兵が来るまで待機しなくてはならないでしょう。陛下をお持たせするのは心苦しいですが、今はラスティア様の御身を第一に考えたいと思います」


「しばらくはここに滞在するかもしれないということね。シンもそれでいい?」


 シンはすぐにうなずいた。異存なんてあるわけなかった。


「というわけで、明日以降はゆっくり街を見物できるだろう。シンはいろいろと目にしたいものがありそうだったからな」


 シンは困った表情を浮かべながら聞いた。

「あの、明日ふたりはどうする予定なの?」


 レリウスの言う通り、できればザナトスという街を――エルダストリーの世界をじっくり見物してみたかった。だが、この世界に来て初めての街をいきなり一人で散策するというのはさすがに心細かった。


「私は……聖堂に寄ろうか、と」

「聖堂?」


「あの場で死していった者たちへの祈りのため、ですか」

 すぐさま反応したレリウスに対し、ラスティアが小さくうなずく。


「今の私にその資格があるのかは疑問ですが」


「もう十分でしょう」

 そう言われ、ラスティアが驚いたように顔を上げる。


「ここへ来るまでの道中、眠っているとき以外はずっと、そうしてきたはずです。失礼ながら、微かに動く口の動きでそれとわかりました。こう見えて私も敬虔なエルダ教徒ですから」


 ラスティアのそのような行動について、シンはまったく気づいていなかった。


(いくら無関係な人たちとはいえ、あまり感じ入ることができない自分はどこか欠落してるのかもしれない)

 何もかもが非現実的すぎるせいだという言い訳じみた思いが、余計シンを複雑な気分にさせた。


「皆の生命の根源(ルナ)は、すでにエルダの元へ還っていることでしょう。フェルバルト家の当主として、ラスティア様の真摯な祈りとそのご厚情に、深く感謝いたします」


 ラスティアは何も言わぬままうつくむようにした。


「少しの気晴らしと今のお体の具合を確認する意味をかねて、明日はシンとともに街へ出てみては? ここはベルガーナ騎士団の管轄ですし、あのような人気のない場所で襲って来た連中ですから、街中で襲ってくるような真似はしないはず。危険な場所へ出向かない限り問題はないでしょう。まあ、シンとラスティア様の相手になるような者がそこらにいるとは思いませんが」


 当然のように「騎士団」や「護衛」という言葉がやりとりされるため、いちいち聞くこともためらってしまうが、やはり気になってしまう。


「そのベルガーナ騎士団っていうのは」


「ああ、北方の国境線や治安を守るアインズ王直属の兵のことだよ」

 レリウスが誇らしげに答える。

「ここからちょうど馬で半日足らずの距離にあるセイグリッドと呼ばれる砦に駐留していてな。バルデスとレイブン相手に睨みをきかせている。まあ、主にバルデスに対してだが。ザナトスにも常時二千ほどの兵を駐屯させながら警護兵とともに街を守っているんだ」


「北のベルガーナ、西のロックバレル、南のセントルイス、この三つの騎士団がアインズの国境線を守る要とされているわね」

 ラスティアが言った。

「その強さやアインズ王に対する忠誠心の高さは西方諸国に住まう者なら誰もが知るところよ」


「その通りです。できればザナトスに駐屯しているベルガーナ騎士団に命じてすぐにでもオルタナへ向かいたいところですが……さすがに王の許しもなく騎士団は動かせません。とまあ、ザナトスでは街を守るための警護兵に加え精鋭揃いのベルガーナの騎士たちが巡回しているので安心です。それに今はシンまでついているとなると、護衛が必要かどうかも疑問ですな。なによりザナトスにはギルドがありますから」

 そう言って笑うレリウスに対し、シンはこれまで同様、あいまいにうなずくことしかできなかった。


 襲撃者たちを退けたエーテルという力のことについては、ほとんどなにも聞いていなかったし、話す気もなかった。

 テラという得体の知れない鳥からいろいろ聞かされてはいたものの、いまだ自分に何ができるかもわからなかったからだ。


 再び誰かに襲われたとしても、同じようなことができる保証などどこにもない。


 仮にレリウスから期待されている力をシンが持ち合わせていないとなれば、レリウスは――ラスティアも、今と同じような接し方をしてくれるだろうか。そのことが恐くて、シンはひたすら口を閉ざしていた。


『何事も理解するには、それにふさわしい時と状況というものがある』。そんな言葉を言い残して依頼一度も姿を見せないフクロウに、だんだんと腹が立ち始めていた。

(どうせならしっかり説明していってくれよな)


「レリウス、あなたの言ってくれたことは……とてもありがたいことよ。ザナトスが安全だということも、もちろんわかってる。けど、今はどうしても街に出るような気持ちには」


「オルタナに着いた後のことを考えれば、今が自由に行動できる最後の機会となるやもしれませんよ」

 レリウスが穏やかな、というより、どこか達観したような笑みを浮かべていた。


 シンにはその表情と言葉の意味とが理解できなかったが、ラスティアには伝わったようだった。


「……ありがとう」

 そう言って頭を下げた。


「むろん、私は私で羽を伸ばさせてもらうつもりですよ。ですが今は、そんなことよりも――」

 腕を組み直すようにしたレリウスが、一段と険しい表情を浮かべてみせた。

「食事はまだか! もう簡素なものでも構わんぞ!」


 レリウスの言葉に慌てた侍従が部屋に飛び込んできて頭を下げる。


 そのすぐあと、ようやく三人は別室へと案内された。滲みひとつない白地の布が敷かれた長テーブのまわりに、精巧な紋様が刻まれた背の高い椅子が何脚もならんでいる。


 わざわざ給仕が引いてくれたその椅子に、シンはおっかなびっくり座った。


 もしエルダストリーの物語に似た――あるいは同じ世界であれば――辺境と呼ばれる地域でもなければ、ゲテモノ料理が出て来るようなことはないだろうとは思ってはいた。


 実際シンがこれまでの道中食べていた保存食のようなものは、しっかり塩の効いた食べ応えのある干し肉や、少し硬くはあったが微かに小麦の香りのするパンだった。


 むしろ、そうした食事の方が、シンにはありがたかったかもしれない。一人ひとりに給仕が付き、後ろに控えられているうえ、見るからに手が込んでいると思わしき大皿の中央に盛られた料理を前に、違う意味で手が出ない。


「口に合わないか?」というレリウスの気遣いに全力で首を振りながら、心配そうにこちらを眺めている二人の「美しいテーブルマナー」のお手本のような所作を真似して、スープをそっと口へと運ぶ。


 その一口が落ち着きと空腹を思い出させてくれた。その後はまわりを気にすることなく、黙々と食事に集中することができた。


 微かに食器の触れ合う心地よい音が響く中、しばらく三人は黙々と食べ続けた。


(……どんな気持ちでいるんだろう)


 食事に集中しながらも、思わずにはいられなかった。


 レリウスもラスティアも、先日の襲撃ついて話したり、感情的になることはあるが、それも一瞬のことでしかない。

 常時悲痛な様子を見せるようなことはなく、普段は何事もなかったかような態度で自分と接してくれている。そのことが、シンをどこか落ち着かない気持ちにさせていた。


 むしろシンには、こうして無言でいる二人の方が極めて自然に見えたのだった。


「シンは、その」

 突然、ラスティアが手を止め、言いにくそうに口を開いた。

「私たちと一緒に来ることに、ためらいや戸惑いはないの」


「え、なんで?」

 急な発言に慌ててしまう。


「あんな恐ろしい目に遭ったわけだし……その、命を狙われているような私たちと一緒になんていたくないのでは、と」

「それは」

 シンは自分の気持ちや考えに聞き耳を立てるようにして、必死に言葉を探した。


「……自分でもよくわからないんだ。怖い、と思わなかったといえば嘘になるよ。けど、こんなこと言って本当に申し訳ないんだけど、正直、どこか他人事のような気がしていて……実際、何が起きているかもわからないままどうにかなっちゃったわけだし……それに、あんな森の奥に一人で取り残されていたらそれこそ怖すぎて、気が狂いそうになってたと思うし、何もできず途方に暮れていたと思う。だから、二人には感謝してます、本当に。これからどうすればいいかなんてわからないけど、いつまでも迷惑はかけてられないから……なんとか、しようとは思ってるんだけど。それが決まるまでは、今さらだけど、どうか一緒にいさせてください」


 あらためて、お願いします。最後にそう言って、しどろもどろな自分の説明を補うように深々と頭を下げた。


 いくら成り行きとはいえ、もっと早くこうしておくべきだったのだ。


「そんな――何度も言うけど、私たちはあなたに命を救われた身よ。感謝してもしきれないのはこちらの方」


「仰るとおりです」

 長いこと何かを考え込んでいたレリウスも大きくうなずいた。


「シンが望むなら、いつまでいてくれたっていい。アルゴードの名誉にかけて、不自由な思いはさせないと誓う」


 右も左もわからない世界にやってきて、最初に出ったのがこの二人で良かった。シンはもう一度頭を下げた。


 ここは、元いた場所、世界なんかでは断じてない。

 現状、元に戻るための方法がわからないのなら、今はとにかく、レリウスとラスティアを頼る他なかった。


(ただ面倒を見てもらうだけじゃない……何か、おれにできることがあればいいのに。あのフクロウが教えてくれた力で、二人の助けになるようなことができれば)


 そうすれば今のこのいたたまれないような気持ちも、少しは晴れてくれるような気がしていた。


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