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第41話「沸き起こる使命」

 テラと共鳴したシンが、文字通り平伏した兵たちの中央を歩き、ラウル王の寝所その入口へとたどり着く。


 シェリー、リヒタール、ルノ、ブレスト候、そして彼らに付き従い生き残った数少ない兵たちは、たったいま目の前で起きた光景が信じられない様子のまま立ち尽くしていた。


「遅れてすみません」

 テラから共鳴を解かれたシンが言った。


「シン様……お待ち申しておりました」

 シェリーがよろよろと跪き、涙で滲む顔を見せぬよう、深々と頭を下げた。残りの者たちも次々とそれに倣う。


「ふがいない我らを、どうかお許しください」

 ルノが悲痛な声で言った。


「我々がついていながら……!」

 リヒタールは悔しさに言葉を詰まらせる。


 普段は決して見せぬ身近な者たちの姿が、激しくシンの胸を打つ。

「シェリーさん、みんなも。頭を上げてください――中の様子はどうなってるんですか」


 全員、打ちひしがれた様子のまま立ち上がった。


 ルノがやるせない表情のまま首を横に振る。

「わかりません。私たちもラスティア様とレリウスのあとに続き中へ入ろうとしたところ、この障壁に阻まれてしまって」

 

「その直後、まるで我々が締め出されるのを見計らっていたかのようにディファト派の兵たちに取り囲まれてしまった――最初から仕組まれていたとしか思えん」

 リヒタールが壁に拳を叩きつけた。

「くそ、どうしてこのようなことになった!」


「いったい誰がこの障壁を? あのバリシウスという連隊長はシェリーの仕業だって思ってたみたいだ」


「当然、私ではありません!」

 シェリーが悲痛な声で叫ぶ。

「どうして私がそのようなことをしなければならないのですか!」


「わかってる」

 シンはすぐさま頷いた。言葉にする自体馬鹿らしいことだった。


「シン殿、どうかこの障壁を取り払い、中にいるラスティア様とアルゴード侯をお救いください。バルドー侯の仰られたとおり、これは何者かによって仕組まれたとしか思えぬ事態です。とすれば、お二人の身が危ない」

 ブレスト候が自身の高ぶりを抑えつけるようにして言った。


「やってみます。みんなは今のうちにここから逃げてください」

「何を言われますか、私どもも残りますぞ」

 ブレスト侯の言葉に全員が頷いてみせる。


「ラスティア様とレリウス様を置いて自分たちだけ逃げるなど、そんなことは絶対にできません」

 シェリーが蒼白な表情でシンへと詰め寄る。しかしシンは頑なに首を横に振った。


「お願いですから、今はおれに従ってください。この先おれに何かあったら、ああして動けなくしている兵士たちも一斉に動き出してしまう」


 千人以上もの屈強な兵士たちが、子どもの人形遊びのように平伏している異様な光景を前にしては、ラスティア王女の側近たちも黙らずにはいられなかった。


「しかし、私たちは――」

 二の句は失っても、まるで行動に移す様子がない。


「……そうです、ラスティア様がご無事でなければどこへ逃げようと同じ事」

 リヒタールが決意したような口調で言う。


「二人が戻ったとき、あなたたちがいてくれないと困ったことになるでしょう?」

「それは――」

「おれが必ず二人を連れて戻ります。だから、ここは引いてください」


「……わかりました」

 しばしの沈黙のあと、ブレスト候の低い、しわがれた声が響いた。

「口惜しいが、我々は失敗したようだ。シン殿の言う通り、引くべきときは引くべきだ」


 リヒタールとルノは一瞬何かを言いかけたが、険しい顔つきのブレスト候を前に言葉を飲み込んだ。


「私だけでもこの場に残ります――いえ、シン様と一緒に行かせていただきます! 私の使命はフェルバルト家にこの命を捧げ、ラスティア王女をお守りすることです。こればかりは譲れません!」

 シェリーが拳を握りしめながら叫ぶ。


「シェリーさん……この障壁を破れないなら、止めた方がいいです。あなたほどの人ならこれを築いた相手と自分との力量の差も、はっきりわかるはずだ。偉そうなことを言っておれだって、俺だってどこまでやれるかわからないけど……いま、中にはラスティアとレリウスがいます。シェリーさんにまで何かあったら、おれにはどうすることもできない」


「それは……足手まとい、ということですね」

 シェリーは握りしめていた拳を緩め、視線を落とした。


 肩を落とすその姿を見て咄嗟に否定しようとしたが、そうしなかった。

 シェリーの言うとおりだったからだ。


 実際こうして目の前にしてみると、あらためて感じる。

 障壁を築いた相手の、底知れないエーテライズを。


 エーテルによって築かれた、他と断絶する境界――障壁には、揺らぎひとつ見られず、まるで薄氷を思わせる美しさすら感じられた。エーテルを集約させたシンの瞳ですら、一向に中を見通すことができない。


 ルノがシェリーの肩にそっと手を置く。

「ここはシンの言葉に従おう。私たちにしかできないことが、きっとある」


「だな、それを成せねば」

 リヒタールが唇を噛み締めながら頷いた。


「……わかりました。シン様……お二人を、頼みます」

 絞り出すように言葉を吐き出したシェリーに、シンは深く頷いてみせた。


「では、シン殿。我々は残った兵を率いてひとまず王宮のいずこかへ身を隠します」

「わかりました」

「あなたほどの方にかける言葉ではありませんが、どうかご無事で――皆、行くぞ」


 ブレスト侯の言葉をきっかけに全員が動き出す。

 見送るシンに対し、シェリーは最後まで視線を残しながらラウル王の寝所を後にした。

 その入り口へ、建物全体覆う障壁へシンが手をかざすのと同時に、テラの声が飛び込んできた。


⦅すまない、シン。私がついていけるのはここまでだ。一旦、急ぎこの場から離れなければ⦆

⦅……それはやっぱり、おまえの言う『最悪の相手』のせいなのか⦆

 瞳を閉じ、集中力を高めながら聞き返す。


⦅そうだ……訳あって私はあやつらに近づくことができない⦆

⦅わかった、今までありがとな⦆

 詳しい説明を求めることはしなかった。今そうすべきでないことはわかっていたし、一刻も早くラスティアたちのもとへ駆けつけたかった。


⦅本当にいいのか、シン。この先に待ち受けている相手は、これまでとは次元が違う⦆


⦅そんなこと言われたら、絶対、逃げ出したくなるはずなんだけどな……どうしてか今は、全然怖くないんだ。いや、怖くないってわけじゃない。自分でも不思議なんだけど、このまま進む以外の選択肢がまったく浮かんでこないんだよ⦆


⦅……それこそがおまえに与えられた使命ということだ。かつてのストレイたちがそうであったように⦆


⦅おまえ、やっぱりいろいろ知ってたんだろ⦆

 半分呆れながら言った。


⦅前にも言ったことだが、その者にとって重要な物事を伝えるには時機というものがある。今までのおまえは全ての物事に対し及び腰であり、この世界の真理を解き明かそうともせず、ただ成り行きに身をまかせるようにしていた。私が詳しく話したところで理解できないのはもちろん、理解しようとも思わなかっただろう⦆


⦅耳が痛いよ⦆

 こんな状況でありながら、思わず笑みがこぼれてしまう。

⦅でも、次会うときは絶対話してもらうからな⦆


⦅ああ、聞いてくれ。私の中の物語を。もっとも、今となっては忘れて久しいことばかりだが――⦆


 その交信を最後に、テラとの共鳴が切れた。


「砕けろ」

 目を見開いた瞬間、シンは揺るぎない意志でもって周囲からかき集めた膨大なエーテルを放出し、目の前の障壁を破壊した。


 今までの経験から、ようやくエーテルの扱い方が理解できたような気がした。


 ひとつは自身の体や武器にエーテルを纏わせ、超常的な力を手にする方法。この世界で器と呼ばれる特別な素質を持つ者のみが扱える力で、より多くのエーテルを巧みに扱える者ほど強者であるといえる。


 そしてもうひとつ、思い浮かべた事象をエーテルによって発現させる、シンのみが扱うことができる力、セレマだ。


 思い通り発現させるには、どちらも想像と意志、それにエーテルが必要となるが、なにより肝心なのが意志だ。いくら具体的に想像し膨大なエーテルを有していたとしても、自分の中の核たるもの、必ずそうするのだという断固とした思いがなければ本質的な力が発揮されない以上に、そもそも発現すらできない。


 先ほどテラがシンを通して発現させたのは、エーテルを自分ではなく兵士たちに纏わせ、体の支配を奪うというものだった。一見するとセレマのようにも思えたが、吹雪や地震のように無から有を生み出したわけではないため、グルが著しく消耗するようなこともなかった。共鳴によってテラの想像を利用できたことも大きかった。


 ベイルやヘルミッド、バンサーたち三人のパレスガード、そしてマールズ。

 今まで相対してきたエーテライザーたち。シンにはとても恐ろしく、手ごわい相手だった。だが――


 障壁の向こう側、薄暗い部屋の奥に潜んでいた相手は、その誰とも異なる存在だった。そのことをシンは一瞬のうちに、全身全霊でもって理解した。だからこそ、気づいたときにはその後ろ姿めがけ、全力の光弾を放っていた。


 恐怖からではない。頭に、胸に、全身の細胞に刻印されたかのような何かが、シンを激しく突き動かしたのだった。


(打て)、と。


「……やはり立ち塞がるか、ストレイ。我が宿敵よ」


 その言葉を投げかけられとき。なぜかシンは、自分がこの世界にいることの意味を理解できたような気がした。

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