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第30話「強者たち」

「君、アインズ兵なんかじゃないね」

 シンの首に突き出された腕を離さないままミュラーが言う。

「少なくとも、()()姿()()()()()()()()


「俺の擬態すら見抜くのか。ますます興味が湧いてきたぞ」

 シンの目前に迫った兵は――外見は確かにそうとしか見えなかった――金色に輝く瞳をぎょろりとミュラーへ向けた。


 周りの兵士たちも呆気にとられていた。自分たちの同僚がいったい何をしたのか、しようとしたのか、まるで理解できていない様子だった。


「どうして――」

 シンにしてもまったく同じ思いだった。なぜアインズ兵が文字通り自分の首を狙ったのか。


「此度の策でグルを枯渇させ、その細首をへし折るつもりでいたのだが……予想外に話す機会を得ることになったな、若きストレイよ」


「どういうこと?」

 グレースがいまだ疲弊しきったシンを庇うように前に出る。

「そんな言い方をされると、まるであなたがシンを無力にするために今回の騒動を引き起こしたみたいに聞こえるじゃない」


「ほう、ずいぶんと頭の回る娘だ」


「嫌な言い方をするなあ。君がこの変異種の大群を操っていた、なんてこと言い出さないよね?」

 ミュラーがおどけた調子でいう。ただ、これまでと違い目が笑っていない。


 味方であるはずのシンでさえ思わずぞくりとした。だが、その視線を向けられた当の相手はまるで気にした様子もなかった。


「出現して間もないとはいえ、ストレイ相手に正面からぶつかるのは俺とて危険を伴うのでな。グルを枯渇させてしまうのが最善の策よ。効果の程は見ての通りとおりだ。おまえがいなければ終わっていた」


「ストレイと戦う術を心得ているなんて驚きだ。僕たちにとっては伝説にも近い存在だよ。実際に話してみてもまるで現実味がないっていうのに」


「長く生きているとそれなりの知恵も自ずと身についてくるのでな」


「それにしても上手くいきずぎじゃないかな。実際シンは君の思惑どおり力尽きる寸前だよ」


「こやつにはザナトスという良き前例があったからな」


「ザナトスって——おれを、こ、殺すためにこんなことを?」


「まあ、失敗してしまったわけだが。今も隙あらばと思っているのだが、どうにも身動きがとれん」


「お互い様さ。とにかく、君がとてつもない危険人物だってことはわかった――」

 ミュラーが言った、まさにその瞬間。

 抑えつけられていた男が腕を振り払うようにして飛びずさり、距離をとる。


「……驚いたぞ。いったい今、何をしようとした?」

「感のいい人だ」

 ミュラーは珍しく顔を歪めた。


 グルが枯渇しかかっているせいで目の前でどんな攻防があったのか、今のシンにはまるでわからなかった。


 グレースもシンに肩を貸しながらも鋭い視線を二人へと向けている。


「さあ、そろそろ擬態を解いたらどうだい。お互い自己紹介しよう」

「自己紹介ときたか、気に入った」

 そう言うが否や、男の全身が光に包まれていった。


 輝きを増すとともに光を発している体も大きく膨れ上がり、徐々にその形を変えていく。

 

 ミュラー以外の全員が驚愕の目で見つめるなか、やがて巨大な体と飢えた狼のように獰猛な顔をした兵士が、いや何者かが、シンたち三人を見下ろしながら、不敵に笑った。


「俺の名は、マールズという。して、おまえは」


「マールズだって……!?」

 シンは咄嗟に小さな悲鳴をあげた。


 まさか、つい先ほどまで調べていた男がこれほど唐突に、しかも自分の命を奪いに現れるなどとは考えてもみなかったからだ。


「その様子は、俺のことを知っていたようだな。情報源は以前俺を盗み見ていたエーテライザーあたりか」


「僕も君のことはシンたちから聞いていたよ。ああ、僕はミュラー、通りすがりの器保持者エーテライザーさ」

 何も言えなくなっているシンをよそに、ミュラーが相変わらずの口調で言う。

 偶然にもミュラーがいま自分で言ったことは、以前レリウスがリヒタールたちにシンを紹介する際使った言葉そのままだったが、まさにそれはミュラーにこそ当てはまる説明だと思った。


 マールズがくくくと喉を鳴らすように笑いながら首を振る。

「何を言う、俺の見立てでは単なるエーテライザー程度には到底収まらん。俺の擬態を一瞬で見抜き、先の一撃を留めたのだからな。少なく見積もってもアーゼムに見合うくらいの実力はあるはずだ」


 シンは思わずミュラーを見上げた。今まで再三耳にしてきたアーゼムという存在――その実力の程からすると、目の前の青年はとんでもない強さを隠し持っているということになる。


 まさに今、シンの命を奪わんとしたマールズの攻撃から守ってくれたことを考えれば弱いどころの騒ぎではないことは容易にわかるはずだった。だが、ミュラーの人を食ったような言動からはどうしてもそうは見えないのだ。


「……驚いたな。『こう見えて僕は強いよ』っていつも最初に言うんだけど、ほとんどの人は信じないからね。だからこそわかるんだよ、僕の事を舐めないでくれるような相手は相当やっかいだってことが」


「俺()()にとって見た目とは何の意味もなさんからな……と、無駄口はこのあたりにして、そろそろ本題に入ろう。もうわかっているとは思うが、俺は今おまえが庇っている相手――絶対者ストレイの命を獲りきたのだ。退いてくれるだろうか」


「どうしておれを」

 シンが慌てて聞き返す。


「当然の疑問だな。しかしあらためて問われると答えにくいものだ……簡単に言うとおまえが俺たちの――と言ってよいかはわからんが――宿敵のような存在だからだ」


「しゅく、てき?」


「だがまあ、おまえが死のうが生きようが、俺にとっては正直どちらでもよい。むしろ生かしておけば相応の暇つぶしになるやもしれん。が、今は何かとしがらみのある身でな」


 まったく意味が理解できず、追及する言葉一つ出てこなかった。


 そもそもミュラーがいなければ、いてくれなければ、首をへし折られて終わっていた。そのような相手に面と向かって問いただす勇気など持ちあわせていなかった。


 もし、たった一人でマールズと対峙していたとしたら。そう考えるとあらためて震えが走った。


 今までも命の危険を感じる場面は多々あった。先ほど変異種の大群を目のあたりにしたときもそうだ。しかしシンは、本当の意味で自分事として考えられてはいなかった。


 自分の命に危険が迫っていると――もしかしたら死ぬかもしれないと、実感してはいなかった。


 ザナトスでバルデス軍を退けたときもうそうだ。心のどこかで自分は安全だと思っていた。それでもどうにかできたのは、ラスティアたちを助けたいという一心からだった。先ほどの地震セレマも、ザナトスのときのように大勢の人が死んでいくのを見たくないという思いがそうさせたに過ぎない。


 ベイルやヘルミッド、バンサーたちと対峙したときとは比較にならないほどの、圧倒的危機感。なにより違っていたのは、いつも傍らにいてくれたテラがいない――その存在をまったく感じられないということだった。


 いくらグルが枯渇し、共鳴できない状況に陥っているとはいえ、こんなときはシンが呼びかける間もなく現れてくれていたのがテラだった。


(どこにいるんだ、テラ――)

 気づくと、繰り返しその名を呼んでいた。


「シン!」

 グレースが叫ぶと同時に今度は突然体を突き飛ばされ、思いきり壁に背中を打ちつけた。


 息が詰まり、激しい痛みを感じたが、目の前で組み合う二人の少女の姿を見て声を上げることも忘れた。

 再度何者かに狙われたシンは、グレースによって助けられたのだった。


「もう一人いたってわけね。ずいぶん周到じゃない」

 グレースが目の前の少女に向けて獰猛な笑みを浮かべる。


「……おまえたち、いったい何者だ」

 グレースにシンへの攻撃を止められた少女は、明らかに動揺した声を上げた。


「それはこっちが聞きたいわよ」

 グレースが小馬鹿にするように言う。


 マールズは声を上げて笑った。

「お互い、言い訳はできんな。ベイル」

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