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夏の鏡に反射する

作者: KI-RA

煩いほど泣き続ける蝉の音。

嫌になるほど暑い日。

そして、憂鬱な程太陽が照りつける時。

あの季節外れの転入生が俺の前に現れた。


高校三年の夏、あの転校生は現れた。

黒く長い髪。

スラリと伸びる手足。

そして、クラスの人間の目を奪う程の美貌。

それが、鏡月詩音《きょうづき しおん》との出会いだった。


「なぁ!貴文聞いたか!?」

いつも通りに学校に着くと、教室はザワついていた。

その教室をザワつかせている一つの話題。

それが、季節外れの転校生

「知ってるよ。転校生の話だろ?」

正直俺は転校生なんて興味無い。

噂では美人だって言われてるが、高校三年。これからの将来を考えなくちゃいけないのに季節外れの転校生の話題で浮つくのは避けたい。

だが、他のクラスメイトは違うみたいだ。

男達なんか水を得た魚の様に目をキラキラさせて話している。

「なんか貴文冷たくないか?めっちゃ美人って噂なんだぞ?」

「興味無いね」

そう言って、机の上に参考書を開く。

そして、話しかけるなと言わんばかりの態度を見せつける。

そうしたら、去っていくのが人というもの。

話しかけてくる奴も居なくなり、俺は目の前の参考書に集中しようとしたが、教室がうるさ過ぎて全く頭に入らない。

入ってくるのは、転校生の情報だけ。

「歳は17歳なんだって!」

「家の都合でこっちに転校してきたんだって!」

そんなどうでもいい情報だけ耳に届く。

結局勉強なんて出来ずに、朝のホームルームが始まってしまった。

「えぇ。みんなもう知ってるとは思うがこのクラスに新しいメンバーが加わる。入ってきなさい。」

担任の呼び掛けに、その転校生はクラスに入ってきた。

確かにその転校生は物凄い美人だった。

興味無いと言ったが、それでも不思議と目で追ってしまうほどの。

「じゃあまず、自己紹介から。」

「初めまして。鏡月詩音です。よろしくお願いします。」

転校生の自己紹介にクラスの男子達は騒ぎ出す。

それを女子が宥めようとする。

至って、どこにでも見る光景に思える。

だが、転校生だけはその光景を冷たい目で見ていた。


そのまま一時間目が始まり、騒ぎは落ち着いた。

だが、それは一時的だったに過ぎず休み時間になると転校生の机の周りには大勢の人が集っていた。

男女問わず転校生に向かって色々な質問を投げかけている。

転校生は朝とは違い、柔らかい笑顔で皆と接していた。

そんな転校生に尻目に俺は勉強をしていた。


「じゃあ、これで終わるぞ。号令」

やっと、午前中の授業がこれで終わった。

皆、雑談したり昼食の準備をしたりと各々好きなことをしている。

俺も、昼食の準備をしようとした時ふと視界の端で転校生が教室から出ていくのが見えた。

特に気にならず、弁当を広げようとした時。

思い出した。

転校生は教室を出て左に向かっていった。

最初はトイレか何かかと思ったが、左には屋上へ繋がる階段しかない。

「まだ、学校の中覚えてないからか……」

可哀想だが、行けば自分で気づくだろうと思い、気にするのをやめにしようとした。

だが。

「お?おい。貴文どこに行くんだよ?」

「息抜き!」

「って、そっちは屋上だぞ!?おい!」

自分でも、お節介で馬鹿らしいと思う。

見つけてもなんて言えばいいのか。

さっき見てたから〜

なんて言ったらその時点で【キモっ……】って言われるのは確定してる。

それでも、席を立った以上クラスに戻る訳にも行かず進むしか無かった。

「どこに行ったんだよ……」

最初は、少し行けば道に迷ってる転校生を見つけれると思っていた。

だが、その転校生はどこにもいなかった。

「あと残ってるって言ったら屋上ぐらいしか……」

そう思い、階段の上にある屋上へ行ける扉を見るといつもは南京錠が掛かっているはずなのに開いていた。

「まさか……な。」

そう言いながらも、心のどこかではあの転校生は絶対に屋上に居ると確信していた。

俺は、恐る恐る屋上へ行ける扉に手をかける。

すると、やはり鍵が掛かっておらず扉が開いた。

覚悟を決め、扉を開け中に踏み込む。

「あっ!」

そこにはやはり転校生が立っていた。

そして、転校生の手には小さな鏡が握られていた。

「なぁ、ここは屋上だぜ?間違って入ってしまったとしても早く出ていかないと先生達に叱られるぞ?」

転校生は、冷たい目をこちらへ向けゆっくりと話し出す。

「それなら貴方だけここから出ていけばいいじゃない。」

「それだったらお前が怒られるんだぞ?」

「そんなお節介誰も頼んでない。」

あまりにも冷たい態度に頭に血が上る。

こっちは転校生の為にと思って教えているのに何故こんな冷たい態度をされなくては行けないんだ。

俺は、転校生に近づき手首を握る。

「なにするの!?」

「いいから戻るんだ!」

転校生は、俺から逃れようと必死に暴れる。

俺は部活には入ってないがそれでも女子に力で負けるほど弱くない。

「痛い!」

転校生の悲痛な声が上がる。

俺は、その声に驚き手を離す。

それ程力を入れたつもりはなかったが、転校生には痛かったようだ。

「わ、悪かった……」

転校生は、握られていた手首を擦りながら俺に背を向ける。

自分の行動に罪悪感を感じ、下を向く。

その時に、転校生が持っていたコンパクトミラーが下に落ちていることに気づいた。

俺は、戸惑いながらも鏡を見ないようにして拾った。

「あのさ……これ」

「あっ……」

転校生は、警戒しながら俺の手からコンパクトミラーを受け取る。

その後、さっさと教室に戻ればよかったのだろうが何故か俺は【ここに居なくては】と思っていた。

「その鏡ってお気に入り?」

「……どうして?」

「あぁ。いや。さっきその鏡見てたから……」

「……お姉ちゃんの形見」

思いがけない言葉に俺は自分の失言を後悔した。

よく見ると、クラスの女子達が持っているようなキラキラとした柄はなく、なんの飾り気もないただの鏡だ。

「それ割れてない?」

さっき下に落ちていた事を思い出し、転校生に聞く。

「割れてないけど……さっき拾う時に見てないの?」

「あぁ……ちょっとな。」

転校生は、それ以上何も聞かなかった。

そしてまた、静かで居心地の悪い空気になってしまった。

なにか話題を。と、思い探すが何も思いつかない。

その時、ふと違和感を覚えた。

「なぁ。今何時か分かるか?」

「えっ?今は一時十五分だけど……?」

今は、昼休み真っ盛り。

なのに、あまりにも【静か過ぎる】

屋上の下は階段を挟んで三年の教室になっている。

勉強をしているんじゃないか。と、言われればそうかもしれないが、だとしてもあまりにも静かだ。

それに……

「えっ?何してるの?」

俺は、屋上の中心まで歩いていき下を覗く。

「なぁ……これって……」

転校生も、不思議な顔をして俺の隣に立ち下を覗く。

「何かあったの?」

「いや……逆だよ。何も無い。職員室に誰も居ないんだ。」

俺がここに来て、軽く十分は立っている。

ただ、気づかなかった可能性もあるが職員室に誰も居ないというのはおかしい。

いつもなら煩いと説教する筈の教師が今はどこにもいない。

「戻るぞ……」

俺は、また転校生の手首を握り屋上を出る。

何かしらの変化に嫌な予感がする。

今までの平和が壊れるような。

そんな予感が。


俺は、転校生の手を握って無我夢中で自分の教室まで走る。

何も起きてない。

いつも通りのうるさい日常がそこにあると信じて。

だが、俺の前に現れた現実はいつも酷いものだった。

「なんだよ……これ……」

教室には誰もいない。

それだけじゃない。

教室内は床や天井に机や椅子がめり込んでいる。

そこは俺が知っている日常の風景ではなかった。

俺は、自分の目が信じられず無意識で教室へ向けて歩を進めていた。

教室に足が入りかけた時、俺は後ろから腕を引っ張られた。

その勢いのまま俺は後ろへ倒れた。

「いった……!何するんだよ!」

俺は、腕を引っ張った張本人である転校生に向かって声を荒らげる。

今思えば、大きな声を出すことで不安を無くしたかったのかもしれない。

「今、教室に入ったら貴方もここのクラスの人の様に鏡の中に取り込まれるわよ。」

「なに……言ってんだ?」

転校生の言葉は現実とかけ離れたものだった。

鏡に取り込まれる?

そんなの小学生でも信じないホラー話だ。

転校生は、俺の疑惑の目からそれを感じ取ったのか教室に背を向け、手洗い場に掛けてある雑巾を一枚持ってくる。

「雑巾なんか持ってきて何をするんだ?」

「よく見ておきなさい。」

そう言って、転校生は手に持った雑巾を教室に向けて投げ入れた。

雑巾が教室内に入った瞬間。

雑巾は俺の目の前から消えていった。

「どうなっているんだよ!?」

「だから言ったでしょ?鏡の中に取り込まれたの。」

今、その瞬間を見ても簡単に信じられる話ではない。

だが、見た以上信じるしかない。

俺の頭は困惑し始めていた。

「じゃあ、クラス奴らはどうしたら戻ってくんだよ……」

「鏡の中に取り込まれているのだから、そこから引きづり出せば。」

「お前……出来るのか?」

転校生はずっと、教室の中を見ている。

ずっと、険しく怒り、ものすごく悲しげな目で。

「出来ないこともないわ……ただ。」

「ただ?」

転校生は、口を結んで下を向いてしまった。

俺は、次の言葉を子供のように淡い期待を持ちながらただ待っていた。

「私一人じゃ無理。恐らく、ここのクラスだけじゃなくて学校全体でこの現象が起きている。1つづつ部屋を回っていったらキリがないわ。」

「俺も手伝うよ!」

「……誰でも出来るわけじゃないの。それに貴方視えてないのでしょ?」

そう言って、転校生は廊下の奥を指さした。

そこには何も無い。

ただの壁しかない。

「何かいるのか?」

「それが分からないなら手伝いは無理そうね。」

そう言って転校生はため息をついた。

俺はもう一度転校生が指さした所を目を凝らして見てみたが何も見えない。

その時、昔の記憶を思い出したんだ。

思い出したくもない記憶を。


「ねぇ、お母さんあの鏡見えない所に隠して!」

「貴文どうしたの?」

母さんは、そう言っていつも子供だった俺の頭を優しく撫でてくれた。

俺は、いつも何かに怖がっていた。

得体の知れない何かに。

「あの鏡の中に変なのがいる!」

「貴文も視えちゃったのね。怖がらないで。鏡はいつも貴方を守ってくれる。あの怖いのも鏡には勝てないの。」

「そうなの?」

「えぇ。だからいつも鏡を持ち歩くのよ?お母さんとの約束」

「うん!」

母さんはその後持病のガンが悪化して死んでしまった。


俺は、右のポケットに手を入れる。

そして、丸い小さな物が入っていることを確認する。

母さんが死んだ時から一度も見ようとしなかった。

だが、母さんとの約束だけは守り続けた。

俺は、ポケットから鏡の部分を包帯で見えないように工夫したのを取り出す。

「それ……貴方も持ってたの?」

「まぁな。」

俺は意を決して、包帯を解く。

もう何年も鏡なんて見なかった。

また、あの化け物が視えるのでは無いかと怯えて。

包帯は、そんな俺の思いを閉じ込める扉だった。

俺は、今自分の意思でそれを開ける。

包帯を、全部解き終えると綺麗な鏡が現れた。

俺は、覚悟を決めて自分の顔を鏡に写す。

「何年経っても変わらずか……」

鏡の中で蠢く化け物達。

鏡から目を離したら何も見えない。

けど、鏡を使えば俺にも視える。

「お前が言っているのはコイツらの事か?」

俺は、鏡の中にいる化け物達を指さす。

転校生は、ゆっくりと俺に近づき鏡に目を落とす。

「えぇ。そうね。」

こんな力が今役立つとも思えない。

それに、視えると分かったのに転校生の表情は暗かった。

「これで俺にも手伝えるだろ?」

「理論上はね」

転校生は、俺から離れ教室内に目を向ける。

「だったら!」

「……私が提案したのは貴方が私の【依代】となる事。その契約を交わしたら、ある条件が達成されるまで消えない。」

「その条件って?」

「私が死ぬまで」

迷いなくそう言い切る転校生。

そこに悲しみや苦悩は感じられない。

ただ、自分の死を見ている。

そんな気がする。

「それでも……それしか方法がないんだろ?」

正直、俺はクラスのやつらがどうなった所でいいと思っていた。

いつも煩くて、怒られて、馬鹿で。

それでも、楽しかったから。

「……いいわ。じゃあ儀式を始めましょう。」

そう言って転校生は、教室に背を向け俺の前に立つ。

儀式と言えば、魔法陣を描いたり血の契約みたいなものを想像していたが、転校生が持ち出したのは俺の想像には無かったものだった。

「それは?」

「鏡だけど?」

何故、そんなことを聞くのかと言う目をしている転校生。

この時、俺は自分の妄想を恥ずかしく思った。

「その鏡をどうするんだ?」

「その前に話をするからちゃんと聞いておくのよ?」

そう言って、転校生はゆっくりと昔話をし始めた。


昔、時代で言えば平安時代ぐらいかしら。

巫女と弟が産まれたの。

鏡の巫女。

巫女は、ある鏡に神を宿していた。

その鏡を【御鏡】と呼ぶの。

巫女は、その御鏡を使ってあの世とこの世を繋いだり、未来を予知していた。

その力は、多くの貴族から求められたらしいわ。

だけど、巫女が十八になった時。

巫女の力を欲した貴族達の手によって巫女は神のものでは無くなった。

巫女はその事に絶望し、人々を呪った。

巫女は、御鏡を使い人々を呪い殺そうとした。

だけど、御鏡に宿っていた神がそれを食い止めたらしいわ。

それを知って激怒した巫女は御鏡を割り、その破片で首を掻ききったわ。

その血が御鏡にかかり、御鏡は汚れてしまった。

それから、巫女の一族の女達は鏡を操る力をその身に宿した。

だけど、力を宿した女達はみんな十八で死んでしまう。

そして、その一族には決まり事があるの。

女は絶対に巫女の名前を引き継ぐ事。

ただし、絶対に巫女と同じ名前になってはいけない。

そして、巫女の名前は……

「鏡月紫音」

「鏡月って……」

「そう。私の一族。そして、私は鏡の巫女になるってわけね。……出来たわ。」

俺が、転校生の話を聞いているうちに儀式の準備は終わったらしい。

転校生が取り出した大きな鏡を中心として左右に二つの小さな鏡が置いてある。

だが、その二つの鏡は何も映らない。

真っ黒な鏡だった。

「【依代】っていうのは巫女の力を最大限に引き出したり、逆に抑制したり、要は巫女の力をコントロールする人の事。そして、この小さな鏡をこの大きな鏡を使って繋げるわ。繋げたら自分の鏡に向かって自分の名前を告げるの。そうすれば儀式は完了よ。」

俺は、ただ転校生が今から行う儀式を見ていた。

大きな鏡に触れると、鏡の部分が強く光り出す。

そして、その光が二つの小さな鏡の中に消えてゆく。

その光景は、とても綺麗だった。

光で照らされた転校生の顔はとても悲しげだった。

「……終わったわ。」

その一言に俺は、我に戻る。

そして、慌てて自分の足元にある鏡に目を落とす。

「あっ。」

さっきまで真っ黒だった鏡は、今や光を放っている。

転校生の方を見ると、既に鏡に向かって自分の名前を言っているようだった。

俺も、鏡を拾い上げ覚悟を決めて自分の名前を告げる。

「沢村貴文」

名前を告げた瞬間、鏡の光は俺の中へ入っていった。

その光はとても暖かかった。

「終わった?だったら、その鏡は何があっても身につけておきなさい。」

そう言うと、転校生は一人教室の中へ入っていった。

「おい!」

俺は、転校生の言葉を思い出し止めようとしたが教室に入った転校生は鏡の中に引きづり込まれる事はなくただ立っていた。

「その鏡を持っていたらある程度は守ってくれるわ。」

そう言って転校生は、俺の目を見ていた。

俺が、一歩踏み出すのを待っている。

何故か、踏み出す事に恐怖はなかった。

ただ、俺の中に入っていった光の中に暖かさと悲しさを不思議に思いながら一歩踏み出した。

「本当だ……。何も起きない。」

「そんな得にもならない嘘をつくわけが無いでしょ。」

段々とトゲのある言い方にも慣れてきた自分がいる。

「それで、どうしたらいいんだ?」

「この教室は合わせ鏡になっているの」

「合わせ鏡って……鏡なんてどこにもないだろ」

「……はぁ。窓よ」

転校生は、憐れむ目でため息をついた。

「窓?」

「考え方によっては姿を写す【鏡】になるでしょ?」

そう言われたらそう思えなくもないが、こじつけにも思える。

「合わせ鏡は、鏡と鏡との間に道を作るの。恐らくみんなはその道に迷い込んでる。」

転校生は、ゆっくりと教室を見渡す。

その目には何が見えているようだった。

だが、俺には何も見えない。

元より、鏡を使わなければ何も視えない俺には荷が重いのではと思い始めていた。

「その道からどうやって連れ戻すんだよ。」

「今ある道をここに引っ張り出す。そうしたら貴方がどうにかして。」

「どうにかって……!俺はお前みたいに特別な力なんて持ってないんだぞ!?」

「知らないわよ。私には道を見せることしか出来なんだから。」

文句を言いたかったが、転校生はさっきの小さな鏡を取り出し目をつぶってしまった。

すると、鏡が淡い光を纏う。

その瞬間激しい揺れが起き、教室が鏡の割れていく。

いや、今まで見ていた虚言の空間が壊れた。

そんな感覚に近い。

「なんだよ……。」

俺の前には、真っ暗な世界が広がっている。

そこには俺と転校生。

そして、遠くには倒れた人々がいる。

「おい!」

「待ちなさい!」

転校生に強く呼び止められた。

「私は今、道を見せているだけ。あっちに入ったら戻って来れないわよ。」

それだけ言うと、転校生は顔を背けた。

ここから先は俺がどうにかしなければアイツらを助けられない。

だが、俺には転校生みたいな力なんてない。

【依代】と言われてもよく分からない。

その時、ふと転校生の言葉を思い出した。

ー巫女の力のコントロールー

だとしたら、力を引き出したらアイツらを助けられるのではないか。

だが、その時転校生は無事なのか。

転校生は依然として顔を背けたまま。

本当はこの空間を保つだけで辛いのでは無いのか。

その時、自分の右手に握っていた鏡が光っていることに気づく。

もしかしたら……

上手くいくかは分からない。

失敗したら俺まで助からない。

それでも試してみる価値はあるはずだ。

「ちょっと!」

俺は、倒れている人々の元へ歩き出す。

一歩踏み出すだけで、激しい立ちくらみが起きる。

まるで、空間が俺を拒むかのように。

それでも俺は、歩き続ける。

そして、やっと倒れている人々の元へ辿り着いた。

「今……助けてやるからな」

視界が歪み、今俺の足元に居る人間が誰かさえ分からない。

誰か分からないが、服の形状から男子生徒と言うだけは分かる。

その男子生徒の裾を左手で掴み、先程から動いてない転校生へ叫ぶ。

「今からコイツらを俺の鏡を使ってそっちに送る!あとは頼む!」

遠く離れ、転校生の顔は愚か。姿さえ見えずらくなっている。

だが、俺が今からやろうとしていることを理解してくれている。

その確信はあった。

俺は、右手に握っている鏡に祈る。

ーコイツらを転校生の元へー

そして、上へ鏡を投げる。

鏡は、下に落ちずに上空で留まり眩い光を放つ。

その光に俺は、鏡から目を逸らす。

そして、そのまま気を失った。


次に目を覚ました時には、いつも通りの変わらない日常の教室に居た。

「ここは……?」

「ばっか!!!」

どうなっているか分からない俺に対して怒号を飛ばす転校生。

顔を真っ赤にして怒る転校生。

「あんな無茶をする馬鹿だと思わなかったわ!」

そう言って、そっぽを向く転校生。

そして、俺の左手には男子生徒の裾が掴まれていた。

この生徒以外にもあそこに居た全員がコッチに戻って来れた様だった。

「ありがとう。助かったよ。」

俺は、素直に礼を言ったのだが転校生はそれでも怒っていた。

あの時、俺は自分の鏡を使って転校生の方へ人間達を移動させた。

俺と転校生の鏡は繋がっている。

それを使えば行けると踏んだが、実際俺は自分がどうやって転校生の元へ移動させたのか分からない。

ただ、無我夢中に祈っただけ。

「私はもう帰るわ。」

「えっ!?コイツらどうするんだよ!」

「放っておけば目は覚めるし、外を見て見なさいよ。」

転校生の言葉通り、外を見ると空は赤かった。

今まで必死で気づかなかったが、相当時間が経っていた様だった。

俺は、教室を出る転校生の背中に向かって叫ぶ。

「本当に助かった!」

転校生は、足を止め俺の目を見る。

「礼なんて要らない。それに私にはやらなきゃ行けないことがある。今日のはそのやらなきゃいけないことに繋がっていたから手伝っただけ。それに……」

転校生は、その言葉の先は言わなかった。

何を言いたかったのか俺には分からない。

けど、居てくれたおかげで助かったのは事実。

俺は、転校生の元へ駆け寄る。

「お前が何をやりたがっているかは知らないけど。俺に出来ることは手伝うよ。」

「……お前じゃなくて詩音よ。」

「あぁ。じゃあ改めて俺は、沢村貴文。よろしくな」

「鏡月詩音。」

これが俺と詩音の初めての出会いだった。


家に帰る頃には、もう日が沈んでいた。

俺は、今日あった出来事を振り返りながら帰路に着いた。

不思議な体験だったと今更になって思うが、自然と怖くはなかった。

「ただいま」

暗く冷たい空間に向かって話しかけるのは何度目だろうか。

母さんが死んで、父さんは単身赴任。

高校に入ってからは一人暮らしを余儀なくされた。

決して裕福な家庭ではない。

それでも暖かくはあったと覚えている。

父さんと話すのも1年に1度や2度。

それ以外では、全くと言って話さない。

母さんが死んでから、何もかもが変わった。

帰りにコンビニで買ったお弁当を温める。

栄養なんて度外視した食事。

手作りなんて何年も食べていない。

そんなことを考えていても腹は膨れないし、ただ虚しくなるだけ。

だから、俺は虚しさと一緒に弁当を胃に落とした。

食事が終わるとふと胸ポケットに入っている鏡が気になった。

恐る恐る、鏡に自分が映らないように取り出す。

そして、そのまま机の上に置く。

母さんは、鏡が怖くなかったのだろうか。

俺は、昔も今も怖いままだ。


翌朝、教室へ行くとそこにはいつも通りの日常があった。

皆何も覚えてないかのように、いや、まるで何も無かったかのように。

「お!貴文おはよう!」

「あぁ……」

昨日、あれだけの事があったというのに本当に覚えてないのだろうか。

俺は、詩音の方へ目線を送る。

詩音は、昨日と同じようにクラスメイトと他愛ない話をして笑っている。

その表情は、どこかのお嬢様の様だ。

昨日本性を知った俺からすると胡散臭くて仕方がない。

「なぁ、さっきから貴文何見てるんだよ?」

「……猫を被った女子」

「は?」

「そんな事より、昨日なんか無かったか?」

俺は、詩音から目の前のクラスメイトに目線を動かす。

聞かない方がいいのかもしれないが、人間好奇心には勝てないものだ。

「昨日……特に何も無かったぞ?」

「記憶がないとか、変な場所で目が覚めたとか。」

「……無いな。」

クラスメイトは嘘をついているようには見えなかった。

だとしたら、本当に覚えてないのだろうか。


4時間目が終わり、皆が昼食の準備をする中、俺と詩音は屋上にいた。

「何も覚えてないってどういう事だよ。」

「そのままの意味でしょ。恐らくだけど私達が帰ったあと何かしらの力が作用して記憶を消した。とかじゃない?」

詩音は如何にも気だるげに話す。

クラスメイトの記憶がないという事に興味が無いようだ。

「それ大丈夫なのかよ。」

「私が知るわけないじゃない。まぁ、今現在何も起きてないのだし大丈夫じゃない?」

確かに、何も起きていないどころか逆に記憶が無くて騒ぎが起こっていないことを考えるといいのかもしれないが、詩音の態度はあまりにも目に余る。

「そろそろ帰っていい?」

「あぁ……」

昨日の出来事で少しは距離が縮まったと思っていたのだが……。

それに、依代っていうこともよく分かっていないのに説明もない。

これが、俺と詩音の距離か。

「あ、そうだ。」

詩音が屋上から出ようとした時、俺の方を唐突に振り返った。

「今日の放課後開けときなさい。」

それだけ言って出ていった。

「俺の意見ガン無視かよ……」


教室に戻り、朝作ったおにぎりを頬張り昨日詩音から言われた事を思い出していた。

今の俺は詩音と契約をして依代となっている。

その証が、胸ポケットに入っている鏡。

この鏡は詩音が持っている鏡と繋がっている。

そして、依代は契約者つまり詩音が死ぬまで役目から解放されない。

あまりも知っていることが少なすぎる。

それに、詩音が何をしたがっているのさえ知らない。

「はぁ……」

よく分からないことをいつまで考えていたって仕方がない。

昨日は、受験勉強が出来なかったから今日は昨日の分まで勉強しなければいけない。

参考書を読みながら、残りのおにぎりを食べる。


誰もいない今日に俺と詩音の二人だけ。

詩音は、何も話さない。

ただ、窓から夕焼けを見ていた。

夕日に照らされた横顔は息を飲むほど綺麗だった。

いつもは、上から目線で人の意見を全く聞かない奴だが、改めて美人なんだと思う。

そんな横顔に見とれていると、急に俺の方へ見たから咄嗟に目線を外してしまう。

「で、放課後に何するんだよ。」

見ていた事を悟られないように、話題を振る。

詩音はそれに関して特に気にする様子もなく、話し始める。

「今から私の家に来てもらうわ。」

「えっ?家?」

詩音は、それだけ言うと俺を置いて教室を出ていった。

「はぁ……」

教室に木霊する俺の虚しいため息。

ただ、詩音が見ていた夕日はそんな俺の姿を暖かく見ていた。

詩音に着いて行って、幾つか分かったことがあった。

「詩音って……体力ないんだな。」

学校を出て数分。

最初は景気よく歩いていたが、段々と足取りが重くなり今では肩で息をしながら歩いている。

「うる……さい!」

それでも、この性格は変わらないらしい。

詩音の家に行くまでに色々な話をされた。

主は、鏡月家の事だったが。

詩音の家、鏡月家はこの辺りではそこそこ名の知れた家名なのだという。

今は、詩音の兄の和鏡という人が家を継いでいるらしい。

「和鏡って今じゃ聞かない名前だな。」

「鏡に関する家だから鏡がつく名前にしたんだって言っていたわ」

「へぇ〜……」

やっぱり昔の家なんかはそういった事を気にしているんだ。

「そこの角を曲がったら、もう見えるわ。」

詩音の話通り、角を曲がるとそこには屋敷があった。

「家と言うよりか屋敷だな……」

「そう?普通じゃない?」

屋敷を普通と言い張る詩音に俺は驚きが隠せなかった。

見た目は、貴族が住んでいた屋敷の様。

正真正銘のお嬢様なんだと知った。

詩音の家に繋がる道を進んでいると、ふと後ろが気になり振り返った。

そこには、鬱蒼とした木々の奥に古びた扉が立っていた。

「なぁ……あそこってなんなんだ?」

「あぁ。あそこ。よく知らないけどあそこには近寄っては行けないって言われてるの。」

そう言って詩音は家に入っていった。

俺は、一人あの扉を見ていた。

まるで呼ばれているかのように。

俺は、一歩一歩と扉に向かって歩き出す。

何故か、行かなくてはいけない気がして。

鬱蒼とした木々を手で払い、扉に手を触れようとした時誰かに腕を引っ張られた。

「詩音……?」

「何してるの!」

その言葉で俺は、正気に戻った様な気がした。

「分からない。ただ、呼ばれている様な気がして……

「その先は、私達でも近づかない場所。危ないの。分かった?」

詩音は、小さな子供に言い聞かせるように囁く。

俺は、力なく首を振り扉から離れた。

そして、詩音に腕を引かれ歩いた。

何度も何度も後ろを振り返りながら。


詩音に腕を引かれ連れてこられた家に入った瞬間、何故だか嫌な感じがした。

何かは分からないが、身体をまとわりつく様な生暖かい空気。

「なぁ、なんか感じないか?」

「何も感じるわけないでしょ。自分の家なのよ?」

そう言って、詩音は靴を脱ぎ奥へ進んで行った。

最近、依代というものになってから感覚が鋭くなっているような気がする。

それに、さっき呼ばれた扉の先。

分からないことだらけだ。

詩音に案内されたのは、屋敷の一番奥の部屋。

そこが詩音のお兄さん和鏡さんの部屋らしい。

玄関で感じた嫌な感じは奥へ進む程、和鏡さんの部屋に近づくほど強くなっていた。

「お兄様、連れてきたわ」

詩音が襖を開けると、奥で座る男性と目が合う。

その瞬間、背筋が凍った。

あの嫌な感じはこの人から出ているものなんだと察した。

「何してるの?」

詩音は、何も気づいていないのか不思議そうな顔をこちらに向ける。

俺は、この違和感を詩音に伝えようとしたが口が開かない。

「緊張しているんだね。落ち着いて。」

優しく暖かい言葉が、俺の身体にまとわりついた空気を払ったような気がした。

俺は、その言葉を放った人の目をもう一度見た。

さっきとは違い、優しい目だった。

「あ、あの……」

「大丈夫だよ。さ、座って」

和鏡さんに言われた通りに俺は、詩音の横に座る。

さっきまであの嫌な感じを放っていたのに、今ではそれを払ってくれた。

さっきまでは冷たい目だったのに今は、とても優しい目をしている。

この人は一体なんなんだ。

「詩音この子が?」

「そう。私の依代」

和鏡さんは、少し考え事をした後に俺の目を見てゆっくりと話し出す。

「君は、依代っていう役目についてどの程度知っている?」

「ほぼ全く知りません……」

「そうか……僕達にとっても依代という役目について知っている事は少ないんだ。巫女の対となる役目。巫女の力を引き出したり、逆に抑制したり……。そう言った事しか伝わってきていないんだ。」

「あの……依代になる時に詩音から役目から解放されるのは巫女が死んだ時って言われたのですが……?」

「……そうだね。そう伝わっているよ。」

巫女……つまり詩音が死ぬ時まで俺は依代である。

詩音が死んだ時俺はどうなるのだろうか。

巫女の対となる役目なら俺も死ぬのだろうか。

真実を知るのが怖い。

今まで生きてきて、死を意識する事なんて無かった。

「君をここへ呼んだのは依代の事についてでは無いんだ。」

「それじゃないなら一体……?」

「御鏡についてだよ。」

俺は、息を飲んだ。

最初の鏡の巫女である紫苑。

代々引き継がれる巫女の力。

それの元凶である鏡。

「御鏡は元々神を宿していた鏡だった。それを初代の巫女紫苑が操っていた。ここは知っているね?実は、紫苑の死後御鏡の行方は分からなくなっているんだ。だけど、紫苑が自身の首を掻き切った破片は我が家で保管しているんだ。」

俺は、驚きで言葉を失った。

元凶で御鏡の破片がここにある上に、その破片は自殺に使われたもの。

もしかしたら、最初に感じた嫌な気配は和鏡さんではなくその御鏡の破片だったのかもしれない。

そう、思った。

「それって大丈夫なんですか?」

「大丈夫かどうかは巫女ではない僕には分からない。だけど、その破片を使って巫女の力は引き継がれているみたいだよ。」

そう言って和鏡さんは詩音の方へ視線を動かす。

俺も、詩音の方を見る。

「代々巫女はその破片の力を安定させる為に存在していたの。私の前の巫女……私のお姉ちゃんがその役目を担っていた。けど、2年前に死んだわ。だから……私は御鏡を使って巫女の儀式を行った。それだけ。」

「その儀式って?」

「貴文も前やったでしょ?鏡に向かって自分の名前を伝える。それをもっと複雑にしたもの。原理は変わらない。」

それだけ言うと、詩音は黙ってしまった。

まるで、思い出したくないかのように。

それに、お姉さんが亡くなっていたのは知っていたがまさか2年前……。そんなに最近だとは思わなかった。

「そして、僕達はその御鏡を壊そうと思っているんだ。」

「壊す……ですか?」

「そう、どこかにある御鏡の破片達を集めてもう二度と巫女の悲劇を繰り返さないために。」

巫女の悲劇。

和鏡さんも詩音もとても悲しい目をしていた。

言葉の意味を聞きたかったが、聞ける雰囲気ではなかった。

「それで、君にも手伝って欲しいんだ。」

「手伝う……ですか?」

「巫女と依代が揃った例なんて殆どなかったんだ。だから今まで依代の事が伝わってこなかった訳なんだけどね。僕達は、もう一度文献を詳しく調べ始めたんだ。そしたら、1度だけ巫女と依代が揃った時があったんだ。その時、御鏡の破片が見つかったんだ。」

「それはいつの頃なんですか?」

「初代鏡の巫女紫苑の時だよ。」

「えっ?」

「その時以外全てにおいて巫女と依代が揃った時はない。見つかったという表現が正しいかは分からないが、巫女と依代が揃う事が御鏡を見つける事に繋がると僕は思っている。」


「今日は、家まで来てくれてありがとう。」

「いいよ。俺も色々聞けたし、それにおかずも貰ったしね。」

俺の腕の中には、まだ温かい肉じゃががパックに入っている。

あの後、俺は何も言えなかった。

巫女と依代が揃ったのは紫苑の時だけ。

それも御鏡の破片が見つかったという表現が正しいのだろうか。

巫女が死に、その時に破片が見つかるのでは。

そんな事を色々考えてしまったら俺は何も言えなくなっていた。

「まぁ、よく考えて欲しい。今日は、来てくれてありがとう。帰りにおかずを持って行って欲しい。」

そう言われ、詩音から肉じゃがを貰った。

「このパック明日返すから。」

「別に急いで返さなくてもいい。」

あんな話をされた後で、詩音と何を話せばいいか分からない。

詩音は、怖くないのだろうか。

「そう言えば、この肉じゃがって誰が作ったんだ?」

この家の中はとても広いが、会ったのは詩音と和鏡さんだけ。

親がどこかに居たのだったら挨拶ぐらいはしておいた方がいいのかもしれない。

「それ私が作ったの。」

「えっ!?」

まさか、詩音が作ったとは思っていなかった。

改めて、肉じゃがを見る。

微かに香る肉じゃがの匂いに食欲が掻き立てられる。

「てっきりお母さんが作ったのかと思ったよ。」

「私の家両親いないから。」

そう言われ、失言をしたと反省をした。

少し考えれば分かったのかもしれない。

この広い家にお兄さんと二人きり。

なんとなく詩音の寂しさが分かるような気がした。

「この肉じゃが美味しいな。」

「まだ食べてないのによく言えるわ。」

腕の中の肉じゃがの温かさを噛み締める。

「これだけ優しい肉じゃがなんだ。食べなくても美味しい事は分かるよ。」

そう言うと、詩音は顔を赤くしてそっぽを向いてしまった。

「別にお世辞とかはいいから!それに早く食べないと冷めちゃうでしょ!?だから早く帰って!」

そう言われ、俺は家から追い出されてしまった。

「まさか……照れてたのか?」

自分でそう言って恥ずかしくなった。

初めて見た一面だった。

俺は、少し早歩きで帰路に着く。

こんなに家に帰るのが楽しみになったのは一体何時ぶりだろうか。


翌日、昨日の肉じゃがのお礼として学校近くのコンビニで買ったお菓子を持って教室の扉をくぐる。

だが、いつもなら来ている時間なのに詩音は席に居なかった。

「なぁ、詩音どこに行ったか知らないか?」

「さぁ、まだ鏡月さん見てないけど……」

「そうか……」

いつもなら席についてクラスメイトと仲良さげに話している時間だ。

もしかしたら、昨日体調が悪かったのかしれない。

そう思うと、昨日のあの行動やこの行動は体調不良の表れだったんだじゃないかって思い出すようになった。

「そう言えば、貴文いつから鏡月さんの事名前で呼ぶようになったんだ?」

「えっ!?」

確かに、クラスメイトは全員詩音のことを苗字で呼ぶ。

つい最近転入してきた美少女と親しく名前で呼んでいたら不思議に思うのも仕方ない。

「たまたま、趣味があってそれで話が弾んだ?みたいな」

「なんだそれ?」

不思議そうに俺の目を見るクラスメイト。

俺もこんな嘘しか付けなかったことに驚いている。

だが、これ以上下手な嘘をついていたら本当の事を喋ってしまいそうだ。

そうなれば、詩音の立場が悪くなる。

俺は、適当に笑いながらその場を濁した。

詩音は結局1時間目が始まっても、学校に来なかった。

体調不良で休みだった。

俺は、放課後肉じゃがが入っていた容器と朝買ったお菓子を持って詩音の家に向かう。

途中、あの扉の前に着いたが前みたいに呼ばれているという感じはなかった。

やはり、気の所為だった。

詩音の家のインターホンを押すと、顔色の悪い詩音が出迎えてくれた。

「詩音大丈夫か?顔色悪いけど……」

「少し熱ぽいだけ。それで要件は?」

熱ぽいにしては、顔色が悪すぎる気がするがそれ以上追求しても詩音がキツイだけだ。

「これ、昨日の容器とお礼。体調良くなったら食べてくれ。」

詩音は、袋に入ったお菓子を一瞬覗く。

「……私少しの間学校休むから。」

「そんなに体調悪いのか?」

「まぁ、半分正解で半分間違いみたいなもの。それで、私が学校行くまで絶対に家には来ないで。あ、それと次学校に来た時放課後屋上へ来て。じゃあ。」

それだけ言うと、詩音は家の中へ消えた。

俺が、ここから立ち去ろうとした時唐突に玄関が開いた。

扉に隠れている詩音は、顔だけ見せる。

「お菓子……ありがと。」

「え?あぁ……」

それを言った詩音は満足気に家に戻っていった。

その姿を見て、少し安心した。

改めて帰ろうとした時、ふと胸ポケットに入っている鏡が気になった。

あの時以外、この鏡が光ることは無いし、見る事も殆ど無かった。

いつもなら見ようとは思わない鏡を俺は、自分の意思で見ようとしている。

ゆっくり胸ポケットから鏡を取り出す、自分の顔を映す。

だが、鏡には何も映らなかった。

ただ真っ黒なモノでしかない。

「なんだこれ……?」

光ったり、真っ黒になったりこの鏡は何を伝えようとしているのか。

何も映らない鏡に違和感を感じ、少し近づいた時に異変は起こった。

「なっ!?」

急に鏡一面にヒビが入った。

俺は、驚いて鏡から顔を離す。

だが、もう一度鏡を見るとヒビなんて入っていなかった。

幻覚か。

だが、それにしてはあまりにも現実的すぎる。

詩音はそれから三日間学校を休んだ。

担任は、風が長引いていると言っていたが俺はもっと違う理由があると感じていた。

もっと何か大切な理由が。

詩音がいない間、俺は止まっていた受験への勉強をしていた。

教師は、「夏を制する者が受験を制する」と受験生を追い込む。

だが、今の俺は勉強なんて手につかなかった。

つい先月転校生と出会い。

その日に鏡の巫女だの。

御鏡だの。

依代だの。

急に色々なことが起こりだした。

だが、やっと青葉が色付き出した。

そんな気がしている。

詩音と出会って何かが色づく。

そんな予感が。

その日から詩音は三日間学校に来なかった。

久しぶりに会った詩音は、痩せていて顔色が悪かった。

そんな様子を心配したクラスメイトで詩音の席は朝から大繁盛していた。

俺は、そこには加わることはなかった。

放課後、俺は詩音との待合場所であった屋上に向かった。

屋上には、既に詩音が先に待っていた。

外の景色を見ている後ろ姿は初めて会った時よりも酷く弱々しく見えた。

「体調大丈夫なのか?」

俺の方など見ずに、いつもと変わらない口調で話す詩音。

「私の体調の事は気にしなくていい。それに今日話そうと思ってた事に私の体調不良の原因も入っているから。」

そう言って、詩音は俺の方へ体を向ける。

俺は、詩音の声が聞こえるように近くに寄る。

詩音は、少しづつゆっくりと細い声で話し出した。


私、家にいた間御鏡の事を調べてたの。

結果として有力な情報はなかった。

ただ、前貴文が呼ばれたって言ったあの扉の先。

あの場所は私が小さい時から立ち入ることも近づくことも禁じられていた。

その理由は、知らない。

家の書物を読んでいた時に、あの先についての記述があった。

「かの地は神住まう地。かの地は神崇める地。かの地は神殺す地。」

これを書いたのは、昔初代鏡の巫女を気に入っていた貴族が書いたものらしいわ。

その人物の名前は分からないけど、巫女が汚される原因になった人物でもあったらしいわ。

前の言葉の意味はいくら考えても分からなかった。

最初の二つまでは合点がいくわ。

でも、最後の神殺す地だけが前二つと噛み合わない。

そして、私はある考えが浮かんだの。

神とは御鏡の事ではないかと。

御鏡は、あの場所にあるのでは無いかと。

そして、貴文が呼ばれた理由はもしかしたら依代になったからかもしれない。

巫女が持つ鏡は「女」を依代が持つ鏡は「男」を表すらしいわ。

紫苑が御鏡を持っていた。

つまり御鏡は「女」を表している。

だから、「男」を持つ貴文に惹かれたのかもね。


「じゃあ、御鏡はあの扉の先に……」

「そう考えていいでしょうね。」

俺を呼んでいたのは御鏡。

詩音が壊そうとしている巫女の悲劇の元凶か……。

「御鏡の件は分かった。次は詩音の体調不良の原因だ。」

「そうね……」


鏡月家に生まれる女は巫女となる。

そして、御鏡を制御する。

まず、この前提が少し違うわ。

巫女になれるのは、全員じゃない。

「シオン」という名を貰っても、儀式で巫女の素質が無ければ巫女にはなれないわ。

そして、巫女になれないものは死ぬだけ。

鏡月家の女は生まれつき身体が弱い。

私もそうだった。

生まれてから家から出るのは数える程しかなかった。

勉強は、家に家庭教師を呼んでしていたけど、それでも毎日していた訳では無いわ。

巫女になる前に死ぬ人や、巫女になれず死ぬ人。

そして、巫女になって死ぬ人。

鏡月家に生まれた女の宿命。

全員「18歳 」までしか生きれない。

この18という数字は、紫苑が死んだ歳って伝わっているわ。

私のお姉ちゃんもそうだった。

巫女になり18歳で死んだ。

その後、私が巫女を継いだわ。

巫女を継ぐと、今までの身体の弱さが嘘のように人並みに生活できるようになったわ。

ただ、それは18歳までのまやかしでしかないけど。


詩音の言葉の全てを俺は理解出来たか分からない。

もうすぐ詩音は死ぬのだろうか。

これが、巫女の悲劇。

「詩音の誕生日は……?」

「7月28日。だから私は夏休み明けにはこの世に居ないわね。」

今は、7月20日。

残り約一週間。

それまでに、御鏡を見つけなければ……。

いや、御鏡を破壊したら巫女はどうなるんだ。

「なぁ、御鏡を壊した後詩音はどうなるんだ?」

「……分からない。巫女じゃなくなるのかもしれないし、死ぬかもしれない。それでもやらなくちゃいけない。」

俺の目を見つめる詩音の目は、覚悟を決めた人の目のようだった。

死ぬ事を覚悟している人間に対して俺は何が出来る。

一緒に命を掛けることが出来るのか。

俺にその覚悟はあるのか。

考えても答えなんて出ない。

死にたくはないし、ここで逃げ出したくもない。

そんな矛盾だらけだ。

ただ、詩音が死ぬのだけは嫌だ。

それだけは確かだ。

「今からあの扉の先に行こう。」

「いいの?下手したら死ぬかもよ?」

「死にたくはない。だけど、詩音は見殺しにする気は全くない。行こう。」

俺は、詩音に向かって手を差し伸べる。

詩音は、躊躇わずに俺の手を握った。


俺達は、あの扉の前に立っていた。

扉は錆つき、鍵穴は腐食していた。

「どうやって入るんだ?」

「鍵なんて無いし……」

詩音が、扉に触れた瞬間。

扉は音を立てて倒れた。

「何を……したんだ?」

「ただ、少し触れただけ!」

興奮気味に話した詩音は、直ぐに噎せた。

俺は、傍に駆け寄り背中をさする。

一通り咳をしたら落ち着いたのか、手で俺を制し扉の奥へ進んで行った。

俺も、詩音の後を付いて行った。

扉の先にあったのは、小さな社と後ろにある大きな湖。

「ここに御鏡があるのか……?」

「そのはず。」

俺達は、目の前にある社に近づく。

この社を昔からここにあったのか、蔓が巻き付いている。

詩音は、ゆっくりと社の中を見る。

「ない……」

「えっ!?」

俺も、社の中を覗く。

だが、中には何も無い。

「じゃあ何処に……」

その時、詩音が笑いだした。

「やっぱり御鏡なんて無かったんだ!お姉ちゃんも私も前の巫女達も死ぬ運命からは逃れられない……」

泣きながら笑う詩音の姿はとても見ていられない。

大好きだった姉が死に、自分ももうすぐ死ぬ。

巫女の悲劇を絶つため、御鏡を探したが何処にもない。

あまりも悲しい結末。

俺は、詩音を抱き締める。

どうすれば、救えるのだろうか。

湖だけが俺達を冷たく見ていた。

泣き疲れたのか詩音は、力なく俺から離れた。

「詩音……」

「ごめんなさい。もう諦めるわ。御鏡はない。貴文ももうすぐ依代っていう役目から解放されるはずだから。」

詩音は、そう言うとここから立ち去った。

俺は、胸ポケットから鏡を取り出す。

だが、まだ鏡で自分の顔を見ることが出来ない。

昔の記憶。

鏡に映る化け物に泣き、母に助けを求めていた。

そして、今度は詩音の命さえ奪う。

「母さん。鏡は悪だよ。」

俺は、鏡を持った手を振り上げる。

このまま、地面に叩きつけたい。

だが、それをしたら詩音との繋がりが消えてしまいそうでどうしても出来なかった。

俺は、鏡を胸ポケットにしまうと詩音を追った。

詩音は、扉の所で力なく座っていた。

その姿を見て、なんて声をかければいいのか分からない。

ただ、詩音の手を握りることしか出来ない。

会話などなくただ、そこに居続けることしか。

その後、詩音を家に送った。

その時の詩音の死にそうな顔が頭から離れない。

自分の無力さを感じながら帰路に着いた。

次の日から詩音は来なかった。

詩音に会わずに三日が経ち、夏休みに入った。

巫女じゃなかったなら、こんな悲劇に巻き込まれることなく友達と笑い、泣き、喧嘩して……。

美人なんだから彼氏を作って。

幸せに過ごすはずだった。

それなのに……今はただ、自分の死を待つだけ。

そして、俺はそれを知っているのに何も出来ない。

夏休みに入り、俺は毎日詩音の家を訪れた。

最初は、数秒で玄関から詩音が出迎えてくれた。

それが段々と出迎えるまでの時間が長くなり、今では最初の頃の倍は時間がかかるようになった。

本当は来ない方がいいのかもしれない。

わざわざ、歩かせる行為。

俺が来なかったら、部屋で休むことが出来る。

そしたら、元気になってまた前みたいに上から目線の言葉をかけられるのかもしれない。

だけど、それは有り得ない事なんだと詩音の顔を見る度に思い出してしまう。

「毎日本当に……ご苦労な事ね……」

「そう言う詩音だって毎日出迎えてくれてるじゃないか。」

俺は、家に入ることは無かった。

ただ、詩音の顔を見て他愛ない話をして帰る。

それだけ。

日に日に衰弱する詩音の姿を見るのは辛い。

だが、兄である和鏡さんや詩音自身の方がもっと辛いことを知っていたから何も言わない。

そんな日が四日続いた。

「明日は詩音の誕生日だな。」

「そうね……」

「誕生日プレゼント何がいい?」

「くれるの……?」

「クラスメイトだからな。」

「じゃあ前持ってきてくれたお菓子がいい……」

「お菓子なんかでいいのか?」

「あのお菓子、私が小さい頃良くお姉ちゃんが買ってきてくれたの。魔法の……元気になるお薬なんだって……」

「分かった。絶対に買ってくる。」

「……楽しみにしてる」

俺は、あの扉の前に立っていた。

いつの間にか雨が降り出していた。

酷い雨だ。

おかげで目の前が霞む。

俺は、顔に流れる雨を拭き取る。

「何処にあるんだよ。なんで、巫女の命を持っていく?何が目的だ。依代は何が出来る。どうすればいい。」

俺は、膝柄崩れ落ちた。

依代っていう役目を担って、鏡の巫女である詩音と出会って。

何かアニメの主人公になった気でいた。

ヒロインの悲劇を俺が救う。

だが、俺は主人公ではない。

悲劇もなくていい。

ただ。

「アニメの最後はハッピーエンドに決まってるだろ……?」

助けたい。

そう願った時ふと胸が暖かくなった。

暖かくなったのは、俺ではなく胸ポケットに入れていた鏡。

取り出すと、詩音と出会った時の様に光を放っていた。

「まだ俺にも何か出来るのか?」

俺は、覚悟を決め自分の顔を映した。

そこには、酷い顔の俺。

そして、俺の後ろに広がる湖に立っている小さな小屋。

「これって……この先の湖か?」

だが、小屋なんてなかった。

その時、鏡を通じて俺に対して声が聞こえた。

最初に俺を呼んだ声が。

「まだ、詩音は助かるのか?」

俺は、初めて依代の役目を知った。

詩音はまだ助かる。

俺は、詩音を迎えに走った。

雨はいつの間にか止んでいた。


「もういいよ……」

詩音を連れて扉の前までやってきた。

詩音は、もう飽きらめていた。

御鏡を見つけることも、生きることも。

「俺が良くないんだ。それにまだお前が知らないめちゃくちゃ上手いお菓子があるんだ。だからそれを毎年プレゼントする為にもな。」

俺は、詩音の手を取り扉の先へ進む。

そこには、前来た時と同じ社と大きな湖。

「やっぱり御鏡はここには……」

「ある。」

あの声が教えてくれた。

俺は、胸ポケットから鏡を取り出す。

近くにあった石を拾い、鏡に向かって石を振り下ろす。

鏡は、綺麗に二つの破片に分かれた。

「何するの……?」

「巫女の鏡は、何かを守るため。依代の鏡は何かを見つける為。」

俺は、半分の破片を握り湖の前に立つ。

「依代は、巫女が隠したものを忘れないように。」

それが役目。

そして、巫女が隠したものは。

「御鏡」

俺は、湖の前の空間を破片で切りつけた。

空間は裂け、鏡の様に砕け散った。

そして、目の前には本当の景色が現れる。

「湖の奥に小屋……?」

「あそこに御鏡がある筈だ。行こう。」

俺は、もう一度詩音へ向かって手を差し伸べる。

今度は、覚悟を決めて。

詩音は、ゆっくりと俺の手を握った。

とても力強く。

小屋の中は思っていたよりも綺麗だった。

所々、埃が積もっているが扉や社に比べれば全然綺麗だった。

そして、小屋の奥に佇む威厳を放つ鏡。

「御鏡……」

だが、そこにあった御鏡は映す部分である「鏡」の部分がなかった。

「どうなっている……?」

「私にも分からない……。だけどこれを消せば……!」

詩音は、たどたどしい動きで御鏡に近づく。

本当にこれを壊せば終わるのか。

あの声はこれを見つけさせて何がしたかったんだ。

詩音が、御鏡に触れようとした瞬間。

俺は、詩音の手を握った。

「何するの?」

「何となく……何となくだが壊してはいけない気がするんだ。」

「馬鹿言わないでよ!これが元凶なのよ!?」

それは分かっている。

だが、どうしてもこれが悪には見えない。

俺は、御鏡に触れた。

その瞬間御鏡は光り輝いた。

その眩しさに俺は目を閉じた。

光が引き、俺はゆっくりと目を開けた。

そして、俺は息を飲んだ。

目の前に居る、詩音に良く似た少女。

「貴方まさか紫苑……?」

初代鏡の巫女。

悲劇の主人公。

「なんで?」

紫苑の手には御鏡が握られていた。

「お前が……」

「詩音?」

「お前が居たから!」

そう言って詩音は、紫苑に飛びつこうとした。

俺は、詩音を抑えた。

だが、詩音は弱っているとは思えない程の力だった。

それだけ、紫苑への恨みが強い証だった。

その様子を紫苑は悲しげに見ていた。

「詩音落ち着くんだ!」

「落ち着いてなんかいられない!コイツのせいで!」

詩音の気持ちは痛い程分かる。

だが、今ここで話したらもう取り返しのつかないことになる。

詩音には、復讐に取り憑かれて欲しくない。

ふと、紫苑の方へ振り向くと紫苑は俺達に近寄ってきていた。

「……」

紫苑は何も話さない。

ただ、悲しそうな顔をするだけ。

「詩音。頼む。俺の事を信じてくれ。」

「信じる?」

「お前を救う。薄っぺらい言葉だけど、お願いだ。俺を信じてくれ。」

全て嘘だったとしても俺は、詩音の事を救いたい。

「……分かった。」

「ありがとう。」

詩音は、俺から離れた。

紫苑への恨みは消えていない。

ずっと、睨んでいる。

俺は、紫苑へ近づいた。

「どうしてアンタは俺達の前に現れたんだ?」

紫苑は、何も言わずにただ、俺へ向かって手を差し出した。

紫苑の目は、俺達への敵意は無いように見えた。

だから、俺は紫苑の手に触れた。

その時、紫苑の記憶が俺に流れ込んできた。


気がつくと、俺はさっきまでいた場所とは違う場所に居た。

「ここは……?」

とある家の中みたいだ。

周りを見ていると、ある少女が現れた。

その子は、紫音だった。

「嫌!あの人嫌いなんだもん!」

「紫音。そうは言っても……お前の占いが必要だって……」

紫音の後ろから現れたのは、老年の夫婦。

恐らく紫音の両親だろう。

「だけど……」

「紫音。貴女のおかげで私達はいい暮らしをする事が出来た。それに関してはとても感謝している。貴女がどうしても嫌だと言うなら断るわ。」

「……やる。」

そう言って、紫音は消えた。

次のシーンは、とある貴族が紫音の占いを聞いているところだった。

「ありがとうございます。」

「いえ、また何かありましたらいつでもお占い致します。」

さっきのヤンチャな雰囲気とは一転し、威厳のある雰囲気だ。

貴族が部屋から出ると、両親が部屋に入ってきた。 「お疲れ様。」

「お前に少し話がある。」

「なに?」

両親は、お互いに顔を見合わせた。

「お前ももう18歳だ。そろそろ身を固めるのもいいだろう。」

「えっ!?」

「実はもう呼んであるの。」

「まさか…」

それを聞くと紫音は、部屋から飛び出して行った。

それに18歳だと言っていた。

だとすると、これは紫音が死ぬまでの記憶なのだろうか。

次のシーンは、外だった。

紫音は、誰かを待っている様子だった。

さっき言っていた婚約者だろうか。

俺は、ふと後ろを振り返った。

そこは、詩音の家だった。

「和鏡!」

紫音の声に俺は驚いた。

和鏡。

詩音のお兄さんと同じ名前。

楽しそうで笑う紫音の隣に居るのは。

「和鏡さん……」

詩音のお兄さんだった。

なんでここに居るんだ。

確か、紫音が生きていたのは平安時代。

和鏡さんが居るはずない。

なのに、目の前にいるのは紛れもなく詩音の家であったあの人だった。

「もしかして和鏡が……?」

「そうだよ。僕からお願いしたんだ。」

嬉しそうに和鏡さん抱きつく紫音。

二人は恋人だったのだろうか。

幸せそうな二人。

だが、それは次のシーンで不幸せに変わった。

赤く染まる部屋。

床に這いつくばった両親の死体。

そして、赤く染った御鏡。

「紫音!」

「和鏡……?」

「これは一体……」

「私が悪いの。巫女でありながら人の妻となろうとしたから……」

「話してくれないか?」

「御鏡に宿っていた神は……私が貴方のものになると知って怒った……。穢れると思ったんだと思う。それで……周りの人を……」

詩音から聞いた話とは明らかに違う。

紫音は穢されたんではない。

自ら幸せになるために、純白から卒業しようとしていたんだ。

それに嫉妬した御鏡……。

「とにかく……ここから離れよう。紫音は御鏡を。」

紫音は、御鏡を抱え二人はこの部屋出る。

そして、二人が向かったのはあの扉の先にあった小屋。

御鏡があった場所だ。

「ここって……」

「紫音ここの湖が好きだったから。ここに住もうと思っていたんだ。社に御鏡を納めて二人で守っていこうと……」

だけど、御鏡は暴走した。

二人は、小屋に入った。

「紫音どうにか出来ないのか?」

「……私が御鏡から神を離して鏡の中に閉じ込める。その為に依代である和鏡の力が必要なの。」

初代鏡の巫女であった紫音の依代は、和鏡さんだったんだ。

もしかしたら、この場所を示したあの言葉は和鏡さんが綴ったものだったのかもしれない。

二人は、御鏡から神を引きづり出そうとした。

だが、御鏡は八つに割れた。

そして、その破片は和鏡さんの体目掛けて襲ってきた。

「和鏡!?」

紫音は刺さった鏡を取ろうとしたが、無力にも破片は和鏡さんの体に取り込まれていった。

全ての破片が取り込まれた時、和鏡さんから初めて会った時の嫌な感じがした。

これは、御鏡に宿っていた神だったんだ。

「和鏡?」

「やっと身体を手に入れた……。紫音。私の可愛い紫音。」

その声は、しわがれた化け物の様な声だった。

紫音は、絶望でうちしがれてる。

大好きな人達を目の前で奪われた。

だが、紫音は強かった。

「もう鏡に閉じ込めることは出来ない。だから一緒にあの世に持っていく!」

紫音は、懐から鏡の破片を取り出すと自分の首を切った。

その血が和鏡さんにかかる。

その瞬間和鏡さんは苦しみ出した。

だが、紫音の命を懸けた行動でも和鏡さんに取り憑いた神は死ななかった。

紫音の記憶はそこで途絶えた。


小屋の中には夕日が差し込んでいた。

「紫音……そうだったんだな。」

あまりもにも悲しい記憶。

俺は、詩音へこの記憶を伝えようとした。

だが、詩音は泣いていた。

「詩音?」

「私にも見えたの。あの記憶。」

俺と詩音が繋がっているからか、詩音にも見えたらしい。

俺は、気になった事を聞いた。

「詩音和鏡さんって?」

「私も今思い出したわ。私にはお姉ちゃんしかいなかった。だけど、いつからかあの人がいた。疑問さえ持たなかった。ずっと兄だと思っていた。」

ずっと騙していた。

「でもどうやって詩音は巫女になったんだ?記憶の中では破片なんてなかった。」

「分からない……いいえ。思い出せないって言う方が正しいのかもしれない。」

紫音の過去。

御鏡の暴走。

和鏡さんの嘘。

段々と全てが見え始めた。


「とにかく戻ろう。御鏡は和鏡さんの身体の中だ!」

詩音も力強く頷き、立つ。

さっきまで酷く衰弱していたが、今は少し元気になったように思える。

小屋から出ようとすると、紫音がついてきた。

「紫音……お前も来るのか?」

紫音は、頷いた。

きっと、これが最後。

ハッピーエンドに向けての。


詩音の家に戻ると、またあの嫌な感じがまとわりついてきた。

「部屋へ案内するわ。」

部屋へ近づくほどあのいや感じは増していく。

そして、部屋の前に立つと今までの比では無いほどだった。

横にいる詩音はとても不安そうだった。

俺は、詩音の手を握り部屋のふすまを開ける。

そこに居たのは前と変わらない姿をした御鏡。

「久しぶりだね。紫音。」

和鏡さんは、俺達が見えてないかのように紫音だけを見ていた。

そんな和鏡さんを紫音は厳しい目で見ていた。

「貴方は誰ですか?」

「……もう知っているんだろ?俺は神だよ。紫音の鏡に宿っていた。」

和鏡さんは、ゆっくりと立ち上がる。

「もうこの身体も限界だったんだよ。たまに、本物が出てきたりしていたからな。」

本物。

恐らく、あの優しい目をしていたのが本当の和鏡さんなんだ。

身体を乗っ取られた御鏡の被害者。

「そう。だったら貴方を封印したらいいのね……。そうしたらもう悲劇は起きない!」

「神に勝てる気でいる?だから巫女ってバカなんだよ。」

そう言うと、和鏡さんは手を振り上げる。

すると、謎の力によって俺達は吹き飛ばされた。

穢れても神。

巫女が二人居たとしても勝てるか分からない。

そんな相手。

どうすればいいのだろうか。

痛みで身体が動かずにいると和鏡さんが俺の前まで近づいてきた。

「一応コイツはお前の依代の先輩ってことになるのか。そういえばお前依代の役目知りたがってたよな?役目教えてやるよ。俺の傀儡になることだよ。」

違う。

依代は巫女を守る。

傀儡なんかじゃない。

和鏡さんが、俺に触れようとした時だった。

詩音が、鏡の使って俺の前に結界を張った。

巫女の鏡は守る為。

俺に触れれない事にイラついた和鏡さんは、詩音の方へ足を進めた。

「詩音!」

動かなくては。

だけど、身体が言うことを聞かない。

「名ばかりの巫女のくせに。」

和鏡さんが、詩音の首を絞める。

「うっ…」

詩音が苦しげな声を上げる。

その時、詩音のポケットが光った。

そして、ポケットから鏡が現れた。

その鏡は、詩音のお姉さんの形見だった。

まるで、妹を助けるために自我が宿ったみたいだった。

鏡は、いっそう強く光り輝き砕けた。

その破片が和鏡さんに刺さった。

俺は、床に倒れた詩音の元へ駆け寄る。

「大丈夫か!?」

「お姉ちゃんが…助けてくれたの?」

「きっとそうだよ。」

嬉しそうに微笑む詩音。

詩音が危ない時に俺は何も出来なかった。

そんな自分に腹が立つ。

自然と手に力が入った。

その時、右手に痛みがはしった。

右手を開くとそこには空間を切る時に使った鏡があった。

「もしかしたら……!」

「貴文?」

もしかしたら、使えるかもしれない。

御鏡は元々女を表す鏡だったはず。

だとすると、男を表すこの鏡を使えば……。

俺は、右手を握り締める。

和鏡さんはまだ詩音のお姉さんの鏡の破片で苦しんでいる。

お姉さんが作ってくれたこの機会を逃す訳にいかない。

俺は、和鏡さんに近づく。

この一振で全てが終わるように祈りを込めて。

「終われ!」

手を振り下ろす。

切られた場所からどす黒い液体が溢れ出す。

「あぁ。あぁ!」

和鏡さんの身体から取り込まれていた御鏡の破片が出てくる。

これで終わるはずだ。

和鏡さんが倒れた時、紫音が和鏡さんに近づいた。

「紫音?」

「……今まで一人にしてごめんなさい。」

紫音は、和鏡さんの身体から出てきた八つの破片を一つに合わせた。

そして、一つの鏡に戻った御鏡を胸の前に構えると和鏡さんの身体から溢れ出した液体が鏡の中に消えていった。

そして、和鏡さんの頭に触れたあと俺たちの方へ向いた。

「私のせいでごめんなさい。」

「あなたのせいじゃない。今まで巫女もそういうと思う。」

全てを知った今詩音が紫音へ向ける目には憎しみはなかった。

「これは私があの世へ持っていく。」

その時、和鏡さんが紫音の手を掴んだ。

「なっ!?」

まだ、終わっていなかったのかと思ったが違った。

優しい目で紫音を見つめるこの人は本当の和鏡さんだ。

「僕も…一緒に行くよ。」

紫音は、目から涙を流した。

「ありがとう。」

二人は、抱き合ってそのまま消えていった。

お互いずっと独りで戦っていた。

「……最後に二人は幸せになれたのかな。」

「分からない。だけど、私はそう信じておくわ。」

きっと、全てが終わったんだ。

巫女の悲劇も、宿命も。


俺は、コンビニで買ったお菓子を持って詩音の家へ向かった。

あの後、外へ出てみると日が沈み夜だった。

その後、日を跨ぐまで詩音と居たが何の変哲もなかった。

悲劇は終わった。

呼び鈴を押すと、数秒もせずに玄関から詩音が出迎える。

「誕生日おめでとう。」

詩音にお菓子が入った袋を渡す。

「ありがとう!」

詩音は、子供のように目をキラキラさせて袋の中身を覗く。

これから幸せに過ごしていく。

今日はその始まりの日だ。

だが、詩音は袋の中身を見て目をキラキラさせていたが急に悲しげな顔をした。

「どうした?」

「……実は私引っ越すの。」

それはとても急な話だった。

今日の朝親戚から電話があったらしい。

恐らく、和鏡さんが消えた事で親戚達も和鏡さんが居ないという現実に目が覚めたのだろうか。

詩音一人がここに住み続けるのは厳しい。

だから、親戚に引き取られることになったのだという。

「親戚の方が宮司をしている神社で巫女として働きながら近くの高校に通うことになったの。」

「急だな。」

「本当は、今すぐにでもっていう話だったのだけどみんなに別れの挨拶がしたかったから二学期の始業式だけ出ることにしたの。」

巫女の役目はもう無いのに、今度は神社で巫女をする。

昔のことを思い出すのではないかと思ったが、大丈夫そうだ。

会って一ヶ月程度しか一緒に過ごしていないが、何故か寂しいと感じる。

だが、これから詩音は自分の人生を幸せに歩んでいく。

それは止めれない。

「だったら、夏休みは沢山遊ぼう!」

「……えぇ!」

ここには悲しい記憶しかない。

そんなのは嫌だ。

だから楽しい記憶で塗り替えるんだ。

それが、俺の最後の役目だと思うから。


「えぇ。急な事ですが鏡月詩音さんは家の都合で転校することに決まりました。」

その教師の言葉にクラスはザワつく。

「今まで仲良くしてくれてありがとう。みんなの事は絶対に忘れません。」

その後は、みんな各々詩音に別れの挨拶をしていた。

あるクラスメイトは泣くほど悲しんでいた。

俺は、今日もその様子を傍から見ていた。

放課後、俺は屋上へ向かう。

きっと今日が屋上に行くのも最後になる。

屋上には、夕日に染まった詩音が立っていた。

「ここで会うのも今日が最後ね。」

「そうだな。」

言いたいことはあるのに、口から出ない。

そんなもどかしが俺を襲う。

「私が居なくて寂しくなる?」

「まぁな。」

「……そっか。でもね。私まだ死んでないから貴文は依代のままだよね。」

その時俺は思い出した。

依代は巫女が死ぬまでその役目は終わらない。

詩音は、笑っていた。

「そうだな。俺はまだ依代だ。」

俺は、詩音の前に立つ。

「詩音と出会って色々と大変だったが、俺も変われたことがあった。もう鏡が怖くなくなった。鏡はいいな。朝、髪のセットが出来る。」

「なにそれ。毎日セットしてなかったってこと?」

そう言って二人で笑う。

今でもたまに鏡の中の化け物を見ることはある。

だが、鏡自体はもう怖くない。

寧ろ、詩音と俺を繋いでいるものだと思っている。

そして、それだけじゃない。

「俺進学先決めたんだが、そこの学校の近くに神社があってそこの神社に鏡の巫女だった人が雇われるらしいんだよな。」

「まさか……」

詩音は、「バカみたい」って笑っていたがその目には涙が溜まっていた。

「また来年お菓子持っていくから。」

「うん。待ってる。」

笑い合う俺達を夕日は照らしていた。

きっと、煩いほど泣き続ける蝉の音。

嫌になるほど暑い日。

そして、憂鬱な程太陽が照りつける時。

そんな日にまた会うから。

それまで少しのさようならだ。

「またな。」


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― 新着の感想 ―
[良い点] キーワードとなる鏡の存在に巫女と依代、初代巫女の紫音から続いてきた悲劇というテーマが、短編として上手く詰め込まれているのもあって、読んでいるとぐいぐいと惹き込まれていく素敵な作品でした。 …
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