シャルロット:質問
「閣下、今さらながらの質問なのですが、なぜよく知りもしない私に求婚されたのですか?」
「……それならなぜあなたはよく知りもしない私の求婚を受けたのかな?」
「それは……って、話を逸らさないでください。質問したのは私です」
「確かに。だがなぜ私があなたのことをよく知らないと断言できるのか不思議だったんだ」
「え……?」
慌ただしかった結婚式の翌日、家族と別れて公爵様の国――ライツェン王国へと向かう馬車の中で二人きりになった私は、ずっと心の中にあった疑問を口にした。
どこかの国のことわざで〝急いで結婚、ゆっくり後悔〟なんてものがあったわね、と思い出したのは公爵様が出発してからひと言も話さなかったから。
お母様にライツェン王国の皆さんにお会いするまでは(要するにお披露目ね)、せめてぼろが出ないようにしなさいって言われて黙っていたけどもう無理。
だって私以上に公爵様は後悔しているのかと思ったのよ。
これくらいなら大丈夫よね? とした質問の返答が予想外でびっくり。
お会いしたことがあったかしら?
それはいつ?
だからお父様やお母様に心配はされても反対はされなかったのかしら。
「どうやらあなたはよく知りもしない私と衝動的に結婚してしまったことを後悔しているようだ」
「よく知らないわけではありません。閣下のお噂は我が国まで届いておりましたから」
「それはどんな噂?」
「……まだお若いのにライツェン王国の宰相閣下として、とても有能でいらっしゃる、と」
「他には?」
「それは……」
「よく冷徹だの非道などと言われ、陰では〝冷徹相〟と呼ばれているようだけど、それも知っている?」
「……はい」
言いにくいことをはっきり言われてしまっては頷くしかないじゃない。
だけど公爵様は楽しそうに微笑んでいらっしゃる。
からかわれているのかしら?
それとも、噂通りだとしたら私が動揺するのを楽しんでいるとか?
って、私の質問にまだ答えてくれていないわ。
「閣下は――」
「レオンと呼んでほしい。私たちはもう夫婦なのだから」
「……レオンは国王陛下にそろそろ結婚をして落ち着くようにと命じられたのだと伺いました。それで私との結婚を望まれたのですか?」
率直に問いかけると、公爵様は――レオンは小さく噴き出した。
そんなにおかしなことを言った?
「世間ではそのように言われているらしいね。だけど私は適切な時機を待っていて、陛下とはその時機について話をしただけだよ」
「適切な時機? それではその時機にちょうど私の噂をお聞きになって、わざわざ隣国まで求婚されにいらっしゃったのですか?」
「わざわざ、ではないよ。私はあなたを望んだんだ」
「私を……? 今まで十人もの男性に拒まれたのに?」
「――愚かとしか言いようがないな」
「私のことを愚かだと――」
「いや、あなたのことではない。あなたの国の男たちのことだ。まあ、私にとっては幸運だったけどね」
「幸運……?」
やっぱりからかっているの?
それとも、冷徹だと有名なレオンがこんなに優しいのは、何か考えがあるからかも。
気をつけないと大きな罠が待ち受けているかもしれない。
騙されたりしないんだから。
こんなことなら何か武器になるものを持っていればよかった。
もちろん使うつもりはないけど、持っているだけで安心するもの。
「……そのようなことをおっしゃらなくても、私はきちんと役目を果たしてみせます」
「役目?」
「閣下の――レオンの妻としての役目です」
「……そうか。それは楽しみだな。だけど無理をする必要はないよ。あなたはあなたらしくあればいい。私はそんなあなたが好きなのだから」
今のは嘘よね?
すごく優しい顔で言われては信じてしまいそうになるわ。
このまま本気でレオンを好きになってしまっては、きっとあとで苦しむことになるのは目に見えているもの。
そうだわ。私が本当にレオンを好きになったら、操りやすいからだわ。
ええ、騙されませんとも。
「あり得ません」
「うん?」
「レオンが私をす、好きだなんて、あり得ません」
「そうだな。急にこんなことを言っても信じられないだろうな。だからそれはまあ、おいおい信じてくれればいいよ。ただ、あなたの自尊心をそのように奪ったやつらは殺してやりたいな」
「はい?」
「とはいえ、外交問題に発展すると厄介だから、一人一人生皮を剥ぐように苦しめるだけにしておくよ」
あまりにも爽やかな笑顔のレオンとその口から出てくる言葉がちぐはぐすぎて、理解するのに時間がかかってしまったわ。
要するに、レオンは冗談を言ったのね。笑えないけど。
ひょっとしてレオンの冗談はいつもこんな感じなのかも。
それを真に受けた人が〝冷徹相〟なんて言い出したのかしら。
「えっと……。それでは改めまして、これからよろしくお願いします」
「うん。よろしく、シャルロット」
ひとまずレオンの冗談は聞き流すことにして、改めて挨拶をしたら、にこにこ笑顔で返事をしてくれた。
いつもこの笑顔なら冗談も通じそうだけれど……。
まあ、私には都会の――社交界の流儀なんてわからないから、〝冷酷相〟っていう呼び名さえ冗談だったってこともあるのかもしれないわ。
私だって〝狂犬令嬢〟って、呼び名があるくらいだもの。
それにしても、これからどうなるんだろう。
やっぱりレオンはライツェン王国社交界の花形だったりするのよね?
だって、宰相で公爵なんだから。
頑張ろうとは思っているけど、社交界は面倒くさい。
上手くやれる自信がないわ。
田舎では――領地では皆が遠回しな言い方なんてなく、心のままに接してくれていたもの。
それが王都に出てきてからは、言葉通りに、表情通りに受け取ってはいけないって学びはした。
でもまだまだ私が未熟なのはわかっているわ。
それにライツェン王国ではもっと違うかもしれない。
レオンに恥をかかせてしまったらどうしよう……。
ちらりとレオンを見るとばっちり目が合い、明るい笑みが返ってきてびっくり。
慌てて目を逸らしたけれど、胸がドキドキする。
だって、レオンは本当に天使のように美しいんだもの。
でもダメよ。男性なんてすぐに心変わりするんだから、気をつけないと。
それでも、今まで近づいてきた男性たちとは違って、きちんと結婚してくれたのよね。
会話が少々かみ合わない気もするけれど、変わらず紳士的な態度で接してくれているわ。
何よりあのみじめな状況から救い出してくれたんだもの。
おかげで両親や兄――エクフイユ伯爵家とそれに連なる人たちの名誉も回復できたんだから、恩返しができるように公爵夫人としての役割を頑張らないと!
もしレオンの気が変わったとしても、すぐってことはないはずよね。
将来的には社交界に多くいる名目だけの妻になるかもしれないけれど、その頃にはきっと子供にも恵まれているはずだもの。
そうよ。子供は私もほしいわ。
そう考えると今までで一番明るい気持ちになれて、レオンとちゃんと目を合わせてにっこり微笑むことができた。