レオン:番外編
「レオン、ずうずうしいお願いがあるのですが……」
嗚呼、今朝もシャルロットは神々しいほどに美しい。
昨日は恐ろしい事件が起きたというのに、シャルロットは果敢に立ち向かい、さらには慈悲を授け、正義の審判の機会を設けるという偉業を成し遂げたにも関わらず、今ははにかんで微笑んでいる。
そんな女神のようなシャルロットのお願いにずうずうしいも何もあるわけがない。
むしろご褒美。女神からの試練だ。
「シャルロットのお願いなら、何でもかまわないよ。何か欲しいものがあるのかな? 火鼠の皮衣? それとも、竜の首の珠? いっそのこと世界を手に入れれば探しやすくなるね」
「そこまでではないです」
伝説の宝珠でもないのなら、いったい何がずうずうしいというのだ?
むしろ、伝説の宝珠でさえ、シャルロットが手にすれば霞んでしまうだろうに。
今もまた、先走ってしまった私の質問にくすくす笑うシャルロットの可憐な姿が眩しすぎて、己の矮小さに霧散してしまいそうになる。
だが、ジャン(偽)。お前までなぜ笑っているんだ。
あまつさえ、シャルロットに心配をかけるなど、万死に値する。
よって、貴様の息の根を止めて楽にしてやろう。当然、その過程は決して楽なものではないがな。
「ジャンが平気だと言っているのだから、大丈夫だよ。後でちゃんと確認するからね。それよりも、シャルロットのお願いが気になるな」
「あ、そうでした」
今はジャン(偽)のことはどうでもいい。
そんな塵芥よりも、シャルロットのお願いを早く聞きたくて、私こそずうずうしくも促してしまった。
すると奇跡が起きて、シャルロットが『しまった』というような表情になったのだが、これが世に言う神の恵みか?
貴族の阿呆どもが大衆演劇とやらの役者に入れ込み、大金をつぎ込んでパトロンの座を独占しようとしている愚行が少しだけ理解できたかもしれない。
もちろん、私は同担拒否だ。シャルロットの風の妖精のような今の愛らしい顔を他者に見せてなるものか。
シャルロットの背後にいたジャン(偽)は命拾いしたな。
「実は、昨日の蛇の皮を鞣すのに、紅茶の葉を使いたいのです」
はい、可愛い。
シャルロットのずうずうしいお願いが、たかが紅茶の葉を使いたいとか。
「たったそれだけ?」
「え、ええ。それだけと言っても、貴重な茶葉をかなり使用することに――無駄にすることになるんです」
「無駄ではないよ。シャルロットが必要だと思うのなら、いくらでも使用すればいいよ。この屋敷にあるだけで足りるだろうか? 船一隻分でも用意できるよ?」
「いえいえ、そんなには必要ありません。蛇一匹分ですから、ポット五杯分もあれば十分です」
物足りない。シャルロットの望みなら、世界中の茶葉を買い占め、茶の生産地を占領しても足りないのに。
ポット五杯分の茶葉がずうずうしいお願いとは、シャルロットはどこまで清廉で謙虚なのだ。
やはりシャルロットは天使で間違いない。
「まさか、レオンは茶葉の輸入もされているのですか?」
「……いや。懇意にしている商人がいるんだ。彼に言えば、何でも融通してくれるよ」
「そうなんですね! 本当にレオンには驚かされてばかりです」
奴は今、キツノッカ王国にいるはずだ。
それこそ、ずうずうしくもシャルロットの実家であるエクフイユ領の隣に住んでいる馬鹿から領地を奪うためにな。
奴が土地を手に入れたらすぐに買い取り、プレスト伯爵領改め、シャルロット記念領と名付けようか。
結婚一周年記念の贈り物として準備しているが、やはり足りないかもしれない。
よし。火鼠の皮衣も手に入れよう。
その前にシャルロットが手に入れた蛇皮についてだ。
「私としては、シャルロットが蛇皮を鞣すことまでできるのに驚きだよ。二人ともまだまだ知らないことばかりで、新しい発見ができて楽しいね」
「その通りですね」
はい。可憐。
このままでは、天使なシャルロットがいつか我に返って天上に戻ってしまわないか心配だ。
地上に留まってもらうためには何をすればいいのだろう。
いや。むしろ天上に乗り込む準備をしておくべきか?
「それにしても、蛇皮を鞣すのに茶葉を使うなんて知らなかったよ。本当にシャルロットは物知りだね」
「いえいえ、私の場合は極端といいますか……。田舎育ちですから、知識はかなり偏っているんです。皮を鞣すには、普段は樹皮を使えばいいのですが、今回は香りも重視したいので、茶葉を利用することにしたんです」
「なるほど。香りのよい蛇皮なら、シャルロットも使いやすいだろうね」
「……そうですね」
今、わずかな間があったが、まさかシャルロットには何か不満に思うことがあるのだろうか。
ひょっとして蛇か? 物足りないのは私の気持ちでなく、蛇皮か?
船一隻分の茶葉で鞣すほどの蛇皮を集めれば、シャルロットは喜ぶのかもしれない。
「……また今回の蛇皮で作ったものを見せてもらってもいいだろうか?」
「もちろんです!」
蛇皮で作ったものを見れば、シャルロットが地上に留まってくれるヒントになるかもしれない。
そう考えて願い乞えば、明るく返事をしてくれた。
はい。胸キュン。
シャルロットは私の心臓を止めにきているのかもしれない。
ひょっとして、シャルロットは天上界からの刺客?
私は神など信じていなかったが、それ故にシャルロットが遣わされたのかもしれない。
だとすれば、神とやらに感謝しなければ。
いや、そもそも目の前に女神が存在する事実から導き出される真実は一つ。
シャルロットが神。うん。私は神を信じる。
「シャルロットといると、いろいろな体験ができるから、毎日が楽しいよ」
「私もとっても楽しいです。レオン、本当に私と結婚してくださって、ありがとうございます!」
「何を言うんだ、シャルロット。結婚してくれたことにお礼を言うべきは私のほうだよ。本当にありがとう」
「それでは、やっぱりお互い新しい発見がいっぱいということで、これからもたくさん体験しましょうね!」
「そうだね。とても楽しみだよ」
はい。女神。
なぜ私はまだ生きていられるのだろう。
もうすでに致死量のシャルロットの可愛いを浴びているはずだ。
「……レオン、領地に戻ったら、私の手料理を食べてくれますか?」
「シャルロットの……手料理?」
「はい。公爵家の調理人には及びませんが、エクフイユ地方の郷土料理をぜひ召し上がっていただきたくて……」
これは今際の際に見る夢か? それともすでに天国にいるのだろうか?
いや、そんなことはどうでもいい。
たとえ天国だろうと地獄だろうと、シャルロットの手料理を食すことができるのなら、私はその恩恵だけで永遠を耐えられる。
喜びのあまり言葉を失った私に怒ることもなく、シャルロットは照れたように笑いかけてくれた。
やはりここは天国だな。
神の信徒だという神官が私のことを罰当たりだのどうだのとほざいていた気がするが、やはり神官どもはただの嘘つきで詐欺師だ。
私の目の前に神が降臨して慈愛に満ちた笑みで手を差し伸べてくれているのだから。
本来なら神官どもは厳罰に処すべきかもしれないが、どうでもいい。
そんなことよりも、早く領地に行きたい。
昨日のあの愚かしくも腹立たしい事件を受けて、一睡もせずに処理に当たった自分を褒めよう。
おかげで明日には予定を早めて領地へ向かえるのだから。
ひとまず今日やるべき仕事は、シャルロットの後ろで笑いを堪えているジャン(偽)を殺ることからだな。
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香月あこ先生がとっても面白く素敵に描いてくださっているので、超必見です!!
ただ、電車内など人前で読むときには気をつけてくださいね。笑ってしまうので、せめてマスク着用でご覧くださいませ(本気)。
またできたら発情期編なども書きたいので、応援よろしくお願いいたします!