シャルロット:番外編
「レオン、ずうずうしいお願いがあるのですが……」
「シャルロットのお願いなら、何でもかまわないよ。何か欲しいものがあるのかな? 火鼠の皮衣? それとも、竜の首の珠? いっそのこと世界を手に入れれば探しやすくなるね」
「そこまでではないです」
私が言いにくそうに切り出したからか、お願いしやすいように、無理難題な東方の伝説の宝を挙げて冗談を言ってくれるなんて、本当にレオンは優しいわよね。
おかしくて笑うと、レオンもにこにこ笑っていて、昨日のこと――森での事件のどさくさに紛れて毒蛇の死骸を持って帰ってきたことも気にしていないってわかる。
そのことは安心できたけれど、朝食の給仕をしてくれていたジャンが咳き込み始めたのは心配。
大丈夫かしら。
きっと、レオンの冗談がおかしくて笑いたかったのに、使用人としては笑うわけにいかなくて我慢したせいね。
「ジャン、大丈夫? お水を飲めば少しは楽になれるかしら?」
「シャルロットは優しいね。心配しなくても、私が後でジャンを楽にしてあげるから、大丈夫だよ」
「後でよいのでしょうか?」
「……奥様、ご心配いただきありがとうございます。私はこの通り平気ですので、旦那様のお手を煩わせる必要もありません」
つい先ほどまで激しく咳き込んでいたのに、本当に大丈夫なのかしら?
確かに今は咳も収まったようだけれど、顔色が悪い気がするわ。
「ジャンが平気だと言っているのだから、大丈夫だよ。後でちゃんと確認するからね。それよりも、シャルロットのお願いが気になるな」
「あ、そうでした」
ジャンのことはやっぱり心配だから、後でジョンにも確認しておきましょう。
ジョンには昨日のことも含めていつもお世話になっているし、きちんとしたお礼が必要よね。
その前に、まずはレオンにお願いをしないと。
「実は、昨日の蛇の皮を鞣すのに、紅茶の葉を使いたいのです」
「たったそれだけ?」
「え、ええ。それだけと言っても、貴重な茶葉をかなり使用することに――無駄にすることになるんです」
「無駄ではないよ。シャルロットが必要だと思うのなら、いくらでも使用すればいいのだから。この屋敷にあるだけで足りるだろうか? 船一隻分でも用意できるよ?」
「いえいえ、そんなには必要ありません。蛇一匹分ですから、ポット五杯分もあれば十分です」
やっぱりレオンの冗談は面白いわ。
まさか船一隻分の茶葉を用意するなんて、どれだけの資金が必要になるかしら。
でも、ひょっとして……。
「まさか、レオンは茶葉の輸入もされているのですか?」
「……いや。懇意にしている商人がいるんだ。彼に言えば、何でも融通してくれるよ」
「そうなんですね! 本当にレオンには驚かされてばかりです」
船一隻分の茶葉を融通できる商人だなんて、相当やり手に違いないわ。
そんな商人と懇意にしているなんて、さすがと言うべきね。
それほどの商人ともなれば、王族相手にでも対等な取引ができるほどの力があったりするものね。
「私としては、シャルロットが蛇皮を鞣すことまでできるのに驚きだよ。二人ともまだまだ知らないことばかりで、新しい発見ができて楽しいね」
「その通りですね」
よかった。毒蛇を退治するだけでなく、その皮を自分で鞣そうとするなんて、引かれているかもと考えたけれど、心配無用だったわ。
本当にレオンは寛大で優しくて、こんなに素敵な人が私の旦那様だなんて未だに信じられない。
そんなレオンにお礼の意味もこめて、素敵な蛇皮をプレゼントしなければ!
「それにしても、蛇皮を鞣すのに茶葉を使うなんて知らなかったよ。本当にシャルロットは物知りだね」
「いえ、私は単なる田舎育ちですから、知識もかなり偏っているんです。皮を鞣すには、普段は樹皮を使えばいいのですが、今回は香りも重視したいので、茶葉を利用することにしただけなんです」
「なるほど。香りのよい蛇皮なら、シャルロットも使いやすいだろうね」
「……そうですね」
レオンにプレゼントするのはまだ秘密にしておいたほうがいいわよね。
乾燥まで上手くいくとは限らないし、何を作るか決めていないしね。
お財布が定番だけど、レオンはナイフを身に着けているようだし、ホルスターもいいかもしれない。
いえ、ホルスターには丈夫な皮のほうがいいから、蛇皮は避けたほうがいいかしら。
シガレットケースにしても、レオンはタバコを吸わないから、何か小物でいい感じのものを他に考えなくちゃ。
「……また今回の蛇皮で作ったものを見せてもらってもいいだろうか?」
「もちろんです!」
上手くいけばプレゼントできるし、失敗してしまったとしても、きっとレオンなら笑ってくれるわ。
そのときのことを想像すると楽しくなって笑うと、レオンもまたにっこり笑い返してくれた。
ああ、こんなに幸せでいいのかしら。
「シャルロットといると、いろいろな体験ができるから、毎日が楽しいよ」
「私もとっても楽しいです。レオン、私と結婚してくださって、本当にありがとうございます!」
「何を言うんだ、シャルロット。結婚してくれたことに礼を言うべきは私のほうだよ。本当にありがとう」
「それでは、やっぱりお互い新しい発見がいっぱいということで、これからもたくさん体験しましょうね!」
「そうだね。とても楽しみだよ」
私の楽しみの中には発情期シーズンがあるわけだけれど、それは領地に帰ってからのほうがいいわよね。
もう待てないくらいだけど、レオンの都合がついたらしくて明日には領地に向けて出発できるもの。
だからあと少し我慢すれば、いよいよシーズン開幕。
昨日、ジョンに手伝ってもらって蛇皮を剥いだときに、肉と肝は日持ちするように処理しているから、ここぞってときにレオンに食べてもらえばいいわよね。
そうだわ! 兎の睾丸もいいかも?
よし! 領地では狩りも頑張らなくちゃ!
「……レオン、領地に戻ったら、私の手料理を食べてくれますか?」
「シャルロットの……手料理?」
「はい。公爵家の調理人には及びませんが、エクフイユ地方の郷土料理をぜひ召し上がっていただきたくて……」
お父様からハチノコの他に、薬師とっておきのレシピ帳も送ってもらっていてよかったわ。
プロの調理人ほどの腕はないけれど、これでも狩猟小屋では簡単な料理くらいはしてたもの。
レオンの返事は聞こえなかったけど、嬉しそうに笑っているから、了承してくれたって受け取っていいわよね?
うん。それでは、頑張ってレオンの発情期を誘発してみせるわ!
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原作の1000倍以上面白いので、笑いたい方もそうでない方もぜひお手に取ってくださいませ!
よろしくお願いいたします!